17 晩餐とお風呂と秘密の
お風呂場へ行くならちゃんと許可を取った方がいいと思い、俺は現状報告も兼ねてフラメの両親が介抱されている部屋まで戻ったのだが、既に誰もいなかった。
「フラメちゃんの両親気が付いたのかな? ……この音は台所か」
微かだがコトコトと食欲そそる音を立てて食材を煮込む鍋の音。トントンとテンポ良くリズムを刻む包丁。風の魔法に慣れてきたせいもあるのか、俺の聴覚(+育ち盛りの体の嗅覚)はそれを逃さない。
美味しそうな音と香りに釣られるようにして、俺の足はスルスルとそこへ向かっていった。
「それでユメルが指をこんな感じにバアンってやったら、獣みたいに素早しこくて男か女か分からない不良の親玉が、ズキューンてすっ飛んじゃって」
「まあまあ凄いのねえ。フラメちゃん向こうじゃガキ大将で威張ってばかりだったから少し心配していたけれど、良いお友達が出来てよかったわ」
今更だがフラメとその母親の動くさまを見ていて、ココは台所ではなく厨房だと俺は認識を改めた。コックがあと4~5人はフルで働けそうな広さ、まさか俺の世界と同じ仕組みではないだろうが、どうみても現代式のコンロや焼き窯は可動してから分かる美しさがある。
俺は幾分気後れしながら会話と料理を両方楽しんでいる様子のフラメ親子へと近づいた。
「あの、お忙しそうなところ失礼します」
「あっユメル。ごめん、お母様たち気が付いたからさっさと夕飯の支度しようってなってさ」
小皿にサラダを均等に盛り付けていくフラメ。
母の方は鍋に入ったシチューっぽいスープの味見をしている。
「さっきはみっともないところを見せちゃってごめんなさいねユメルちゃん。もうちょっとで準備出来るから。フラメちゃん、ここはもういいから案内してあげて」
俺は切りのよいところで厨房から離れたユメルにつられ、エントランスを出て直ぐ近くの扉からダイニングへ向かった。そこでは煌びやかな装飾品の数々にも目が奪われるが、中央には貴族達が序列順に座るような長テーブルが中央に置かれ存在感をアピールしている。
いつの間に帰って来ていたのか、インディソフィア家執事のセバスさんが食卓の準備をしているのを見つけた。
「これはこれはユメル様、先刻は大変お世話になりました」
「いえ、セバスさんもご無事で何よりです。執事服もお似合いですよ」
セバスさんはホホッと笑ってタキシードの襟を正した。
「今後はこちら一本でいかせてもらうよう奥様にはお願いしました。前から仰っておられた通り、やはりフラメージュ様に護衛は不要だと苦笑されておりました」
「何それどういう意味の笑いよ?」
良い年したおじいさんはボディガードを正式に廃業したことを告げる。少しは思うところもあるだろうが、年輪ある顔からはさっぱりとした笑顔が見られたので、俺はなんとなく安心した。
フラメはちょっと膨れ面だったがそれ以上深くは突っ込まず、ズンズンと俺を導いて一緒に席についた。
「そうだ、お屋敷を探索してたら色んなガラクタ見つけたんだけど、これだけ貰ってもいい?」
オレはポケットから四次元ポケット(形は白くて半楕円形の……ではなく、薄汚れた赤い巾着)をフラメにみせた。
「ユメル……その巾着ちゃんと使ってみた?」
「ううん、まだだけど?」
「そこらの石ころでも入れてみなさい」
俺は試しに自分のポケットの黒い球体を入れてみた。
「取り出そうと手を突っ込んでも望みの物が出てくることはまずないわ」
「え!?嘘……だよね?」
――さよならリセットボール……元々チート臭い道具だったからあんまり使う気はなかったけど。
一応巾着の中に手を入れてゴソゴソとやってみる。何かを掴んだので取り出してみた。
刃渡り10センチ程の両刃の短剣が現れる。
「……手を切らなくてよかった。これは何だろう?」
「ありがとう!! それアタシがヴェニスで使ってた宝物なの!」
剣と魔法の世界とはよく言うけど、こんなに鋭い刃物を持ったのは初めてかもしれない。
俺が恐る恐る短剣を差し出すと、それをフラメは懐かしそうに抱きしめる。
「とまあそんな感じで、目当ての物が取り出せないから元の場所に捨てておいたの。欲しいならあげるわ」
……ありがたく貰っておきます。
夕食は長々としたテーブルの端っこを使い、執事のセバスさんも一緒になって家族団欒といった感じで進んだ。
「ユメルはね、あの魔法学校の校長先生の子どもなんだよ」
「それはそれは。さぞかし優秀な魔法使いになるんだろうね」
フラメは両親やセバスさんに、俺の事を友達を自慢するかのように喋ってくれる。
それはとっても嬉し恥ずかしなんだけど、
「しかもね、本当のユメルは魂が――」
「フラメちゃんのお母様、このシチュー? 凄く美味しいですね。一体何が入ってるんですか?」
あんまり複雑な事情は伏せておいてくれると助かる。
「フフッ、インディソフィア家秘伝のタレと愛情がたっぷりと入ってるの。好きなだけおかわりしてちょうだい」
……シチューにタレ?
「ヴェニスってどんなところなのですか?」
あんまり俺の事ばかり話されても気不味いので、こちらから話題を振ってみる。
「そうだねえ……これと言って特色の無い小さな村だけど、近くの森に大きくて綺麗な湖があって、よく皆でピクニックに行ったね」
これはフラメ父の談。物静かに見えて喋らせると結構話せる人みたいだ。フラメは訊いても訊かなくても喋るけど。
「そこでよく熊が出てね。ミリューちゃんがいた頃は氷漬けにして非常食にしたり、フラメちゃんが魔法を使うようになってからは燻製にして非常食にしたり」
フラメ母によると、熊は非常食料として重宝される存在らしい。
「熊って危険じゃないんですか?」
「僕達みたいな普通の人にはね。だけどミリューとフラメは頼もしいくらい魔力が強く生まれてきたから……それこそ熊程度なら食料にしちゃうくらい」
「でも、二人ともとても聞き分け良く育ってくれてるわ。ちょっと物足りないくらい。王都でもミリューちゃんはうまくやっているようだし」
「……最近のお姉ちゃんはグレーゾーンを突っ走ってるけど」
身も心も温かくなる夕食は終わり、再びフラメの部屋でのんびりとくつろいでいた俺だが、ふと自分の現状を思い出した。
「魔霊もちゃんとどうにかしなくちゃいけないけど……寝床はどうしよう」
というかどこに帰るんだ俺? とりあえず学校か? 親馬鹿な校長のところか?
「今日は泊まっていきなさいよ。校長にはセバスさんから連絡してもらうから」
食後の紅茶に身を傾け、手元に戻ってきた短剣をいじくるフラメがそう申し出てくれた。
「でも、いきなりお邪魔した身なのに泊まりだなんて悪いよ」
「夕食まで御馳走したんだし、何をいまさら。セバスさんとアタシを助けてくれた。魔霊も取り敢えず追い払ってくれた。でもそんな事関係なく……アタシの友達なんだから細かいこと気にしなくていいの」
どこか照れながら、視線は短剣に向いたままの彼女をじっと見ていると、その顔が少し赤くなっているのに気付いた。なんだかこっちも恥ずかしくなってくる。
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」
「そうしなさい。でも考えてみれば……この家に友達を招待するなんて初めてだった。何も準備してない」
短剣と飲みかけの紅茶をテーブルに置きっぱなしにしたまま、フラメは直ぐに行動を開始した。
部屋から飛び出して数十秒後、大量の衣服を抱えて戻ってくる。
「お父様お母様に許可は取って、セバスさんにも学校へ連絡をお願いしたわ。部屋はたくさん余ってしアンタも掃除してくれたからどうにでもなる。
それからパジャマとか部屋着は――アタシのじゃちょっと小さいと思って、お姉ちゃんが昔着てたのを何着か持って来たからこれ着なさい。
その他細かいことはお母様にお願いしたからあとは……お風呂に入りましょ!」
「あの、まだ魔霊の話が」
お風呂と言う単語に危険なニオイを感じた俺だが、フラメに問答無用とばかりに手を引かれ、借りた猫のようになりながら、連れられていくことになった。
「わ―広い」
どこからかカポーンと反響が聞こえてきそうなところ。大浴場は地下にあった。
エントランスから厨房の隣がダイニング、更にその隣の扉が地下への階段となっていて、降りた先は二手に分かれそれぞれが浴場の入り口へと続いていた。
お屋敷とはいえ洋風の館の中、しかも男女別になっている風呂場。しかしそれよりも……
「聡明なユメルは既に気づいているでしょうけど、この屋敷最大の魅力は広さでも謎のマジックアイテムの数々でもなくもちろんココがお安い価格になった原因の魔霊でもなく『温泉』なのよ!!」
「いや気付く訳無いでしょ……ここ温泉なの? 天然の? 地下からくみ上げた?」
なんだか異様にテンションが高いフラメにちょっと引きながら話を訊いてみる。
「天然でない温泉がドコにあるのよ? 見なさい! 飲料用(海外やこっちの世界ではこっちが主流らしい)なんて小さいこと言わずに浴びる程、浸かって鼻歌歌えて泳げる程大量に湯が湧いてくるんだから! しかもココの浴場、原理はわかんないけど適温調整! 掃除要らず!」
「はあ、そりゃ凄い」
「ユメル……アンタテンション低いわね。何かあった? お風呂嫌いとか」
「いえ……そんなことはありませんしむしろ大好きです」
こうして素っ裸をタオル一枚で隠した状態でなければね。
そう、俺はフラメと共にもちろん女湯を(のれんはないけど)くぐった。くぐらされた。
フラメは俺にもじもじ恥ずかしがる間すら与えずスポポポーンとSEの鳴る間に脱衣させ、自らもちゃっちゃと裸になり風呂場の扉を開いたのだった。
テンションの差は明らかだろう。
掛け湯も程々にして湯につかる俺とフラメ。残念ながら天窓もなく完全な地下室なので外は見えない。岩をうまく組んで湯が溜められているが、お湯や空気の循環はどうなってるんだろう?
フラメの言うとおりどこかで調整されているのか人が浸かるのに丁度いい温度、癖の無い透明な湯。
自分の体も、もちろんフラメの方もなるべく(例えそれがまだ11歳にして未だ二次性徴の兆しをみせていない、煽情的という表現を用いるには程遠いものだとしても)見ないようにして、代わりに魔霊の本体となる依り代を必死に探そうとする俺の姿は、どれほど滑稽なものだっただろう。
「ここって地下なんだよね? 湯気が凄くてあんまり遠くまで見えないけど明るい……どこか屋敷の外とは繋がってるの?」
「さあ、明りも魔法によるものらしいけどアタシにはよくわかんない」
流石は温泉といったところか。しばらくすると俺もフラメも(それぞれ別ベクトルの)落ち着きを取り戻し、ゆったり風呂に浸かりながら何も無い空間を眺める。
互いに言葉はないがそれが自然だった。まだ出会って1日も経たないというのに。
こうしていると頭に疑問の種が浮かんでは流れていく。素人目の俺にだって、この世界に不思議というか違和感が尽きない。
魔法は確かに存在するようだが、それが生活や大衆文化にほとんど貢献していない。
科学技術もそこまで進んでいるようには見えないのに、生活水準は俺がいた世界とあまり変わらない。
まあそれはいい。俺にとっては都合が良いことは取り敢えずそのまま受け入れよう。
目先の問題はというと、
「さっきの話の続きなんだけど、この大浴場に何か特別な場所とか物ってない?」
「そうね……端から端まで泳いでみたこともあるけど
「……泳いだんだ?」
「べっ……別に自分家のお風呂なんだから構わないでしょ!?
……今浸かってる大きなお風呂以外にはサウナがあったくらいかな」
チャポチャポ音を立てながらお湯をかき分けて歩き出すフラメ。ちょっとは恥ずかしがっているのかもしれない。
「さっき言った魔霊の事なんだけど、ココに双子の依り代があるらしいんだ」
彼女の後姿を追って俺も湯の道を突き進む。
「ああそうね、やっぱりアレなんでしょうね。壊すしかないのかな……アタシが調べた限りじゃ魔力を感じなかったし、サウナ結構気に入ってたんだけど」
子供のうちからサウナ好きな子っているもんなんだ。
身体的にも精神的にもお風呂すら100数えるまで我慢出来ない子が多いっていうのに。
「ほらアレよ。アタシは魔霊をちゃんと見た事ないけれど、まんまその双子なんでしょ?」
フラメが風呂でも付けたままの指輪から炎を呼び出して、一時的に湯気を追い払う。
周囲が熱くなったので俺は体を湯船に沈めた。お湯の方がぬるいってヤバイ状況なんじゃ……なんて力技だよ。
でもそうして確実に晴れた視界の先に
「確かに。あの魔霊の双子だと思う」
風呂場の石像にしては珍しく? 服を着たままの子供が二人、手から大量の蒸気を噴き出していた。
「多分お父様やお母様はこの像に気付いてないと思う。魔霊を何度も目撃してるのにコレを見て何も思わないはずないもの。
ちなみに、ここら辺を境目にして向こうが男子風呂ね」
……広いとはいえ実質混浴でしたか。