15 幽霊はいる?
「お父様! お母様!」
一階の台所に駆け付けた俺達の目に映ったのは、折り重なって倒れているフラメの両親の姿。まな板の上には包丁と刻まれたキャベツのような野菜。テーブルに用意された空の皿。コンロに掛かった鍋はモクモク湯気を立てているが、火は止まっていた。
これといって争った跡は見つからない。
フラメはその場で立ち尽くしてしまったので、代わりに俺が二人の下に駆け寄り状態を確認する。
「大丈夫だよ、気を失ってるだけ」
「……またあの双子の魔霊の仕業だわ」
「マレイ?」
幽霊みたいなモノか?少し頭を整理してみる。
こっちの世界では神様みたいな偶像はあまり崇拝されていない。ガーゴイルみたいな生物が珍しい。エルフとかドワーフのように、ファンタジーにありがちなヒト以外の種族も今のところ見かけない。
では“霊”に当たるものは? あやふやなイメージでなく、常識的に存在を認識されている?
「この家が訳ありで、お姉ちゃんがタダ同然に値切って買えた大きな理由の一つ……双子の魔霊“シィとスゥ”」
「魔霊って本当に“いる”の? 触れたり人に悪戯出来ちゃうの?」
「魔法が存在しないアンタの世界じゃどうか知らないけど……」
さっき俺が読んだ童話に書いてあったように、なんらかの現象のもとで全知全能とまではいかないが万能のチカラを持つ古代魔法が失われ、代わりに公平とは言えないまでも平等に魔法が行き渡ったこの新世界(“エリヌエ”などと呼ばれているらしいが固有名詞は覚えきれなかったので取り敢えず割愛)
ここでは、副次現象的に魔法の残滓が意志を持つ実体の無い存在、いわゆる“魔霊”となって人々に様々な影響を与える……らしい。
「ちょっと話が逸れるけど……
妙に素早いオトコオンナみたいな不良のボス――姉御とか呼ばれてたヤツと一緒にアンタがぶっ飛ばした……ホント気持ちがいいくらい地平線の彼方までぶっ飛ばしてくれたアタシの魔道具を――」
「うっ……意外と根に持ってたんだ。ごめん」
素直に謝る俺に、ふふんと鼻をならしてほくそ笑むフラメ。
「それを、アタシの下に届けてくれたぼろい栞の話よ。あの時アタシにもちょっとだけ声が聞こえたの。そのぼろい栞も広義には魔霊と言えるわね」
持ち主の手を離れても自立活動出来る程のチカラを持つ、魔法によって生み出された新たな命――それが魔霊?
「じゃあ、死んだ人が枕元に立ったりとかは?」
「ゾンビのこと? 不死者なんかはまた別の領域で考えられているけど、入れ物が有るか無いか、それが人かどうかの違いだから、案外的外れでもないんじゃない?」
う~ん、話が噛み合っているのか微妙なところだ。俺が思ってるのとはちょっと認識が違うというのは分かったが。
「なんて言ったらいいのかな……死んだ人の意志がそのまま残るっていうのは? 新しい命とかじゃなくて」
「うん、ユメルの言いたいことはわかるわ。
例えば高名な魔法使いは、生前の自分の意識を遺書代わりに残したりはするけど、そっちは霊魂とか魂、“幽霊”と呼んで区別されてるの」
幽霊と魔霊は分類がわかれているらしい。
違いはその意識が既存の存在をベースにしたのか、それとも新しい命であるかどうか。純粋な魔法から生まれたモノであるか。
だったら、人間と魔霊は区別出来るのか? 魔霊でも俺が持つ栞のように実体は持てる。それが人間と同じ構造だったら? もし命の生まれる過程に魔法が絡んだならば、その命は人間と呼べるのか? 逆に魂が人でも器が人間でなかったら? ……難しい事は取り敢えず置いておこう。
2人でフラメの両親を近くの部屋のベッドに運び、そこで作戦会議を始めた。
「で、今回のは――」
「間違いなく“魔霊”よ。アンタのぼろい栞もそうだと思うけど、魔霊は基本的に自活出来る。ただし、術者が継続的に魔力を与えるなりして育てない限りは成長しない。
お父様とお母様に訊いたところシィとスゥは姿、性格ともにせいぜい5~6歳くらいの男の子と女の子だから、典型的な魔霊とみていいんじゃないかしら。
幼少から強力な魔法使いが、幼くして意識だけを残して死んでしまった……なんて可能性も無いとは言い切れないけれど、そんな凄い人だったらつまらない悪戯はしないと思うわ」
「なんでフラメのお父さんとお母さんを脅かして気絶させちゃったの?」
「アイツ等のいつもの手口なの。アタシやお姉ちゃんは極端に魔力が大きいから、魔霊が行う程度の魔力吸収じゃ気絶なんてしないんだけど、お父様とお母様は普通の人の範疇だから、何かで驚かされてる隙に体をすり抜けられたくらいで魔力が空になってフラっと……それ以上抵抗出来ないから、魔霊にとって格好の獲物になっちゃうわけ」
俺の場合は、気絶するどころか栞に殺されかけたけど……あの時は黒ずくめの少年の悪意ある魔法が混じってたようだから例外かもしれない。
「しかも決まってアタシかお姉ちゃんが家に居る時、それでいてお父様お母様とは別の部屋に居るところを嘲笑うかのように狙ってくるのよ。もっとも、直ぐに介抱してあげられるおかげで、今のところ大事になってないんだけどね」
両親の顔を窺いながら苦い顔で話すフラメ。気絶させられた二人はまだ意識が戻りそうにない。
「前の住人もその前の人も、この家に来て1ヶ月もたずに去っていったらしいわ。中にはそこそこ力のある魔法使いもいたらしいけど結局……あの双子はふざけているのかしら? それともこの家を守っているつもりなのかしら?」
「何にしても退治するとか、ここから追い出す方法は無いの?」
「魔霊に物理攻撃は効かないわ。全部すり抜けて家の方が壊れちゃう。魔法にしたってアタシのは炎、お姉ちゃんは氷、ユメルは風かしら? どちらにせよ全部物理攻撃の範疇ね。
引き合いに出すようで悪いけど、アンタのボロクソな栞みたいに依り代がハッキリしてればどうにでも出来るわ。でも、もし自縛霊みたくこの家全部が依り代だとしたら全部燃やさなきゃいけないし……」
「どうでもいいけど、さっきからフラメちゃんがぼろいぼろい言う度にポケットの栞が暴れるんですが」
今まで魔霊をどうにも出来なかったフラメに、魔法使い初心者の俺が加わって考え込んだところで、名案が浮かんでくるわけがない。
「フラメちゃんの両親にこれ以上の危害は加わえられない?」
「そうね……気を失ったり、びっくりして腰を抜かしたりした後は、魔力を吸い取る以上の追い打ちをかけることはなかったわ。これまでは」
「じゃあ、少しここを離れてフラメちゃん家を探索してみてもいい? まだ来たばかりの私だけなら、双子が接触してくるかもしれない」
「そうね、アンタなら魔力も相当高そうだから簡単にやられはしないでしょうけど……一人で平気? アタシが付いていったら意味ないんだけど……恐くない?」
俺を一人で行かせることに不安な顔だ……いや、フラメの心配そうな顔の影にはどこか底意地の悪い笑みが覗いている。
「別に魔霊なんて(幽霊すら見た事ないけど)怖くないよ。お屋敷には魔霊以外にも何か特別なものでもあるの?」
「いえ、大したものはないわ……どうせユメルには見つけられないだろうし。
もしアタシ達家族の部屋以外で何か掘り出し物があったら、一言言ってくれれば貰ってくれても構わないわ。でもなんでそんな事訊くの?」
両親が倒れてるのにそんな笑顔を向けられたら普通気になると思う。さっきからなんか引っかかる言い回しばかりだし。双子以外に何が待ち構えているのか非常に気になる。
「じゃまあ、そこまで言うなら遠慮なく」
物漁りを開始させていただきます。
台所は東西に長い屋敷の玄関から正面の扉を入ったところにあり、東側の廊下の一室にフラメ達がいる。俺は一階から順番に探索を開始することにした。
近づいた扉をシラミ潰しに開けては部屋を覗いてみる。最初の数部屋は掃除が行き届いた普通の部屋だったが、廊下の3分の1を過ぎた辺りから蜘蛛の巣とホコリにまみれた家具、調度品、骨董品がゴテゴテと置かれ、ジメジメと湿気った空気の部屋が増えてゆく。
結局屋敷一階左側には全部で10の部屋があったが、綺麗に片づけられていたのは半分もない。これでは屋敷の庭をどうにかする以前の問題だ。
「……直接物に触る気は起きないなこれは」
俺は薄汚れた部屋の一つに立ちつくしぼやく。
こんな時こそ魔法の出番だろう。
窓の蝶番をこじ開けて全開にすると、屋敷の庭が見える。広大な草原は生き生きした雑草で埋め尽くされ、夕日によってその全てが金色にたなびいている。
俺は幽霊を特別恐がるような性格ではないし、もう心霊写真みてキャアキャア言えるような歳でもないが、ホラー映画は昼より夜、暗い場所で見た方が何倍も雰囲気が出るのは万人に共通する。暗くなってしまう前に出来るだけやってしまおう。
目を閉じる。目蓋の裏で魔法で風を上手に流して物を倒さず壊さず、蜘蛛の巣やホコリ等余分な塵だけを外に吹き飛ばしていくイメージを膨らませる。その通りに風が動くよう手が自然と振られてゆく。
世界を想像から現実へと戻すと、思った通り……とまではいかないが、使い勝手の悪い掃除機くらいには綺麗になっていく部屋を眺めることは出来た。
「はぁ……まだこっちに来て半日くらいか。刺激的なイベントが多過ぎるから、少し頭を整理させて欲しいな」
どうせならもっと魔法の練習もしたい。今のところ自分自身に命の危険はないけれど(ない……よね?)実践の連続ばかりでは下手なことは試せてないし。
掃除しながら思ったが、ちょっと前から働いているというこの屋敷の執事、セバスおじいさんでは魔霊をどうにか出来ないのかな? 少なくとも部屋の掃除くらいはもっとやって欲しい……頑張ってようやく片付いたのが最初の方に見た数部屋分なのかもしれないが。
誰に向けてでもなく小言を言いながら、俺が腕を指揮者のように振って風を操り部屋を綺麗にしていると、
「僕たちの家を荒らすな!」
「オッペ様の思い出の品を壊さないで!」
案の定、双子が当然とばかりに壁抜けをしながら俺の前に姿を現した。