14 インディソフィア家にて
「ユメル様。この度は不甲斐ないわたくしめに代わり、フラメージュ様を助けていただきありがとうございました。セバスチアーノ・ウルズと申します。セバスと気軽に御呼びつけください」
そういえば昔、セバスチャンという名前に興味があって調べた事がある。確かどこか西洋の国の男児に一般的につけられる名称だったと思う。
ようするに日本でいう“太郎”――まではいかないかもしれないが、ある種の名前のテンプレである。
日本人が描く洋風の執事にその名前が好んで用いられるようになった経緯はよくわからないが、今回この人の場合は“たまたまそういうことだった”と思っておこう。
「予め手配しておいた警察がそろそろ到着する頃でしょう。面倒事はお引き受けいたしますのでフラメージュ様をご自宅までお願いします。わたくしは……ボディガードとしてはもう失格でしょうから。今後は尾行などせず執事らしく、正面からお向かいに上がります」
恭しく頭を下げる老紳士に見送られ、俺達は廃ビルを後にする。
俺はこの世界の警察というものを拝んでみたかったが、フラメに釘を刺されてしまった。
「セバスさんは元軍属らしいから平気でしょうけど、警察にちょっとでも関わると“善し悪し関係無く一ヶ月は尾行が付くと思いなさい!”って子共の頃教えられたわ」
フラメは今だって子共だろうに……今は俺もか。
一般人に1カ月も尾行がつくなんて、こっちの警察官は暇なのか忙しいのかわからない。
実際日本の警察のこともよくわかってないなと思いなおしたけど、そこは俺が平凡で善良な市民だったということで。
不良達のアジト? の廃ビル群から徒歩で数分といったところか。
俺とフラメは豪邸と称するに相応しい大きな敷地、それを守るに相応しく巨大な鉄柵門の前にいた。大分錆びついてはいるが、門の両脇には凶暴なキメラが守護像として睨みを効かせていた。魔法の世界なら今に動きだしてもおかしくはないか。
「まだ半日しか経ってないのに久しぶりに帰ってきた気がするわ」
「フラメちゃんって……わりとお嬢様だったんだ」
「初めて王都に来た人がこの家を見せつけられればそう思うでしょうね。
アタシがこっちに来るって決まってから、何十年も訳あり物件で買い手がつかなかったこの豪邸を、お姉ちゃんが更に貪欲に値切って買い取ったの。もう3ヵ月経つのに半分も片づけが済んでないのよ。お姉ちゃんは滅多に研究所から帰って来ないから今はアタシとお父様、お母様と、それに最近雇ったセバスさんの4人で暮らしてるんだけど……正直アタシには合わないわ」
俺にそんな説明をしながら、フラメは両手に力を込めて門を押し開ける。
頑強な見た目に反して鉄柵の門はスムーズに可動し俺達に道を譲った。鋭い眼光のキメラ像も特に動くことはなかったのは少し残念。
王都を少し観光しながらも思ったけど、魔法ってこういう身近な部分では活用されてないみたいだ。以前フラメが言っていた通り魔法学校が最先端の例外なんだろう。それにしては生活水準が高いような……もっと真面目に歴史や文化の勉強しておけば、何か気付けるのかもしれないが。
庭は門から玄関まで10メートル程、申し訳程度の石畳の道を除いて大部分が背の低い雑草に支配されていた。
「そのうち野菜や果物、薬草なんかを育てたいってお母様は言うんだけど……何年先になることやら」
フラメは片づけが済んでいない自分の部屋を見られたみたいに恥ずかしげだった。新しく出来た友人を初めて家に招待するようなものだから当然か。
俺は雑草を横目に自分の家の庭を思い出していた。確かウチもこんな感じ……だったような気がする。無論こんなに広くはないが。
ユメルによって記憶をどうにかされているのは分かっているが家族や友達の事といい記憶が曖昧なのはやはり不安だった。
両開きの玄関扉は、先ほどの門と同じようにフラメの小さな両手であっさり開け放たれた。
俺達を迎えたのはフラメの両親であろう、彼女の面影が見え隠れする夫婦が扉の直ぐ向こうで待ってくれていた。
「お帰りなさいフラメ、そちらの綺麗な髪の子は学校のお友達?」
「ミリューから連絡があってセバスさんが学校まで迎えに行ったんだが、一緒じゃないのか?」
大きく吹き抜けになっている玄関に二人の心配そうな声が響く。
左右には廊下が続いていて、奥にはいくつか扉がある。2階への階段が二つ緩やかなカーブを描いていて、上がりきったところに大きな額縁の絵が掛けてある。
まるでお城の玄関ホールみたいだ。
「ただいまお父様、お母様。ちょっと誘拐されてて――」
「「誘拐!?」」
いくら大人びていてもフラメだってまだ子どもだ。学校では多数の上級生相手に決闘したり、ついさっきまでは縛られ猿轡まで噛まされていたのだ。
そんな彼女も家に帰れてホッとしたのか、疲れを見せながらも両親を心配させないように取り繕う。
「話してもそんなに長くはならないでしょうけど、先に着替えてくるわ。怪我とかは全然無いから心配しないでね。それからセバスさんは警察に事情説明してるから帰りが遅くなると思うので、お母様は夕飯の支度をお願い。後でアタシも手伝うから。
それからこの子は学校で友達になったユメル。夕飯食べていってもらっていいよね? いきましょユメル」
俺の手を引いて階段をズンズン登ってしまうフラメ。
娘の口から出た誘拐事件に対しての動揺が抜けず、目を白黒させて固まる彼女の両親に「お邪魔します」と一言添え、俺はフラメに引きずられながらバルコニーの階段を上がった。
「ここが今のところアタシの部屋よ。適当なところに座ってて」
「これがフラメちゃんの……一人分の“部屋”……だと!?」
「アタシだって未だに広すぎて落ち着かないのよ。着替えてくるからちょっと待っててね。
入学早々図書館に行くくらい物好きなら、そこの本でも読んでるといいわ」
ちょっと得意げに、でも苦笑いしながら部屋の奥へ姿を消すフラメ。
「一つの部屋にいくつもドアが……あっちが寝室? じゃあこっちの扉は?」
この一室だけでも高級マンションのようだ。いや、そんなの入ったことないけれどそれ以上だ。海外ならこれくらい当り前なのか? 海外どころか世界が違うけど。
俺は部屋の中央にある8人掛けテーブル(こんなものがリビングでなく個人の部屋に置かれている時点で察してほしい)の一席に腰を下ろして周囲を観察する。
フラメ自身の持ち物は少ないのか、経年を感じさせるかつて白かった壁紙や、元からあったのであろう同じく白を基調としたタンス、戸棚などが殺風景な部屋をより際立たせている。
せっかくなので、俺は触ってもよいと許可を受けた本棚に向かった。
部屋の廊下側を半分占拠している本のほとんどは、かつてこの家に住んでいた人の物だったのだろうか、かなり年季が入っている。
適当に一冊取ってみた。
「……全っ然読めない」
フラメが苦笑いしてた意味がわかって俺も同じ表情になる。こっちの世界に来てから何故か言葉と文字には苦労しなかったんだけど……それでもここの本は読めない。
今の俺には、明らかに日本語ではない言語が馴染んでいた。精神と肉体の関係なんて現代科学だって解明しきれていないのだから俺に分かる筈もないが、この本の古語のようにユメルにわからない言語は俺にも解らない――今のところはそういう解釈でいいか。
ユメルは俺の名前やら思い出を借りていると言った。自分のことをうまく思い出せないのもそのせいだろう。
逆に俺はユメルの事を何も知らない。記憶にない。
この世界の言語を理解しているというのは、ユメルの最低限の配慮なのかもしれない。
フラメが小さい頃読んで貰ったと思われる、古書と比べれば比較的挿絵付きの童話をペラペラ流し読みしていると、奥の扉が開いてキュロットスカートを穿いた彼女が現れた。
「お待たせ。読書好きなユメルにも古文書は無理だったか。アタシやお姉ちゃんですら全然ダメダメだったんだけどね。でもだからって童話なんか読む事もないでしょうに」
フラメは涼しげなワンピースにカーディガンが透けたような薄い上着を羽織り、金髪のツインテールを解いて流すままにしている。
快活そうな子どもらしい制服姿とは打って替わって上品で物静かな雰囲気だ。優しげな魅力を引き出した彼女に俺は少しだけ見惚れた。これがギャップ萌えというやつか。
「馬子にも衣装?」
「なにそれ、アンタの地方の諺? なんだか馬鹿にされてるような気がする」
「そうでもないよ。ところでこの童話にある昔話って、本当にあったことなの?」
図書館で少し読んだ本の前文が、恋愛要素も足されてよりファンタジーに描かれている。
「さあ、あながち間違いじゃないんでしょうけど……アタシはそんな昔に生きてたわけじゃないし、自分で確かめられるものしか信じない主義だから」
「じゃあさ、ここに書いてある“魔法”と“万能の力”の違いって、今はどう考えられてるの?」
「この話題は前に少し触れた思うけど、より詳しく言わせてもらうなら魔法は“通神の儀”を通して、その人の意思や本能を下地として魔力に指向性を持たせ、媒介となる魔道具を決めて魔力を固定化させることでようやく使えるものなの。そのせいで一人一人が使える魔法は融通が効かない場合が多いでしょ? その筈なんだけどね……まあいいわ。
魔法は指向性を強める程に力を増すのだけれど、その分使い道も限られてくるわけ。どれだけ万能に近い形で魔法を使えるかは先天的な才能の問題ね。でも後天的な努力と頭脳をフル回転させて融通の効かない魔法を一次元上にシフトさせる人も稀にいるらしいわ。
一方で童話に出てくる万能の力は“古代魔法”として研究が続けられてる。童話では限られた人が使える本当の意味で万能な力だけど、現代魔法科学では“誰もが自由に使える便利な技術”として応用性と汎用性を求めて……魔法学校のゲートなんかはその最たる成果なの」
長い説明の後、フラメは何か考え込む表情になってテーブルに突っ伏した。
俺は俺で、自分の魔法について考えていた。
空気を自由に扱えるのは応用の幅が広いと思っていいのだろう。
だが空気をどうにか使って転移に応用出来るかと問われれば……少なくとも俺の頭では考えられない。疑似的に空を飛んだり高速移動は出来ても、空間を自在に行き来するテレポートみたいな事は無理なんじゃないかと思う。
無理に転移魔法にこだわる必要はないが、とすると、ユメルと俺が使う魔法は根本から違うものなのだろうか?
それとも俺がまだ知らない魔法の抜け道があって――例えば学生カード“ローカルゲートホルダー”みたいに、俺から見れば第二の魔道具とも言えるアイテムを使って自分の持つ系統とは違うチカラを……
「ユメル。アンタってもしかして……この世界の人間じゃない?」
「ん? いきなりどうしたの? うん、まあそうだよ。言ってなかったっけ?」
フラメは校長との話を聞かれていたわけだから……あれ? そういえば校長にも“異世界”から来た、とは伝えてないかもしれない。
あの時は“男”であることを隠す方に必死になっていたわけで。
「あらあら、思いつきで言っただけなのに随分あっさり白状するのね」
「だって別に隠すことでもないし、自分がその話を聞く立場だったらまず信じないだろうから」
こんなにぬくぬくといられる世界でなかったら、今でもこんな現実からは逃避してるだろうし。
「常識のない人間だと呆れてはいたけれど……異世界から来たなんて誰も思わないし、何か証拠でもないと信じたくない気分だわ」
「じゃあなんでそう思うの?」
「今さっきアンタが話したおとぎ話の一説として、異世界からの干渉が原因で魔法の理論が変化したって考え方があるの。だから、私たちとは違う世界から人が来たっておかしくはないでしょ?あとは……」
「あとは?」
「乙女の感」
「……」
「……」
笑うべきか
「オホン。もう一つ、アンタは隠してる気がする」
「えっ!?」
「アンタと話してると、時々大人を相手にしてるような気分になるの。でも妙に落ち着いてるかと思ったら、変なところで慌てだしたり……本当に異世界人だっていうなら分からなくはないけれど、どこか違和感があるのよね」
俺は…………どう話せばいいのだろう?
彼女は鋭い。だがその眼差しはまだ推測の域を出ていないと語っている。しかしこのまま一緒にいる時間が長くなればなるほど、フラメの疑念は大きくなりいずれは――
自分の境遇について素直に話してしまうべきか。真偽をどう判断されるかは置いておいて。
その時フラメはどういう反応をするだろうか……楽しみだが嫌われてしまうのは恐い。
いずれ迎えてしまう“その時”の為に、緩衝剤として口頭で説明しておくのはありかもしれない。
「……最初に断っておくけど、絶対に大声で叫んだり、魔法をぶっ放さないって約束してくれる? 今から言う事は嘘ではないけど多分信じられない、もしかしたらフラメちゃんとしては信じたくないことかもしれないから」
「いいわよ。けどそんなに驚く事なの?」
多分俺がフラメの立場だったらこの家を灰にしてしまう……かなあ。いやそこまで嫌われたら凄く悲しいけど。
思春期に入ろうかという少女の思考からは、どんな反応が返ってくるか想像もつかない。
「フラメちゃんの言ってたことは大当たりで、私はこの世界の人ではありません。魔法なんてこれっぽっちも存在しない世界から突然飛ばされてきました」
「うんうん……それで?」
「ここからが大変というか山場というか…………実は私は、いや俺は向こうの世界では――」
「キャアーーーーーーーーーーーーー!!」
「「えっ!?」」
叫んだのはフラメではない。
階下から聞こえたとは思えない大音量での女性の声。
現在この豪邸でフラメ以外の女性は彼女の母親だけだと思われるがはたして……
「アタシ達が誘拐された時に届けられた身代金要求の手紙でも見つけたのかしら? でもこんなに驚くなんて……もしかしてアタシじゃなくお姉ちゃんが誘拐されたと思ったとか。そしたらアタシもビックリだけど。
そうでなかったら、また例の双子の――」
双子?
「うああああーーーー!」
今度は男性の、恐らくフラメの父親の叫び声。
俺達は無言で頷き、同時に部屋を飛び出した。