13 自分の限界とは
「ありゃ、なんで戻ってくんの? つーか嬢ちゃんの魔道具は姉御が奪ったよな? なんで魔法使えるの? もしかしてあのパワーとスピードは魔法じゃなかったの?」
「忘れ物というかなんというか、貰えるものは貰っておこうと思って……」
問いかけにまともに答えずに、俺はせっせと二人の不良、サングラスと太っちょのボディチェックを始めた。
「ちょっ!? うひうひうあひゃひゃはひゃ! やめろお嬢ちゃん! その歳でそんな趣味に目覚めちまっひゃひゃひゃひゃ!」
「失礼な! 男の体なんて触る必要もないくらい知り尽くして……いえなんでもないです。
んっと……やっぱり持ってた」
サングラスの背広の内ポケットから黒い球体、魔法を無効化するというアイテムを奪取した。黒いゴムボールのような形状と弾力をしている。ただ手に取っただけでは何も起こらないようだ。
「なんで常に使っておかなかったんですか?」
「はぁはぁ……“リセットボール”のことか。自分で使ってみればわかるさ。ま、嬢ちゃんみたいに魔法学校通える天才なら大した労力じゃないんだろうがな。そんなアイテムいくら使おうが結局最後は魔力の強いヤツがおいしいとこ全部もってくんだ」
魔法の才能で全てが決まってしまう世界か。俺が生きてきた世界と比べたらどっちがマシだろう? 先天的な才能による優劣があるならちょっと不公平な気もする……そんなの魔法でなくともある話か。
「普段魔法を使う感じでそのボールに意識を向ければ、勝手に魔力を吸い取って起動してくれるぜ。
それよか嬢ちゃん!! アンタは魔法使いよりくすぐり師、いやマッサージ師に向いてるな。俺は決してロリコンではないが、その愛らしく魅惑的な五指で毎晩楽しませてくるならグゲッ!……」
サングラスを無言の状態にしてから先を急ぐことにする。
俺は先ほどまで幽閉されていた廃ビルから出口(外に出られるなら窓でも構わない)へ向かいながら、今この手に握っている黒い球体“リセットボール”にどう対処したらいいか悩んでいた。
奴等が所持しているボールが、俺が奪ったこの1個だけってことはないだろうし……やっぱり効果範囲外、遠距離からの不意打ちか……でもひょろっとした不良が言うには、そういうのが本来の魔法での攻撃らしいから、遠くから魔法打っても、ボールが起動してたら攻撃が当たる前に相殺されちゃうんだろうな。
モノは試しと黒球に意識を込めるイメージ。
「あ~……体から何かがすっごい勢いで吸われるわ~」
常にジョギングしてるくらいの心持だから、俺なら数時間は起動状態を保持していられそうだ。あとなんとなく感覚で分かったが、込める魔力の量に比例して効果を及ぼす範囲が増減するようだ。これだけ燃費が悪いなら、使用されても距離を取って持久戦に持ち込めばなんとかなるだろう。
そんな風に考えながら走っていたら、既に外の風景が目に入ってきていることに気づいた。
「フラメちゃん達は何処に行ったのかな……っと!?」
俺の言葉を待っていたかのように爆音と衝撃で廃ビルが震えた。少し離れたところで誰かが闘っている音がする。
散発的に聞こえる強烈な爆発音にフラメの身を案じつつ、俺は震源地へと向かった。
「あんた、やるじゃんか!」
「はぁ、はぁ……貴様こそ、フラメ様を誘拐しようというだけのことはありますな」
「はっひゃえひぇひゃふ!!」
闘っているのは不良3人組の姉御と――先ほど公園で読書に励んでいた御老人。俺が誘拐されるところに全く気付いた様子がなかったのは演技だったのか?
2人の闘っている視界の隅には、猿轡をかまされても全く静かになっていないフラメが意味を成さない言葉を叫び続けている。
老人は片手で本を開き、もう片方の掌から赤い炎の弾――炎弾を連射して姉御を揺さぶっている。相手に攻撃の隙を与えないつもりのようだが、いつまで持つだろう?
炎弾が周囲の瓦礫に当たって時折爆発音を奏でる中、俺は二人の闘いを注意深く見守りつつもフラメの下へ急いだ。
「ふあっ! ユメル! 無事だった? 変なことされてないでしょうね?」
猿轡を外されたフラメの第一声は俺の心配か……まあ、うれしいけども。
「フラメちゃんよりは大丈夫だから、もうちょい自分の心配もしなよ。
状況はよくわかんないけど、あそこの二人がドンパチしてる間にさっさと逃げよう」
姉御はまだまだ余裕の表情で、笑みすら浮かべながら踊る様に炎弾を回避し続けている。
恐らく持っているであろうリセットボールを使わないのはその必要がないからなのか。掠りもしない炎弾を連射する老人は色濃い疲労を浮かべている。
「あのおじいさん、アタシが王都に来た時にお父様が雇った執事兼ボディガードなの。そんなの要らないって言ったんだけど……
実はさっきから公園で監視されてたでしょ、気付いてた? アタシはそれにムカついたから、飲み物買うついでに巻いてやろうと思ったのに、こんなことになるなんて」
責任を感じているのかフラメは言葉を濁す。普段は高慢ちきだが憎めない表情も少々暗くなっている。
「少なくとも今はそのせいで……アタシを守るために戦ってくれてる。このまま見捨てるなんて絶対に出来ない! 例え魔道具無しの役立たずだとしてもアタシは――」
正確に現状を把握し無力な自分を嘆く一方で、子供らしく真っ直ぐな感情を捨て切れず足掻こうとするフラメの心。
多少高慢さはあるかもしれないけど、何より友を大事にし仲間を守ろうとする。
こんなに良い友達の為だったら、体を張って守ってあげてもいいと思える。
だから今俺に出来る事は1つしかない。後で思い返せば、助ける手段は1つではなかったかもしれないけど……
「フラメちゃんは、私が捕まったと思って仕方なく魔道具を渡しちゃったんだよね? だったら今回は私の責任でもある。あのおじいさんを助けて、フラメちゃんの指輪を取り返してくれば解決だよね?」
「……ユメルが戦うっていうの? 無理よ! あんな無茶な魔法の使い方したらまた気絶しちゃうわ。アンタは多分――魂が特殊だから、体が大丈夫でも精神が魔法を使うことに慣れてないのよ。そもそもアンタだってヨレヨレの栞みたいな魔道具取られてるじゃない……?あれ、でも……それじゃあどうやってあの不良達をぶっ飛ばしてきたの?」
無言でフラメにウィンクする。彼女の拘束は敢えて解かず、俺は一足で決闘者達の間に割り込みに行った。
「もう終わりかい? まあまあ綺麗な花火だったけど燃費が悪いし時代遅れだったね。そろそろこっちから行かせてもらうわよ!」
「くっ、これしきのことで体がついていかぬとは……ボディガードの方はもう廃業ですかのう……せめてあと10年若ければ」
不良3人組の女棟梁(以下姉御と称す)は、玉数の減った炎弾を易々と掻い潜り、肉食獣が獲物を追うような素早さで老人との距離を縮めた。そして人間離れした速度をそのまま脚に乗せ、疲労困憊の老人へと回し蹴りを放つ。
あんなのを人間がくらったら……さっきまで俺がいた廃ビルすら倒壊させてしまうような鬼神の一撃だった。
――だからそれが決まるか否かの刹那の間に、俺の魔法は老人の下へ……
姉御の必殺の一撃が決まる瞬間、老人は蹴られたら飛んでゆくであろう方角に予定調和の如く“自ら”吹っ飛んでいった。
「ふう……間一髪?」
俺は冷や汗をかきながら、老人を庇うように姉御の正面へ立つ。
老人は飛んでいった先、瓦礫にぶつかる寸前で空気のクッションに当たり失速、そのままくったりと地面に寝かされる。
「銀髪の可愛いお人形さんか……あんたは単なる人質のおまけのはずだったんだが。
ジムとテリーはどうした? お前の魔道具はこうしてあたしが持っているはず――」
「あの栞は魔道具ではなく私の友達……もしかしたら弟みたいなものです。フラメちゃんの指輪と一緒に返してもらいに来ました」
俺は小指と薬指を折ってそれ以外を真っ直ぐに伸ばす。遊びでよくやるような銃の形を作って、訝しげな表情の姉御へ向ける。
今の俺と姉御の間合いは20メートル程。
「降参するなら今のうちですが――」
「どっちがだよ!? あたしをあのチンピラ3人組と同レベルだと思ってないだろうな?」
そう言うと姉御は上半身を両腕が地面つかないぎりぎりの位置まで下げ、本物の獣のような格好で俺へと狙いを定めた。
老人との戦いでの身のこなし、あの回し蹴りの速さと美しさは、多分何か格闘技でもやっていたのだろう。そして更に魔力を純粋な肉体強化にでも充てているのか……あんなに速く動いてよく体が持つなあ。
相手が喧嘩慣れしてるだけでなく格闘技の技術もあるなら、俺のなんちゃって護身術程度じゃ、風の力を借りても分が悪いかもしれない……まともに喧嘩をすればの話だが。
「あなたは頑丈そうだから……むしろ手を抜いたらこっちが殺されそうなので全力で! 一発で決めます!!
あの黒い球体“リセットボール”でしたっけ? 使ってもいいですよ?」
俺は目を閉じ指先に集中する。
周囲の空気が圧縮され指先の一点に集束していくのを感じる。
「……へえ、すげえ魔力の塊だ。氷の魔女にも匹敵するんじゃない? 良い予行演習になりそうだ」
あんな攻撃当たったら死んじゃうかもしれないのに。
俺も高まる鼓動に緊張以外のものを見つけた気がする。
「まさかオマケがこんなおもしれえガチンコ勝負をくれるなんてな。小細工なんて勿体ねえな! あたしも本気で駆け抜けることにするぜ」
姉御は上体をさらに落とし両手を地面に完全に付け、体を限界まで地に伏せた。クラウチングスタートと獣の走法の間をとったような体勢。
お互いに最大の一撃を決めるべく、最高のタイミングを得る為の静かな間
「ジムとテリーの仇だ……ブッ潰す!!!」
「仇って……」
別に命を取ったりはしてないんだけどなあ。
先に動いたのは、多分姉御の方だった。
たとえ目を開いていても霞んで見えただろう、先ほど老人に向かっていった時とは比べ物にならない、一頭の獣が弾丸のような速さでこちらに突進してくるのを感じる。
『敵の勝機はこちらの勝機だ――実力が拮抗してるなら出し惜しみするな、先に本気を出した方か、自分の土俵に持ち込んだ方の勝ちだ』
突然、過去の記憶から“師匠”の教えが流れてくる。子ども心ながらよく鵜呑みにしたものだと苦笑いする。
しかし心は静かに冷静に
姉御が単純な“走”から“技”に転じるその瞬間を
“ならば視界の果て、無限の彼方、地平線のさらに向こう側まで――消え去れ”
目を開き魔法の引き金を引く。ほぼ同時に姉御の腕が俺の指先の銃身に触れる。
神速の拳と空気砲の拮抗は一瞬だった。
姉御は、自身が駆け抜けた直線を倍のスピードでもんどり吹き飛びながら上昇し空の彼方へ。
俺の視界から見た彼女はあっという間に豆粒に、アニメで敵キャラがやられ星になるように――効果音も無く消えていった。
音の速度を軽く超えていたスピードでも体が千切れないなら、多分命に別状はないだろう。
俺に向かって何か叫んでいたような気もするが、声も風と共に飛んでいってしまったようで何も聞きとることは出来なかった。
「ふう……ちょっと疲れた感じだけど、気絶はしなくて済みそうだ」
「馬鹿みたいに素早いあの女も頭おかしかったけど、アンタもあんなに濃い集束風魔法使ってよく体が持つわね」
縛られたフラメを今度こそ自由にし、俺の魔法でフワフワ浮いたまま気絶している老人を介抱しつつ俺も一息。
なんだかんだで結構危なかった。魔法に全力を注いだ一発勝負ならまだこちらに分がある
と読んでの真っ向勝負だったけど、あの速さで動ける敵なら俺の攻撃なんて容易く避けられただろうに……相手が分かりやすい性格でよかったと思う。
「図書館で少し魔法の練習出来たから。でもフラメちゃんのドラゴンには敵わないよ」
「アタシは特別なのよ! ……アンタは魂が特別なんだろうけど」
俺の体は“さらなる力を使え”と猛っているが、今は精神的な疲労で気持ちがついていかない。
より強く魔法を使いたいなら、もっとこの体に慣れる必要がある。その必要があるかどうか、どんな道を進んでいくのかはこれから考えていけばいい。
……別の意味でも色々慣れなきゃいけないことがあるかもしれない。
元の体に戻れる日はくるんだろうか? うまく戻れても男の体に違和感持っちゃったらどうしよう?
「ところでアタシの指輪は?」
「……えっ?」
「えっ?」
忘れていた大事なことは、疲れた頭に重たくのっかってきた。
「…………フラメちゃんの指輪……私の栞も、一緒に地平線の彼方へ」
「ああああああもう今後アンタに頼るのはダメ!絶対!!
……………………………
……もうだめだ……アタシは落ちこぼれるんだ。そして一生お姉ちゃんの奴隷としてこき使われるんだ……」
俺は初めてみるフラメの超ローテンションに絶句していた。体育座りで小さな体を更にどこまで小さく丸められるかの限界に挑戦しながらブツブツ呟くその姿は、本当に他人事なら大笑いしていたところだ。
しかし直ぐに、嘆く少女を慰めるかのように紙屑が“コツン”と音を立てて彼女の頭に落ちてきた。
「こんな丸めた紙屑すらもアタシを馬鹿にする時代がもうすぐやって来るんだ……いえもう来てしまっているのね……ユメル、アタシこれからあの公園でこんな紙屑を拾って生きていくことにするわ……馬鹿にしてくれても構わないからたまには顔を見せに来てね……
……?」
拾った紙屑を凝視するフラメ。
俺も彼女の手にあるものに視線を奪われる。
「それ、ボロボロでヨレヨレの――私の栞?」
ただの紙屑ではなかった。いや……忘れててごめんなさい。
丸まってくしゃくしゃで、そこいらの紙屑と変わらない栞の中には、フラメがそうであって欲しいと願った通りのものが包まれていた。
「アタシの……指輪」
“お姉ちゃん、僕を失くすのは構わない。こんな見てくれなのは僕も理解はしてる。その分僕がお姉ちゃんを見つけてどこまでもついていくから。ゴミ箱に捨てられても本の間に挟んで忘れられても――
でももしお姉ちゃんが自分の意思で僕を捨てたら……怨むよ?”
「ハイ……以後捨てないように気をつけます。指輪届けてくれてありがとね」
地平線を超えた栞の執念(怨念?)に感謝すべきか恐怖すべきか。
嬉し泣きしているフラメが見られただけ良しとしよう。