12 油断と油断
俺の誤算はこの世界を知らなさすぎたということか。
魔法が当たり前のように存在するこの世界で、単純に力の強い魔法使いが常に最強なんてことはありえないのだ。
初動は面白いくらい順調だった。初動だけは。
「うぐえっ!?」
まずは一人目、太っちょの鳩尾へ拳を浅く当てる。風圧で速度、打力共に強化された一撃は、子どもの遊びみたいな攻撃でも相手をふっ飛ばし悶絶させる程度には強力だ。
まさかの子どもからの不意打ちに、口を開けて馬鹿みたいにへらへら笑っていた不良二人の表情が瞬時に引き締まる。
だが俺は間髪いれずに風を利用し、速攻で二人目のサングラスの背後に回り込んで軽いミドルキック、両膝を膝カックンの要領で折って頭が下がったところへ掌底を決め気絶させる。
「……マジかよ」
最後の1人、ひょろっとした体躯の青年は俺の素早さと身のこなしに驚愕の表情を作りながらも逃げ腰にはならず、半身を下げて戦闘態勢をとった。
「今なら土下座で許してあげるよ?」
俺の勝利宣言にも無言のまま体勢を崩さない。
舐めていたのは自分の方だったかもしれない。
「じゃあ……これで終わり!」
俺は馬鹿正直に、だが常人なら頭で分かっても体が反応しない程の速度で突っこんだ。
「……あれ?」
相手まであとほんの1メートルに迫ったところで、風を利用し滑るように移動していた、ほとんど空を切って飛んでいた足が止まった。
同時にさっきまで軽かった体がズシンと重くなった。普段と同じかそれ以上の重力を感じる。
「いやあ、エリート様を舐めてたわ。直接魔法をぶっ放さなくてもあんだけ動けるとはな。油断しまくってたぜ」
余裕の表情に戻った青年の片手には、丸くて黒い球体が握られていた。
「なんで……いきなり魔法が使えなくなっちゃったの?」
逆に俺は焦りと緊張と体の異様な重さで嫌な汗が出てきた。
「こいつはな、一定範囲内の魔力を分散させて使えなくしちまう優れモノなんだよ。その分起動中は使用者の魔力をガンガン吸い取ってくがな」
掌大の黒い球体をくるみのように弄びながら不良は俺の片手を掴んで締め上げる。
「……くっ。そんなものがあるなんて」
見た目以上に強い力で抑え込まれ俺は抵抗出来ない。
「まだ軍部でも試験段階らしいからな。それにしてもよ、初っ端真っ向から相手の懐目指して攻撃してくるなんて魔術師らしくねえなあ。普通遠距離からの撃ち合いがセオリーだろうが……姉御にちょっと似てんじゃねーか? おいジム、ケリー! いつまで寝てんださっさと起きろ。ガキだからって油断してんじゃねーよ」
俺が昏倒させた二人を軽く足蹴にして起こす。
手首を強く掴まれてるだけなのに魔法が使えず力も湧いてこない俺は、ひょろ長の青年に引きずられるようして黙って付いてゆくしかない。
「誰か助けて~」
必死の叫びのつもりが棒演技みたいな声しか出て来なかった。ここまで無力化されてしまうと思考まで弱気になりそうだ。
「さっきまでの覇気はどうしたよ嬢ちゃん、腰が抜けてるぜ? まあこの辺りには人避けの結界を張ってもらってるから助けを呼んでも無駄だけどな」
新しく手に入った力――魔法に溺れて調子にのったのがいけなかったのか。
そもそも自分にはもっと別の闘い方があったのではないか。
この一部始終にまるで気付く様子もなく読書している老人を、俺は悔しさも相まって強く睨みながら、3人組のアジトまで為す術なく連行されていった。
「あ~くそ騙された! まさかユメルより先に捕まっちゃうなんて」
町はずれの廃ビルらしき不良達のアジトでは、俺の唯一無二の親友が先客として迎えられていた。
ロープでがっちり締めあげられて息をするのも辛そうなのに、フラメの強気な態度はまるで挫けることを知らないようだ。
「お前達、意外と手間取ったようだね」
「へい、可愛い顔して中々の武闘派だったもので」
フラメを見張っていたのは髪を短く刈り込みパンクな恰好をした若い……女? 見た目はなんだか中性的なのだが声質からは女性だと思われる。普通にしてれば綺麗だと思われる顔なのに、意図的にドスの入った高いしゃがれ声と奇抜なメイク、服装のせいでヴィジュアル系を目指して失敗した男性モデルのようにしか見えない。
「『お友達が先に待ってるわよ』なんて人質取ったみたいに言われちゃったら、ユメルの無事を確認するまでコイツ等を灰には出来ないじゃない」
「ごめんねフラメちゃん。どっちにしろ捕まっちゃって」
「ユメルは悪くないよ。アンタはアタシが守るってあの渋面オジンに言ったばかりだったのに……別行動なんてとらなきゃよかった」
「オイッ、あんまり喋るなよ? 変な動き見せたら女子供だって容赦しないから。インディソフィアの娘、お前は身代金と交換するための人質だ。そして銀髪のお前はこの娘が妙なことしない為の人質だ。ナット! このお嬢様の家に身代金要求の手紙を出してきな。ジムとケリーはこのお人形さんみたいな銀髪を別の部屋で見張っとけ」
「「「ヘい姉御!」」」
アニキの次は姉御か。大した関係はなさそうだけど。
「……ああそうだ忘れてた。念の為お前の魔道具は預からせてもらう。友達が痛い目みるのが嫌だったら素直に出しな」
姉御とやらはフラメの魔道具であるルビーの指輪を両手で弄びながら俺に言う。
「ダメよ! アンタまで魔法使えなくなったら為す術なくなっちゃうじゃない」
「この娘はちっとも大人しくならないねえ……ジム、さるぐつわでも噛ませとけ」
フラメは口を封じられてもちっとも大人しくならず、むしろ一層元気になって激しく首を横に振るが俺には他に手が無い。物も無いが……
俺は大人しく唯一の所持品である“継ぎはぎだらけの栞”を姉御に渡した。
「へえ、こんなんが魔道具とは珍しいな……だが確かに魔力の残滓を感じる。これなら脆い分修復も楽か、安直だがおもしろい発想だな。子どもらしいといえばらしいが、親にアドバイスは貰わなかったのかねえ……?」
姉御は栞をポケットにねじ込みながら替わりにタバコを取り出して咥える。
「ほらお前たち、さっさと自分の役割を全うしな」
「「「へい姉御!!」」」
「あ~あ、つまんないなあ。なんか面白い事無いかなあ」
廃ビルの一室で俺は2人の不良と向き合っていた。お互い数分は沈黙を守っていたが、先に折れたのは俺の方だったようだ。
魔法に頼ってあっさり捕まって、またフラメに迷惑をかけて、こうやって退屈して……自分が精神的に大人だったのか自信がなくなってくる。
「まったくよう……こっちだってつまんねえよ。もうちょっと育ってる娘ならお互い楽しめたのによ」
「……エッチなことして?」
お互い退屈しのぎの戯言だ。
「ホントだぜ嬢ちゃんよう。脅し文句であんな事言っちまったが、真性のロリコンはナットの小兄貴だけだ」
「全く、あの趣味だけは理解できねえよ。ガキのまっ平らなムネ見て何が嬉しいんだ? 赤ん坊見てるほうがまだ癒されるぜ」
「そういうわけで、少なくとも俺達はいくら可愛くたってまだ化粧も出来ねえションベン臭えお子様相手には何もしねえし興味もねえから。安心してお昼寝でもしてな」
「知ってるか? 良い子は寝て育つんだぜ? 俺達は悪い子だからきっと寝不足だったんだな……はぁ、姉御は絶対分かっててこの役割分担命令してる……なんだかんだで子どもには優しいよ」
廃ビルの別室に連れて行かれた俺と監視役である二人の子分達。
お肉がいっぱい付いてる方がジムで、サングラスしてる方がケリーというらしい。
二人とも見た目こそアレだが誘拐なんてするような人間には見えない……付け入る隙もありそうだ。
俺も一応フラメと同じように二人にヒモ縛られてたが辛くは無い。むしろゆるゆるでいつでも抜け出せるような状態だ。
魔法さえ使えなければこんな少女にどうこうされるわけがない、まあ普通の考え方だ。
「ねえ、お兄さん達はなんでこんなことしてるの? フラメちゃんのお家に恨みでもあるの?」
二人は顔を見合わせ少しの間思案顔だったが、暇つぶしにと太っちょの方からとつとつ話してくれた。
「いやあ昔オレ達はどうしようも無いチンピラでよう、まあ今もそんなに変わってねえんだがな。ケンカで姉御にボロボロにされてよ。オレ達単純だから直ぐに懐いちまったんだ」
「姉御は仲間には優しいし女とは思えねえ肝っ玉だし、何より強いぜ。道のど真ん中でうんこ座りしてタバコ吸ってたいかつい男3人に……まあオレ達のことなんだけどよ、ボロクソに言ってきてさ。それでこっちが逆ぎレしたら、変な動きで俺達3人ともポンポン吹っ飛ばされてな」
「とまあ、それからしばらく姉御にくっついて色々バカやってたんだけどよ。その頃が一番楽しかったかなあ。
でもついこの間、氷みたいに冷徹な顔して呆れる程手段を選ばない女に目をつけられちまってさ。結果姉御共々ムショにぶち込まれちまったのよ」
「ソイツのやり方が酷過ぎたせいもあって、オレ達も割と直ぐに出所出来たはいいんだが、姉御の頭に登った血が全く降りねえの――『あの女絶対に許さねえ!!』って」
「それでその氷の女の事を調べたら、インディソフィアって家の長女だとわかったんだが……」
フラメの姉だよな。気に食わない相手だと不良にも手を出すのか。
「王立研究所のNo.2だとかなんとかでガチンコするにはガードが固くて」
「そもそもガチンコでも勝てそうにないけどな――」
「そこは黙っとけ! で、姉御の怒りが収まらないんで取り敢えず情報収集だけは続けてたら、最近家族が王都に引っ越してきたっていうじゃねえか」
あとは狙いやすそうな次女をターゲットにして身代金で間接的に鬱憤を晴らす、もしくはおびき出して人質確保したまま決闘か。
「銀髪の嬢ちゃんにはとばっちりだったよな。まあ大人しくしてりゃ後で次女の嬢ちゃんと一緒にお家まで送ってやるから。緊張して喉乾いたろ、なんか飲むか?」
「ここには酒しかねえだろ……買ってくるか」
「頼んだぜジム」
「何、ちょっとしたダイエットだ」
サングラスは見た目よりずっと優しいし、太っちょは見た目の割に小回りの効きそうな性格だ。
こうして話を聞いた後だと凄くやりにくいけれど、俺自身このまま状況に流されるのは性に合わないし、フラメの姉に誘拐の情報が入ってしまうとフラメや俺にも危害が加わる恐れがある。
「二人ともそんなに悪い人じゃないけど……ごめんなさい」
「!?」
紙人形が紙束を飛ばした攻撃を見て思ったが、空気でも要領よく流せば物を切れることを自分の魔法にも応用出来ないかと考えた結果――俺はエアカッタ―とかカマイタチ等と呼ばれるものを再現してみることにした。
指先から小型ナイフのような薄くて鋭い風をイメージ。自分を縛る縄だけを注意深く断ち、俺は動揺する二人の視線の間を即座に駆け抜け背後に回った。
慌てて振り向こうとするサングラスの脇に肘打ち悶絶、返した逆手で太っちょにの首に手刀を当て気絶させる。
「当て身なんて何年ぶりに使っただろう?」
ユメルの記憶操作のせいか幼少時の淡い記憶が更に劣化しているが、おぼろげに思いだされるおじさんとの修行――と言う名のガキのおもり。
「さて、うまく抜け出せたはいいけどこの後どうしようか……あの黒い球体をどうにかしないとさっきの二の舞だ」
いっそこの廃ビルごと崩してやろうか。これだけ魔法を使うことに慣れた今なら大嵐を起こしても気を失うことはない気がする。
だがフラメを巻き込んでしまうかもしれない。彼女は今魔道具を取り上げられて魔法を使えないらしいから、なるべく安全に助けたい。
俺は千切ったロープに魔法をかけ、二人を適当に縛り上げた後、足音を立てずに部屋を出た。