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10 孤独な戦い

 紙のカッターに比べれば本棚が倒れてくる速度それ自体は大したことない。

 問題は面での攻撃。左右どちら側かへ走り大量の本の下敷きになるのを防いだとして、敵もそれは読んでいるはず。本気で俺をどうにかするつもりなら間髪入れず追撃を仕掛けてくるのは確実。

 ならば……コンマ数秒の思考から脱した俺はその場から動かないことを選択した。

 俺が一瞬の間にまばたき(そもそもまばたきは一瞬だけど)すると、倒れかかった本棚は何処からか吹いた突風により仕舞ってある本ごと綺麗に体勢を立て直した。


 しかし、相手にとっては想定外であろう俺の回避方法に対しても攻撃は止まなかった。

 今度は左右から、人体など容易く切り裂いてやろうと鋭利な紙吹雪が勢いよく舞う。

 前後は本棚に挟まれ左右は紙カッター。

 俺は今度は瞬きの間に図書館の床石を蹴って本棚を足場に3角跳び――反対側の本棚の上に着地して紙の嵐をやり過ごして周囲を見渡すが、


「誰も……いない?」


 少なくとも俺から見える範囲に人の気配は無い。先ほどまでと変わらない無人の静寂が俺を包む。

 と、再び紙吹雪が舞い上がり今度こそ俺の四方を完全に包囲する。


「はッ!」


 体を1回転させながら気合と共に目をカッと見開き、紙吹雪をチリ紙の如く全方位に吹き飛ばした。

 思ったよりいけるかもしれない。この程度なら連続で魔法を使っても体には問題なさそう。付け焼刃に過ぎないが、身体をうまく動かす方向に風を使えば大抵の障害を突破出来そうな気がする。

 でもこの程度の攻撃――もしかしたら弄ばれている? 図書館内だから派手な魔法は使いたくないのか?

 だったらお互い様だ。俺だってココに来て数十分しか経っていないのに、気絶しちゃうような魔法を使った挙句、手がかりになるかもしれない書物を自らの手で紙屑にしたくない。


「出てこい。来ないならこっちから――」


 行くぞ、と言いたかったが俺は未だに敵の居場所がわからない。

 というか、そもそも俺がこうやって誰かに狙われる要素なんて今まであったか?ユメルのバックグラウンドが不透明過ぎてなんとも言えない。

 もし原因が“ユメル”でなく“俺自身の行い”にあるとすれば、フラメをリンチしようとした不良生徒達の誰かが逆恨みして……くらいしか思いつかない。

 それに持久力の問題もある。まだ自分でもよく分かっていない魔法をどこまで使えたものやら。やっぱり本日三度目の気絶を覚悟しないといけないかもしれない。


 今は俺に出来そうなことをしよう。

 その場で目を閉じ精神統一。俺が風を自在に操れるなら、図書館全体の空気の流れを読んで、敵の居場所も感じとれるかもしれない。

 俺の動きが止まっても敵は待ってくれない。またもや紙吹雪が襲ってくるがこの程度なら……

――俺は意識的に体の周りに空気の流れを作り、疑似的な竜巻を起こすことによって直径1メートル程の風の結界とした。凶器となった紙束は俺の周囲を渦巻くが、刃は体に触れることなく舞い続けるだけ。

 ところでこの紙吹雪は色んな本のページのようだけど、こんなに散り散りになっちゃって元に戻せるかな? 弁償とかさせられないよな?


 俺の魔法は使えば使うほど身体に馴染み、どんどん風の感度は増してゆく、それに伴って多様化の可能性を提示、模索していけるようだ。

 しかし状況は芳しくない。相手が誰かも分からず(分かったところで俺にはどうしようもないが)目的も不明。明確な殺意があるのかすら判断しかねる。

 ……アニキに助けを求めるか?

 いや、例えアニキがフラメと同じくらい強力な力を持っていたとしても、車椅子の状態では格好の的になってしまう。

 まずはどうにかして敵を認識しないと


「僕ならここにいるよ」


 巻きあがった紙吹雪からする声が、思考に沈んだ頭を現実に引き上げた。

 俺を取り巻く何万ものページがさもさと集まり眼前で人の形をとる。

 子供が遊びで作った下手糞なミイラみたいにしか見えない紙の集合体は、歪で不気味で滑稽だった。


「遊びに来たよ。お姉ちゃん」


 そいつの声はくぐもっていて男女や年齢の区別がつかないが、まだ公園の砂場で遊ぶ小さい子供のような気分みたいになんだか嬉しそうだ。


「あなたは誰? どうして私を狙うの?」


「お姉ちゃんを狙う? 昔はこうやって鬼ごっことかかくれんぼしてよく遊んだじゃない。あとは――」


 人形が両手を掲げると頭上に紙が集まり、小学校の運動会で使ったような大玉が出来上がる。ただし中身は相当詰まっていて重そうだ。


「キャッチボールとか! ヘイパぁス!」


 人形は大玉を振り被ると、ためらいなく投げつけてきた。当たったら痛そうでは済まない速さと質量が俺の眼前一杯に迫ってくる。


「パスはこっちのセリフだよ! でもいらないから」


 咄嗟に上半身を大きく捻ってかわすが、しかし大玉は図書館の石壁にぶつかる前に急制動をかけ、投げられた軌道をそのまま巻き戻すようにしてこちらへと戻ってきた。

 どこまでも追ってくるなら止めるしかない。相手に向かって特攻するという手もなくはないが、紙で出来た人形相手では不確定要素が大きすぎるので、その選択肢は排除。

 俺は大玉に真正面から向き合い、右肩を引き絞り気合と共に拳を打ち出した。


風底(ふうてい)一線!」


 掌に集束して放出された風の結界が、少女の華奢な手から繰り出される青痣1つも作れそうにない掌底モドキの射程と攻撃力を大幅に上げ、大玉を切り裂き爆散、元の紙吹雪へと散らした。


「ブ~ブ~。大ブーイングだよ! せっかく作ったボールなのに、そんな風にしたら直ぐ壊れちゃうじゃないか」


「壊さなかったら私が壊れちゃうよ!」


「一回くらい壊れても直ぐ治せるよ。お姉ちゃんが僕をそうしてくれたように」


「人間は一回壊れたら元には戻らないの! それと私は君のことなんか知らないか――」


「ちっとも遊びに来てくれないから、もう忘れられちゃったのかと思って毎日シクシク泣いてたんだよ」


 もうこっちの話を訊く気はこれっぽっちもないらしい。

 紙人形は、ためらいなく自分の体の一部を削って、一振りの紙の剣を作りだした。


「じゃあ今度はチャンバラごっこだ」


 空中を滑るように移動してこちらへ切りつけてくる。

 俺はまた半身になって上段からの斜め切り下ろしを回避するが、紙の剣が顔に掠った。


「痛っ!チャンバラ……“ごっこ”?」


 切られた頬を指で撫でると、赤いものが付着する。

 こっちに来てから初めて作った傷――この体に普通の赤い血が流れていたことに安堵しつつも、加減を知らない紙人形に少しだけ恐怖を感じた。


「昔は一度も勝てなくて、いつも僕が真っ二つにされてたから……頑張って練習したんだよ?」

 

 人形は喋りながらも手を休める事は無く、切り下ろした剣を横薙ぎに繋ぎ、がむしゃらに切り払いを繰り返してくる。素人の俺から見ても不格好な剣裁きだが、目もない息継ぎもしない紙束の体が相手だと動きが読みづらく避けるだけで精一杯だ。

 敵は空中を自由に飛んで攻撃してくるのに、自分が本棚の上じゃ場所が悪いと判断した俺は、その場から即座に飛び降り小さく華奢な体を風で庇う。転がりながら着地して隙を与えず、さらに距離を空けようと走り出した。

 人形も空中で1回転、俺に向かって真っ向から追い打ちをかけてくる。 


「くっ」


 避けられないと判断した俺は急ブレーキ、相手の突きに合わせて懐を目がけ今度こそ特攻。着地時にたまたま手で掴んでいた物と一緒に拳を突きだした。


「――…………?」


 人形の攻撃が、止まった。


「そんなの、ずるいよ……もうココの本はほとんど僕の一部なんだから。そうやって人質を取られたら僕には何も出来ないじゃないか」


「そうだったんだ……ごめんね。でも話を聞いて欲しくて」


 紙束が風で千切れて破れても平気なのに、本として所持されちゃうと人形の力が及ばないのか?

 細かいルールは分からないけど、とにかく九死に一生を得たのだ。俺はタイトルすら知らない本を1冊大事に抱え、必死になって話を繋ぐ。


「よくわかんないけど、忘れてたことは謝るから! っと、また遊んであげるから。今はちょっとだけ大人しくしててくれる? ココで調べたいことがあるんだ」


「ホントに? わかった。約束破っちゃだめだよ?」


 あっさり俺の言葉を信じた紙人形は、ポンっと間抜けな効果音と共に紙吹雪に戻り、図書館中いろんな方角へ散り散りになって飛んでいった。

 俺が風で破り捨てた小さな紙切れが集まって、1ページ分の紙を再生しながら各所の各書へ散っていく様は圧巻だ。


「あれ、まだ本に戻っていかない紙が……これは栞?」


 抱えた本と一緒になって俺の手元に残った一枚の紙切れは、何か所か真っ二つになったそれをどうにかテープでくっつけてあったり、千切れた部分を他の色紙で補強してあったりと散々な状態になっている。

 でも、それだけ愛され続け(千切られてるけど)長く大切に(ボロボロだけど)使われていたのだろう。


『もう僕を本に挟んだまま忘れないでね?』


 そんな声が聞こえた気がする。

 色紙による補強のせいで一言では何色と言えなくなってしまった古臭い栞を見てみると、黒インクを落としたような丸くて黒い染みが俺の目の前ですうっと消えていった。




「あれだけ暴れて、本のページもいっぱい舞ったのに誰も来ないなんて、おかしな図書館だよなあ……」


 俺は頃合いの良い蔵書を探して再び図書館を練り歩いていた。

 図書館に入った時よりもさらに人とのエンカウント率が下がっている気がする。

 気まぐれに本棚の角を曲がったところ、車椅子に座った人物が遠目から確認出来た。


「アニキ! もう大変だったんですよ! なんかいきなり本のページが……古びた栞のお化けが襲ってきて――」


 声が届いてもいい距離に近づいてもアニキにはまるで反応が無い。

 うなだれたような姿勢から全く微動だにしない……いや、微かに呼吸しているのか時折肩が揺れる。


「アニキ……?」


 異変に気づいて俺が駆け寄ると、車椅子はところどこと赤く染まっていることが分かった。

 明るい赤の絨毯についた黒いシミは、車椅子に座っている人物から流れ出たモノで少しづつ広がり続けている。


「アニキ!? アニキ!! 大丈夫ですか!? 生きてますか!?」


 気の訊いた処置も言葉も出て来ない自分にいら立つ余裕すらない。

 これだけの血を生で見たことなんて、当然ながらアッチの世界の経験でもないのだから慌ててしまうのは仕方ない、と自分を慰めるのはどうかしてる。頭の血が下がって、氷のように冷えていくのを感じた。

 吐き気と気が遠くなるのを必死にこらえながら傷口を探す。血はわき腹から出ているようだ。服はこれ以上染まりようのない赤へ。

 内臓とかがどうなってるのかよくわからないけどこの出血量は――早く医者にみせないと不味い気がする。

 先程からの呼びかけにもアニキの応答はない。

 俺は止血だけでもと思い、自分の服の袖を切り裂きアニキのお腹を強く押さえ巻きつけた。

 


「珍しい栞を見つけたから利用させてもらった……あまり時間稼ぎにはならなかったようだけど、結果的には十分だったか」


 背後から暗い声が聞こえる。しかしその言葉の意味を吟味する暇はない。


「誰だか知らないけどそこの人! 救急車を呼んでくれませんか!!? 俺じゃどうすればいいか分からなくて――」


「君は僕の愛しいディノ君のなんなんだい?」


 あまりにも平然とした声、冷静だがまるで協力する気のない態度に、俺はムッとして振り返った。

 俺が来ている服と同じデザイン、ただし墨に漬けたように真っ黒い制服、それに負けない漆黒の髪と瞳をもつ、アニキと同じくらいの歳の男の子が、俺を恋敵でも見るかのように睨みつけていた。


「俺……私はアニキの“友達”です。もしかして、あなたがアニキをこんな目に?」


「間接的には。そういうことにもなってしまうかな。僕もここまで彼を傷つけてしまうなんて思わなかったけど」


 “アニキ”“友達”という言葉を聞いて何を安堵したのか、一言言い残して直ぐに背中を向け去ろうとする漆黒の少年。


「僕の魔法は他人の想いや力を借りて、それを増幅させて使う複雑なものだったから……僕自身の想いを彼に向けたらココまで反発されるなんて……ああでもディノ君が悪いんだ。あんな魔性の女に騙されて……今度はこんな少女を相手にして僕をヤキモキさせて……」


 俺はもう黒い少年の方を見ていなかった。広がり続ける血溜まりだけが視界を圧迫し続けている。

 彼の独り言を聞きながら俺は何を納得したのだろう。

 止まらない血の流れを見ながら何を思ったのだろう。

 少年に対して怒っていたのか

 自分の無力を嘆いていたのか

 他人の体から傍観者的な立ち位置で人を見続ける今の自分に、そろそろうんざりしたのか……

 ナガレテイクイノチヲミテタダホホエンデイタノカ


「このままで済むと思っているのか?」


 俺は少年を見ずに訊いた。悔い改める気はあるのかと。自分に何が出来るかも知らないままで。

 彼も多分振り向かずに答えた。


「ディノ君は多分急げばまだ助かるさ……ああ、僕? 僕を裁くことは誰にも出来ない。今までもこれからもね。

 さっきも説明したように僕は他人を糧にして魔法を使うから。誰もが自分には負けないけど勝てもしない、だから僕は無敵。

 でも、もしディノ君が生きてたら……僕自身の想いを受け止めてしまった彼なら僕を裁けるかもしれ――」


『オマエガカワリニイタミヲウケロ』


 その言葉は誰が紡いだのか――――ココには俺達しかいないはず


「……嘘?」


 小さな、しかし恐らく致命傷には違いない空洞が出来たお腹――アニキのモノと同じ傷を信じられないような表情で見つめながら、漆黒の少年は音も無く倒れた。

 空いた彼の腹から血が湧水のように流れだして絨毯を濡らす。

 二つの重なった赤は簡単に相容れて――直ぐにどちらのものか分からなくなった。


「道に迷ったら俺を呼んでくれって言ったじゃ……ユメルちゃん!? 何があった!?」

「何よ! ユメルにはアタシがついてるんだから……ユメル!?」


 図書館の異変に気付いた人が報告したのか、直ぐ近くに転移してきたライトさんとフラメの声が遠くに聞こえる。

 二人がみたのは血に濡れて倒れ伏す二人の少年と、それを見て声なき高笑いを続ける俺の姿だった。


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