哀悼の意を込めて
作家、東野圭吾が亡くなったという速報が目に入った。
ショックを受けている自分がいる。
もうずいぶん東野作品は読んでいないというのに。
それでも衝撃を受けている自分がいて、この作家が自分に少なくない影響を与えている人だったのだと自覚することになった。
思い出話をしようと思う。
もしお付き合いいただけるなら嬉しい。
私が東野圭吾作品を初めて読んだのは高校入学してすぐのことだった。
その当時、東野圭吾の名前は知らなかった。
休み時間は読書をしていることが多かったため、私を本好きだと認識した近くの席のやつが薦めてきたのがきっかけだった。
「あのさ、これ犯人分かんねえんだけど、お前読んで犯人教えてよ」
いきなりなにごとかと思った。
「もしかしてアガサクリスティーみたいなオチのやつ? そういうオチ、自分的には許せないからそういうのだったらパス」
中学の時にも(完全に確信犯の)学級委員長から同じようなお題で借りた『そして誰もいなくなった』の記憶がよみがえり、私は警戒モードになる。
「違うんだって。本当に犯人が分かんねえの。いいから読め。読めば分かる。今からこれ図書館返してくるからお前次借りて読め。お前ならきっと犯人が分かる」
言われるがまま図書館に連行されて強制的に借りさせられた。その翌日……。
「ごめん、マジで犯人分かんなかった」
薦めた本人に朝一番に謝罪する。しかしそいつは満面の笑みで許してくれた。むしろ喜んでいた。
「だべだべ! 分かんねーべ? やばいよな! すげーよな!」
東野圭吾の『どちらかが彼女を殺した』という作品で、私とKは仲良くなった。
でも結局、殺したのってどっちだったんだろう? 実はまだ知らない。
あの頃はSNSがなかったから、ネタバレなんか簡単に探せない時代だった。
でもだからこそあの時代にあの作品は良かったんだと思う。
当時高校の図書館にはまだ東野圭吾作品は充実していなかった。
今から30年くらい前の話だ。
私とKは高校の図書館に東野圭吾作品を片っ端からリクエストしていった。
俺たちが東野圭吾を布教してやるぜ。もっとここのやつらに東野圭吾の面白さを分からせてやる。
そんな思いで東野圭吾の特設コーナーを作り、図書館新聞で東野圭吾特集号を作り、次第に東野圭吾の校内認知度と貸し出し件数が増えていった。
我らの働きっぷりが良かったのか図書館の先生とはとても親しくなった。
その功績か、布教の教祖特権なのか、東野圭吾の新刊が入ったときは必ず私とKに声をかけてくれて、最初の貸し出し者にしてくれた。
ちなみに私もKも図書委員ではなく非公式メンバーである。
あの当時、東野圭吾の作品をむさぼるように読んだ。
もともと作家読みするタイプなので、気に入った作家はひたすら読んだけれど、東野圭吾は全然飽きなかった。
まだ代表作というものがなかった東野圭吾の作品は、その当時でもかなり冊数があった。
そして東野圭吾は新作のペースが速かった。田中芳樹と比べものにならねえなと思った記憶がある。
『秘密』や『白夜行』のヒットで、大衆知名度が一気に上昇して以降は、東野圭吾からは距離をとるようになった。東野圭吾はすっかり時の人になってしまった。
本を読んでる私にドヤ顔で「お前って東野圭吾とか読んだことある~?」とか話しかけてくるクラスのやつらに辟易したこともある。お前、俺を誰だと思ってんだ? である。言わんけど。
そんな私が東野圭吾作品で好きだったのものといえば、怪笑小説、毒笑小説、名探偵の掟とかを挙げる。ちょっと歪んでるだろうか。
その短編集の中に『アルジャーノンに花束を』のオマージュで、『あるじいさんに線香を』という作品がある。
あの話が一番記憶に残っている。
よくできているなあって思う。最後は切なくて悲しいところまで忠実だ。
あの毒々しく嫌な笑いを刺激する感性はすごいなと思っていた。
人間の醜さ、狡猾さ、矮小さを短編でこれでもかと詰め込める性格の悪さと悪意を感じ、東野圭吾という作家の人間性に当時高校生の私はすごく惹かれたのである。(※賛辞)
でも私はひねくれ者だから、みんなが良いとか好きだと騒ぐと嫌いになってしまう。
だから東野圭吾から距離をとるようになったのだけれど、それでも家族が『手紙』の映画を借りてきたときは一緒に観て泣いたし、本屋で新刊が平置きになっているとやっぱり気になってしまう作家さんではあった。
そしてやっぱり、新刊ペースが速いなあ、田中(以下略)と思ってしまう。
たまたまそういう気分だったのか、社会人になってから久しぶりに東野圭吾を読もうかなと思って手に取ったのが『さまよう刃』だった。
読了後には、ちくしょう、やっぱり好きなんだよなあ東野圭吾……と悔しくなる。
新刊の平置き帯を目にしても、そそられる作品ばかりだ。
ちくしょう、新刊ペースが速すぎていちいち購入してらんねえよ。
人気作家すぎて図書館の予約待ち件数が3桁なんだよ。
中古市場に出回らねえし、出ても全然値が下がんねえんだけど。
そんな感じで腹が立つくらい、すごすぎて、そして好きな作家だった。
まだまだ私が嫌になるくらい、これでもかと新作をバンバン出し、ちくしょう! めちゃくちゃ好みだよ! 金が追いつかねえんだよ! 早く文庫になってくれよ! とキレるくらいにそそられる作品を出し続けていくんだと思っていた。
ちくしょう……。
クスノキのシリーズはずっと気になっていた。
東野圭吾が絵本を出すようになったんだと感慨深い気持ちになったのを覚えている。
これはもう買おう。買うしかない。
今回のことがあり、もう決めた。クスノキは買う。絶対に買う。
東野圭吾は私の青春の一部だ。
手が出せなくなるくらいにたくさんの作品を残してくれてありがとうと伝えたい。
ゆっくりと時間をかけて、東野圭吾の残した作品を追いかけていきたいと思う。
この気持ちを忘れたくなくて、どこかに残しておきたくて、感謝と哀悼の意を込めて、ここに投稿することにした。
これをきっかけに、東野圭吾の初期の作品にも注目してくれる人が増えたらいいなと思う。




