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第9話 高熱にうなされた悪魔は、夢を共有する。

 朝から、プリンの様子がおかしかった。

 いつもなら、目覚ましより先に飛び起きて、


「なーおーきー! おっはよー!!♡」


 と騒がしいくらいなのに、その日は布団の中で丸くなったまま、ほとんど動かない。


「……プリン?」


 声をかけると、ゆっくりとこちらを見た。

 だが、いつものような元気な笑顔はなく、瞳がぼんやりと揺れている。


「……ちょっと、あたま、ふわふわする」

「熱?」

「……わかんない」

 額に手を当てた瞬間、嫌な予感が確信に変わった。

 この前、一緒にショッピングモールへ行ったときの帰りに雨に濡れたのが原因かもしれない。


「……熱い」


 慌てて体温計を取り出し、脇に挟ませる。

 電子音が鳴り、表示された数字を見て、思わず息を呑んだ。


「三十九度……」

「えへへ……高い?」

「笑ってる場合じゃない。絶対安静だ」


 プリンは布団に倒れ込むように横になった。


「なんか……体、重い……」

「今日は一日、寝てろ。学校もバイトも休む」

「……直樹」

「ん?」

「……そば、……いて」


 その一言に、胸がきゅっと締めつけられた。


「当たり前だろ」


 そう言って、布団を掛け直す。

 プリンは安心したように、目を閉じた。

 昼を過ぎる頃、熱はさらに上がった。

 冷たいタオルで額を冷やし、水を少しずつ飲ませる。

 だが、悪魔の身体は人間の常識が通じない。

 市販の解熱剤は、まるで効かなかった。


「……なんで下がらないんだ……」


 不安が、じわじわと胸を満たしていく。

 プリンは、苦しそうに寝返りを打ち、時折、うわ言を漏らした。


「……ひとり……いや……」

「プリン?」

「……暗い……さむい……」


 呼びかけても、意識は夢の底に沈んだまま。

 その表情は、どこか怯えていて、胸が痛んだ。

 ――ああ、そうか。

 この子は、悪魔なんだ。

 人間界に来る前、どんな場所で、どんな日々を過ごしてきたのか。

 俺は、何も知らない。

 ただ、ここに来てからの騒がしくて、明るい姿しか知らない。

 でも、その奥に、こんなにも深い孤独があるなんて。

 汗で濡れた前髪を、そっと指で払う。


「……大丈夫だ。ひとりじゃない」


 聞こえているか分からないまま、そう呟いた。

 夜。

 窓の外は、すっかり暗くなっていた。

 プリンの熱は下がらず、呼吸も浅い。

 俺は、ほとんど一晩中、彼女のそばを離れなかった。

 タオルを替え、水を飲ませ、時々、手を握る。

 小さな手は、驚くほど熱かった。


「……直樹……」


 うなされながら、名前を呼ぶ。


「ここにいる」


 そう答えると、少しだけ表情が和らぐ。

 胸の奥に、言葉にできない感情が溢れてくる。

 ――失いたくない。

 ただそれだけが、はっきりと分かった。

 深夜。

 看病の疲れと、張り詰めていた緊張が、一気に押し寄せた。

 気づけば、プリンの隣で、意識が遠のいていく。


「……少しだけ……」


 そう思ったのを最後に、深い眠りに落ちた。

 ………

 ……

 …

 ──白い世界。

 どこまでも続く、静かな海。

 空と水面の境界が曖昧で、すべてが溶け合っている。


「……ここは?」


 足元の感触に違和感を覚え、周囲を見回す。

 その先に、ひとり立つ少女がいた。

 銀色の髪が、風もないのに揺れている。


「……プリン?」


 名前を呼ぶと、彼女は驚いたように振り返った。


「……直樹?」


 二人は、同時に気づく。

 ――これが、ただの夢じゃないことに。


「……同じ、夢……?」

「みたいだな……」


 自然と距離が縮まる。

 触れた指先が、絡まり、手を繋いでいた。

 不思議と、恥ずかしさはなかった。

 ただ、そこにいるのが当たり前のような、そんな感覚。


「……ここね」


 プリンが、ぽつりと言った。


「ここ、あたしの夢の奥」

「夢の奥?」

「うん……誰にも、見せたことない場所」


 少しだけ、寂しそうに微笑む。


「……いつも、ひとりだった」


 白い世界が、微かに揺れる。

 遠くで、暗い影が蠢くように見えた。


「魔界では、悪魔は……弱さを見せたら終わり」

「……」

「誰かに頼るとか、甘えるとか……許されない」


 プリンは、繋いだ手を、ぎゅっと強く握った。


「でも……直樹は、違う」


 胸の奥が、熱くなる。


「……あたし、人間界に来てから、初めて……ひとりじゃないって思えた」


 言葉が、詰まる。

 何か言わなきゃいけないのに、うまく出てこない。

 代わりに、握る力を強めた。


「……ねぇ、直樹」


 プリンが、静かに言う。


「もし……あたしが、急にいなくなったら……」

「嫌だ」

 

 自分でも驚いた。

 考えるより先に、声が出ていた。

 プリンは、驚いたように目を見開く。


「……探す?」

「当たり前だ」


 即答だった。

 迷いは、なかった。


「世界の端でも、どこでも」


 プリンの目に、涙が滲む。


「……ずるい……」


 そう言って、プリンは俺にぎゅっと抱きつき二人はキスをした。

 夢の中なのに、確かな温もりがあった。

 プリンの唇の感触も全てがリアルなものだった。

 胸の鼓動が、重なる。

 この感情に、まだ名前をつける勇気はなかった。

 けれど。

 失うことだけは、絶対に耐えられない。

 それだけは、確かだった。


 ──朝。

 目を覚ますと、見慣れた天井。

 隣には、静かに眠るプリンの姿。

 額に触れると、昨夜より明らかに熱が下がっていた。


「……よかった」


 心の底から、そう思った。

 プリンが、ゆっくりと目を開ける。


「……おはよ……」

「大丈夫か?」

「……うん。なんか、すっきり」


 一瞬、視線が絡む。

 昨夜の夢が、鮮明によみがえる。


「……ねぇ」

「ん?」

「……夢、見た?」

「……ああ」


 プリンは、少しだけ頬を赤らめた。


「……同じ、だった?」


 言葉に詰まり、視線を逸らす。


「……多分」


 沈黙。

 その空気が、妙に気恥ずかしい。

 けれど、どこか心地よかった。


「……変なの」


 プリンが、小さく笑う。


「……うん」


 それ以上、踏み込むことはできなかった。

 でも、確かに。

 二人の距離は、昨夜までとは、少し違っていた。

 知らず知らずのうちに。

 運命の歯車は、静かに、しかし確実に、回り始めていた。

 夢の奥で、二人の魂が触れ合ったその瞬間から――。






■裏切りの証明

――粛清と欺瞞の狭間で

■第一幕:静かな違和感

 プリンの風邪が治った後の数日間は、驚くほど平穏だった。

 直樹とプリンは、久しぶりに何も起こらない日常を過ごしていた。

 大学。

 バイト。

 スーパーでの買い物。

 夜更けの他愛ない会話。

 ありふれた日々。

 だが、その中で、ルシアだけが明らかに異質だった。

 彼女は頻繁に通信魔法陣を展開し、短い報告と指示を繰り返している。

 深夜にも関わらず、無言で端末を操作し続ける姿も何度も見た。


「忙しそうだな」


 直樹がそう言うと、ルシアは一瞬だけ微笑んで答えた。


「仕事よ。少し立て込んでいるだけ」


 だが、その笑顔は、どこか薄かった。

 プリンは、より敏感だった。

 食事中も、テレビを見ているときも、時折ルシアを盗み見る。

 そして、ある夜、ベランダで二人きりになった時、ぽつりと呟いた。


「……ルシア、どこか行っちゃう?」


 ルシアは、夜景を見つめたまま、しばらく答えなかった。


「……もし、私がいなくなったら──」


 静かな声。


「あなたは、直樹を守りなさい」


 プリンは息を呑んだ。


「え、なにそれ……」


 振り返った時、ルシアはすでに部屋の中へ戻っていた。

 その背中が、やけに遠く感じられた。


■第二幕:裏切り

 異変は、深夜に起きた。

 部屋の空気が、一瞬で凍りつく。

 次元転送魔法陣。

 床に展開された巨大な円陣が、淡い紫光を放つ。


「……なに、これ」


 プリンが息を呑む。

 次の瞬間。

 武装した魔族兵たちが、次々と空間から現れた。

 全身を覆う戦闘装甲。  

 魔力銃と拘束鎖。

 軍の実働部隊。

 直樹は、即座に理解した。


「……魔界軍?」


 その先頭に立つ人物を見て、言葉を失う。

 ――ルシア。

 彼女は、軍服姿で、冷たい表情のまま立っていた。


「ルシア……?」


 プリンの声が震える。

 ルシアは一歩前に出て、静かに言った。


「蔵前直樹、並びに召喚体プリン。魔界政府命令により、あなたたちを拘束する」


 世界が、止まった。


「……は?」


 直樹の頭が追いつかない。


「なに、言ってるんだ……?」


 プリンが前に出る。


「冗談でしょ? ルシア……?」


 ルシアの視線は、冷たく逸らされている。


「ごめんなさい」


 淡々とした声。


「これが、一番、犠牲が少ない方法なの」

「……ふざけないで!」


 プリンが叫ぶ。


「信じてたのに……!」


 その言葉が、胸を深く刺した。

 一瞬だけ、ルシアの瞳が揺れる。

 だが、すぐに無表情へ戻った。


「拘束」


 短い命令。

 兵士たちが動く。

 魔力拘束鎖が、直樹とプリンの腕に巻きついた。


「ルシア!!」


 直樹が叫ぶ。


「説明しろ!!」


 だが、彼女は振り向かなかった。

 転送陣が、再び光を放つ。

 世界が、歪む。

 その瞬間、プリンの声が響いた。


「……直樹!!」


 互いの手を、必死に伸ばす。

 だが、指先は触れ合うことなく、空間の裂け目に飲み込まれた。


 ――転送完了。


 残されたのは、冷たい静寂だけだった。


■第三幕:粛清

 魔界・軍極秘施設。

 地下深層、七重結界区画。

 そこは、公式記録にも存在しない「処理場」だった。

 拘束された直樹とプリンは、別室に隔離される。

 その隣の広間。

 ルシアは、円卓の中央に立っていた。

 周囲には、軍上層部、実行部隊指揮官、国家安全保障省の影の幹部たち。


「対象の確保、完了しました」


 冷静な報告。

 だが、室内の空気は張り詰めている。

 軍過激派の指導者、ザルディアが口を開いた。


「よくやった、ルシア。  これで、計画は最終段階に入れる」


 彼の背後に、巨大な魔法演算装置が浮かぶ。

 ――次元強制開門装置。

 直樹を“生体鍵”として使用し、次元をこじ開ける禁忌技術。


「だが……」


 ルシアは静かに言った。


「この作戦、正式な政府承認は?」


 ザルディアが笑う。


「不要だ。結果さえ出れば、歴史は我々を正当化する」

「……なるほど」


 ルシアは一歩踏み出した。


「では」


 次の瞬間。

 床に展開される、巨大な魔法陣。

 空間が、轟音と共に震えた。


「――粛清、開始」


 兵士たちが、一斉に銃を構える。


「な……!?」


 ザルディアが驚愕する。

 だが、遅かった。

 天井から降り注ぐ、無数の魔力光弾。

 過激派部隊の中枢が、瞬時に制圧される。

 悲鳴。

 爆発。

 血。

 ルシアは、一歩も動かず、ただ見つめていた。

 逃げようとした幹部が、刹那、首を落とされる。

 鮮血が、床に散った。

 その一滴が、ルシアの頬を掠める。

 初めて、血を浴びた。

 だが、彼女の表情は変わらない。

 数分後。

 そこには、死体と、沈黙だけが残った。


■第四幕:取引と隠蔽

 粛清の直後。

 ルシアは、魔界国家安全保障省の幹部と向かい合っていた。


「……これで、証拠は?」

「全て消去しました」

「生存者は?」

「ゼロです」


 幹部は、淡々と告げる。


「この事件は、軍内部の暴走事故として処理されます」

「……直樹は?」

「あなたの管理下に置く、ということで合意が取れています」


 ルシアは、ゆっくりと目を閉じた。

 守った。

 だが、同時に、多くを殺した。

 そして、真実は、闇に葬られる。


「……私は、何を守っているの?」


 小さな独白。

 答えは、返ってこない。


■第五幕:影の支配者

 魔界諜報庁・最深部。

 永遠の夜に沈む、黒の宮殿。

 玉座に腰掛ける一人の男。

 ヴァルディス。

 魔界全土の「弱み」を管理する、影の支配者。


「……やはり、君だったか」


 彼は、ルシアを見下ろして微笑んだ。


「今回の粛清、実に見事だった」

「……脅迫は、終わり?」

「いいや」


 ヴァルディスは、指を鳴らす。

 空間に、無数の記録映像が浮かぶ。

 政治家。  

 将軍。  

 貴族。  

 富豪。

 不正、禁術、奴隷売買、暗殺命令、性的スキャンダル。


「魔界は、清廉潔白な理想郷ではない。だが、腐敗しきった地獄でも困る」


 彼は、微笑む。


「君のような存在が、必要なのだよ」

「……私は、あなたの犬じゃない」

「もちろん」


 ヴァルディスは、楽しげに言う。


「だが、君も知っているだろう? ここから降りた瞬間、直樹も、プリンも――」


 ルシアの拳が、わずかに震える。


「……分かってる」

「良い返事だ」


 ヴァルディスは、ゆっくりと立ち上がった。


「48時間。それまでに、残存勢力を一掃しろ」


 ルシアは、無言で頷いた。


■終幕:偽りの報告

 魔界軍・最高評議会。

 巨大な円形ホール。

 ルシアは、冷然と報告する。


「対象、完全に確保。  次元共鳴体は、我々の管理下にあります」


 上層部が、満足そうに頷く。


「よくやった」

 拍手。

 称賛。

 だが、彼女の内心は、凍てついていた。

(――あと48時間)

(それまでに、全員まとめて地獄に落とす)

 冷たい決意。

 その奥底に、たった一つの願いがあった。

 ――あの二人を、生きて、元の世界へ返す。

 たとえ、自分がすべてを失っても。


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