第6話 Project:DREAM GATE
魔界政府・深層会議区画
魔界中枢後醍醐に存在する、七重の結界で隔離された地下会議室。
外界から完全に遮断された空間で、重厚な楕円形のテーブルを囲むように、数名の魔族が着席していた。
その中央に浮かぶのは、立体投影された魔力波形データ。
人間界と魔界、二つの世界を繋ぐ“次元境界”の振動記録。
「――これが問題の共鳴波か」
低く、威圧感のある声が室内に響いた。
魔界軍・実行部隊総司令官、ザルディア。
魔族の中でも屈指の武闘派であり、同時に軍事合理主義者として知られる存在だった。
「次元境界の振幅、通常時の三百七十二倍。
発生源は人間界・日本。対象個体、蔵前直樹」
立体映像の中に、直樹の個人データが浮かび上がる。
年齢、家族構成、行動履歴、夢波形記録、脳波。
「……たった一人の人間が、次元そのものと共鳴している」
ザルディアは鼻で笑った。
「馬鹿げている。だが、事実だ」
対面に座る魔界軍参謀長が静かに頷く。
「過去五百年、同様の共鳴体は確認されていません。存在自体が異常です」
「異常は排除する。それが軍の役目だ」
ザルディアは即断した。
「排除許可を申請する。対象、蔵前直樹。
脅威度、Sランク」
一瞬、室内に緊張が走る。
「……上層部の許可は?」
「形式だけ取れ。却下される前に、実行部隊を動かす」
冷酷な声。
「世界の安定を守るためだ。
一人の人間が犠牲になるのは、合理的だろう」
誰も反論しなかった。
魔族教育文化省・特別調査室
一方、別の場所。
白を基調とした、静謐な研究施設。
膨大なデータパネルの前に、金髪碧眼の悪魔――ルシアが立っていた。
「……やはり、通常の召喚事故じゃない」
彼女は小さく息を吐いた。
プリンの夢記録と、直樹の脳波データ。
そこに重なる、謎の周期波形。
「この共鳴……人工的」
背後から声がした。
「軍の研究施設が極秘に行っていた
“次元意識共鳴実験”のデータと一致しています」
振り返ると、国家安全保障省の調査官が立っていた。
「……軍が?」
「正確には、軍の中の“ごく一部”です。
正式な承認を得ていない、裏の計画」
ルシアの表情が曇る。
「魔界政府のトップすら把握していない?」
「はい。完全な非公式プロジェクトです」
ルシアは画面を睨みつけた。
「Project:DREAM GATE……」
目的欄には、こう記されている。
――意識共鳴による次元干渉の再現。
「……馬鹿げてる」
ルシアは吐き捨てた。
「こんな実験、世界構造そのものを壊しかねない」
「結果として、人間一人が次元と同期した」
「……直樹」
ルシアの指が、彼の名前の上で止まる。
「この子は……被害者じゃない」
だが同時に理解していた。
彼の存在が、魔界と人間界、両方にとって危険物であるという現実も。
「……守るしかない」
誰にも聞こえない小さな独白。
「プリン。あなたがこの世界に来たのは、偶然じゃない」
魔界・保守派エリート会合
豪奢な宮殿。
シャンデリアが輝く大広間で、数名の魔界貴族が集まっていた。
「困ったことになったな」
「まったくだ」
「次元共鳴体の存在など、表に出ては困る」
彼らは魔界経済を牛耳る保守派エリート。
次元ゲートを通じた資源流通、魔力供給、裏交易。
そのすべては、現行の次元構造が安定していることを前提としている。
「もし、人間が自由に次元を開ける存在になったら?」
「我々の利権は崩壊だ」
「世界が混乱すれば、秩序維持の名目で軍が台頭する」
「……最悪の展開だ」
沈黙の後、一人が静かに言った。
「消すか?」
「軍はすでに動く気だろう」
「だが、それでは面白くない」
別の魔族が微笑む。
「利用できないか?」
「利用……?」
「研究対象として確保する。
軍と保守派、どちらが主導権を握るかで
魔界の未来は変わる」
全員が静かに頷いた。
「――確保を最優先」
「その後、処理を考える」
誰も、“人間の命”という言葉を口にしなかった。
■人間界・夜のアパート
その頃。
六畳一間とキッチンが別になっている1DKの木造アパート。
プリンは畳の上に座り、難しい顔で唸っていた。
「……おかしい」
「何が?」
直樹はコンビニ弁当を食べながら、適当に返す。
「私、召喚されたのに、まだ何もしてない」
「この前家事やってただろ」
「でも、結局直樹に手伝ってもらったから」
「別に良いじゃん。1人より2人の方が早く終わるし」
「違う! 悪魔は、呼ばれたら召喚者から何かを貰う代わりに、何かを与えないといけないの!」
腕を組んで、必死に考える。
「直樹、何か欲しいものない?」
「急に何だよ……」
「願い! 願い!」
「……彼女」
ボソッと呟いた。
一瞬の沈黙。
プリンは目を瞬かせた。
「え?」
「いや、何でもない」
直樹は誤魔化すように視線を逸らした。
プリンは少し考え込む。
「……それって、私じゃダメ?」
直樹の心臓が一瞬止まった。
「は?」
「だって、今一緒に住んでるし。
寝てるし。
ご飯一緒に食べてるし、そ・れ・に、セックスしても良いんだよ!☆」
「それとこれは別だろ!!」
慌ててツッコむ。
プリンは首を傾げた。
「人間の恋愛、難しい」
そう言って、にぱっと笑う。
「でも、私、直樹と一緒にいるの楽しいよ」
直樹は何も言えなくなった。
確かにこの前の学際を二人で回ったとき、なんかこう上手く言えないけどコイツにドキドキしたのは事実だ。
窓の外。
誰にも気づかれず、
空間が一瞬だけ歪んだ。
■ルシア・独白
夜の研究室。
ルシアはデータを見つめながら、静かに息を吐いた。
「軍は排除。保守派は確保。……予想通り」
彼女は知っている。
このまま行けば、
直樹は必ず狙われる。
しかも、複数の勢力から。
「プリン……」
画面に映る、無邪気に笑う少女。
「あなたは、知らなくていい」
「これは、我々側の戦争」
彼女は決意する。
「――私が止める」
その目に、静かな闘志が宿った。




