第5話 "ドジっ子爆乳"悪魔、学際に降臨する
あの騒動から、数週間。
プリンが教室の壁を半壊させた動画は、大学側の「学際プロモーション動画でした」という公式発表によって、あっさりと沈静化した。
真相を知る直樹からすれば、「無理ありすぎだろ」と思わずにはいられなかったが、世の中そんなものらしい。
今は、学際ムード一色。
キャンパス中が浮き足立ち、どこもかしこも準備で騒がしい。
そんな中、直樹はゼミ仲間と教室に集まっていた。
「で、今年どうする?」
「去年は教室使って映画鑑賞会をやったけど、ぶっちゃけ凝ったことする時間ないし、無難に焼きそばでいいんじゃね?」
「学際=焼きそば、みたいなとこあるしな」
議論は秒で終結。
出し物は「焼きそば屋」に決定した。
「じゃ、シフト組んで、材料買い出しして、当日よろしく!」
やる気は微妙だが、まとまりだけはいい。
いかにもゼミらしい。
その日の夜。
アパートに戻り、直樹はプリンに学際の話をした。
「今週の日曜日大学でお祭りやるんだ」
「お祭り!?」
プリンの目が一気に輝く。
「行く!」
「来るな」
「即答ひどい!」
「トラブルになる未来しか見えない」
「ちゃんと大人しくするもん!」
「前科が多すぎる」
プリンはうるうるとした目で見上げてくる。
「……お願い……」
──五分後。
「……わかった、わかったから」
直樹は敗北した。
正直、売上が伸びるかもしれないという邪な考えも、なかったとは言えない。
悪魔の正装
そして、学際当日。
焼きそばの準備をしている直樹のもとに、ゼミ仲間が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「な、直樹……お前、連れてくるって言ってた子……」
「?」
振り返った瞬間。
直樹は、世界の終わりを見た。
そこに立っていたのは――
マイクロビキニ姿のプリン。
悪魔っぽく、黒と赤を基調にした露出度極限の衣装。
ほぼ紐。
「悪魔の正装はこれだよ♡!」
「やめろォォォ!!」
全力で叫んだ。
「なんでそれで来た!?」
「え? お祭りって、派手な格好するんでしょ?」
「イヤイヤイヤイヤ、限度ってもんがある!!」
即座に自分のスタジャンを脱ぎ、プリンに羽織らせた。
丈は当然足りず、太ももと尻は丸出し。
だが、さっきよりはマシだった。
「……これ、ちょっと重たい」
「大丈夫。直ぐに慣れる」
■焼きそば戦争
開店と同時に、人が殺到した。
理由は、誰が見ても明白だった。
「焼きそばくださーい!」
「二つ!」
「写真いいですか!?」
全員、視線はプリン一点集中。
焼きそばはオマケ。
「なんで男の人しか来ないの?」
プリンが不思議そうに首を傾げる。
「知らなくていい」
直樹は遠い目をした。
結果。
売上は、学内トップクラス。
焼きそば、爆売れ。
ゼミ仲間は狂喜乱舞だった。
昼過ぎ。
他のゼミ生が休憩に行っている間、俺はプリンと二人で屋台を切り盛りしていたところだった。
見覚えのある顔が現れた。
――元カノだった。
「……この子って前に学食にいた子?」
「……あぁ」
「手伝い?」
「……まぁな」
ちらりとプリンを見る。
「……それにしても、その格好」
「あー……、売上に貢献できるかと思って……」
元カノは一瞬、言葉を失い。
「最低」
そう吐き捨てて、去っていった。
プリンは不安そうに直樹を見る。
「……あの人、なんか怒ってた?」
「多分、機嫌が悪かったんだろ」
「ふーん……」
プリンは、少しだけ黙り込んだ。
他のゼミ生が戻って来たことで俺達の休憩時間になった。
プリンと二人で周る学際に俺は何となくデートのような感じがした。
(……これって傍から見ればデート……だよな?)
そう思うと少し緊張してきた。
そんな直樹の思いとは裏腹にプリンにとっては初めての学際であり、見るものすべてが新鮮だった。
クレープ、たこ焼き、射的、くじ引き、各学部での研究結果や論文の展示もあった。
プリンはすべてに全力で驚き、全力で楽しんだ。
「人間界のお祭り、すごいね!」
「まあ……そうだね」
射的で景品を取ってはしゃぐ姿。
クレープで頬を膨らませる姿。
直樹は、ふと気づく。
――一緒にいると、楽しい。
そういえば去年の学際はゼミ仲間と教室を使って映画鑑賞会を開いたんだった。
その時、たまたま一緒に映画を観たのが元カノだった。
その時、彼女と映画の話になり好きなジャンルが同じだったことがキッカケで、お互い意気投合したことで距離が縮まった。
思えば、元カノとは本当に短い付き合いだった。
半年間──か。
実は、俺は今回の学際に参加しない予定だった。理由は、まだ元カノのことを思い出してしまうからだ。
別れてまだ数ヶ月の時に、あの悪魔の子が突然やってきた。プリンが俺の住んでいるアパートに来てから1か月は過ぎようとしていた。
自分でもよく分からないが、ほんの少しずつプリンに惹かれているような気がした。
一緒に学際を歩いているだけなのに、なぜか楽しかった。
特別なことなんて、何一つしていない。
屋台を覗いて、適当に食べて、くだらない話をして、笑っただけだ。
それなのに――
不思議と、その時間すべてが特別に感じられた。
誰かと一緒に歩くだけで、景色の色も、音の響きも、匂いの濃さも、少しずつ違って見える。
「……ああ」
俺は、ようやく気付いた。
学際が楽しいんじゃない。
プリンと一緒にいる、この時間そのものが――楽しいんだ。
(そういえば、元カノと付き合っていたときもこんな感じで景色が見えていたっけ)
以前は景色に色があった。
別れてからは見え方が変わった。ただそこにあるだけ。何色でも良い。色があろうがなかろうがそんなことはどうでも良かった。
でも、白黒だった世界にまた色が付いた。
プリンの天真爛漫な性格。それだけのことが、なぜか胸に残った。
帰り道。
片付けを終え、夜のキャンパスを二人で歩く。
提灯の明かりが、静かに揺れていた。
「ねえ、直樹」
「ん?」
「今日、楽しかった?」
「……まあな」
「よかった」
プリンは、満足そうに笑った。
少しだけ、胸が痛んだ。
この日常が、ずっと続くわけじゃないと、どこかで分かっているから。
夜風が、二人の間を静かに吹き抜けた。
俺は彼女のことを好きなんだろうか。
自分の気持ちに正直に向き合わなければいけないと思った。
■学際前夜:違和感の正体
その夜。
人間界の空に、不可視の観測網が張り巡らされていた。
高層ビルの屋上。
ルシアは、宙に浮かぶ無数の魔法陣と情報式を睨みつけていた。
「……やはり、おかしい」
次元境界の歪曲率。
夢領域と現実世界の干渉率。
そして、局所的に発生した異常共鳴波。
どれも偶然では説明できない。
「単なる夢の共鳴事故――そんなレベルじゃないわね」
背後に控える魔族政府直属調査官が言う。
「魔族教育文化省の上層部も、同意見です。今回の件、軍が関与している可能性が高いと」
ルシアの目が細くなる。
「……国家安全保障省は?」
「沈黙しています。例の部署が、独自に動いている形跡が」
「やっぱり」
小さく、舌打ち。
魔界軍の一部が、次元意識共鳴実験と称する極秘研究を進めている――。
その噂は、以前から存在していた。
だが、確証は無く陰謀論扱いだった。
「プリンの件は、氷山の一角……か」
ルシアは、高層ビルの屋上から遠く人間界の夜景を見下ろす。
「――嫌な予感しかしないわね」
■学際当日:異常値の検出
学際当日。
ルシアは、遠隔観測拠点から、大学上空に発生する微弱な波形を解析していた。
「……また、出ている」
直樹とプリンの接触時にのみ、わずかに発生する特殊な共鳴波。
通常の人間と悪魔の関係では、絶対に観測されない数値。
「夢領域と魂位相の同期率……異常値」
まるで、二人の存在そのものが、異なる次元を橋渡しする触媒になっているかのような――
「この現象……偶然の産物じゃない」
ルシアは静かに呟く。
「もし軍がこれを意図的に引き起こせるなら……」
それは、
夢を媒介にした次元侵攻
意識を利用した無差別召喚
すら、理論上可能になる。
背筋が冷えた。
「……絶対に、表に出させない」
ルシアは通信端末を閉じる。
「プリン。あなた、思っている以上に――厄介な存在になってるわ」
■不穏な引き
夜。
学際が終わり、直樹とプリンが帰路につく頃。
別次元空間で、ルシアはひとり、解析ログを見つめていた。
「夢の波長同期、成功率0.0000003%……」
魔界第三監察局、調査官ルシア・アーヴェルは、召喚事案の進捗記録を整理していた。
対象は、日本の地方都市に住む一人の人間、――蔵前直樹。
本来であれば、低位悪魔の単独召喚など、ここまで大事になることはない。
だが、今回は違った。
召喚陣の構成、魔力の残滓、そして空間歪曲の規模。
どれを取っても、学生が偶然引き起こせるものではない。
「……やはり、裏に誰かいる」
ルシアは記録端末を閉じ、目を伏せた。
魔界内部に存在するいくつかの過激派組織。
召喚事故を装い、人間界へ干渉することを企てる連中。
今回の件も、その延長線上にある可能性が高い。
問題は、召喚者である少年の処遇だった。
本来なら――
「……処分、か」
思わず漏れた呟きに、ルシア自身が小さく眉をひそめる。
数日前までなら、何の感情も湧かなかった言葉。
だが今は、なぜか胸の奥がわずかにざわつく。
学祭で見た、あの何気ない笑顔。
友人たちと他愛のない会話を交わす姿。
それらが脳裏に浮かぶ。
「感情に流されるな……これは任務」
そう言い聞かせるように呟き、端末に次の報告文を入力する。
――引き続き、対象の観察を継続。
――魔界干渉の痕跡、未だ特定に至らず。
だが、その文面とは裏腹に、ルシアの中で一つの決意が芽生え始めていた。
この事件の真相が明らかになるまで、あの人間だけは守る。
それが掟に背く選択になるとしても。
偶然では、説明できない。
その確率を“引き当てた”二人。
「まるで……最初から選ばれていたみたいじゃない」
そして、画面の端に浮かぶ、軍の極秘研究コード。
Project:DREAM GATE
「……やっぱり、始まってる」
ルシアは、静かに目を閉じた。
嵐の前の、異様な静けさを感じながら。




