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第12話 境界線の向こう側

 その日、直樹は、理由もなく胸騒ぎを覚えていた。

 朝、目を覚ました瞬間から、空気がどこか重い。

 天気は快晴。体調も悪くない。プリンもいつも通り隣で寝息を立てている。

 なのに――何かが、決定的にズレている気がした。

「……プリン」

「んー……なにー……」

 布団の中でもぞもぞと身じろぎしながら、眠そうに片目を開ける。

「今日さ、なんか変な感じしない?」

「変?」

 数秒考えてから、ふにゃっと笑う。

「直樹の顔がいつもより不安そう、とか?」

「……」

 図星だった。

「大丈夫だよ。悪魔の勘的にも、今日は――」

 そこで言葉を切り、天井を見つめる。

「……ちょっと、ざわざわするけど」

「え?」

「気のせい、気のせい!」

 勢いよく起き上がり、無理やり明るい声を出す。

「ほら、今日も大学でしょ? 遅れるよー!」

 その笑顔が、どこか張り付いたように見えたことを、直樹は言葉にできなかった。

 一方、魔界。

 王都中枢区画・第七階層。

 表向きは魔族教育文化省の資料保管フロア。その最奥に、存在そのものが秘匿された会議室がある。

 ルシアは、長い廊下を一人で歩いていた。

 足音は、完全に消されている。

 扉の前で立ち止まり、虹彩認証、魔力署名、意識波長照合――三重ロックを解除。

 無音で扉が開いた。

 室内には、すでに数名が揃っていた。

 軍服姿の男。

 法衣を纏った高位魔族。

 そして、表情を消した官僚たち。

 この場に集められた時点で、全員が理解している。

 Project:DREAM GATE――次元意識共鳴実験。

 存在そのものが、国家反逆級の超極秘計画であることを。

「報告しなさい」

 ルシアは、淡々と切り出した。

 軍服の男が一歩前に出る。

「被験対象:地球人・直樹。

 次元波長完全同期個体。観測史上、初の自然発生型です」

「想定以上ね」

「ええ。理論値を二割超過。

 このまま成長すれば、次元孔を単独で開ける可能性すらある」

 場の空気が、わずかに揺れた。

 それは――魔界の経済、軍事、政治、すべての前提を覆す力。

「だから、排除を?」

 ルシアの声は静かだった。

「はい」

 即答。

「危険因子は早期除去。それが軍の判断です」

 法衣の魔族が口を挟む。

「愚かだな。彼は資源だ。

 次元交易、エネルギー供給、異界開発……利用価値は無限だ」

「その“利用”が、どれほどの犠牲を生むか、分かっているの?」

 ルシアの視線が鋭くなる。

「すでに、この計画のために失われた夢と命の数、把握しているでしょう」

 一瞬、沈黙。

「……だからこそ、完成させる」

 官僚の一人が低く言う。

「今さら引けぬ。

 既得権益派も、軍も、もう後戻りできない」

「なら――」

 ルシアは、静かに告げた。

「あなたたちは、国家を二つ滅ぼす」

 全員の視線が、彼女に集まる。

「直樹を殺せば、次元共鳴は暴走する。

 生かして実験に使えば、世界そのものが歪む」

 間。

「どちらも、許されない」

 ルシアは、ゆっくりと息を吸う。

「――だから、私が終わらせる」

 次の瞬間、室内の魔力場が反転した。

 結界。

 遮断。

 記録封鎖。

 この場で交わされたすべての情報が、魔界史から消える処理。

「な……!」

「あなたたちの権限は、今この瞬間、凍結された」

 淡い光が走り、官僚たちの識別紋章が次々と消失していく。

「Project:DREAM GATEは、私の独断で完全廃棄とする」

「そんなことが許されると――」

「許されるかどうかは、私が決める」

 ルシアは静かに言った。

「私は――監察官よ」

 絶対監査権。

 魔王直属。

 それが意味するのは、この場の全員の生殺与奪権。

 誰一人、言葉を発せなくなった。

「これ以上、直樹とプリンに干渉した者は――」

 わずかに、声の温度が下がる。

「魔界の敵と見なす」

 そして、背を向けた。

 この一歩で、魔界の力学が、静かに、しかし決定的に書き換えられた。

 人間界。

 夕方、直樹は、なぜかプリンの手を強く握っていた。

「直樹、痛い」

「あ、ごめん」

 それでも、離さなかった。

「……なんか、嫌な予感がして」

「ふーん」

 プリンは、少し考えてから、ぎゅっと握り返す。

「じゃあ、あたしがそばにいる」

「それは、いつもだけど」

「今日は、特別に」

 意味深に笑う。

 その瞬間、直樹の胸が、ちくりと痛んだ。

 言葉にできない、不安。

 まるで、この日常が、終わりに近づいていると告げられているような。

 空は、やけに高く、澄んでいた。

 夜。

 直樹の部屋の窓の外で、微かな魔力の揺らぎが生まれる。

 ルシアが、そこに立っていた。

「……すべて、片付いたわ」

 誰にも聞かせない独白。

「あなたたちは、もう、利用されない。殺されもしない」

 けれど――


「それでも、契約の問題だけは、避けられない」

 プリンは、無償で人間界に留まっている。

 それは、魔界の法則に反する。

「だから……明日、すべてを話す」

 ルシアは、窓越しに二人の寝顔を見つめた。


「――あなたたちが、どんな答えを出すのか」


 夜風に溶けるように、彼女の姿は消えた。

 そして、物語は、最終話へ。


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