第11話 最終局面 ――政治決戦――
魔界中央評議会。
それは、魔界全土の政治・軍事・経済・宗教、そのすべての頂点に立つ者たちが集う、絶対権力の場。
天井は無限に続くかのように高く、黒曜石と深紅の魔晶石で構築された巨大な円形議場。
円卓を囲むように、魔界政府首脳、軍上層部、貴族院代表、宗教評議会、諜報機関幹部が着席している。
誰もが理解していた。
――今日の会議は、通常の定例会ではない。
空気は張り詰め、沈黙が圧力となって空間を支配している。
その中心に、ルシアは立っていた。
漆黒の軍服。
肩章に刻まれた階級章は、彼女が魔界軍最高戦略顧問であることを示す。
だが、その表情には、いつもの柔和さは一切ない。
冷静。
無表情。
そして、凍りつくほど静かな殺意。
「――これより、緊急審議案件《Project:DREAM GATE》に関する最終報告を行います」
彼女の声が、広大な議場に反響する。
ざわめきが広がった。
その名は、魔界でもごく一部の上層しか知らぬ極秘計画。
そして、同時に最大の禁忌。
「本件は、魔界軍内部過激派、及び一部貴族勢力、宗教評議会幹部による、国家転覆級の共同陰謀であることが判明しました」
沈黙。
次の瞬間、怒号が炸裂する。
「馬鹿な!」
「そんな妄言、証拠はあるのか!」
「国家転覆だと!? 何を根拠に――!」
ルシアは一切動じない。
「証拠は、すべてここに」
指を鳴らす。
空間に巨大な魔法投影陣が展開され、無数の映像と記録が浮かび上がる。
密談。
軍施設地下の極秘実験。
次元歪曲エネルギー測定データ。
禁術使用記録。
そして――人間界における直樹への暗殺未遂の全ログ。
「……これは」
誰かが息を呑む。
「次元越境型暗殺魔法。夢侵食呪殺。遠隔精神破壊――すべて軍内部でのみ使用可能な禁術。
つまり、内部犯行です」
議場が凍りついた。
ここまで揃った証拠を前に、否定は不可能だった。
「さらに、《DREAM GATE》の目的は――」
一瞬の間。
「意識と次元の完全同期による、神格領域への干渉。
すなわち、《魔族の神格化》」
ざわ……と、議場全体が揺れる。
「……正気か……」
誰かが呟く。
神格領域。
それは魔界ですら触れることを許されない、世界構造の最上位。
そこに干渉する行為は、世界そのものを壊しかねない。
「この計画において、鍵となる存在が――」
ルシアの視線が、空虚な一点に向けられる。
「人間界の青年、直樹。
彼は、《次元共振適合率100%》という、史上唯一の存在でした」
完全な静寂。
誰もが、言葉を失っていた。
「彼の意識を生体鍵とし、次元門を強制開放。
そこから得られるエネルギーで、魔界の主導権を掌握し、神に等しい存在となる。
それが、この計画の全貌です」
――狂気。
その一言に尽きた。
そのとき、円卓の一角から、ゆっくりと立ち上がる影があった。
魔界軍参謀総長。
グラディオ・ヴァルザール。
魔界において「軍神」と称される男。
「……証拠は見事だ、ルシア」
低く、重い声。
「だが、それでも――私が首謀者だと言いたいのか?」
その瞬間、議場の空気が一段階、冷え切る。
ルシアは、彼を真正面から見据えた。
「はい。
あなたこそが、《魔界軍過激派》の頂点です」
誰もが息を止める。
グラディオは微かに笑った。
「ほう……」
「軍内部の実験施設、諜報庁の隠蔽、宗教評議会との資金洗浄ルート、貴族院の協力者。
すべて、あなたを起点に構築されています」
「……」
「そして――」
ルシアの瞳が、鋭く光る。
「あなたは、私をも利用した」
場内が、ざわめく。
「私を裏切り者として演じさせ、直樹を確保し、DREAM GATE発動の準備を整える。
そのために、あなたは私に――」
一瞬、言葉が詰まる。
「……脅迫と、取引を持ちかけた」
静寂。
誰もが、言葉を失った。
グラディオは、ゆっくりと拍手をした。
「素晴らしい。実に素晴らしい。
ここまで辿り着いたか、ルシア」
「……認めるのですね」
「ああ。認めよう」
その声に、一切の躊躇はなかった。
「この世界は、停滞している。
王政、貴族、官僚、軍――すべて腐り切っている。
ならば、神となって、すべてを塗り替えるしかない」
狂信的な光が、その瞳に宿る。
「それが、あなたの正義ですか」
「正義? そんなものは幻想だ。
勝者だけが、歴史を書く」
その瞬間。
ルシアは、静かに息を吸った。
「――だから、私はあなたを、討つ」
指を鳴らす。
議場の壁面に、新たな魔法投影が展開された。
そこに映し出されたのは、魔界全土へ同時配信されている映像回線。
「まさか……」
誰かが呻く。
「この会議の全内容は、すでに魔界全域へ中継されています」
ざわっ、と議場が騒然となる。
「同時に、あなた方の資金洗浄、禁術実験、奴隷売買、密約文書、全記録を公開しました」
完全包囲。
逃げ場はない。
「軍上層部。
貴族院。
宗教評議会。
関与者、全員の証拠は揃っています」
沈黙。
誰もが、敗北を悟った。
「よって、ここに――」
ルシアは、冷酷な声で宣告する。
「魔界政府法第零条に基づき、
魔界軍過激派の即時解体、関係者全員の逮捕・拘束、財産没収、地位剥奪を執行します」
魔法陣が展開され、武装した政府直属部隊が次々と転移出現する。
グラディオの表情が、初めて歪んだ。
「貴様……最初から……」
「ええ」
ルシアは静かに答える。
「あなたを討つために、私は――」
ほんの一瞬、視線が伏せられる。
「――自分の大切な人たちを、裏切りました」
その言葉に、議場が凍りつく。
グラディオは、低く笑った。
「それで満足か?」
「いいえ」
即答。
「私は、正義の味方ではありません」
その声は、静かで、深い。
「ただ――」
わずかに、震える。
「これ以上、誰かの未来が、踏みにじられる世界を、許せなかっただけです」
沈黙。
そして――拘束。
魔法拘束陣が、グラディオの身体を封じ込める。
「――DREAM GATE計画は、永久凍結とします」
ルシアの宣言と同時に、議場の天井に巨大な封印魔法陣が展開される。
次元干渉術式、完全破棄。
神格領域への道は、閉ざされた。
だが。
ルシアの胸には、何一つ安堵はなかった。
(……直樹……プリン……)
彼らを裏切ったという事実。
それは、どんな勝利よりも重かった。
世界を救ったとしても、
彼らの心を傷つけたなら――
それは、決して「正義」などではない。
議場を後にする背中は、誰よりも小さく見えた。
――すべては、まだ終わっていない。
夢と次元。
神と人。
魔族と人間。
そして、二人の想い。
物語は、ここから本当の最終章へと、踏み出していく。




