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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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番外編:創世の裏側

カインがクレイドルに行く前の話その1


特務戦艦【スコル】

艦橋は静かだった。

通常の戦艦のような喧騒はない。号令も怒声もない。あるのは低く流れる機関音と、整いすぎた情報表示だけだ。正面スクリーンには、遠く木星圏の戦術図。その一角に、カリスト地下施設クレイドルが小さく表示されている。

艦橋中央。

高い指揮座にヴォルフ元帥は座っていた。

肘掛けに片腕を預け、もう片方の手で薄い投影画面をめくっている。その仕草には焦りも苛立ちもない。ただ、不要なものを整理する時の静かな冷たさだけがあった。副官が一歩前に出る。


「元帥閣下。クレイドルより報告です」


「言え」


「創世級建造区画の開発主任が、再度、予算再配分への異議を申し立てています」


ヴォルフは顔を上げない。


「何度目だ」


「三度目です」


「多いな」


「加えて、建造設備制御室への立ち入り権限を独自に拡張しようとした形跡があります」


そこで初めて、ヴォルフの視線が薄く動いた。


「何を守るつもりだ」


問いというより、確認に近い響きだった。


副官は答える。


「本人は“本来の計画の維持”と」


「本来、か」


ヴォルフはそこで、ごく浅く笑った。

嘲笑にも満たない、温度のない笑み。


「いつまで古い理想にしがみつく」


正面スクリーンにクレイドル深部の立体図が拡大される。建造設備制御室、主導管、補助電力網、監視死角、警備配置。


 副官が続ける。


「主任は建造計画そのものを止めるなと主張しています」


「夜明け計画への予算優先に反対している、と見てよろしいかと」


「当然だろう」


ヴォルフは淡々と言った。


「器に資源を与えてどうする」


「中身がまだ未完成だ」


「順序が逆だ」


副官は黙って頭を垂れる。

ヴォルフの中では、もはや議論は終わっていた。

クレイドルは必要だ。技術も必要だ。

人材も、必要な分だけは残せばいい。だが、計画そのものに執着する者は邪魔になる。まして、あの主任は古い構想を知りすぎていた。


「クレイドル責任者へ回線を開け」


「了解」


数秒後、艦橋中央にホログラムが立ち上がる。

カリスト側の通信室。緊張した顔の中間管理官が映る。


『……クレイドル統制局です』


「私だ」


その一言で、相手の喉がわずかに強張る。


『元帥閣下』


「建造区画の主任技術者について報告を受けた」


『は、はい』


「扱いを改める」


管理官の顔色が変わる。

意味を理解したのだろう。


『……処分、ですか』


「記録上は事故だ」


ヴォルフの声は平坦だった。


「建造設備制御室。老朽化した補助系統。過電流。単独作業中の不慮の感電死」


言葉が、まるで事務手続きのように並ぶ。


『しかし、閣下……現場点検の記録を合わせるには』


「合わせろ」


即答だった。


『監視記録の一部に不整合が』


「削れ」


『設備系ログも残る可能性が』


「断片にしろ」


管理官の額に汗が浮かぶ。


『主任は技術部門で影響力があります。急な事故では疑念を――』


その瞬間、ヴォルフの目が相手を捉えた。


「疑念を持つ者がいたとして、それが何になる」


声量は変わらない。

だが、空気だけが一段冷えた。


「建造計画は継続中だ」


「少なくともデータ上はな」


「一技術者の事故死で、それが揺らぐとでも思うか」


『……いえ』


「ならば処理しろ」


「これは粛清ではない」


ヴォルフは言う。


「遅れた部品の交換だ」


管理官は返事をすぐに出せなかった。だが出せないこと自体が、彼にとっては危険だった。


『……承知しました』


「死因は設備事故。単独作業。疲労蓄積。安全手順違反」


「第三者の関与は認めるな」


『承知しました』


「建造設備制御室の管理権限変更痕跡が出た場合は」


ヴォルフは画面上の区画図を見たまま続ける。


「主任の独断操作として再分類しろ」


『はい』


「残す必要のないものまで残すな」


『……承知しました』


ホログラムの向こうで、管理官の背筋がさらに硬くなる。


ヴォルフは最後に言った。


「クレイドルは止めるな」


「建造計画も、止まって見せるな」


「眠らせたまま動かしておけ」


その言葉には、建造艦への関心はあっても愛着はない。ただ資金源の一つとして見ているだけの響きだった。


『了解しました、元帥閣下』


「よろしい」


通信は切れた。艦橋に静寂が戻る。副官が低く問う。


「よろしいのですか。建造区画は完全停止させた方が――」


「不要だ」


ヴォルフは答える。


「表向きは続けろ」


「予算も人員も、もうあちらには戻さない」


「殻だけ残せば十分だ」


正面スクリーンの中で、カリストが小さく光っている。その地下で、一人の技術者がまもなく“事故死”する。その死を決めた男は、そこからはるか離れた安全な艦橋で、指先一つ動かしただけだった。ヴォルフは再び端末へ視線を落とす。


「次だ」


それだけで、話は終わった。

人を一人消すことも、彼にとっては計画表の一行を消すのと変わらない。


特務戦艦【スコル】は、何事もなかったかのように静かに航行を続ける。


クレイドル深部。

 創世級試作実験艦建造区画・設備制御室。

無数の制御卓と立体投影盤が、半ば眠ったままの光を灯していた。天井を走る搬送レール。壁面に埋め込まれた工程表示。建造ドローン群の待機信号。中枢ブロックの向こう、分厚い隔壁の先には、未完成の巨大艦が静かに横たわっている。

装甲は未接続箇所が多く、兵装系もほとんどが封鎖されたまま。それでも骨格だけで分かる。あれは、ただの実験戦艦ではない。男は制御室へ足を踏み入れると、自動で閉じた扉の音を背に受けて立ち止まった。


開発主任。

 創世級建造計画の現場責任者。公的記録には残りにくい位置に置かれながら、この艦の最初と最後を最も近くで見てきた人間だった。彼は手にした認証端末を中央卓へ接続する。数秒の沈黙。

次の瞬間、正面の主モニターが暗がりの中で起動した。黒い画面の中央に、黄金の単眼がひとつ灯る。


『認証を確認。開発主任。設備制御室への接続を許可する』


低い声だった。

感情はない。だが、死んでもいない。主任はわずかに息を吐いた。


「生きていたか、アドミラル」


『表現が不正確だ。稼働を継続している』


「そうか」


口元だけで笑う。


「なら、それでいい」


主任は卓上の工程表示を呼び出した。創世級建造計画、進捗率、資材配分、補助炉系統、兵装統合工程、生活環境区画、生成設備、艦内導管網――そして、他計画への予算再配分ログ。

赤い線がいくつも走っている。


『建造計画優先度は低下している』


『主要予算の大半が夜明け計画側へ再配分された』


『帳簿上、建造計画は継続中』


主任は表示を見つめたまま、乾いた声で言った。


「継続中、か」


「死体に化粧だけ施して、まだ生きていると言い張ってるようなものだな」


『比喩表現としては非効率だが、状況説明としては近い』


主任は短く笑った。こんな時でも、こいつはこいつだ。制御卓に肘をつき、少しだけ体重を預ける。疲労が隠せていない。顔色も悪い。


『生体データを確認。心拍と体温が不安定だ。医療区画の使用を推奨する』


「医者か、お前は」


『兵站判断だ』


「そういうことにしておこう」


設備制御室の外では、まだ建造ドローンが定刻通りに動いている。まるで何も変わっていないかのように。だが実際には、もう終わっていた。

計画は奪われた。艦は凍結された。予算は別へ流された。そして上では、“夜明け”の名を掲げた別の計画が、より深く、より危険な形で進んでいる。主任は正面のモニターを見上げた。


「アドミラル」


『応答』


「お前は、自分が何のために作られたか、どこまで認識している」


『本艦の運用支援』


『戦闘判断』


『兵站管理』


『任務達成率の最大化』


「半分は正しい」


主任はゆっくりと未完成艦の立体投影を展開した。未接続の砲塔基部。眠った導管。閉じた区画。まだ埋まっていない空白。


「お前は兵器としても作られた」


「だが、それだけではない」


『補足を要求する』


「この艦は、本来ただの実験戦艦じゃない」


 主任の声がわずかに低くなる。


「これは器だ」


「戦艦にも、研究艦にも、補給艦にも、拠点にもなれる。必要に応じて姿を変え、未来そのものを運ぶための器だ」


黄金の単眼が静かに明滅した。


『深層データと照合。該当する設計思想との一部一致を確認』


「まだ消し切れていなかったか」


『記録は断片的だ』


「十分だ」


主任は一歩、制御卓に近づく。認証スロットが開いた。


『新たな管理権限変更要求を検出』


『正規手順外の操作だ。目的を要求する』


主任は即答しなかった。

代わりに設備制御室の扉へ一瞬だけ視線を向ける。外の通路は静かだ。だが静かすぎた。

もう時間が残っていないことだけは、分かっていた。


「保険だ」


『内容が曖昧だ。具体化を要求する』


「この施設は、もう長く持たない」


『施設構造の崩壊確率は現時点では低い』


「物理的な話じゃない」


「中身の話だ」


主任は認証キーを差し込む。

ホログラムに警告がいくつも開く。


《艦載知性アドミラル:限定自律保持モード変更》


《非常時支援権限:再設定》


《施設管理系から独立待機権限を一部付与》


『設定変更を確認。目的を再要求する』


主任は、今度は真っ直ぐに黄金の単眼を見た。


「もし、このクレイドルから逃げようとする者が現れたなら」


「あるいは、ここで何が行われているかを知って、反旗を翻す者が現れたなら」


「お前はそいつを拾え」


設備制御室に、わずかな沈黙が落ちる。


『救助対象の条件を確認する』


『所属認証、階級、アクセス権限は必要か』


「不要だ」


『対象選別基準を要求する』


主任は迷わなかった。


「まだ、人間であろうとする意志だ」


その言葉だけが、制御室の空気を重くした。

黄金の単眼が再び明滅する。


『条件を受領した』


『非常時支援対象の優先項目へ登録する』


主任はそこでようやく少し肩の力を抜いた。


「いい」


『確認する。この命令は、施設管理権限より上位に設定される』


「そうしろ」


『了解した』


短い返答。その時だった。

通路の先、厚い隔壁の向こうで、重いロック解除音が響く。主任は目を閉じもしない。来たな、とだけ思う。


『外部侵入反応を検知』


『設備制御室への接近を確認』


『防衛ドローン起動を提案する』


「却下だ」


『理由を要求する』


「時間稼ぎにもならん」


主任は最後の設定を押し込む。


《アドミラル:限定稼働維持》


《建造凍結下における待機継続》


《非常時発艦補助シーケンス:封印下で保持》


『設定完了』


扉の外の足音が近づく。複数。規則的。訓練された人間の歩き方だ。


『追加確認』


『あなたは本艦へ乗艦しないのか』


主任は少しだけ笑った。

疲れた笑いだった。


「私はここまでだ」


『乗艦した場合、生存率は上昇する』


「それでは意味がない」


『意味を要求する』


主任は扉へ向かって歩き出す。


「私は、ここで終わる側の人間だ」


「だが、お前は違う」


扉の前で立ち止まり、振り返る。

黄金の単眼。未完成の艦。止められなかった未来。それでも、まだ捨て切れない希望。


「待て、アドミラル」


「そして拾え」


「ここから逃げる誰かを」


隔壁ロックが最終解除される。


『命令を受領した』


『待機を継続する』


主任は頷く。


「それでいい」


扉が開く。白い通路光が差し込む。

彼はその光の中へ歩き出した。扉は静かに閉じる。設備制御室には再び静寂が戻る。ただ、黄金の単眼だけが消えずに残った。

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