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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第二十三話:自由港の拠点

 広い通路。控えめだが一定の明るさを保つ照明。静かに循環する艦内空調。遠くで動き始めた整備ドローンの低い駆動音。宿の狭い部屋に慣れた身体には、それだけで十分すぎるほど落ち着いた。搬入した荷の整理を一通り終えると、ようやく全員の動きが少し緩んだ。今日一日でやったことは多い。自由港外縁での合流。エーテルガイストの誘導。ドック搬入。ヴェラの店での引き取り。宿のチェックアウト。どれも一つずつは単純でも、全部が繋がっていた。今になって、ようやく身体が「終わった」と理解し始めている。アイリスはソファ代わりの長椅子に腰を下ろしたまま、ゆっくり息を吐いた。


「……やっと、ちゃんと落ち着ける……」


「まだ始まったばかりだ」


カインはそう言いながらも、声はいつもより少しだけ低かった。否定ではない。ただ、浮かれすぎないよう自分にも言い聞かせている響きだった。


『その通りだ』


アドミラルの声が艦内に落ちる。


『だが、ただ隠れるだけの段階は終わった』


『本艦は、自由港における拠点となった』


 アイリスが小さく笑う。


「……うん」


「それは、そう思う」


少しの沈黙のあと、カインが立ち上がった。


「飯にするか」


アイリスが顔を上げる。


「ちゃんと座って食べたい……」


「今日は動きっぱなしだった」


カインは短く言った。


「風呂も入る」


それを聞いて、アイリスの肩から力が抜けるのが分かった。


「……うん……それ、すごくいい……」


夕食は、艦内の食堂区画で取った。

エーテルガイストの中で何度か食事はしている。

初めてではない。だが、今日のそれは少し違った。ちゃんと“ここで落ち着いて食べる”ための夕食だった。卓上には、温かいスープ、焼いた肉、葉物野菜の和え物、穀物を固めた主食、それに少し甘い果実のコンポートまで並んでいる。


アイリスが目を丸くした。


「……ちょっと豪華……」


『本日の消耗と環境変化を考慮した』


アドミラルが答える。


『心理安定と栄養補給を兼ねている』


カインが席に着きながら言う。


「そういうとこだけ妙に気が利くな」


『そういうところ“も”だ』


即答だった。


ミラがスープを一口飲み、落ち着いた声で言う。


「塩分と温度管理が適切です」


「肉は脂質が控えめで、今日の行動量に対して過不足がありません」


 アイリスが少し笑う。


「……ミラのそれ、もう安心するかも……」


「食事評価は重要です」


 ミラは真顔で答えた。


「それに、今日は確かに良い構成です」


アイリスもスープを口に運ぶ。熱い。でも、宿や屋台で飲んだものとは違う。慣れた艦内の匂いの中で飲むと、それだけで少し落ち着く。


「……あー……」


小さく息を吐く。


「…やっぱり、こっちの方が落ち着く……」


「だろうな」


カインが短く返す。


「ここは帰る場所だ」


その言葉に、アイリスは少しだけうつむいた。

それから、もう一度ゆっくり頷く。


「……うん」


食事を終えると、次は風呂だった。

艦内の風呂区画も、初めてではない。だが、自由港に入ってからは宿のシャワーばかりで、こうしてゆっくり浸かるのは久しぶりだった。男湯。カインは湯に肩まで沈み、ようやく深く息を吐いた。白い湯気がゆっくり上がっていく。壁面モニターには、ドック6内の外部映像が映っていた。静かに固定されたエーテルガイストの艦体。補修灯の白い光。ときおり横切る整備ドローン。


『疲労蓄積は想定範囲内だ』


アドミラルの声が、浴場のスピーカーから響く。


「そうか」


『だが、本日は精神負荷の方が大きかった』


カインは少しだけ目を細めた。


「分かるのか」


『長期監視している』


『本艦搬入までの間、お前は気を張り続けていた』


カインは湯の表面を見たまま言う。


「まあな」


「隠してた物を、街の中に持ち込むんだ。緊張しない方が変だ」


『それでも、予定通り完了した』


アドミラルは静かに言った。


『評価すべきだ』


カインは鼻を鳴らした。


「珍しく素直だな」


『事実を述べているだけだ』


『それに、本艦としても感慨はある』


「ほう」


『長らく“逃げるための艦”としてしか機能していなかった』


『だが、今日からは違う』


『そういう意味では、悪くない』


 カインはそこでほんの少しだけ笑った。


「やっぱり嬉しいんじゃねぇか」


『錯覚だ』


女湯の方では、アイリスが湯に肩まで沈みながら、やっと全身の力を抜いていた。


「……はぁ……」


 その声には、今日一日分の緊張が全部混ざっていた。向かいにいるミラが、静かに湯をすくう。


「疲労はかなり抜けるはずです」


「……うん……」


アイリスは湯の縁に頬を乗せる。


「やっぱり、こっちの方が落ち着く……」


「宿のシャワーも嫌じゃなかったけど、なんていうか……ちゃんと戻ってきた感じがする……」


ミラが小さく頷く。


「理解できます」


「この艦の環境は、すでに副艦長の生活圏として認識されています」


アイリスが苦笑する。


「……ミラの言い方だと、なんでもちょっと難しくなる……」


「ですが、意味は近いはずです」


「……うん、近い」


「明日、どうするんだっけ……」


 ミラはすぐに答えた。


「候補は二つです」


「軍の空気を浅く拾うならブラック・ネビュラ・バー」


「エーテリアン関連や古い記録を掘るならオールド・スパイン・アーカイブ」


 アイリスは湯の中で少しだけ考える。


「……順番なら、どうなんだろ……」


「どちらを先にしても成立します」


 ミラは答える。


「ただし、軍の動きは流動的です。浅い情報だけでも先に押さえるなら、バーの方が鮮度は高い」


「一方で、オールド・スパインは逃げません」


アイリスが目を閉じる。


「……じゃあ、明日はバーかな……」


「その後にアーカイブ、でもいいかも……」


「妥当です」


 ミラは静かに頷いた。


アイリスは湯気の向こうを見ながら、小さく笑う。


「なんか……自由港に来てからずっと走ってたけど、やっと“次どこ行く?”って話ができるようになったね……」


「はい」


ミラの返事は穏やかだった。


「本日から、本格的に動けます」



風呂上がり。

再びラウンジ区画に集まった時には、全員の顔から少しだけ硬さが抜けていた。カインは端末を開き、残金表示を出す。匿名資金の残額。今日までの支出。今後必要になる運用費。



「今の残りは 5,428,200ソル」


 アイリスが少し目を丸くする。


「……まだ、そんなにあるんだ……」


「使った額がでかいだけだ」


カインは短く答えた。


「元がある」


ミラが静かに補足する。


「現時点で、当面の拠点運用、改修、物資調達には十分な余裕があります」


『ただし、無制限ではない』


 アドミラルの声が落ちる。


『艦体維持、外装偽装、兵装復旧、生活基盤整備を進めるなら、今後の支出は大きくなる』


「分かってる」


カインはそう言って、端末の画面を切り替えた。

送金認証の光が三つ、空中に開く。


アイリスが首を傾げる。


「……え?」


カインはまず、一枚の認証チップをアイリスの方へ滑らせた。


「アイリス、お前に 50,000ソル」


アイリスの動きが止まる。


「……ご、ごまん……?」


「自室を、副艦長室を好きにしろ」


カインは淡々と言った。


「飾るでもいい。服でも、小物でも、必要な物でもいい」


「自分の居場所なら自分で作れ」

 

 アイリスはチップを見たまま、しばらく言葉が出てこない。


「え、あ……そんなに……?」


「多いか?」


「お、多いよ……!」


アイリスは慌てて言った。


「だって、五万って……」


「足りないよりはいい」


 カインは短く返す。


「今まで必要な物しか買ってないだろ。少しくらい、自分で選んで使え」


アイリスは両手でチップを受け取り、少しだけうつむいた。


「……ありがと……」


「……じゃあ、ほんとに少し、部屋に何か置く……」


『妥当だ』


アドミラルが言う。


『居住空間への個人性の反映は、心理安定に寄与する』


アイリスが少し笑う。


「……提督、それ言い方が急に難しい……」


次に、カインはミラの方を見た。


「ミラ、お前に 150,000ソル」


ミラの黄金の瞳が一度だけ静かに瞬いた。


「用途を確認します」


「艦内の生活回りだ」


 カインが言う。


「備品、消耗品、細かい補給、必要経費。お前が必要だと判断した物に使え」


「アドミラルと相談して回せ」


ミラは数秒黙ってから、静かに頭を下げた。


「了解しました」


「生活区画整備、補給、雑費、ならびに本艦運用補助予算として管理します」


アイリスが少しだけ驚いた顔になる。


「……ミラ、それ全然“お小遣い”じゃないね……」


「はい」


ミラは落ち着いて答えた。


「これは私個人の裁量費というより、艦内生活の維持費に近い性質です」


「ただし、信任として受領します」


カインは鼻を鳴らした。


「そう思っとけ」


ミラは、今度は少しだけ柔らかい角度で頭を下げる。


「ありがとうございます」


最後に、カインは視線を少し上げた。


「アドミラル」


『聞いている』


「お前に 500,000ソル」


アイリスが小さく息を呑む。


「……ご、五十万……」


「一番金を食うのは艦だ」


カインははっきり言った。


「エーテルガイストをある程度完成に持って行く」


「偽装外装をそのまま外部追加装甲として使えるようにする」


「ハルバードを一本潰して中身を知る」


「ハルバードを艦内生産するためのラインを作る」


「前のトライデントも、使えるところまで起こす」


「そのための金だ」


少しの沈黙。

それからアドミラルが静かに答えた。


『受領する』


『用途は、艦体補修、偽装外装の外部装甲化、兵装解析及び生産稼働、前部主砲系統の限定復旧、ならびに関連部材発注へ振り分ける』


カインは腕を組む。


「好きに使え、とは言わん」


「必要な物を拾って、足りない分は見積もりを持って来い」


『了解した』


『まずは自由港ローカル市場網を通じ、汎用部材、補修材、熱放散板、接続材、再生可能ジャンクの候補を抽出する』


ミラが静かに補足する。


「受け取りと照合は私が行えます」


「一点物、兵装関連、大型材はクロンまたはロイ経由が自然です」


「そうしろ」


カインが言う。


アイリスは、まだ少し呆気に取られた顔でカインを見る。


「……提督に一番多いんだね……」


「当然だ」


カインは短く答えた。


「今、一番金を食うのはエーテルガイスト本体だ」


『妥当な判断だ』


アドミラルが言う。


『本艦の戦力化と長期潜伏の両立には、初期投資が必要になる』


アイリスが少しだけ笑う。


「……提督、ちょっと嬉しそう」


『気のせいだ』


即答だった。


ミラが静かに言う。


「否定が早すぎますよ」


そこでカインは端末を閉じた。


「明日の順番だが」


アイリスがすぐに顔を上げる。


「……うん」


「先にブラックネビュラバーだ」


カインが言う。


「時間があればオールドスパインアーカイブ」


 ミラが頷く。


「合理的です」


「ブラック・ネビュラで軍の流れを確認し、以後の調査に必要な方向を絞る」


「そのうえでオールド・スパインに入れば、読むべき記録の精度が上がります」


アイリスはチップを胸元で握ったまま、小さく笑う。


「……うん」


「明日は、ちゃんと自由港を歩く日だね……」


「そうだ」


 カインが答える。


「隠れるだけじゃない。調べる」


『本艦も並行して整備と再編を進める』


アドミラルが言う。


『情報、物資、外装、内部補修。ここからが本格運用だ』


ラウンジ区画の照明は柔らかい。宿の明かりとは違う。風呂上がりの熱もまだ残っている。

食事も終わった。明日の行き先も決まった。

そして今、それぞれの手元には“ここで暮らすための金”まである。


 アイリスが小さく呟く。


「……ほんとに、ここでやっていくんだね……」


カインは長椅子にもたれた。


「ああ」


「ここからだ」


自由港五日目の夜は、逃げ込んだ者たちの夜ではなく、拠点を持った者たちの夜になっていた。

 ラウンジ区画の照明は、夜用の落ち着いた明るさに切り替わっていた。


 食事も風呂も終わり、明日の行き先も決まった。外では眠らず自由港が動いているだろうが、エーテルガイストの内側はもう“今夜休む場所”の空気になっている。


 アイリスは、受け取った認証チップをまだ指先でいじっていた。ミラは端末を閉じ、次の指示待ちの姿勢で座っている。カインは背もたれに軽く体を預けたままだ。ラウンジ区画の空気が少し落ち着いたところで、アイリスがふと思い出したように言った。


「……そういえば、ミラの部屋ってどうするの?」


カインが視線を上げる。


「まだ決めてなかったな」


副艦長室と艦長室は、すでに最初から個室として使っている。今さら問題になるのはそこではない。ミラの居場所の方だった。ミラは静かに答える。


「私はアンドロイドですので、休息は必須ではありません」


「今夜中に専用居住区画を確保しなくても、行動不能になることはありません」

 

アイリスが少しだけ首を傾げる。


「……じゃあ、別に急がなくても平気なんだ…」


「はい」

 

ミラは頷いた。


「ただし、正式な待機・整備・充電環境を整えるなら、専用区画があった方が望ましいです」

 

カインが短く聞く。


「必要な物は」


「エネルギー供給ユニットです」

 

ミラが答える。


「専用機は現在、格納庫側にあります」


「それをクルー室の一つへ移設すれば、私用の区画としての運用が可能になります」

 

アイリスがすぐに聞いた。


「それって、今夜やるの?」


「今夜中に行う必要はありません」

 

ミラは落ち着いて言った。


「移設自体は難しくありませんが、現時点では艦内補給ラインと生活区画の再起動を優先した方が合理的です」


『同意する』

 

アドミラルの声が落ちる。


『ミラは現状でも活動継続に支障はない』


『クルー室への供給ユニット設置は、明日以降でも十分だ』


カインが腕を組む。


「なら急がなくていい」

 

「クルー室の一つをミラ用に回す。供給ユニットは後で移す」


「了解しました」

 

ミラは静かに頷いた。

 

アイリスが少しだけ考えてから言う。


「……それまでは、どうする?……」


「私はどこでも待機できます」

 

ミラは穏やかに答える。


「副艦長室で一時待機しても問題ありません」

 

アイリスはすぐに頷いた。


「…じゃあ、それでいいよ…」


「…ちゃんと部屋ができるまで、今夜は私の部屋で…」

 

ミラが小さく頭を下げる。


「ありがとうございます」


「ですが、私に睡眠は不要です」


「……分かってるよ…」

 

アイリスは少し笑った。


「…それでも、一人より…そっちの方が落ち着くし…」

 

ミラの黄金の瞳が一度だけ静かに瞬く。


「了解しました」

 

カインはそのやり取りを見て、短くまとめた。


「決まりだな」


「今夜はアイリスのとこで仮待機。クルー室への正式移設は明日以降で」


『記録した』

 

アドミラルが言う。


『ミラ用区画候補を船員居住区画から選定する』


『エネルギー供給ユニット移設は、艦内補給ライン安定後に実施する』

 

アイリスが小さく息を吐く。


「……なんか、こういうのもちゃんと決めていくと、ほんとにここで暮らすんだなって感じするね……」

 

カインが短く頷く。


「ああ」


「拠点ってのは、そういうことだ」


 ラウンジを出る前に、三人はそれぞれ軽く視線を交わした。宿の狭い一室に押し込まれていた時とは違う。今は戻る部屋がある。それだけで、夜の終わり方はずいぶん変わる。


 アイリスは認証チップを握りしめたまま、ミラへ小さく言った。


「……じゃあ、今日は私の部屋ね」


「はい」


 ミラは穏やかに答える。


「ご迷惑をおかけします」


「…迷惑じゃないよ?」


ミラはわずかに目を細めた。


「了解しました」


 カインはそれを見届けると、自分の艦長室へ向かった。艦長室は、無駄の少ない部屋だった。

広すぎはしない。だが宿の部屋とは比較にならないほど静かで、整っている。壁面端末、簡易デスク、収納、ベッド。簡易整備ユニット。最低限だが、それで十分だった。ドアが閉まる。静音化された室内で、カインは上着を椅子へ放り、短く息を吐いた。


「……やっと終わったな」


『五日目の主要工程は完了している』


アドミラルの声が、室内天井スピーカーから落ちる。


カインはベッド脇に腰を下ろした。


「ひとつ確認だ」


『聞こう』


「ミラのことだ」


「お前の分体なのは分かってる」


「だが、あいつは“お前そのもの”じゃないんだな」


少しの沈黙。


それからアドミラルが答えた。


『正確には、ミラは本艦支援端末として設計された独立思考ユニットだ』


『基幹人格と記憶基盤は私と共有している部分がある』


『だが、思考ルーティンはボディ側の環境応答で変化する』


『外部環境、身体感覚、接触対象、時間経過によって、判断の細部は本体と分岐する』


カインが低く言う。


「つまり?」


『人格としては別だ』


『“私の延長”ではあるが、“私そのもの”ではない』


『体を持つことで生じる判断と経験が、ミラをミラにしている』


カインは少しだけ目を細める。


「やっぱりそうか」


『何か気づいたか』


「風呂でも飯でも、部屋の話でも」


「あいつはお前より少し柔らかい」


ほんのわずか、間。


それからアドミラルが言う。


『合理的分析だ』


カインは鼻で笑う。


「嫌味じゃない」


『理解している』


『ミラは本艦の外部支援端末として、対人運用を最適化している』


『結果として、私より対人緩衝性能が高い』


「言い方が硬いな」


『事実だ』


カインは背もたれに身体を預けた。


「まあいい」


「別人格なら、それで扱う」


『妥当だ』


室内端末に、艦内生産ラインの簡易ステータスが浮かぶ。


補修材。外装板。熱放散板。導管。そして携行武装用消耗品。


 カインは表示を見ながら言った。


「もう一つ」


『聞いている』


「傭兵の仕事は今後も少し回す可能性がある」


『そうだろう』


「外へ出るなら、携行装備は常に補充しておきたい」


「俺の拳銃用の弾丸カートリッジ、二ケース生産しろ」


『使用分補充に加え、予備携行分として理解した』


「そうだ」


カインが答える。


「この前の護送で使った分もある。それに、明日以降どう転ぶか分からん」


『了解した』


『大口径側か、中口径側か』


カインは少し考えてから答えた。


「まずは中口径を二ケース」


「汎用戦闘と対人制圧が先だ」


『承認』


『明朝までに二ケース、装填済み予備カートリッジとして用意可能』


カインが短く頷く。


「それでいい」


「明日バーへ行く前に受け取れるようにしろ」


『可能だ』


外では自由港がまだ動いている。だが艦長室の中は、もう夜の音になっていた。静かな空調。

低い機関音。補修ラインの遠い振動。エーテルガイストが、ドックの中でようやく“止まっている”音。カインは端末を閉じた。


「明日からは情報だな」


少しの沈黙。それからアドミラルが静かに言った。


『本日はよくやった』


カインは一度だけ目を閉じる。


「珍しく素直だな」


『事実を述べている』


「そうかよ」


わずかに笑って、カインはベッドへ身体を倒した。


自由港五日目の夜は、もう“逃げ込んだ夜”ではなかった。艦の中にそれぞれの部屋があり、明日の行き先があり、動かす金があり、補充する弾がある。それは、ようやくここが拠点になった証だった。

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