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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第十九話:自由港の二日目

 クロン・ワークスを出ると、工房街の熱がそのまま背中に張りついてくるようだった。鉄。油。焼けた配線。補修アームの駆動音。その喧騒の中で、カインはクロンから渡された簡易マップを一度だけ見た。


「先にゴースト・レジャーだ」


アイリスが頷く。


「……ノクスを街の船にするんだよね……」


「そうだ」


ミラが静かに補足する。


「正確には、ノクスの“不自然さ”を薄める工程です」


アドミラルの声が通信越しに落ちた。


『存在を消すのではない。違和感を減らす』


カインが鼻で笑う。


「提督はその手の言い回しが好きだな」


『事実だ』


工房街を一本外れた辺りから、人通りが少し変わった。整備工の数が減り、代わりに足の速い連中が増える。長居するためではなく、必要な時だけ来て必要な物だけ持ち帰るような顔だ。看板も控えめになる。目立たないこと自体が看板みたいな場所。やがて、細い通路の先に白い文字が浮かんだ。GhostLedgerゴースト・レジャー

扉は分厚い。開ける時に、少しだけ引っかかるような抵抗がある。中は静かだった。壁一面に、古い端末ラック。登録証チップ。データスレート。物理的な厚みを持つ記録媒体まである。アイリスが思わず声を潜める。


「……なんか、ちょっと……怖い……」


「記録の墓場みたいな所だな」


カインが言う。


カウンターの奥には、痩せた老人が一人いた。片目は曇った生身の眼。もう片方は古い義眼。こちらを見る前に、まず端末を閉じる仕草をした。


「船か」


第一声がそれだった。

カインは余計な前置きをしない。


「そうだ」


「履歴を作りたい」


老人はそこで初めて顔を上げる。カイン。アイリス。ミラ。その順番で見た。


「新顔だな」


「そう見えるなら、そうなんだろうな」


老人の口元が、ほんの少しだけ動いた。


「悪くない返しだ」


カウンターに薄い端末板が滑ってくる。


「船名」


NOXノクス


「型式」


「民間改装軽コルベット」


ミラが静かに補足する。


「用途は護衛兼運搬」


老人の指が端末上を滑る。


「どこまで欲しい」


カインは少しも考える様子を見せずに答えた。


「この街に二か月前から出入りしてた程度でいい」


老人の指が一瞬止まる。


「欲張らないな」


「欲張ると歪む」


老人は鼻を鳴らした。


「分かってるらしい」


ホログラムが立ち上がる。


入港履歴。出港履歴。軽貨物運搬記録。簡易修理記録。ドック使用履歴の薄い痕跡。ノクスが、来たばかりの怪しい船から、前からこの街にいた“そこそこ見かける流れ者の船”へ変わっていく。アイリスがホログラムを見つめながら、小さく言う。


「……これで、本当に前からいたみたいになるんだ……」


老人は手を止めずに答えた。


「この街ではな」


「本当に存在している事より、記録に居たことになってる方が良い」


「逆に、記録から外れた船は、沈んでなくても半分死んでる」


ミラが静かに頷く。


「合理的な都市です」


「いや」


老人は訂正した。


「怠惰な都市だ」


「人にしろ機械にしろ、いちいち本物を確かめない。記録で済むなら、それで済ませる」


カインは少しだけ目を細めた。


「その方が都合がいい」


「だからお前みたいな客が来る」


料金は 22,000ソル。安くはないが、この街で長く動くための通行料みたいなものだ。カインが支払いを済ませると、老人は小さな認証チップを一枚、カウンターに置いた。


「これを差せば、港湾照会でノクスは“既存船”として返る」


カインが受け取る。薄い。軽い。だが価値は大きい。老人は最後に一言だけ足した。


「この街で船を馴染ませたいなら、記録の次は“出入り先”だ」


「住人は船だけを見ない。どこに出入りしてるかも見る」


カインは短く頷いた。


「覚えとく」


ゴースト・レジャーを出ると、通路の空気が少しだけ軽く感じた。アイリスが小さく息を吐く。


「……ちょっとだけ、安心した……」


「まだ早い」


カインはそう言いながらも、声はそこまで硬くない。ミラが静かに言う。


「次はジャンク・バザールです」


『クロンの言葉が正しいなら、部材だけでなく情報も拾えるはずだ』


アドミラルの声。


『市場は流通の顔だ』


「分かってる」


カインは短く返した。


工房街の外れを抜けると、空気がまた変わった。

鉄と油の匂いに、今度は人の熱と雑多さが混ざる。叫び声。笑い声。値段交渉。工具音。搬送ドローンの飛行音。視界が急に開けた。

横断幕風のホログラムが空中に投影されている。

JunkBazaarジャンク・バザール

まるで船の墓場を、そのまま市場にしたみたいな場所だった。推進器。外装板。冷却導管。兵装ユニット。フレーム材。用途不明のパーツ。何もかもが山積みだ。アイリスが思わず言う。


「……すごい……」


「宝の山でもあり、ガラクタの山でもある」


カインが言う。


ミラの黄金の瞳が静かに動く。


「高エーテル反応、複数確認」


『武装系の流れ品もある』


アドミラルが補足する。


『安くは無いだろうが、今の本艦には有用な物が混じる可能性が高い』


カインは市場の奥を見ながら言った。


「面白いもんがあるなら拾う」


市場の通路を進むにつれて、品物の質が少しずつ変わる。ただの鉄くずではない。見る者が見れば価値が分かる品が増えていく。その中で、カインの足が自然に止まった。金属コンテナをそのまま棚にしたような店。店の錆びた看板にはSCRAPFIST(スクラップフィスト)の消えかけた文字。

上には雑然と部品。横には古い兵装ユニット。店先にいるのは、細身の女だった。片目が機械義眼。椅子にもたれたまま、こちらをじっと見ている。義眼の光が、カインの装備、アイリスの立ち方、ミラのツールスリーブを順に舐めるように追った。


「……新顔か」


カインは足を止める。


「そう見えるか」


「見えるよ」


女の口元が少しだけ上がる。


「でも、ただの新顔じゃない」


「何か探しに来た顔だ」


カインは短く答えた。


「使えるものだ」


女は椅子から動かないまま、足元のコンテナを軽く蹴る。ロックが外れ、中から部品がせり上がった。収束導管。冷却ブロック。補助ジャイロ。砲架の一部。ミラが静かに識別していく。


「旧規格の収束導管」


「汎用冷却ブロック」


「ジャイロ補助系……損傷あり」


『右側二列目に注目しろ』


アドミラルの声が落ちる。


カインが視線を滑らせた先に、細長い導管があった。焼け跡はある。だが内壁の螺旋加工はまだ生きている。


「……収束ライナーか」


女の義眼が少し細くなる。


「見る目あるじゃないか」


アイリスが小さく聞く。


「……使えるの……?」


カインは部品に触れたりせず、ブラッドハウンドで重さと精度を測る。


「主砲補助系統に流用できる」


『有効だ』


アドミラルが即座に補足した。


『トライデント改修部品として適性あり』


女はそこでほんの少し楽しそうに笑った。


「主砲なんて言葉を軽く出すなよ」


「ここじゃ、そういうのは高くつくよ」


カインは肩をすくめた。


「今のは独り言だ」


「そういうことにしといてやるよ」


女は別の箱を蹴る。今度は、細長い大型コンテナがせり上がった。明らかに艦載用のサイズだ。ミラが静かに言う。


「識別……ハルバード」


アイリスが息を呑む。


「……大きい……」


戦艦や艦艇に積む種類の大型弾体だ。一本ごとに専用ラックか搬送台車が要る。人間が気軽に持ち歩けるものではない。アドミラルの声が低くなる。


『回収を推奨する』


カインはコンテナ越しに弾体の刻印を確認した。


「本物か」


女はあっさり答える。


「勿論。軍の流れ物」


「箱ごと入った」


カインは数を目で追う。全部で6本。まとめて押さえれば、エーテルガイストの兵装事情はかなり変わる。だが今、ノクスまで運搬するには露骨に目立ちすぎる。


『現時点ではキープだけでいい』


アドミラルが言う。


『隠れ場所ができてから搬送しろ』


「分かってる」


カインは短く返した。女はそのやり取りを見て、少しだけ確信したような顔になる。


「……でかい物でも抱えてるのかい」


アイリスの肩がぴくりと動く。だがカインは表情を変えない。


「わかるか」


「まぁね」


女は肩をすくめる。


「小さい船で動いてる元軍人とかの傭兵に見えるが、見てる物が戦闘艦の兵装との主砲回りだからね」


「ただの流れ者じゃないとみた」


ミラが静かに一歩前に出る。


「推測が過ぎます」


女はその返しに、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「面白いアンドロイドだね」


「まあ、別に詮索する気はないよ」


「金になる客なら歓迎するさ」


カインはそこで初めて、少しだけ話を先へ出した。だか今の自分たちには、持ち帰る場所がまだない。


「使えるものは押さえる」


「今すぐ持ち出せない物もある」


女の義眼が細くなる。


「取り置きかい?」


「そうだ」


 カインが言う。


「すぐには動かせない。場所ができたら回収する」


「そうかい。じゃあ、預かり料を取るよ」


短いやり取りで話はまとまる。女店主は端末を指先で弾いた。薄いホログラムが立ち上がる。


「主砲回りの部材一式で六万八千ソル」


「ハルバード、今有るのは六本。一本一万八千で、十万八千」


「押さえるなら、預かり料が一万二千」

 

義眼の光がわずかに揺れる。


「合わせて十八万八千ソルだ」


 アイリスが小さく息を呑む。


「……高い……」


 女店主は肩をすくめた。


「艦載用のミサイルを市場で寝かせるんだ。むしろ安い方だよ」


カインは金額表示を一度だけ見た。


「分かった払う」


ミラが即座に処理を始める。認証表示が灯る。

女店主が端末を閉じる。


「三日だ。その間は押さえといてやる」


それから女はようやく名乗った。


「私はヴェラ・クロウ」


「この店スクラップフィストで、使えるガラクタと使えない夢を売ってる」


「カインだ」


「アイリスです……」


「ミラです」


ヴェラは頷きもせず、ただ品物の方へ顎をしゃくった。


「でかい物を隠したいなら、金だけじゃなく街の理屈も使え」


「でかい船を置くなら、結局、組合を通ることになる」


「ギアハンドか」

 

カインが短く返す。


「そう」

 

ヴェラは頷く。


「工房街の連中が、本気で大型枠を取りにいく時は、最終的に派閥の一つギアハンド・ユニオン・オフィスを通る」


「ただし、いきなり飛び込むのはやめときな」

 

カインの視線が少しだけ動く。


「理由は」


「値踏みされるだけで終わる」

 

ヴェラは椅子にもたれ直した。


「この街じゃ、“話を持っていく順番”がそのまま値段になる」


「船屋を通しな。工房街の親方辺りの名があった方が良い」


アイリスが小さく呟く。


「……クロン……」


ヴェラの義眼が、ほんの一瞬だけそちらを見た。


「名前がもう出てるなら話は早いね」


KRONWORKS(クロン・ワークス)のクロンなら、あそこへの口は利く」


ミラが静かに言う。


「クロンの線と一致しました」


『十分だ』

 

アドミラルの声が、通信越しに落ちる。

 

カインは短く頷いた。


「分かった」


ヴェラは最後に、コンテナのハルバードを軽く爪先で叩いた。


「置き場ができたら声をかけな」


「こういうのは、欲しい時にもう無いことが多いからね」


「ついでに聞きたい」


 ヴェラの義眼が少しだけ動く。


「何を」


「この辺の空気だ」


「軍でも、賞金稼ぎでも、何でもいい」


「最近、妙な動きはあるか」


ヴェラはそれにすぐ答えなかった。代わりに、店先の通路を一度だけ眺める。人の流れ。荷の流れ。運ばれていく部材。戻っていく空箱。それから、口を開いた。


「正規軍そのものは見てない」


「少なくとも、この市場に制服を着て出入りする馬鹿はいない」

 

「でも、軍崩れっぽい客は増えた」


カインの目が細くなる。


「どういう意味だ」


「妙に装備が揃ってる。金払いも悪くない。なのに選ぶ物が傭兵の買い方じゃない」


「追跡屋か、誰かに金を出されてる連中だろうね」

 

ミラが静かに補足する。


「外注の捜索要員」


『可能性は高い』


アドミラルが言う。


『表立った軍の展開ではなく、外から流れを見る段階だ』

 

ヴェラはさらに続けた。


「あと…旧軍流れの部材を漁る連中も少し増えた」


「ただの修理目的って感じじゃない」


「“何かに合う物”を探してる目だ」


 アイリスが小さく言う。


「……探してる……?」


ヴェラは肩をすくめる。


「この街じゃ、誰かが誰かを探してるのは珍しくない」


「でも、大物を嗅いでる感じはある」

 

カインは短く頷いた。


「十分だ」

 

ヴェラの義眼が少しだけ細くなる。


「軍の匂いを先に嗅ぐのは悪くない」


「でかい物を隠したいなら、なおさらね」


カインはそれには答えない。だが、聞くべきことは聞けた。


カインはそれだけ聞くと踵を返した。


「行くぞ」


カインは答えない。だが、その言葉は覚えておく価値があった。ジャンク・バザールを出る頃には、工房街の作業灯も少しだけ夜寄りの色になっていた。アイリスが歩きながら言う。


「……いっぱいあったね……」


ミラが静かに整理する。


「収穫は大きいです」


「主砲改修候補部品、ハルバード、ヴェラ・クロウとの接点」


『流れは悪くない』


アドミラルが言う。


『だが、まだ場所がない』


「分かってる」


カインは短く返した。

クロン・ワークスへ戻ると、ノクスは整備ドックの中で尾部が開かれたままだった。白い作業灯。露出した導管。クロンは義肢を差し込んだまま、こちらを見もしないで言う。


「戻ったか」


カインは工房の中央まで歩いた。


「履歴は整えた」


「市場も見た」


クロンの義肢が一瞬だけ止まる。


「……どうだった?」


「使える物はあった」


「お前の名前も出た」


その一言で、クロンはようやく顔を上げる。


「誰からだ?」


「スクラップフィストの義眼の女店主」


「ヴェラか…」


クロンは小さく鼻を鳴らした。


「口は軽いが、目はいい」


カインはそのまま続ける。


「でかい船を置くなら、結局ギアハンドを通れとも言われた」


クロンは黙ったままノクスの外板を一度叩く。それから立ち上がり、工具義肢を軽く鳴らした。


「間違ってない」


「で、お前は本気か」


工房の空気が少しだけ張る。アイリスも、ミラも黙る。カインは短く答えた。


「本気だ」


「しばらくこの街に根を張る」


「船を置けて、直せて、補給できる場所が要る」


クロンは数秒、カインの顔を見ていた。やがて小さく頷く。


「分かった」


「なら俺が口を利く」


アイリスが思わず息を吐く。クロンは都市マップを立ち上げ、外縁部の一点を光らせた。古い巨大施設のシルエット。


「置ける場所に心当たりがある。ここだ」


アウターリングドライドック


「ホエール級が入ってた古い造船枠だ」


アイリスが小さく呟く。


「……入る……」


クロンが言う。


「理屈の上はな」


「だが、そこを取れるかはお前達の交渉次第だ」


カインは光る一点を見つめた。ノクスの整備。履歴の偽装。ジャンク市場。ヴェラ。ギアハンド。外縁ドライドック。ばらばらだった線が、ようやく一つの場所へ向かって繋がり始めていた。自由港での二日目は、ただ潜り込んだだけの新顔から、この街で根を張ろうとする連中へ変わる日になっていた。ミラが静かに確認する。


「次はギアハンド・ユニオン・オフィス、ですね」


「そうだ」


クロンは頷く。


「俺が連れていく」


「明日の朝だ」


「向こうに行くなら、今日のうちに頭を整理しとけ」


カインが聞く。


「何を?」


「聞かれた時に、どこまで答えて、どこから濁すかだ」


工具義肢が軽く鳴る。


「大型枠の話ってのは、場所の話じゃない」


「誰の縄張りに入るか、誰に借りを作るかの話でもある」

 

アドミラルの声が落ちる。


『重要だ』


『覚えておけ』


カインは短く頷いた。


「分かってる」

 

その後、クロンはノクスの下へ潜り込むように姿勢を戻した。


「今日はここまでだ」


「ノクスは切りのいい所まで見ておく」


「お前らは宿に戻れ」

 

アイリスが小さく聞く。


「……もう、終わり……?」


「街を歩いて、履歴も作って、市場も見た」


クロンは義肢を動かしながら言う。


「十分だ」


「今日は頭に詰め込んだもんを、寝る前に並べ直せ」


ミラが静かに頭を下げる。


「ありがとうございます」

 

クロンはそっけなく鼻を鳴らしただけだった。

工房街を出る頃には、通路の照明も夜寄りに変わっていた。ネオンが濃くなり、仕事帰りの整備工と、夜の顔に戻る自由港の連中が混ざり始めている。アイリスは歩きながら、今日一日のことを反芻するように言った。


「……ゴースト・レジャーでノクスが街の船になって、ジャンク市場でヴェラに会って……それで、クロンがギアハンドに連れていってくれる……」


「そうだ」

 

カインは短く答える。


「ちゃんと前に進んでる」

 

ミラが穏やかに補足する。


「今日は、点だった情報が線になった日です」


『その通りだ』

 

アドミラルが言う。


『まだ受け皿はない』


『だが、受け皿へ届く導線はできた』

 

カインは少しだけ目を細めた。


「明日、ギアハンドか」


『肯定。そこで大型枠が現実になるかどうかが決まる』


ドック・ホテルに戻ると、昨日より部屋が少し狭く感じた。外で拾った情報のせいだろう。ここはもう寝るための箱でしかない。自分たちの居場所ではない。テーブルに端末を広げる。ミラが要点を整理する。


「本日の収穫です」


「一、ノクスの履歴偽装完了」


「二、ジャンク・バザールで有用部材とハルバードを確認及び購入」


「三、スクラップフィストの店主ヴェラ・クロウとの接点確保」


「四、ギアハンド経由で大型枠へ進む線が確定」


アイリスはベッドの端に座り、毛布を指先でつまんだ。


「……明日、ちょっと怖い……」


「怖くていい」


カインは端末から目を離さずに言う。


「その方が、余計なことを喋らない」


ミラが静かに頷く。


「必要なことだけを話します」

 

アドミラルの声が、通信越しに落ちた。


『良い。今日の判断は悪くない』


『明日は、話が通れば自由港での“場所”が初めて形になる日だ』


カインはようやく端末を閉じた。


「なら、休む」


灯りが少し落ちる。外では自由港が相変わらず動いていた。だが、部屋の中には一日の終わりの空気がある。アイリスが小さく言った。


「……宿、取ってよかったね……」


カインが答える。


「そうだな。でも長くいる場所じゃない」


「うん……」


「次は……ちゃんとエーテルガイストを置ける場所……」


「ああ」


 短い返事。その答えが、もう“希望”だけではなくなっているのを、アイリスは少しだけ感じていた。自由港での二日目は終わる。ノクスはクロン・ワークスの整備ドック。エーテルガイストはまだ遠い。だが、その巨大な艦をこの街へ呼び寄せるための線は、確かに引かれ始めていた。

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