第十七話:ノクスとミラ
新キャラ登場回です。
違法宇宙都市のホログラムがゆっくり回転している。巨大リング港。数百の船影。カインは腕を組んだままそれを見ている。
「ここが次の目的地だ」
自由港の表示を見たまま言う。
「街に馴染めるサイズで入る」
「情報を拾う。置き場を探す。」
一拍。
「その後で、エーテルガイストを呼ぶ」
アイリスが小さく頷く。
「……うん」
アドミラルの声が割り込む。
『小型船建造、工程を再計算』
ホログラムが切り替わる。設計図が更新される。
カインが眉を少し動かす。
「どうした」
『追加装備を提案する』
設計図が拡張される。
最初の予定よりも船体が少し長くなる。
『違法宇宙都市に入るなら最低限の装備が必要』
『以下を追加する』
偽装外装
船体表面に粗い装甲パネル。
溶接跡。塗装の剥げ。
「……ボロボロにするの?」
「本当にボロ船に見えるほど安全だ」
熱源偽装装置
『民間貨物船の出力に偽装』
ステルスフィールド(簡易型)
完全遮蔽ではない。だが探査距離を大きく減らす
密輸区画
床下に空洞が追加される。
『物資、武器、回収物の隠匿』
アイリスが少し驚く。
「……ほんとに密輸船……」
「街に入るならそれらしくな」
武装最小限。
・小型エーテル機銃
・スタン防御砲
『トラブル対処』
ホログラムが閉じる。
アドミラル。
『これで建造時間が延びる』
『推定完成時間:24時間』
アイリスが言う。
「……結構かかる……」
カインが頷く。
「その方がいい」
エーテルガイストはゆっくりと進路を変える。
『航路変更』
主スクリーンに新しい宙域。
小惑星帯。重力歪曲。濃いガス雲。
『この宙域に仮の隠れ場所を探す』
数時間後。外部カメラ。巨大な小惑星群。その影の奥。暗い空洞。
『候補地点を発見』
ホログラムに洞窟のような空間。小惑星内部の裂け目。
「十分だ」
『エーテルガイスト、内部待機モード』
巨大艦がゆっくりと岩影へ滑り込む。
外からはほとんど見えない。工廠区画。ドローンが忙しく動いている。無人艦の残骸が切断される。フレームが組まれる。推進器が取り付けられる。新しい船。まだ骨組み。だが形が見えてきた。アイリスがガラス越しにそれを見る。
「……ほんとに船になってる……」
「急造だがな」
『この船が完成すれば都市へ向かえる』
『航行時間は長い』
星図が表示される。
エーテルガイストの隠れ家
↓
違法宇宙都市
かなりの距離。
『ステルス航行を維持』
『連合軍の索敵圏を避ける』
アイリスが静かに言う。
「……ちょっと冒険みたい……」
カインは少しだけ笑う。
「裏社会の方だがな」
工廠区画で火花が散る。骨組みだった船に装甲が取り付けられる。エーテルコアが据えられる。そして配線が繋がる。エーテルガイストは静かに隠れている。だが内部では、次の行動の準備が進んでいる。違法宇宙都市。そこには情報、金、危険、そして宇宙の裏側の真実がある。カインが最後に言う。
「船が出来たら出る」
アイリスが頷く。
「……うん」
『建造工程、続行』
暗い小惑星の影の中で、新しい船がゆっくりと生まれていく。エーテルガイストの格納区画。急造船のフレームがほぼ完成している。装甲パネルが取り付けられ、配線も繋がり始めている。その横に、もう一つのホログラム。装備案。アドミラルが言う。
『宇宙都市に入るなら服装も変更する必要がある』
アイリスが首を傾げる。
「……服?」
カインが答える。
「街は無法地帯だ」
「軍艦のクルーって格好は隠した方がいい」
ホログラムが切り替わる。新しい服の設計。カイン用。黒と灰色を基調にした戦闘服。外套ではなく、短めの戦闘ジャケット。肩と胸には薄い装甲プレート。素材は柔軟な複合繊維。
『軽装戦闘装備』
『傭兵・護衛業者の標準的外見』
カインが頷く。
「いかにも“仕事してる奴”って格好だな」
ジャケットの下。多機能ベルト。左右にホルスター。リボルバー、セミオート拳銃。腰後部に弾薬カードリッジケース。胸部には小型通信機。
カインが言う。
「帽子は無しだな」
アドミラル。
『都市では目立つ』
ホログラムがもう一つ展開される。
アイリス用。動きやすさ重視。軽装ジャケット。暗いグレーと紺色。関節部分は柔軟素材。カインが画面を見ながら言う。
「重い装備はいらない」
「逃げられる方が重要だ」
アイリスの腰周りに装備が追加される。多目的ポーチ。アドミラルが説明する。
『内容物』
ホログラムが開く。
・スタンバトン
・医療キット
・非殺傷拳銃用エネルギーパック
・簡易拘束バンド
アイリスが少し驚く。
「……いっぱい入ってる……」
カインが言う。
「街ではこれが普通だ」
さらに小さなポーチ。中身。
携帯スキャナー
簡易工具
通信ビーコン
『副艦長は非殺傷対応を基本とする装備』
『都市環境では有効』
アイリスが少し考える。
「……傭兵っぽい?」
カインが言う。
「医療担当」
「そんな感じだ」
靴の設計も表示される。
強化ブーツ。磁気グリップ付き。
都市内の金属構造物でも滑らない。
『顔認識回避のため装備を追加』
ホログラムに新しい装備。軽量フード。
可変型フェイススカーフ。
「ますます傭兵だな」
「……映画の中の冒険者みたい……」
「生き残るための格好だ」
格納区画の奥。急造船がほぼ形を整えている。その隣で、作業ドローンが衣服の繊維を編んでい
アドミラルが最後に言う。
『服装完成まで残り二時間』
『小型船建造完了まで残り六時間』
小惑星の影の中。エーテルガイストは静かに隠れている。その内部では、次の旅の準備が着々と進んでいた。違法宇宙都市。そこは、宇宙の表では見えない世界。急造船の外装作業が続いている。溶接光が散り、修理ドローンが忙しく動き回る。カインの前に、一本の刀が置かれている。崩兼元刃はすでに研がれている。だが問題は――拵だ。アドミラルの黄金の単眼が整備台の上に投影される。
『提案がある』
カインが刀を見たまま言う。
「聞こう」
ホログラムが展開される。
現在の拵。実戦には問題ない。だが
『宇宙都市では目立つ』
カインが鼻で笑う。
「だろうな」
ホログラムが切り替わる。新しい拵案。傭兵仕様。 鞘艶のある黒漆ではなく、マットブラックの複合装甲鞘。傷がつきにくい素材。宇宙服の金具にも引っ掛からない。さらに内部に――エーテル吸振層。抜刀時の振動を抑える。カインが小さく言う。
「静音仕様か」
『都市環境で有利』
柄従来の巻きではない。高摩擦カーボン繊維グリップ。濡れても滑らない。宇宙服グローブでも保持可能。柄尻にはリング。タクティカルストラップ接続用。カインが軽く頷く。
「悪くない」
鍔装飾は排除。薄い六角形の装甲鍔。
防御用途を兼ねる。刃物による攻撃や小型弾片を弾く設計。鞘ここが最大の変更。鞘の側面に磁気ロックユニット。ベルトや背部ホルスターに固定できる。さらに小型工具スロット。・整備ピック・緊急ナイフ。アイリスが横で見ている。
「……なんか……」
「昔のサムライの刀っていうより……」
少し考えて言う。
「……傭兵の刀……」
カインが答える。
「その通りだ」
アドミラルが補足する。
『崩兼元の特性を維持』
カインが刀を手に取る。刃をわずかに抜く。
鋼が静かに光る。彼は言う。
「見た目が変わるだけだ」
『新拵製作時間:二時間』
『衣装と同時完成』
作業ドローンが刀を持ち上げる。拵を分解。
新しい部品が組み込まれる。格納区画の奥では
急造船が完成に近づいている。工廠区画で刀の装いも変わっていく。
「……都市に行く準備、ほんとにしてるんだね」
「生きて帰る準備だ」
黄金の単眼が静かに光る。
『都市潜入準備』
『最終段階に移行』
小惑星の影の中で、傭兵の装備が整えられていく。作業灯の下で、急造船が静かに横たわっている。装甲パネルは粗い。溶接跡もそのまま。どう見ても、どこにでもいるボロい傭兵船。だが内部は違う。エーテル炉も推進器も、整備されたばかりだ。整備台の上。新しい装備が並んでいる。カインは黒と灰の戦闘ジャケットを羽織る。肩の装甲プレートがわずかに音を立てる。腰にはホルスター。中にリボルバーとセミオート拳銃。背中には崩兼元。新しい拵。マットブラックの鞘。磁気固定ユニット。いかにもな宇宙傭兵の装備と見た目。アイリスも装備を受け取る。軽装ジャケット。動きやすいパンツ。腰には多目的ポーチ。
中身。
・スタンバトン
・医療キット
・エネルギーパック
・拘束バンド
彼女が少しポーチを触る。
「ほんとに……いっぱい入ってる……」
「街じゃ役に立つ多分な」
『装備確認』
『問題なし』
カインが顎で船を示す。
「行くぞ」
二人は船体ハッチへ向かう。急造船のランプが降りている。船体には簡単な番号。識別も登録も無い。内部。操縦席は二つ。シンプル。だが機能は十分。カインが操縦席に、アイリスが隣に座る。コンソールが点灯。アドミラルの声が通信で響く。
『小型船 起動許可』
『試運転を開始』
カインがスイッチを入れる。エーテル炉が低く唸る。振動。推進器がゆっくり発光。船がゆっくり浮く。格納区画の床から数十センチ。アイリスが少し驚く。
「……浮いた……」
カインが軽く操縦桿を動かす。船体が静かに回転。外部ハッチが開く。小惑星の空洞。暗い宇宙。
『外部航行許可』
小型船がゆっくり外へ出る。星が広がる。
小惑星帯の影。後方には――隠れている創世級試作実験艦。エーテルガイスト。船はゆっくりと周回する。推進も安定。カインが言う。
「悪くない」
アイリスが窓の外を見る。少し楽しそう。
「……ほんとに船だ……」
その時。アドミラルが言う。
『艦名未登録』
『呼称を設定するか』
アイリスが振り向く。
「……名前?」
カインが言う。
「副艦長決めてくれ」
アイリスが少し考える。
宇宙。小さな船。静かに飛ぶ。
彼女がぽつりと言う。
「……ノクス」
カインが聞き返す。
「何だそれ」
アイリスが窓の外を見る。星の海。
「……夜って意味……」
「静かに飛ぶ感じ……」
『登録可能』
カインが少し笑う。
「良い名前だ」
コンソールに表示される。
小型船登録名
NOX
『小型船ノクス』
『試運転成功』
小さな船が星の間を滑る。巨大戦艦エーテルガイストの影を背に。違法宇宙都市へ向かうための船。小さい。だが、新しい旅の始まりには十分だった。小型船ノクスがゆっくりと小惑星の裂け目へ戻ってくる。岩影の奥。そこに潜んでいる巨大な黒い影。エーテルガイスト。試験艦は、まるで眠る獣のように静かに停泊している。
「……帰るぞ」
カインが操縦桿を軽く引く。ノクスがゆっくりと姿勢を変える。格納ハッチが開く。エーテルガイストの腹部。巨大な格納庫。
『着艦誘導開始』
アドミラルの声。ノクスがゆっくりと降下する。
床に磁気ロック。カチン。推進が止まる。
アイリスが息を吐く。
「……帰ってきた……」
カインがシートから立つ。
「急造にしては悪くない船だった」
二人が格納庫へ降りる。作業ドローンがまだあちこち動いている。だが今回は少し様子が違う。格納庫中央。ドローンが持ってきた一つの装置が起動している。人一人が入る形のカプセル型。透明カバー。内部に人影。アイリスが目を丸くする。
「……え?」
カインも少し眉を動かす。
「何だこれは」
黄金の単眼ホログラムが現れる。アドミラル。
『兵站補助機構を起動した』
「兵站?」
カプセルが開く。蒸気が静かに抜ける。
中から、一人の女性型アンドロイドがゆっくりと立ち上がる。外見はどこから見ても人間に見える。身長はアイリスより高くカインより低い。だが胸元の辺りが少し機械的。中央に小さな発光ユニット。そして――黄金の瞳。アドミラルと同じ色。彼女は一歩前に出る。動きは静かで滑らか。傭兵風の装備。軽装ジャケット。多目的ベルト。背部ツールパック。彼女はカインとアイリスの前で止まり、軽く頭を下げる。声は落ち着いた女性の声。
「初めまして」
「私はアドミラルの実体サポート機です」
少し微笑む。
「艦内外補助、整備補助、生活支援を担当します」
アイリスが小声で言う。
「……人……?」
カインが答える。
「いや、違うな」
アンドロイドが言う。
「私は人間ではありません」
「アンドロイドです」
そして少しだけ胸の装置が光る。
「ですが安心してください」
「皆さんの生活を支援するよう設計されています」
カインが腕を組む。
「アドミラル」
「説明しろ」
黄金の単眼ホログラム。
『私は艦の知性』
『しかし物理作業には制限がある』
ホログラムが女性アンドロイドを指す。
『そのため実体サポート機を用意した』
アイリスが少し近づく。
「……名前は?」
アンドロイドは少し考えるように瞬きをする。
「呼称はまだ設定されていません」
少し微笑む。
「必要であれば、皆さんが付けてください」
カインがため息をつく。
「世話焼きだな」
アドミラルの声は何処か自慢げに聞こえる。
『兵站の基本だ』
アンドロイドが軽く頭を下げる。
「とりあえず」
「ノクスの整備を開始します」
「それと」
少し視線を動かす。
「皆さんの装備も調整しておきますね」
格納庫の照明の下。巨大戦艦エーテルガイスト。
急造船ノクス。黄金の瞳を持つ新しいクルー。宇宙都市へ向かう準備が、さらに整い始めていた。
小惑星内部、エーテルガイスト格納庫。
試運転を終えた ノクス が静かに停泊している。
その前で、女性型アンドロイドが姿勢を正して立っている。傭兵風の軽装ジャケット。腰には整備ツールポーチ。胸元には小さな機械ユニット。
そして黄金の瞳。アドミラルと同じ色。アイリスがじっとその顔を見上げている。
「……名前、ないんだよね……?」
アンドロイドは静かに頷く。
「はい」
「現在は識別番号のみです」
柔らかい声。
「必要であれば、呼称を設定していただいて構いません」
カインが腕を組む。
「アイリス任せた」
アイリスが少し考える。視線が胸元の光る装置に向く。それから、黄金の瞳。そして天井から投影される黄金の単眼ホログラム。アドミラル。アイリスがぽつりと言う。
「……ミラ」
カインが聞き返す。
「ミラ?」
アイリスが説明する。
「……アドミラルの……」
少し照れながら。
「……“ミラ”」
アドミラルがすぐに反応する。
『呼称登録可能』
少しの間。
そして。
『合理的』
女性型アンドロイドが微笑む。
「ミラ」
一度ゆっくり発音する。
「いい名前です」
軽く頭を下げる。
「ではこれからはミラと呼んでください」
アイリスが少し嬉しそうに言う。
「……うん」
カインが肩をすくめる。
「提督にミラか」
「分かりやすいな」
アドミラル。
『兵站補助機 ミラ』
『運用開始』
ミラが一歩前に出る。
「ではノクスの整備を行います」
アイリスのポーチを見る。
「装備の配置も少し調整した方が動きやすそうですね」
アイリスが驚く。
「……わかるの?」
ミラは穏やかに答える。
「はい」
「これも兵站ですので」
格納庫の作業灯が静かに光る。巨大戦艦 エーテルガイスト。急造船ノクス。そして黄金の瞳を持つ新しい仲間。ミラ。違法宇宙都市へ向かう準備は、少しずつ整っていく。
小惑星内部、エーテルガイストの食堂区画。艦内は静かだ。テーブルの上には料理。焼いた肉。温かいスープ。硬めのパン。乾燥果実。都市に行く前の腹ごしらえ。カインは椅子に深く座り、フォークを持ったまま考え込んでいる。アイリスがスープを飲みながら言う。
「……どうしたの?」
カインは肉を一口食べてから答える。
「金だ」
アイリスが首を傾げる。
「……ソル?」
この世界の通貨。地球圏宇宙共通通貨。ソル。
カインが頷く。
「街で何するにも金がいる」
「情報」
「補給」
「隠れ家」
「全部だ」
ミラが静かに補足する。
「違法都市では現金主義が多いです」
「信用はほとんど通用しません」
カインがパンをちぎる。
「問題は」
一拍。
「俺の金が軍管理の口座にあることだ」
アイリスが少し驚く。
「……え?」
カインは平然と言う。
「英雄やってたからな」
「報奨金やら任務報酬やら」
「それなりに入ってる」
アドミラル。
『残高推定:高額』
カインが小さく笑う。
「問題は口座凍結だ」
「今や脱走兵だからな」
アイリスが少し心配そう。
「……もう凍ってる?」
カインは首を振る。
「まだだ」
「多分な」
右目を閉じる。そして機械式多機能義眼
ブラッドハウンド。起動。視界にUIが展開される。食堂の空間に、カインだけが見えるデータ。
アドミラルの声。
『金融ネットワーク接続準備』
『援護する』
ミラが端末を取り出しテーブルに置く。
「安全な中継ノードを用意しました」
「追跡回避用です。私もサポートします。」
カインの視界に銀行システム。連合軍金融ネット。ログイン。ブラッドハウンドが認証を突破する。生体ID。軍人識別。声紋。
アイリスが少し不安そう。
「……大丈夫……?」
カイン。
「今はまだ」
アドミラル。
『アクセス成功』
残高が表示される。
かなりの額のソル。
ミラが冷静に言う。
「一度に動かすと検知されます」
「分割転送を推奨します」
カインが頷く。
「だろうな」
ブラッドハウンドの視界にルートが表示される。
転送ルート。
銀行A
↓
匿名ウォレット
↓
貨物会社口座
↓
廃止企業口座
↓
ダミー基金
アドミラル。
『追跡回避ルートを生成』
『七経路経由』
カインが低く言う。
「始める」
指がテーブルを軽く叩く。ブラッドハウンドが操作を実行。転送開始ソルが動く。
銀行
↓
中継口座
↓
ダミー会社
ミラがモニターを見る。
「軍監視ノード回避成功」
『追加経路変更』
『監視AIのパターンを回避』
アイリスは少し緊張して見ている。
「……捕まらない?」
カインが肉をもう一口食べる。
「今はな」
転送が続く。ソルが少しずつ動く。一度にではない。細かく。静かに。
『最終ウォレットへ到達』
ブラッドハウンドの画面に表示。
匿名口座:成功
カインが息を吐く。
「よし」
ミラが確認する。
「資金移動完了です」
「追跡の痕跡はありません」
アドミラル。
『軍ネットワークに異常検知なし』
アイリスがほっとする。
「……よかった……」
カインはパンをかじる。
「これで街で動ける」
「金があれば」
「大体なんとかなる」
『宇宙都市到達まで小型船で約二日』
ミラが話す。
「携行食料等も多めに積み込みますね」
エーテルガイストは静かに潜み、ノクスは出発の準備を整えている。カインは最後にコーヒーを飲む。
「飯食ったら出るぞ」
アイリスが頷く。
「……うん」
ブラッドハウンドの表示がゆっくりと消えていく。資金移動は完了した。だが、当然手数料と匿名化コストがかかっている。ミラが端末を確認する。
「転送ログを整理しました」
「最終残高を表示します」
ホログラムが開く。カイン資金状況
元口座残高
8,420,000 ソル(約8億4200万円)
アイリスが桁の多さに思わず声を出す。
「……え……?」
カインは平然とし、フォークを動かしながら言う。
「任務報酬」
「撃墜賞金」
「特別勲功金」
「危険任務手当」
「様々な任務をやったが」
「それでも他の英雄に比べて少ない額だ」
ミラが続ける。
「匿名転送に伴う減少」
・匿名ネット手数料
・中継口座
・ダミー企業経由
・金融監視回避処理
転送コスト
−2,180,000 ソル(約2億1800万円)
アイリスが目を丸くする。
「……そんなに減るの……?」
カインは肩をすくめる。
「仕方ない」
ミラが最終残高を表示する。
現在資金
6,240,000 ソル(約6億2400万円)
食堂が一瞬静かになる。
アイリスがぽつりと言う。
「それでも……すごい……」
カインはコーヒーを飲む。
「都市で暴れなきゃ十分だ」
『運用資金としては高額』
『違法都市でも長期活動可能』
ミラが補足する。
「エーテルガイストの改修部品購入」
「情報購入」
「倉庫や隠れ家の確保」
「傭兵雇用等」
「すべて可能です」
アイリスが少し考える。
「……じゃあ」
「結構お金持ち……?」
カインは短く言う。
「元はな」
彼はナイフを置く。
『現在は匿名資金』
『追跡は困難』
ミラが軽く頷く。
「ですが長期保管には向きません」
「都市で分散する方が安全です」
カインが立ち上がる。
「都市で使う」
アイリスが頷く。
「……うん」
資金:6,240,000 ソル
英雄だった男の最後の文字通りの軍資金。それを持って彼らはこれから宇宙の裏社会へ入っていく。出発前の静かな時間。急造船ノクスの外装灯がゆっくり点灯している。推進器はすでに暖機状態。搭乗ハッチの前に三人。カイン。アイリス。そして――ミラ。傭兵風の軽装ジャケット。腰のツールポーチ。背部整備パック。黄金の瞳が格納庫の灯りを反射している。アイリスが言う。
「……ミラも来るの?」
ミラは小さく頷く。
「はい」
「アドミラルの兵站サポートとして同行します」
天井に黄金の単眼が投影される。
アドミラル。
『都市環境では物理的作業が増える』
『ミラの同行が合理的だ』
カインが言う。
「提督は艦に残るんだな」
『当然だ』
『私はこの艦の知性』
『エーテルガイストの管理を続行する』
ホログラムに星図。現在位置。小惑星の隠れ場所。そして違法宇宙都市。距離。数日航行。
アドミラル。
『ノクスの航行データを共有』
『ステルスルートを送信』
カインが頷く。
「了解」
アイリスが少し寂しそうに言う。
「……提督は来ないんだ」
アドミラル声は変わらない。
『通信は常時接続』
『必要なら助言する』
少し間。
『それに』
『ミラがいる私の分体だ』
ミラが柔らかく言う。
「アドミラルの代理として」
「皆さんをサポートします」
カインがノクスへ向かう。
「よし」
「出るぞ」
三人が搭乗階段を上がる。
船内。操縦席にカイン。副席にアイリス。後方座席にミラ。ミラがコンソールを操作する。
「貨物区画固定完了」
「装備も問題ありません」
カインがエンジンを起動。エーテル炉が低く唸る。格納庫のハッチがゆっくり開く。小惑星の外。宇宙。巨大な影。エーテルガイスト。暗い岩の奥に隠れている。
アドミラルの声。
『ノクス、発進許可』
「了解」
推進器が点火。ノクスがゆっくり浮く。格納庫から離脱。アイリスが振り返り呟く。巨大艦エーテルガイストが遠ざかるのを見ながら。
「……行ってきます」
『航路安定』
『違法宇宙都市まで約二日』
ノクスが姿勢を変え星の海へ向く。アイリスが窓の外を見る。星が流れる。違法宇宙都市。無法者の巣。情報と金と危険の街。小型船ノクスは、静かに星の闇へ滑り出した。数日後。小型船 ノクス は静かに航行していた。エーテル推進は最低出力。熱源も抑えたまま。星の海は、ただ静かだった。航路の大半は無人宙域。小惑星帯。ガス雲。古い航路の外側。追跡も、巡視船も現れない。操縦席でカインが航路を確認する。
「……静かすぎるな」
アイリスが前方スクリーンを見る。
「……平和……?」
ミラが端末を確認する。
「異常反応はありません」
「追跡も検知されていません」
アドミラルの通信が時折入る。
『航路正常』
『軍索敵圏外』
『そのまま進め』
二日目。三日目。何も起きない。
やがてノクスのスクリーンモニターに新しい光。遠くの星の中に、人工光。ミラが言う。
「到達圏です」
カインが前を見る。
「着いたか」
画面が拡大。巨大構造物。宇宙空間に浮かぶリング。いくつものドック。無数の船影。ネオンのような照明。違法宇宙都市。正式名称などない。通称――自由港。アイリスが息をのむ。
「……すごい……」
「街……」
無数の船。貨物船。傭兵船。改造船。軍の規格とは違う。都市の外側には漂流物。廃船。コンテナ。古い衛星。まるで宇宙の墓場。ミラが通信ログを確認する。
「入港ビーコンを受信」
「港の管理AIです」
スピーカーから声。粗い機械音。
> 『こちら自由港管制』
> 『未登録船ノクス、識別信号を送信しろ』
カインがコンソールを叩く。偽装ID送信。
数秒。
> 『確認』
> 『傭兵船登録仮承認』
> 『ドック47に入れ』
カインが小さく笑う。
「通ったな」
ノクスがゆっくり都市へ近づく。巨大リングの影に入る。アイリスが窓に顔を近づける。街の内部。無数の灯り。巨大な構造物。都市の中を飛ぶ小型艇。ミラが言う。
「着きましたねここが」
「自由港です」
カインが操縦桿を押す。ノクスがゆっくりドックへ降りていく。静かな宇宙の旅は終わった。
これから始まるのは宇宙の裏社会での一幕。
現実の貨幣価値換算
1ソル100円。
投稿頻度がバラバラになります。




