第十六話:選択点
射撃訓練場。
先ほどの試射で、壁の一部にはリボルバー弾の着弾痕が残っていた。厚い鋼板が、拳大に抉れている。硝煙ではない。エーテル弾の放出後に残る淡い熱痕だけが漂っていた。カインは次の武器を手に取る。セミオート式拳銃。先ほどのリボルバーよりも細身のフレーム。銃身は長く、反動制御用の小型スタビライザーが側面に埋め込まれている。ホログラムに仕様が浮かぶ。
『カイン用携行火器セミオート式エーテル拳銃』
『中口径エーテルカードリッジ』
『装弾数:十五』
『反動制御補助内蔵』
『対生身・軽装目標用』
カインはスライドを軽く引く。金属音。カチリ。
動きは滑らかだ。
「悪くない」
右手で構える。アイリスが少し後ろで見ている。
「……さっきのより、軽そう」
「軽い」
カインはターゲットを見据える。
「だから速い」
トリガーを引く。
パンッ!
エーテル弾が射出される。衝撃波と共に光弾が走る。標的の中央。
ガンッ!
鋼板が揺れる。貫通はしない。だが表面に深い凹みができる。カインはそのまま連続で撃つ。
パンッ
パンッ
パンッ
弾道は安定している。義眼【ブラッド・ハウンド】が微弱に光る。着弾点予測が網膜に表示される。最後の弾が命中。ターゲットの中央に弾痕が集中していた。カインは銃を下ろす。
「十分だ」
アドミラルが報告する。
『命中精度:92%』
『反動制御:良好』
『武装案、有効と判断』
カインはマガジンを抜き、空薬室を確認する。
「実戦で困ることはない」
アイリスが少し安心した顔をする。
「……強いね」
カインは肩をすくめる。
「銃がな」
最後のターゲットが消える。アイリスがゆっくり銃を下ろす。少し汗が額に浮かんでいる。
「……はぁ……」
カインがタイマーを見る。
「今日はここまでだ」
アイリスがほっとした顔をする。
「……腕が……ちょっと……」
「最初はそんなもんだ」
彼女の持つ非殺傷モデルは、まだ少し扱いに慣れていない様子だった。
「……手、ちょっと震える……」
カインが短く言う。
「震えてても当たる距離で撃てばいい」
アイリスが小さく笑う。
「……うん」
カインはセミオート拳銃のマガジンを抜き、空薬室を確認した。
カチリ。
スライドを戻す。拳銃を卓上に置く。アイリスもゆっくりと銃を下ろす。天井スピーカーからアドミラルの声。
『射撃訓練セッション終了を確認』
『副艦長の命中率は初期訓練としては高水準』
アイリスが少し照れる。
「……ほんと……?」
カインが言う。
「実戦で当たれば十分だ」
ホログラムが切り替わる。艦内工廠区画。
回収資材のリストが表示される。破損した無人艦の部材。装甲片。推進コイル。エーテル導管。結晶制御ユニット。
『回収資材の分類完了』
『再利用可能率:42%』
カインが頷く。
アドミラルが次の表示を出す。エーテルガイスト改修案艦のホログラムが現れる。未完成の部分が赤く表示されている。
『提案:三項目改修』
1 装甲補強
回収した外装材。多層装甲。
旧連合軍標準より強度が高い。
『船体外殻の弱点区画を補強可能』
艦の腹部装甲が強化表示になる。
2 エーテル流路改良
無人艦の導管を解析。
一部構造が人類設計より効率的。
『エーテル循環効率:12%向上見込み』
カインが少し目を細める。
「燃費が良くなるな」
3 工廠機能拡張
回収された小型製造ユニット。ドローン用部品。
弾薬加工装置。
『艦内生産能力を向上可能』
アイリスが言う。
「……つまり……」
「この船……」
「ちょっと強くなる?」
カインが短く答える。
「かなりだ」
ホログラムに作業ドローンが表示される。
工廠区画が起動。多関節アーム。小型修理機。
アドミラル。
『改修作業を開始』
『推定時間:11時間』
画面に作業映像が映る。艦外。作業ドローンが船体を移動。装甲板を交換。溶接光。
内部。導管の交換。エーテル結晶がゆっくり回転する。新しい配線が接続される。
アイリスが少しワクワクした声で言う。
「……自分達の船って感じしてきた……」
カインが言う。
「まだ未完成だ」
アドミラルが静かに補足する。
『本艦は試験艦』
『改修余地は多数存在』
艦のホログラムがゆっくり回転する。巨大戦艦。未完成。だが――少しずつ形になっていく。
『しかし』
少しだけ声が変わる。
『それが本艦の強み』
宇宙の闇の中。エーテルガイストはまだ静かに停泊している。だが内部では、修理ドローンが動き続けている。未完成の艦は、回収された技術と共に少しずつ進化していく。そのとき、天井スピーカーからアドミラルの声。
『クルー制服の製造が完了した』
ホログラムが展開される。艦長用クルー服。副艦長用クルー服。先ほど提示された設計。だが今は、実物が表示されている。布地の質感。エーテルラインの淡い光。アイリスが少し身を乗り出す。
「……できたの……?」
『肯定』
『更衣区画を使用することを推奨』
更衣室区画。
訓練場の隣に設けられた簡素な更衣スペース。
壁の収納ラックが開く。中に二着。艦長用コート。黒を基調にしたロングコート。襟元と肩章に蒼いライン。背部にはエーテルガイストの紋章。そして。制帽。蒼銀の縁取りが入った黒の帽子。隣には副艦長用。紺色のショートジャケット。可動性の高いパンツ。袖口には小さな補助端末。そして小さなベレー帽。アイリスが近づく。指先で布地を触る。
「……やわらかい……」
『多層繊維装甲素材』
『軽量防護性能あり』
カインはコートを手に取る。重さを確かめる。
「悪くない」
義手側のスリット部分を確認する。
「ちゃんと考えてある」
しばらくして。更衣室の扉が開く。先に出てきたのはカイン。黒のロングコート。蒼いラインが肩に走る。帽子を軽く被る。無骨な男だが、軍服は妙に似合う。アイリスが続いて出てくる。紺のショートジャケット。少し長い袖。軽いベレー帽。まだ少し照れている。
「……へんじゃない……?」
カインは一瞬見て、すぐ言う。
「似合ってる」
即答。アイリスの頬が少し赤くなる。
「……ほんと……?」
『視覚評価』
アドミラルが淡々と言う。
『副艦長制服適合率:97%』
『問題なし』
射撃訓練場へ戻る。ホログラムのエーテルガイスト艦体図が浮かんでいる。未完成の巨大艦。その前に、艦長と副艦長が並ぶ。アイリスが少し背筋を伸ばす。
「……艦長」
小さく言う。
「なんだ」
「……なんか……ほんとにクルーみたい」
カインは少し笑う。
「クルーだろ」
視線を前に向ける。エーテルガイスト。まだ修復中の装甲。だが確かに動いている。アドミラルが告げる。
『クルー識別更新』
『艦長:カイン・ウォーカー』
『副艦長:アイリス』
『登録完了』
アイリスが小さく息を吸う。
そして少しだけ誇らしそうに言う。
「……副艦長、アイリス」
カインは帽子のつばを軽く触る。
「艦長、カイン・ウォーカーだ」
工廠区画の上部デッキ。下では修理ドローンが動き続けている。溶接光。装甲板の交換。エーテル導管の組み直し。エーテルガイストは静かに改修中だ。カイン達は装いを新たに艦橋の戦術卓の前に立っている。アドミラルが新しいデータを表示する。ホログラムに航路図。星図の一部が拡大される。
『回収した無人艦のAIコアから座標を抽出』
一点が光る。未登録宙域。アイリスが画面を見上げる。
「……ここ……?」
『星図データベース未登録』
『連合軍航路にも存在しない』
ホログラムに現在位置。そこから一本の航路が伸びる。無人艦のログが示していた進路。カインが低く言う。
「この船はそこから来た可能性がある」
『確率:高』
座標の周囲には何もない。
星。惑星。基地。何も登録されていない。
「……未発見の遺構とか……?」
「エーテリアン……」
アドミラルが答える。
『可能性は否定できない』
カインは腕を組む。
「だが」
視線が星図から外れる。
「問題はもう一つある」
連合軍のエンブレムが表示される。アイリスの顔が少し曇る。
「……追ってくるかな……」
カインははっきり言う。
「来る」
短い答え。
「俺は脱走兵だ」
「しかも試験艦を持ち逃げしてる」
アドミラルが冷静に補足する。
『連合軍による追跡の可能性:高』
『ただし本艦は現在ステルス航行中』
ホログラムに三つの選択肢が表示される。
選択肢1未登録宙域へ直行未知の座標。
メリット
・エーテリアン関連の可能性
・追跡者が予測しにくい
デメリット
・情報ゼロ
・戦闘の可能性
選択肢2隠れ場所を探す
小惑星帯
ガス雲
放棄コロニー
メリット
・改修に集中可能
・艦の能力向上
デメリット
・発見される可能性
選択肢3違法宇宙都市へ
星図に別の地点が表示される。
巨大構造物。雑多な船。ネオンのような光源。
『通称:自由港』
『実態:違法宇宙都市』
アイリスが少し驚く。
「……そんな所あるの?」
カインは知っている。
「ある」
「無法者の巣だ」
ホログラムが拡大。船の墓場のような港。改造船。傭兵船。密輸船。カインが続ける。
「だが」
「追っ手から隠れるには悪くない」
アドミラルも同意する。
『匿名性が高い』
『艦改修部品の入手も可能』
アイリスが少し不安そうに言う。
「……危ない場所?」
カインが少しだけ笑う。
「かなりな」
星図が三方向に伸びる。
未知宙域。隠れ場所。違法都市。
エーテルガイストはまだ改修途中。だが動ける。
アドミラルが静かに言う。
『艦長』
『次の進路を。ここが選択点だ』
宇宙は広い。だが今のカイン達には、三つの道がある。アイリスがカインを見る。
「……どうする?」
艦橋の星図が静かに輝いている。星図の前でカインが腕を組んでいる。三つの進路のうち、一本が拡大される。違法宇宙都市 ― 自由港。
カインが言う。
「行くならここだ」
アイリスが少し驚く。
「……ほんとに?」
「ただし」
カインの視線が艦のホログラムへ向く。
エーテルガイスト巨大な試験艦の姿。
「これで正面から乗り付けるのは無理だ」
アドミラルが即座に同意する。
『本艦ではリスクが高い』
アイリスが言う。
「……目立つ?」
カインが深く頷く。
「目立つどころじゃない」
「港に入った瞬間に噂になる」
一拍。
「でかい。軍艦っぽい。しかも――」
カインの目が細くなる。
「こいつは登録されてない」
アイリスが瞬く。
「……登録……?」
『本艦は正式な軍籍登録前に奪取された』
アドミラルが淡々と告げる。
『連合軍の艦籍番号も、民間登録も存在しない』
『照会しても“存在しない艦”として扱われる』
艦橋に短い沈黙が落ちる。
アイリスはホログラムの巨大艦を見つめる。
「……そんなのが港に来たら……」
「厄介事そのものだ」
カインは言い切る。
「自由港みたいな場所でも、大型艦は見られる」
「船そのものより、“誰の船か”“どこの名義か”“何を背負ってるか”をな」
アドミラルが続ける。
『特に本艦は外見上、軍艦としての印象が強い』
『少なくとも、受け皿の無い状態で都市へ直接入るのは推奨しない』
カインが小さく息を吐く。
「だから、先に足場が要る」
アイリスがゆっくり振り向く。
「……足場……?」
「小さい船だ」
ホログラムが切り替わる。回収した無人艦の残骸。破損フレーム。推進ユニット。装甲。
『提案』
新しい設計図が表示される。
小型宇宙船。
『回収資材を利用し小型船を建造』
『違法都市への移動用』
アイリスの目が少し輝く。
「……作れるの?」
ホログラムに構造が出る。
即席コルベット級小型船
要素
・無人艦フレーム
・再利用推進器
・簡易エーテル炉
・ステルス外装
カインが頷く。
「見た目はガラクタ船」
「だが動く」
アドミラルが続ける。
『識別コード偽装可能』
『登録不明船として入港』
アイリスが少し楽しそうに言う。
「……密輸船みたい……」
カインが肩をすくめる。
「実際そんなもんだ」
次のホログラム。
エーテルガイストの退避計画
星図が拡大。小惑星帯。濃いガス雲。重力歪曲域。
『本艦は隠匿宙域へ退避』
『ステルス待機』
アイリスが言う。
「……じゃあ」
「私たちは小さい船で街に行くの?」
「そうだ」
ホログラムに違法宇宙都市の映像。
巨大なリング港。数百の船。ネオンのような光。
カインが言う。
「そこでやることは三つ」
指を立てる。
1 情報収集
連合軍の動き
エーテリアン関連
無人艦の出所
2 隠れ場所の確保
密輸業者の倉庫
廃ドック
裏港
3 改修拠点の確保
修理及び改修資材の入手
「エーテルガイストを呼べる場所を作る」
アイリスが少し緊張した顔になる。
「……危ない人いっぱい居そう……」
カインが言う。
「間違いなくな」
アドミラルが補足。
『しかし』
『違法都市は匿名性が高い』
『追跡回避には有効』
ホログラムに二隻の船が表示される。
巨大戦艦エーテルガイストそして急造小型船
まだ名前はない。
アイリスが言う。
「……この船」
「名前いるよね」
カインが少し考える。
「あとで決める」
アドミラルが告げる。
『小型船建造を開始』
『推定完成時間計算中』
工廠区画。
ドローンが残骸を運ぶ。フレームが組まれる。
推進器が取り付けられる。エーテルガイストは宇宙に静かに浮かんでいる。だがその内部では、
新しい船が生まれようとしている。
違法宇宙都市。無法者。密輸業者。傭兵。情報屋。そしてそこには、宇宙の裏側の情報が集まる。カインが最後に言う。
「準備しろ」
「街に行く」
アイリスが少しワクワクしながら答える。
「……宇宙の裏社会……」
「初めて……」




