第十五話:解析完了
武器庫区画。艦内の奥まったブロック。
厚い隔壁。気密扉。その先に――射撃訓練場。
エーテルガイストの内部に作られた小型レンジ。
全長30メートルほどの直線空間。壁は多層装甲。
弾丸もエーテル弾も吸収する試験材。
奥にはホログラムターゲット。人型、機械型、ドローン型。アイリスが入口で立ち止まる。
「……ここで……?」
カインが頷く。
「銃は触ったことあるか」
「……ない……」
「撃ったことは」
「……ない……」
即答。カインは少しだけ表情を緩める。
「普通だ」
カインはテーブルにケースを置く。開く。中には――アイリス用非殺傷拳銃。滑らかな白銀のフレーム。小型。軽量。
「持ってみろ」
アイリスはそっと手を伸ばす。
両手で持つ。
「……軽い……」
『重量 0.92kg』
アドミラルが補足する。
『副艦長の筋力に最適化』
カインが横に立つ。
声は落ち着いている。
「まず指」
「トリガーにかけるな」
アイリスが慌てて指を外す。
「……ご、ごめん……」
「いい」
「今覚えればいい」
カインが銃を持つ。
見本。
「撃つまで指はここ」
フレームの側面を指で叩く。
「これが基本だ」
アイリスが真似する。ぎこちない。だが真剣。
「次だ」
「構え」
カインは足を開く。
「肩幅」
「体は少し前」
「撃った時に後ろに持っていかれないように」
アイリスも真似する。少しふらつく。カインがさりげなく肩を軽く押す。
「重心、前」
「……こう……?」
「そうだ」
アドミラルが説明する。
『スタンモードを推奨』
『初回訓練のため出力制限』
ターゲットが点灯。人型ホログラム。距離10メートル。アイリスが緊張する。
「……当たるかな……」
カインが言う。
「当てようとするな」
「狙うだけでいい」
「サイトを見る」
銃の上部。前後の照準。
「前の突起を真ん中に」
「ターゲットに重ねる」
アイリスがゆっくり狙う。呼吸が浅い。
「息」
カインが言う。
「止めるな」
「吐く」
「その途中で撃つ」
アイリスが小さく息を吐く。指が震える。
「……撃つ……」
「ゆっくり引け」
「引く、じゃない」
「絞る」
パシュン
小さなエーテル発光。青い光。ターゲットに命中。ホログラムが一瞬だけ痙攣表示。
アイリスの目が丸くなる。
「……あたった……」
カインが頷く。
「今のはいい」
アドミラル。
『命中率:83%』
『優秀』
アイリスが少し笑う。
「……ほんと……?」
カインが言う。
「初めてなら上出来だ」
次のターゲット。ドローン型。動く。
「実戦は止まってない」
カインが言う。
「動く」
「焦る」
「怖い」
アイリスの手が少し固くなる。
「……怖い……」
「普通だ」
カインは静かに言う。
「怖くない奴の方が危ない」
ターゲットが横移動。アイリスが追う。
「……動く……」
「体で追うな」
「腕だけ」
彼女が撃つ。
パシュッ
外れる。
「……あっ……」
「いい」
カインは落ち着いている。
「外すのも経験だ」
アドミラルが表示。
『次射撃まで 0.8秒』
『リズム維持推奨』
アイリスがもう一度狙う。
呼吸。落ち着く。撃つ。
パシュン
命中。
「……当たった……!」
カインが少しだけ笑う。
「慣れてきたな」
少し離れた場所。
カインが自分の銃ケースを開く。
中には大型リボルバー。重厚。鋼鉄色。
アイリスが振り向く。
「……大きい……」
「ハードターゲット用だ。機械相手の」
カインはシリンダーを開く。薄いカードリッジを差し込む。
カチン
閉じる。
ターゲット。機械型。装甲表示。距離20メートル。カインは片手で構える。義手。ブレない。
ドン重い発射音。エーテル弾が直線で飛ぶ。
ターゲット中央を貫通。ホログラムが爆散表示。
アイリスが目を見開く。
「……すごい……」
カインは静かに言う。
「これは最後の手段だ」
「覚えとけ」
「銃は強い」
「でも」
少しだけ声が低くなる。
「使わないで済むなら、それが一番だ」
アイリスが銃を握る。少しだけ強く。
「……うん……」
訓練場に再びターゲットが現れる。アドミラルの声。
『副艦長、次の訓練を開始』
『移動目標レベル2』
アイリスが深呼吸する。構える。今度は少しだけ手が安定していた。
ターゲットが横に動く。アイリスが構える。
呼吸。照準。トリガー。
パシュン
スタン弾が命中。
ホログラムのドローンが停止表示になる。
「……あたった……」
少し嬉しそうな声。カインが横で頷く。
「今のはいい」
「追い方が安定してきた」
アイリスが小さく笑う。
「……ちょっと慣れてきた……」
その瞬間。天井スピーカーからアドミラルの声。
『艦長』
カインが銃を下ろす。
「どうした」
『残骸解析、主要工程を完了』
アイリスが振り向く。
「……もう……?」
『重要な結果を確認』
カインの目が少し鋭くなる。
「言え」
訓練場の壁にホログラムが展開される。
回収した無人艦の断面図。破損したエーテル炉。
配線。制御系。
『まず歴史確認』
アドミラルが淡々と説明する。
『エーテル技術が地球圏へ普及したのは約50年前』
ホログラムに年表が表示される。巨大隕石の映像。
『巨大隕石から未知鉱物を発見』
青く光る結晶。エーテルクリスタル。
『これを基にエーテル炉およびエーテルコアが開発』
宇宙船の模型が並ぶ。
『人類が本格的宇宙進出を開始したのはさらに約50年前』
つまり――宇宙進出
↓
50年後
エーテル技術発見
50年後
↓
現在
アイリスが小さく言う。
「……じゃあ、エーテルって……」
「最近の技術なんだ……」
『その通り』
ホログラムが切り替わる。回収した無人艦の炉心。複雑な構造。人類のエーテル炉と比較表示。
カインがすぐに気付く。
「違うな」
『肯定』
『炉の設計が現行規格と一致しない』
構造が明らかに違う。結晶配置。反応制御。
エネルギー流路。アイリスが首を傾げる。
「……古いの……?」
『年代推定:不明』
『既存データベースに一致なし』
さらにホログラムが拡大される。艦体設計。
フレーム構造。内部隔壁。推進配置。カインが低く呟く。
「……これは」
アドミラルが答える。
『艦体設計は旧連合軍規格』
「やっぱりか」
アイリスが目を丸くする。
「……軍の船……?」
『旧型』
『約30年前の設計思想』
古い連合軍宇宙艦の設計図が横に並ぶ。確かに似ている。骨格。区画構造。重力配置。
だが――炉だけが違う。完全に別物。
カインが腕を組む。
「旧連合軍の船体」
「未知のエーテル炉」
「しかも無人」
アイリスが小さく言う。
「……変……」
アドミラルが続ける。
『さらに特異点あり』
新しい画像。無人艦の外観。宇宙空間で漂う姿。
その横に表示される。ある宇宙艦のシルエット。
未完成の艦。エーテルガイスト。
二つの艦影。並べて表示。構造ライン。外形バランス。推進配置。アイリスが呟く。
「……似てる……」
完全ではない。だが――どこか似ている。
カインの義眼がわずかに光る。
「偶然じゃないな」
アドミラル。
『同意』
『設計思想の共通性を確認』
訓練場の静けさが少し変わる。さっきまでの訓練の空気ではない。未知の匂い。
アイリスが銃を握ったまま言う。
「……この船……」
「どこから来たの……?」
アドミラルの答えは、まだ出ていない。
『現時点では不明』
ただ一つ確かなのは――宇宙には、
まだ知られていない何かがある。
そしてそれは、エーテルガイストとどこか繋がっている可能性がある。
ターゲット表示が一時停止する。
壁のホログラムに、解析データが展開されたままになっている。アイリスは銃を下ろしたまま、その画面を見ている。
「……さっきの船……」
「ほんとに軍の船なの……?」
カインは少し考えてから答える。
「船体はな」
アドミラルが補足する。
『ただし、完全には一致しない』
ホログラムが切り替わる。
宇宙空間に浮かぶ、いくつかの構造物の画像。
巨大リング。崩れた塔。漂流する古い船。
『参考資料を表示』
アイリスが目を細める。
「……これ……なに……?」
『宇宙遺構』
『過去70年の宇宙調査で発見された構造物』
カインは知っている。だが一般にはまだ仮説扱いだ。アドミラルが続ける。
『これらは人類の技術体系と一致しない』
『しかし完全な異星文明とも断定できない』
ホログラムが拡大される。崩壊した宇宙船の残骸。流線形の船体。内部構造の断面。
『研究者の間では、ある仮説が存在する』
画面に一つの言葉が表示される。
エーテリアン
アイリスが小さく読む。
「……エーテリアン……?」
『仮称』
『古代宇宙人類』
アイリスが困った顔になる。
「……古代……人類……?」
「人間ってこと……?」
『可能性の一つ』
ホログラムに、エーテルクリスタルの映像。
その周囲に浮かぶ奇妙な回路構造。
『一部遺構ではエーテルとの強い共鳴反応を確認』
『現在の人類では再現困難』
カインが言う。
「エーテルと共鳴する種族」
「そういう仮説だ」
アドミラルが続ける。
『さらに一部の研究者は』
『エーテルと共鳴していた可能性を指摘』
エーテル結晶が光り、人体のシルエットと重なる図。
アイリスが少し不安そうに言う。
「……でも……」
「誰も見たことないんだよね……?」
『その通り』
アドミラルは即答する。
『遺体は一切発見されていない』
宇宙遺構。古い船。未知の装置。
だが遺体だけが無い。カインが静かに言う。
「だから仮説止まりだ」
ホログラムが再び、回収した無人艦の炉に戻る。
構造が浮かび上がる。人類のエーテル炉とは違う。だがエーテルを使っている。アドミラル。
『今回の炉構造』
『既知の人類技術とも、既知の遺構技術とも完全一致しない』
『ただし』
一瞬、表示が拡大される。エーテル流路。共鳴制御部。
『エーテル共鳴制御思想が近似』
アイリスが小さく言う。
「……じゃあ……」
「この船……」
「エーテリアンの……?」
カインはすぐ否定する。
「断定は早い」
アドミラルも同意する。
『現時点では関連性不明』
『ただし』
ホログラムに再び艦影が並ぶ。回収した無人艦。
エーテルガイスト。
『設計思想の類似性は無視できない』
訓練場の照明が静かに光る。
さっきまでただの射撃訓練だった場所が、
急に遠く感じる。アイリスがぽつりと言う。
「……宇宙って……」
「まだ、わからないことだらけだね……」
カインが頷く。
「だから出てきた」
アドミラルが最後に告げる。
『追加データ解析を継続』
『回収物から更なる情報取得を試みる』
射撃ターゲットが再び起動する。訓練はまだ終わっていない。だが今、三人の頭には同じ疑問がある。宇宙のどこかにエーテルの民が本当にいたのか。そしてもし居たなら、その文明は、まだどこかに残っているのか。
ホログラムに分解された無人艦の内部構造が浮かんでいる。炉心、制御系、フレーム。
カインは腕を組んだまま見ている。
アイリスは銃をテーブルに置き、少し身を乗り出す。
「……わかったの……?」
アドミラルが答える。
『追加解析結果を報告』
ホログラムが分割される。
三つの構造。
炉心
制御系
戦闘AI
エーテル炉
構造が拡大される。人類の炉と比較表示。
配列がまったく違う。結晶の配置。共鳴回路。
反応制御。
『このエーテル炉は人類技術ではない』
アイリスが小さく言う。
「……やっぱり……」
アドミラルが続ける。
『エーテル共鳴構造は宇宙遺構の技術に近似』
画面に遺構の装置が並ぶ。
『エーテリアン技術の可能性が高い』
アイリスが少し息を飲む。
カインは黙って聞いている。
戦闘制御コア
次のホログラムが表示される。
球形のコア。配線と演算ユニット。アドミラルの声。
『こちらは人類技術』
旧連合軍AIコアの設計図が並ぶ。
一致率が表示される。
一致率:87%
カインが言う。
「つまり」
「頭は人類」
アドミラルが続ける。
『無人戦闘制御はAIコアによる』
『設計思想は旧連合軍軍用AI』
アイリスが混乱する。
「……じゃあ……」
「エーテリアンの炉に」
「人間のAIを乗せた……?」
カインが短く答える。
「そうなるな」
艦体フレーム
三つ目の構造。旧連合軍の艦体設計。隔壁配置。
推進配置。区画構造。
『こちらも人類技術』
つまり――ホログラムに三層構造が表示される。
エーテリアン炉
+
人類AI
+
旧連合軍艦体
アイリスがぽつりと言う。
「……混ざってる……」
カインの声は低い。
「誰かが作った」
アドミラルも同意する。
『自然発生ではない』
『明確な設計意図を確認』
アイリスが少し怖そうな顔をする。
「……誰が……?」
カインは少し考える。
「可能性は二つ」
指を二本立てる。
「旧連合軍が遺構を見つけて使った」
「あるいは」
少し間。
「遺構の存在を知ってる誰かが作った」
射撃場の静寂。ターゲットは止まったまま。
アドミラルが追加情報を出す。
『AIコア内部ログを確認』
新しいデータが表示される。
戦闘ログ。航行ログ。だが――途中が消えている。
『記録の大半が消去されている』
アイリスが言う。
「……隠してる……?」
『可能性あり』
カインはゆっくり言う。
「つまり」
「この船は」
ホログラムを見る。
無人艦。壊れた残骸。
「ただの休眠した無人艦じゃない」
アドミラル。
『何者かがエーテリアン技術を利用し』
『AIを組み込み』
『戦闘艦として運用』
アイリスの声は小さい。
「……そんなこと……」
カインの義眼がわずかに光る。
壁のホログラムにはまだ解析データが残っている。エーテリアン炉。人類AI。旧連合軍艦体。
淡い光が空間を照らしている。
アイリスは少し考え込んでいる。
「……エーテリアンって……」
小さく呟く。
「テレビで見たことあるような……」
カインが視線だけ向ける。
「どんな番組だ」
アイリスが思い出すように言う。
「……宇宙公共放送……」
「コスモス・フロンティア……」
その言葉に、カインの眉がわずかに動く。
「……ああ」
短く息を吐く。
「見たことがある」
アイリスが少し驚く。
「カインも?」
「だいぶ前だ」
アドミラルが即座に反応する。
『該当番組をデータベースから検索』
『宇宙公共放送 特別番組確認した』
ホログラムが切り替わる。
宇宙公共放送のロゴ。
COSMOS FRONTIER
スタジオ映像が再生される。
静かな星雲の背景。
中央に浮かぶエーテリアン船のホログラム。
司会者の声が流れる。
「ここからは宇宙考古学者イリヤ教授 に詳しく伺います」
画面に人物が映る。女性の学者。落ち着いた眼差し。宇宙考古学者イリヤ教授。映像が続く。
ホログラムに並ぶ遺構。17の遺構と6隻の宇宙船。
教授の声。
「文明規模としては、恒星間航行を実用化していた可能性が高いです。」
アイリスが小さく言う。
「……恒星間……」
「星と星の間……」
カインは黙って画面を見ている。
どこか、懐かしむような目。
映像が拡大される。エーテリアン船の内部。
壁面に走る発光模様。血管のような光の線。
教授の声。
「人類はエーテルを“変換”します」
「しかし彼らは“共鳴”していました」
射撃訓練場の空気が少し静かになる。
カインは腕を組み、映像を見ている。
番組のナレーション。
「エーテリアンの技術は、装置と生命の境界が曖昧だった可能性があります」
ホログラムの船体がゆっくり回転する。
構造材そのものが発光している。
アイリスがぽつりと言う。
「……生きてるみたい……」
アドミラルが答える。
『番組内でも同様の表現あり』
教授の声。
「死んでいるのではなく、眠っているような印象を受けます」
次のデータ。
高密度エーテル臨界波形。
波形グラフ。司会者。
「滅亡ではないのですか?」
教授。
「断定できません」
少し間。教授の言葉。
「文明全体の相転移のように見える」
アイリスが首を傾げる。
「……相転移……?」
カインが短く言う。
「水が氷になるようなものだ」
アイリスがゆっくり理解する。
「……姿が変わる……?」
映像の最後。教授の声。
「存在の在り方が変わった可能性です」
番組映像が停止、ホログラムが静止する。
射撃訓練場に再び静けさが戻る。
ホログラムにはエーテリアン船。
遺構。そして――回収した無人艦。
アドミラルが言う。
『現在の宇宙学会では』
『エーテリアンは“外宇宙の異文明”と分類されている』
アイリスが少し驚く。
「……人間じゃないの……?」
『地球圏文明とは系統が不明』
『したがって外宇宙文明扱い』
カインが低く言う。
「だが」
彼は無人艦の炉を見ている。
「その技術が、ここにある」
エーテリアン炉。人類AI。混ざった設計。
アイリスの声は小さい。
「……じゃあ……」
「誰かが……」
「エーテリアンの技術を使ってる……?」
アドミラル。
『可能性は高い』
訓練場のターゲットが静かに回転する。
さっきまでただの練習だった空間。
だが今は違う。宇宙には、外宇宙の文明が存在した可能性がある。そして――その技術を今も誰かが使っている。カインが銃を持ち上げる。
「考えるのは後だ」
ターゲットを指す。
「まず撃て」
アイリスが少し笑う。
「……うん」
彼女は構える。宇宙の謎は深い。
だが今は次の一発を当てることに集中する。




