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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第十三話:未完成のクルー

 『戦闘データは有効』


 淡々としたアドミラルの声。だが解析窓には、通常より多いログが流れている。


『記録:エーテル波動共鳴現象』


『無人艦起動条件を確認』


『パイク拡散角度、最適化余地あり』


『スピア自動迎撃、反応速度良好』


『ランス再発射冷却時間、許容範囲』


立体戦闘ログが艦橋中央に再生される。


三機の軌道。回避角。被弾位置。破壊時の炉心反応。アイリスが画面を見つめる。


「……全部、覚えるの?…」


『戦闘経験値の蓄積は必要』


カインは静かに言う。


「戦いが怖いのは普通の事だ」


義手がコンソールを軽く叩く。


「だが分析は必要だ。次に生かす。」


アイリスは小さく頷く。


「……右の一機、加速が急だった……最初から突撃プログラム……?」


『防衛用自律迎撃機と仮定』


艦橋照明がわずかに明度を落とす。

戦闘後。外部スクリーン。破片がゆっくり漂う。

微弱なエーテル光が、宇宙に溶けていく。

未完成の主砲枠は、相変わらず灰色。

だが――パイクは制圧した。スピアは守った。ランスは貫いた。


「主砲がなくても、何とか戦えるか」


カインの呟き。


『限定的状況下では可能』


アイリスが小さく笑う。


「……三人で、だね…」


わずかな沈黙。


『訂正する』


『二名と一基』


カインが肩をわずかに揺らす。


「細かいな」


『事実の明確化は重要だ』


艦橋に、緊張とは違う静けさが戻る。

未完成の艦。未知の宙域。だが指揮系統は機能している。星の海は何も語らない。だが今――その静寂の裏に、確実に“起動した何か”があることだけは、三人とも理解していた。アイリスはコンソールを見つめる。さっきまで淡い青で表示されていた“訓練ログ”は、今は深い赤の“戦闘履歴”へと書き換わっている。


記録番号:001

交戦時間:短時間

損害:軽微

敵性反応:消失


エーテルガイストは――星の海で初めて“敵”を撃った。偶然起こした戦闘。だがそれは、

この艦がただの未完成実験艦ではない証明でもあった。

「……これ、消えないよね…」


アイリスの声は小さい。


『戦闘履歴は恒久保存』


淡々とした応答。


カインは前を見たまま言う。


「消す必要はない」


「一回目だ。忘れるな」


アイリスは唇を引き結ぶ。

視界の端で、撃破ログが静かに再生される。

ランスの直線光。パイクの弾幕。スピアの迎撃。


カインがゆっくり振り向く。


「俺達が撃った」


「だが撃たなければ、今ここにはいない」


艦橋は静かだ。戦闘の熱は冷え、ただ装置の微振動だけが残る。外部モニターに映るのは、静かな宙域。まるで何もなかったかのような宇宙。

だが、艦内の記録は消えない。未完成の主砲枠が、薄く光を反射する。まだ灰色のまま。

だが今日、証明された。主砲がなくとも、この艦は戦える。


「もう……実験艦、じゃない…」


アイリスが呟く。


カインは短く答える。


「これで実戦艦だな」


わずかな間。


『分類更新提案:試験運用型戦術艦』


アイリスが少しだけ笑う。


「…長いね…」


「間違ってはいないが…」


カインの義手が艦長席の操作輪に触れる。

偶然の戦闘。初めて刻まれた戦闘履歴は、これから増えていくであろう未来の、静かな予告だった。破片がゆっくりと漂う。エーテルの残光が薄れていく。


『周辺空間、安定』


『敵性反応なし』


カインは即座に判断する。


「回収するぞ」


アイリスが顔を上げる。


「……いいの?」


「何で動き出したか知る必要がある」


淡々とした答え。


『回収作業モードへ移行』


『外部作業ドローンを展開』


艦体下部ハッチが静かに開く。

三機の小型作業ドローンが、青い推進光を灯して外へ滑り出す。主スクリーンに、ドローン視点映像。破壊された無人艦の胴体。裂けた装甲。

露出したエーテル炉の残骸。

アイリスが息を呑む。


「……まだ、あったかい……」


『炉心温度、低下中』


ドローンの一機が慎重に破片へ接近。

アームを伸ばし、固定。


『第一残骸、確保』


ゆっくりと牽引が始まる。残骸がわずかに回転する。アイリスが小さく身を強張らせる。


「……動いた……」


「回転しただけだ。問題はない」


カインは淡々と告げる。


二機目のドローンが、中央部の破片へ向かう。


そこには、半壊した制御ユニット。


『未知構造体を確認』


カインの目が細くなる。


「そこを優先しろ」


『了解』


アームが伸び、慎重に掴む。

微弱な光が一瞬だけ走る。

アイリスの声が震える。


「……まだ、生きてる……?」


『残留電荷のみ』


『起動兆候なし』


光はすぐに消える。


『動力反応なし』


『自己修復機構、未確認』


三つの残骸が、順に格納庫へ引き込まれる。

重い金属音。ハッチが閉鎖。


『外部空間、再封鎖』


艦橋に静寂が戻る。アイリスがゆっくり息を吐く。


「……さっきまで、敵だったのに……」


「今は部品だ」


カインは正面を見たまま言う。


「調べるぞ。使えるなら資材に」


『解析区画へ搬送開始』


 艦内部で、磁気搬送レールが作動する振動が伝わる。アイリスはコンソールに表示された“戦闘履歴”と“回収ログ”を交互に見る。


「……起こしたの、わたしたちだよね……」


「結果的にな」


カインの声は低い。


『解析開始』


格納庫カメラ映像に、分解アームが映る。

装甲が外され、内部構造が露出する。

未知の配線。未知の回路。未知の意図。


アイリスは小さく呟く。


「……何のために、ここにいたんだろ……」


アドミラルが答える。


『現時点では不明だ』


『だが、記録は残っている可能性あり』


カインは静かに言う。


「掘り出せ」


『了解』


艦は再び静かな航行に戻る。

だが内部では、すでに次の戦いの準備が始まっていた。敵の残骸は、ただの破片ではない。問いだ。そしてエーテルガイストは、その問いに、必ず答えを見つけるつもりだった。


 格納庫では、金属を削る低い振動が続いている。回収した残骸はすでに分解工程へ。

外殻材は再精錬。内部回路は隔離解析。使える配線は選別。不要部位は素材化。

だが――


『解析進行率:31%』


『改修・修理・再生産処理と並列実行中』


アドミラルの報告は淡々としている。

艦は今、同時にいくつもの作業を抱えている。

戦闘で生じた微細損傷の修復。装甲補強の追加加工。推進系の微調整。回収材からの新規部材試作。未完成艦は、戦闘のたびに姿を変える。

その分、時間もかかる。


艦橋。

表示窓には複数の工程バー。

改修:進行中

修理:完了間近

解析:時間要

試作:待機


アイリスがそれを見つめる。


「……いっぱい、やってる……」


「全部必要な事だ…」


カインは立ち上がる。

椅子が静かに後退する。



『現状、緊急対応事項なし』


「……じゃあ、少し休んでも……?」


『問題なし』


アドミラルは即答する。


「解析完了までは時間を要するか…」


アイリスが小さく息を吐く。


「……よかった……」


カインは艦橋中央を一度見渡す。

主観測スクリーンは通常航行モード。

戦闘表示は消えている。だがログは消えない。


「何かあれば呼べ」


カインが言う。


『解析進展があれば即時通知』


「それでいい」


二人は並んで艦橋出口へ向かう。

足音が静かな床に響く。

扉が開く直前、アイリスが振り返る。

未完成の主砲枠は、相変わらず灰色。


「……まだ、寝てるね……」


「起きるときが来るさ」


短い言葉。

扉が開く。艦橋の照明がわずかに落ちる。


『ブリッジ、監視モードへ移行』


 二人の気配が消えた後も、アドミラルは働き続ける。格納庫では火花が散り、解析室では回路が展開され、内部工廠では新しい部材が形を持ち始める。未完成の艦は、止まらない。星の海を進みながら、静かに、少しずつ、強くなっていく。

艦内工廠は静かに稼働を続けている。

解析進行率はまだ半分にも届かない。

艦橋を離れ、簡易ラウンジ区画。

アイリスはソファに沈み込む。


「……ひま……」


カインは壁際に立ったまま、腕を組む。

そのとき――


『提案』


アドミラルの声が天井スピーカーから響く。


『艦長および副艦長に正式(クルー)制服を支給することを推奨』


アイリスが顔を上げる。


「……え?」


「制服だと?」


『現状、統一装備なし』


『指揮権限の視覚的明確化は有効』


カインはわずかに口元を動かす。


「形から入るのは大事だな」


アイリスが瞬きをする。


「……そうなの……?」


「自分が何者かを、外側から固める」


「艦長と副艦長だろ」


少しだけ、真面目な声。

アイリスは小さく姿勢を正す。


「……じゃあ、ちゃんとしたの……ほしい……」


『設計案を提示』


空中にホログラムが展開する。


艦長用クルー服案

黒基調のロングコート型

襟と肩章に蒼いエーテル発光ライン

左腕義手インターフェース対応スリット

背部にエーテルガイスト紋章

そして――


『艦長帽子案』


ホログラムに現れる。

黒の制帽。

蒼銀の縁取り。

前面に小さな艦章。

アイリスが目を丸くする。


「……帽子、必要……?」


カインは即答する。


「いる」


「艦長だぞ」


副艦長用クルー服案

紺基調のショートジャケット

艦長より控えめな蒼ライン

補助端末内蔵リストバンド

軽量設計で可動性重視

アイリスはホログラムを覗き込む。


「……ちょっと、かっこいい……」


『実戦用素材を使用』


『耐衝撃・耐熱・簡易防護機能搭載』


「……ちゃんと強いんだ……」


『見た目だけではない』


カインが帽子のホログラムを手に取る。


「副艦長用もあるのか」


『提案可能』


小ぶりなベレー型が表示される。

蒼い小さな紋章付き。

アイリスが少し赤くなる。


「……かわいい……」


「似合うだろうな」


即答。


「……まだ着てないよ……」


『サイズ測定を開始』


床に淡い光。


アイリスが慌てる。


「……え…いま?」


『即時生産可能』


艦内工廠はすでに素材を準備している。

回収材の一部が、繊維強化フレームへ変換される。


「……ほんとに作るんだ……」


カインは静かに言う。


「艦長と副艦長になったんだ」


「なら、それにふさわしくなる。形からな」


アイリスは少しだけ背筋を伸ばす。


「……うん」


『クルー服製造開始』


工廠区画で、繊維が編まれ、素材が成形される。

未完成の艦。だが――艦長と副艦長は、もう正式だ。解析を待つ時間さえ、エーテルガイストは“形”にしていく。

アイリスが小さく呟く。


「……ちょっと、楽しみ……」


カインは帽子のホログラムを見つめながら言う。


「似合わなかったら作り直せ」


『再設計は容易だ』


艦内に、ほんの少しだけ柔らかい空気が流れる。

戦闘と改修の合間。だがそれは――

この艦が本当に動き出した証でもあった。

ラウンジ区画に浮かぶ、クルー服の設計ホログラム。その隣に、アドミラルが新たな設計枠を展開する。カインが静かに言う。


「携行装備もいるか」


アイリスが瞬きをする。


「……銃……?」


「艦内戦闘用兼護身用だ」


「主砲は持ち歩けないしな」


冗談ではない声音。


『個人武装案を提示』


カイン用携行火器

ホログラムに二丁の拳銃が浮かぶ。

① リボルバー型 ― ハードターゲット用

大口径

高貫通

低装弾数

高反動

装甲目標・機械体・強化外殻用。

銃弾ではなく、弾薬型エーテルカードリッジを装填する設計。シリンダーに六発のカートリッジを差し込む構造。


『高圧縮エーテル弾』


『単発威力重視』


カインは頷く。


「一発で止める」


② セミオート型 ― ソフトターゲット用

中口径

連射可能

反動制御補助

同じくカードリッジ式。

装填はマガジン型フレーム。


『対生身・軽装目標向け』


カインは表示を眺める。


「使い分ける」


「状況に合わせるだけだ」


アイリスが少し緊張した声で言う。


「……わたしも、持つの……?」


カインは即答しない。アドミラルが答える。


『副艦長用:非殺傷制圧モデルを提案』


ホログラムが切り替わる。

アイリス用携行火器

コンパクトな拳銃型。

銃身は短く、滑らかな形状。


『充填式エーテルコンデンサー内蔵』


弾薬式ではない。内部充電。エーテルを圧縮し、放出。

モード切替

スタン(神経遮断)

拘束フィールド弾(短時間拘束)

衝撃波ノックダウン


「……殺さない、やつ……?」


『致死設定なし』


アイリスがほっと息を吐く。


「……それなら……」


カインが口を開く。


「ただし」


「撃つときは迷うな」


アイリスが少し固まる。


「……うん……」


アドミラルが補足する。


『カイン用火器:弾薬カードリッジ生産ライン構築可能』


『アイリス用火器:艦内エーテル充填対応』


つまり――艦内で補給可能。外部補給に依存しない。


カインのリボルバー設計が回転表示される。

重厚なフレーム。義手でも扱いやすいトリガー設計。

『反動制御補助、義手連動可能』


カインの義眼がわずかに赤く発光する。


「悪くない」


アイリスの拳銃ホログラム。軽量。

両手でも片手でも扱える。

クルー服の隣に、ホルスター設計も追加される。

艦長用は腰部二連。

副艦長用はサイド+バックアップポーチ。

未完成の艦。だが、乗る者は整っていく。

カインが低く言う。


「戦うなら、備える」


アイリスは小さく頷く。


「……撃たなくていいのが、いちばんだけど……」


「それが理想だな」


アドミラルが最後に告げる。


『個人武装設計、承認待機』


カインは迷わず言う。


「承認だ」


アイリスは少し遅れて。


「……承認……」


艦内工廠が再び動き出す。

未完成の艦。その乗員は、少しずつ“本物”になっていく。

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