第十二話:未完成の牙
翌朝。
艦内照明は朝モード。淡い白色が通路を満たしている。食堂区画 ―今日は簡素な朝食―
・焼いたパン
焼いたパンは軽く焦げ目がつき、
表面がぱりっと割れる。
・卵料理
卵料理は半熟。
黄身がとろりと流れ、
白身はふわりと固まっている。
・温かいスープ
湯気の立つスープは、
澄んだ出汁に刻んだ野菜が浮かぶ。
・果実とヨーグルト
小鉢には果実とヨーグルト。
白と淡い橙の対比が柔らかい。
豪勢ではない。だが、整っている。
カインは左の義手でフォークを持つ。動きは昨日よりも自然だ。金属の指が、迷いなく皿を押さえる。切る。刺す。運ぶ。
アイリスはそれを見て、小さく頷く。
「……もう、ふつうだね」
「普通だ」
即答。
『適応率92%』
『違和感は残存軽微』
アドミラルの報告は短い。余計な評価はつけない。食後。カインは立ち上がる。
「行くぞアイリス」
「……どこに……?」
「艦橋に」
一瞬、アイリスの指が止まる。だが、逃げない。
「……うん」
通路を進む。
朝モードの照明が、徐々に白から冷色へ移行する。生活区画から、戦術区画へ。空気が少し変わる。昇降リフトが静かに下降する。
艦橋
正面にはメインスクリーン。
左右に戦術パネル。中央に艦長席。そして、その隣にもう一つの席。空席だった場所。艦橋の照明が一段階明るくなる。今日は、その席の保護膜が解除されている。
『ブリッジ、運用モードへ移行』
低い振動。床面が微かに固定される音。
スクリーンの星図が、
単なる景色から情報層へと切り替わる。
航路。脅威予測。損耗率。
すべてが静かに浮かび上がる。
カインは中央に立つ。左腕は自然に下ろされている。金属が光を反射する。
「アイリス」
呼ばれて、彼女は一歩前へ出る。
少し緊張している。
「ここが副艦長席だ」
指し示す。艦長席の右隣。
補助操作と全体監視を担う位置。
『副艦長認証プロトコル準備』
アドミラルの声。アイリスは席の前で立ち止まる。
「……わたし、いいの……?」
「もうやってるだろ」
カインは淡々と言う。
「正式にするだけだ」
アイリスはゆっくりと席に座る。
シートが自動で高さと角度を調整。アームレストが展開。ホログラフィックパネルが周囲に浮かび上がる。
『生体認証開始』
淡い光が彼女をスキャンする。
心拍。脳波パターン。エーテル適性値。
一瞬の静寂。
『認証完了』
『副艦長:アイリス』
『権限を付与』
表示が切り替わる。彼女の前に、艦の全体構造図が広がる。動力。航路。兵装ステータス。未実装の主砲は灰色表示。アイリスは息をのむ。
「……みえる……ぜんぶ……」
「見えるだけだ」
カインは艦長席に腰を下ろす。左の義手をアームレストに置く。金属の指が、自然に端末へ触れる。
『艦長・副艦長同時着座を確認』
『エーテルガイスト、二名体制』
艦全体に、わずかな振動が走る。システムが再同期される音。まるで、艦が一度呼吸を整えたように。アイリスは恐る恐るパネルに触れる。航路表示が拡大する。指の動きに反応して情報が変わる。
「……うごく……」
彼女は小さく背筋を伸ばす。
「……よろしく、お願いします」
誰に向けた言葉かは曖昧。艦か。カインか。
『こちらこそ』
アドミラルの即答。カインは正面スクリーンを見る。星の海。未完成の兵装。だが整った体制。
左腕は、もう空白ではない。
隣の席も、もう空席ではない。
「出るぞ」
『航路維持、微速前進』
巨大な創世級試作実験艦エーテルガイストは、
艦長と副艦長を正式に迎え、静かに、星の海へ進み始めた。
艦橋 ― 運用訓練開始
主観測スクリーンに星図。
左右のパネルに各系統のステータス。
艦長席にカイン。
副艦長席にアイリス。
そして――艦そのもの、アドミラル。
『運用訓練を開始』
『基本原則:本艦の大半の操作は私が実行する』
『副艦長は補佐、艦長は最終確認』
航行操作訓練
主スクリーンに航路予測線が表示される。
『現在、微速前進』
『副艦長、航路候補AとBを比較』
アイリスの前に二つのルートが浮かぶ。
エーテル流の密度分布。微小重力井戸の位置。
「……Aは、安定……Bは、少し早いけど揺れる……」
『解析正解』
「……A、がいい……?」
カインを見る。カインはスクリーンを一瞥。左の義手で承認パネルに触れる。
「Aで行け」
『航路Aを確定』
艦がわずかに姿勢を変える。
動力管理
エーテル・コア出力グラフが表示される。
『副艦長、出力を3%上昇』
アイリスがスライダーに触れる。
出力値が変動。
だが――
『最終実行待機』
カインのパネルに確認表示。
「問題なし」
パネルをタップ。
『実行』
低い振動がわずかに強まる。
センサー管理訓練
外部空間に微弱なエーテル波。
『副艦長、拡張スキャンを指示』
「……はい」
彼女がコマンドを入力。
『解析は私が実行』
スクリーンに立体映像。
『異常なし』
カインは静かに言う。
「全部やらせるわけじゃないんだな」
『責任分担の明確化は必要』
灰色表示の主砲枠。
エーテル三連装砲【トライデント】はロック表示。
『副艦長、兵装ステータス確認』
アイリスが一覧を開く。
エーテルランス
エーテルパイク
エーテルスピア
未実装ハルバード
「……主砲、まだ……」
『使用不可』
カインは短く頷く。
「今は見るだけでいい」
緊急模擬手順
警告表示(訓練用)が点灯。
『想定:外部衝突物接近』
アイリスが少し息を呑む。
『副艦長、回避候補提示』
彼女の前に三方向。
「……右30度、推力2%……」
『提案を艦長へ』
カインが即座に判断。
「右30、推力2で回避」
義手で承認。
『実行』
艦体が滑るように移動。警告解除。
静寂が戻る。
『評価:良好』
『副艦長は状況整理と提案』
『艦長は判断と承認』
『実行は私が担う』
アイリスは深く息を吐く。
「……いっぱい、みるんだね……」
「全部やろうとはするな」
カインは淡々と告げる。
「考えて、言えばいい」
左の義手が自然にコンソールを操作する。
指の動きは、もう迷いがない。
『二名体制、安定』
『エーテルガイスト運用効率、上昇』
艦橋に並ぶ二つの席。補佐する者。判断する者。そして全体を動かす艦載AI。未完成の兵装を抱えながらも、エーテルガイストは、確かな指揮系統を持って星の海を進んでいく。
『武装試射モードへ移行』
『安全領域確認済み』
カインは艦長席で姿勢を正す。左の義手がコンソールに静かに触れる。アイリスは副艦長席で、武装パネルを開く。
中距離エーテル砲【ランス】
長槍型単装砲
『主砲補助および機動目標迎撃用』
『連射性と精度を重視』
『艦隊戦における制圧火力』
展開艦体側面。装甲スリットが静かに開く。内部から、細長い砲身が前方へせり出す。
前方二方向、同時展開。艦橋モニターに照準円。
『副艦長、目標座標入力』
アイリスが仮想ターゲットを指定。
「……距離、中距離……固定標的」
『艦長、最終承認』
カインが左の義手でタップ。
「撃て」
試射。無音の閃光。エーテル収束。次の瞬間――細い蒼白の光線が一直線に走る遠方の試験標的を貫通。爆散はしない。穿つ。
『命中』
『貫通率、設計値通り』
カインが小さく息を吐く。
「悪くないな」
多連装式エーテル機関砲【パイク】
艦体中央部・可動砲座。
『高速連射型』
『弾幕形成が主目的』
中央砲座がせり上がる。
『副艦長、拡散角設定』
「……中角度、広め……」
『艦長承認待機』
「許可」
連続発光。ドドドドド――と、振動が艦体を伝う。エーテル弾が扇状に放たれる。標的空間が光で埋まる。
『弾幕密度、十分』
『対多数目標に有効』
アイリスが息をのむ。
「……いっぱい……」
「制圧用だ」
近接防御エーテル機銃【スピア】
艦体各所に分散配置。
『最終防衛線』
『反応速度を最優先』
艦外に小型標的ドローンを射出。
高速接近。
『自動迎撃モード』
小型砲塔が瞬時に旋回。間髪入れず、短い閃光。ドローンが空間で砕ける。間を置かず、二機目、三機目。すべて迎撃。
試射終了。装甲スリットが閉じる。ランスは格納。パイクは停止。スピアは待機。
艦橋に静寂が戻る。
『兵装系統、正常』
『エーテルガイスト、戦闘能力評価:中距離優勢』
カインはスクリーンを見つめる。
未実装の主砲枠が、灰色のまま。だが――
「主砲がなくても、行けるな」
『現状でも十分な自衛能力を有する』
アイリスはゆっくりと頷く。
「……こわいけど……つよい……」
艦は再び静かな航行モードへ。
未完成の牙を抱えながらも、
エーテルガイストは確かな火力を、その身に備えていた。
艦橋 ― 試射後
兵装はすべて格納済み。エーテルガイストは微速航行へ復帰。静寂。
『周辺空間、再スキャン』
アドミラルの声は平静。だが次の瞬間――主観測スクリーンの端に、微弱な波形。
「……なに?」
アイリスが前のめりになる。
『エーテル残滓反応』
『先程の試射波動と共鳴』
遠方、暗い宙域。漂う残骸の影。その中の一つが――点灯。
未確認反応
黒い小型艦体。全長は約50メートル。艦橋は存在しない。流線型の装甲。中央に小型エーテル炉。光が走る。一機。……いや。二機、三機。
『休眠状態の無人小型戦闘艦と推定』
『エーテル波動をトリガーに再起動』
カインの視線が鋭くなる。
「俺たちの試射か」
『可能性98.7%』
小型艦がゆっくりと姿勢を正す。機械的な動き。意思はない。ただのプログラム。
『武装展開確認』
『こちらを識別目標としてロック』
アイリスの指がパネルをなぞる。
「……こっち、見てる……」
一機が前進。加速。三機同時に分散。包囲軌道。
『敵性判定:攻撃意思あり』
カインは即座に言う。
「戦闘態勢」
左の義手が迷いなく操作パネルを叩く。
『兵装展開』
装甲スリットが再び開く。ランス、展開。中央砲座、回転。スピア、迎撃待機。未完成の主砲は沈黙。だが他は動く。
アイリスが状況を整理する。
「……三機、距離中……一機、右側加速……!」
『副艦長、迎撃優先順位提示』
「……右、いちばん近い……!」
カインの声は低い。
「エーテルランス、一番艦ロック」
『照準完了』
「撃て」
光が走る。最接近艦を貫く。爆散。残り二機が散開。
『パイク使用を推奨』
「許可」
連射。空間に弾幕。一機が回避失敗、損傷。
だがもう一機が急加速。
『近接距離』
『スピア、自動迎撃』
小型砲塔が閃く。連続射。突入直前で敵機が砕け散る。
最後の一機。損傷しながらも突進。
アイリスの声が震える。
「……まだ、くる……!」
「終わらせる」
カインの義手が承認。ランス、再発射。直線の光。敵機、中央部を貫通。沈黙。
静寂 破片がゆっくりと漂う。
『敵性反応、全消失』
『小型無人戦闘艦 三機撃破』
『原因:試射エーテル波動による起動』
艦橋に重い沈黙。
アイリスがゆっくり息を吐く。
「……ねてたのに……」
「起こしたのはこっちだ」
カインは正面を見たまま言う。
『周辺に同型機の反応なし』
『ただし、同種機の存在可能性は否定できない』
未完成の主砲枠が、灰色のまま光る。
だが――
今、撃ったのはランス。守ったのはスピア。制圧したのはパイク。カインが小さく呟く。
「試射が実戦になったな」
『戦闘データは有効』
アイリスはコンソールを見つめる。さっきまで“訓練”だった表示が、今は“戦闘履歴”に変わっている。エーテルガイストは、星の海で初めて“敵”を撃った。偶然起こした戦闘。だがそれは、
この艦がただの未完成実験艦ではない証明でもあった。




