表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/23

第十二話:未完成の牙

翌朝。

 艦内照明は朝モード。淡い白色が通路を満たしている。食堂区画 ―今日は簡素な朝食―

・焼いたパン

焼いたパンは軽く焦げ目がつき、

表面がぱりっと割れる。

・卵料理

卵料理は半熟。

黄身がとろりと流れ、

白身はふわりと固まっている。

・温かいスープ

湯気の立つスープは、

澄んだ出汁に刻んだ野菜が浮かぶ。

・果実とヨーグルト

小鉢には果実とヨーグルト。

白と淡い橙の対比が柔らかい。

豪勢ではない。だが、整っている。

 カインは左の義手でフォークを持つ。動きは昨日よりも自然だ。金属の指が、迷いなく皿を押さえる。切る。刺す。運ぶ。

アイリスはそれを見て、小さく頷く。


「……もう、ふつうだね」


「普通だ」


即答。


『適応率92%』


『違和感は残存軽微』


アドミラルの報告は短い。余計な評価はつけない。食後。カインは立ち上がる。


「行くぞアイリス」


「……どこに……?」


「艦橋に」


一瞬、アイリスの指が止まる。だが、逃げない。


「……うん」


通路を進む。

朝モードの照明が、徐々に白から冷色へ移行する。生活区画から、戦術区画へ。空気が少し変わる。昇降リフトが静かに下降する。


艦橋

正面にはメインスクリーン。

左右に戦術パネル。中央に艦長席。そして、その隣にもう一つの席。空席だった場所。艦橋の照明が一段階明るくなる。今日は、その席の保護膜が解除されている。


『ブリッジ、運用モードへ移行』


低い振動。床面が微かに固定される音。

スクリーンの星図が、

単なる景色から情報層へと切り替わる。

航路。脅威予測。損耗率。

すべてが静かに浮かび上がる。

カインは中央に立つ。左腕は自然に下ろされている。金属が光を反射する。


「アイリス」


呼ばれて、彼女は一歩前へ出る。

少し緊張している。


「ここが副艦長席だ」


指し示す。艦長席の右隣。

補助操作と全体監視を担う位置。


『副艦長認証プロトコル準備』


アドミラルの声。アイリスは席の前で立ち止まる。


「……わたし、いいの……?」


「もうやってるだろ」


カインは淡々と言う。


「正式にするだけだ」


アイリスはゆっくりと席に座る。

シートが自動で高さと角度を調整。アームレストが展開。ホログラフィックパネルが周囲に浮かび上がる。


『生体認証開始』


淡い光が彼女をスキャンする。

心拍。脳波パターン。エーテル適性値。

一瞬の静寂。


『認証完了』


『副艦長:アイリス』


『権限を付与』


表示が切り替わる。彼女の前に、艦の全体構造図が広がる。動力。航路。兵装ステータス。未実装の主砲は灰色表示。アイリスは息をのむ。


「……みえる……ぜんぶ……」


「見えるだけだ」


カインは艦長席に腰を下ろす。左の義手をアームレストに置く。金属の指が、自然に端末へ触れる。


『艦長・副艦長同時着座を確認』


『エーテルガイスト、二名体制』


艦全体に、わずかな振動が走る。システムが再同期される音。まるで、艦が一度呼吸を整えたように。アイリスは恐る恐るパネルに触れる。航路表示が拡大する。指の動きに反応して情報が変わる。


「……うごく……」


彼女は小さく背筋を伸ばす。


「……よろしく、お願いします」


誰に向けた言葉かは曖昧。艦か。カインか。


『こちらこそ』

 

アドミラルの即答。カインは正面スクリーンを見る。星の海。未完成の兵装。だが整った体制。

左腕は、もう空白ではない。

隣の席も、もう空席ではない。


「出るぞ」


『航路維持、微速前進』


巨大な創世級試作実験艦エーテルガイストは、

艦長と副艦長を正式に迎え、静かに、星の海へ進み始めた。


艦橋 ― 運用訓練開始

主観測スクリーンに星図。

左右のパネルに各系統のステータス。

艦長席にカイン。

副艦長席にアイリス。

そして――艦そのもの、アドミラル。


『運用訓練を開始』


『基本原則:本艦の大半の操作は私が実行する』


『副艦長は補佐、艦長は最終確認』


航行操作訓練

主スクリーンに航路予測線が表示される。


『現在、微速前進』


『副艦長、航路候補AとBを比較』


アイリスの前に二つのルートが浮かぶ。

エーテル流の密度分布。微小重力井戸の位置。


「……Aは、安定……Bは、少し早いけど揺れる……」


『解析正解』


「……A、がいい……?」


カインを見る。カインはスクリーンを一瞥。左の義手で承認パネルに触れる。


「Aで行け」


『航路Aを確定』


艦がわずかに姿勢を変える。

動力管理

エーテル・コア出力グラフが表示される。


『副艦長、出力を3%上昇』


アイリスがスライダーに触れる。


出力値が変動。

だが――


『最終実行待機』


カインのパネルに確認表示。


「問題なし」


パネルをタップ。


『実行』


低い振動がわずかに強まる。


センサー管理訓練

外部空間に微弱なエーテル波。


『副艦長、拡張スキャンを指示』


「……はい」


彼女がコマンドを入力。


『解析は私が実行』


スクリーンに立体映像。


『異常なし』


カインは静かに言う。


「全部やらせるわけじゃないんだな」


『責任分担の明確化は必要』


灰色表示の主砲枠。


エーテル三連装砲【トライデント】はロック表示。


『副艦長、兵装ステータス確認』


アイリスが一覧を開く。


エーテルランス

エーテルパイク

エーテルスピア

未実装ハルバード


「……主砲、まだ……」


『使用不可』


カインは短く頷く。


「今は見るだけでいい」


緊急模擬手順

警告表示(訓練用)が点灯。


『想定:外部衝突物接近』


アイリスが少し息を呑む。


『副艦長、回避候補提示』


彼女の前に三方向。


「……右30度、推力2%……」


『提案を艦長へ』


カインが即座に判断。


「右30、推力2で回避」


義手で承認。


『実行』


艦体が滑るように移動。警告解除。

静寂が戻る。


『評価:良好』


『副艦長は状況整理と提案』


『艦長は判断と承認』


『実行は私が担う』


アイリスは深く息を吐く。


「……いっぱい、みるんだね……」


「全部やろうとはするな」


カインは淡々と告げる。


「考えて、言えばいい」


左の義手が自然にコンソールを操作する。

指の動きは、もう迷いがない。


『二名体制、安定』


『エーテルガイスト運用効率、上昇』


 艦橋に並ぶ二つの席。補佐する者。判断する者。そして全体を動かす艦載AI。未完成の兵装を抱えながらも、エーテルガイストは、確かな指揮系統を持って星の海を進んでいく。


『武装試射モードへ移行』


『安全領域確認済み』


カインは艦長席で姿勢を正す。左の義手がコンソールに静かに触れる。アイリスは副艦長席で、武装パネルを開く。


中距離エーテル砲【ランス】

長槍型単装砲

『主砲補助および機動目標迎撃用』


『連射性と精度を重視』


『艦隊戦における制圧火力』


展開艦体側面。装甲スリットが静かに開く。内部から、細長い砲身が前方へせり出す。

前方二方向、同時展開。艦橋モニターに照準円。


『副艦長、目標座標入力』


アイリスが仮想ターゲットを指定。


「……距離、中距離……固定標的」


『艦長、最終承認』


カインが左の義手でタップ。


「撃て」


試射。無音の閃光。エーテル収束。次の瞬間――細い蒼白の光線が一直線に走る遠方の試験標的を貫通。爆散はしない。穿つ。


『命中』


『貫通率、設計値通り』


カインが小さく息を吐く。


「悪くないな」


多連装式エーテル機関砲【パイク】


艦体中央部・可動砲座。


『高速連射型』


『弾幕形成が主目的』


中央砲座がせり上がる。


『副艦長、拡散角設定』


「……中角度、広め……」


『艦長承認待機』


「許可」


連続発光。ドドドドド――と、振動が艦体を伝う。エーテル弾が扇状に放たれる。標的空間が光で埋まる。


『弾幕密度、十分』


『対多数目標に有効』


アイリスが息をのむ。


「……いっぱい……」


「制圧用だ」


近接防御エーテル機銃【スピア】


艦体各所に分散配置。


『最終防衛線』


『反応速度を最優先』


艦外に小型標的ドローンを射出。

高速接近。


『自動迎撃モード』


 小型砲塔が瞬時に旋回。間髪入れず、短い閃光。ドローンが空間で砕ける。間を置かず、二機目、三機目。すべて迎撃。


試射終了。装甲スリットが閉じる。ランスは格納。パイクは停止。スピアは待機。


艦橋に静寂が戻る。


『兵装系統、正常』


『エーテルガイスト、戦闘能力評価:中距離優勢』


カインはスクリーンを見つめる。


未実装の主砲枠が、灰色のまま。だが――


「主砲がなくても、行けるな」


『現状でも十分な自衛能力を有する』


アイリスはゆっくりと頷く。


「……こわいけど……つよい……」


艦は再び静かな航行モードへ。

未完成の牙を抱えながらも、

エーテルガイストは確かな火力を、その身に備えていた。

艦橋 ― 試射後

兵装はすべて格納済み。エーテルガイストは微速航行へ復帰。静寂。


『周辺空間、再スキャン』


アドミラルの声は平静。だが次の瞬間――主観測スクリーンの端に、微弱な波形。


「……なに?」


アイリスが前のめりになる。


『エーテル残滓反応』


『先程の試射波動と共鳴』


遠方、暗い宙域。漂う残骸の影。その中の一つが――点灯。


未確認反応

黒い小型艦体。全長は約50メートル。艦橋は存在しない。流線型の装甲。中央に小型エーテル炉。光が走る。一機。……いや。二機、三機。


『休眠状態の無人小型戦闘艦と推定』


『エーテル波動をトリガーに再起動』


カインの視線が鋭くなる。


「俺たちの試射か」


『可能性98.7%』


小型艦がゆっくりと姿勢を正す。機械的な動き。意思はない。ただのプログラム。


『武装展開確認』


『こちらを識別目標としてロック』


アイリスの指がパネルをなぞる。


「……こっち、見てる……」


一機が前進。加速。三機同時に分散。包囲軌道。


『敵性判定:攻撃意思あり』


カインは即座に言う。


「戦闘態勢」


左の義手が迷いなく操作パネルを叩く。


『兵装展開』


 装甲スリットが再び開く。ランス、展開。中央砲座、回転。スピア、迎撃待機。未完成の主砲は沈黙。だが他は動く。


アイリスが状況を整理する。


「……三機、距離中……一機、右側加速……!」


『副艦長、迎撃優先順位提示』


「……右、いちばん近い……!」


カインの声は低い。


「エーテルランス、一番艦ロック」


『照準完了』


「撃て」


光が走る。最接近艦を貫く。爆散。残り二機が散開。


『パイク使用を推奨』


「許可」


連射。空間に弾幕。一機が回避失敗、損傷。

だがもう一機が急加速。


『近接距離』


『スピア、自動迎撃』


小型砲塔が閃く。連続射。突入直前で敵機が砕け散る。


最後の一機。損傷しながらも突進。

アイリスの声が震える。


「……まだ、くる……!」


「終わらせる」


カインの義手が承認。ランス、再発射。直線の光。敵機、中央部を貫通。沈黙。

静寂 破片がゆっくりと漂う。


『敵性反応、全消失』


『小型無人戦闘艦 三機撃破』


『原因:試射エーテル波動による起動』


艦橋に重い沈黙。

アイリスがゆっくり息を吐く。


「……ねてたのに……」


「起こしたのはこっちだ」


カインは正面を見たまま言う。


『周辺に同型機の反応なし』


『ただし、同種機の存在可能性は否定できない』

未完成の主砲枠が、灰色のまま光る。

だが――

今、撃ったのはランス。守ったのはスピア。制圧したのはパイク。カインが小さく呟く。


「試射が実戦になったな」


『戦闘データは有効』


 アイリスはコンソールを見つめる。さっきまで“訓練”だった表示が、今は“戦闘履歴”に変わっている。エーテルガイストは、星の海で初めて“敵”を撃った。偶然起こした戦闘。だがそれは、

この艦がただの未完成実験艦ではない証明でもあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ