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逃亡勇者、魔王になる  作者: ねさかなこ
5.暗夜の罪

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32/51

僕が犯した罪は。

 暗夜はキーナが好きだった。七人いる王の子供の、下から二番目の王子。王族なのに驕らず、“そこらへんにいる気さくなお兄さん”みたいな性格の彼が好きだった。


 キーナは十個以上も歳が離れた暗夜を弟のようにかわいがってくれた。街で面白いものを見つければ買ってきてくれたし、予定のないときには買い物にも連れて行ってくれた。


 暗夜はきちんと勇者の仕事をこなしているのに、なぜか他の王族たちはいつも自分にきつく当たってくる。キーナはそれをいつもかばってくれた。暗夜は王族なんか大嫌いだけれど、キーナがいるときだけは、王族と話すのが怖くなかった。


 しかしキーナは、変わったものが好きだった。怪我だってするし、最悪死んでしまうかもしれない勇者の従者なんてものを自ら買って出たのは、きっとそのせいだったのだと、今にして思う。


 暗夜の戦い方は、キーナに教えられた。キーナ自身は戦闘センスはないようだったけれど、まず腕や足を狙って対象の動きを止めて、その後に止めを差す。オクリに言わせると野蛮(・・)なその戦い方は、キーナの指導のもとに身につけた。


 自らの戦い方があまりにも残酷で容赦がなく、また人間の兵士たちもそんな闘い方をしていないことに気がついたのは、暗夜が十三になる頃だった。けれどそれは、勇者にとって必要な戦い方なのだと思った。残酷な処刑(・・)方法のために兵士たちから避けられて腫れ物のように扱われたり、討伐の後に血まみれで街を歩く暗夜を住民たちが避けるのも、国のために我慢しなければならないのだと思っていた。

 勇者に選ばれた暗夜がやらなければ、他の誰にもできないのだと思っていた。――キーナが暗夜に、そう言っていたから。


 キーナはいつも、暗夜が殺した魔物に墓を掘ってやると言って、数時間消えた。暗夜はいつも、そのときには離れたところで待たされる。退屈で嫌だったけれど、言いつけを破ってキーナに怒られるのは嫌だった。普段は温厚なキーナだけれど、暗夜は彼を失望させて、彼に嫌われてしまったら自分の存在価値がなくなるような気がして怖かった。『処刑王子の処刑人形』なんて陰で言われていても、一方的にいいように使われているわけじゃない。キーナは暗夜を守ってくれるし、暗夜を守ってくれるのは、キーナだけなのだ。

 父親(レーデ)も自分に愛情を持っているのはわかる。でも、助けてはくれない。持っている愛情を示してくれない父親よりも、かわいがってくれるキーナの方が大事だった。


 死体の墓を作り終えて戻ってきたキーナはいつも、それまできれいだった服と顔を真っ赤に染めていた。暗夜は彼の泥と血に塗れた手と服の裾を見て、いつも彼を手伝おうとしたが止められた。だから暗夜は、知らなかった。


 ――あれは、今から二年前。暗夜が腹に怪我を負った日のことだ。キーナはいつも通りに死体の処理をしに行って、しばらく消えた。傷が痛くて早く帰りたかった暗夜は手伝いを申し出たけれど、いつものように断られた。


 腹の傷が痛む。キーナを待つ間に痛みはどんどん増して、血の気が引いてきた暗夜はしびれを切らして、キーナの言いつけを破った。そうして、キーナの死体処理(・・・・)を見てしまった。

 血まみれの顔をしたキーナが、振り向く。彼の赤茶色の虹彩が、(いや)にぎらぎらとした色を孕んで光った。


 キーナが好きだったのは、生き物の血と肉と内蔵だった。彼が自分の事を“弟のように思っている勇者”ではなく、“自分の大好きな血と肉と内蔵を作るための、血と肉と内蔵が詰まった道具”としてみていることを、暗夜はそのときにはじめて知った。


「ああ、暗夜、おまえバカだなあ」


 キーナが立ち上がって、近づいてくる。暗夜は一歩後ずさる。キーナがこちらに歩み寄る歩調に合わせて、一歩、また一歩。柔らかい土に踵を取られて、暗夜は地面に尻をついた。濡れた土に尻を擦り付けながら後ずさって、木に背をぶつけて止まる。暗夜の足元に、キーナの影が落ちた。彼の影は暗夜の傷口を覆い隠して、暗夜の顔にかかる。


 キーナの顔が、近づいてきた。キーナの目は暗夜の腹に穿たれた、血を流し続ける傷口に向けられている。


「暗夜……」


 キーナが、自分の名前を読んだ。雨上がりのぬかるみみたいな、薄汚れた感情にとろける声。暗夜は震えた。


 彼の手が、暗夜の傷口に触れる。暗夜は口から濁ったうめき声を吐き出した。傷口に彼の指が侵入してくる。――熱い。痛い。


 自分の傷口に向けて伏せられていたキーナの目が、突然こちらの双眸(そうぼう)に向いた。その目は、薄暗くくすぶる感情に歪んでいる。


「ああ、暗夜、おまえ、脂肪が薄いんだな。

 なあ、もういいよな。もっと腹の中身を見せてくれ」


 そう言って、腰から剣を引き抜くと、刀身を暗夜の顔に向けて振り上げた。


 そこから、暗夜の記憶は途切れている。暗夜が気がついたときには、キーナはもういなかった。ただその代わりに、原型がわからないほどにぐちゃぐちゃになった人間の頭部と、ばらばらに刻まれた、キーナの服を着た人間の体のパーツが足元に無数に転がっていた。


 暗夜は地面に広がる無数の肉片の上に吐瀉物をこぼした。腹の傷はもう痛まなかった。少し離れたところで待たせている馬車の存在なんか忘れて、暗夜は朧気な足取りで歩いて、ひとりで城まで帰った。


 討伐に出た暗夜とキーナが血まみれで帰ってくるのはいつものことだった。そんなことでは今更誰も驚かないが、その日暗夜が連れてきたキーナの姿は、いつもつけている魔導具の指輪をはめた右手だけだった。王城はとてつもない騒ぎになって、王族が兵を率いて現場を(あらた)めに行ったときには、キーナの残骸は野獣か魔物に荒らされたらしく、大量の血溜まりと彼の骨肉の欠片だけになっていた。


 それからだった。もともときつかった王族の、暗夜への風当たりがあまりにもきつくなったのは。


 これは罰なのだ。キーナとの約束を破った暗夜への罰。あのとき、キーナとの約束を破って死体処理の手伝いなんてしようとしなければ、キーナはきっと今でも暗夜にとってのいいお兄ちゃんでいてくれただろう。それを壊したのは、暗夜自身なのだ。



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