たぶん、いいひと
暗夜の部屋に繋がれて、輝夜は朝を迎えた。目覚めは最悪だった。様子を見に来た甲冑に、まだ輝夜が眠っていたことを咎められて殴られたのだ。切った唇がじりじりと痛む。甲冑は手に朝食のパンのような物を持っていたが、それを輝夜にくれることはなかった。眠っていた罰なのだろうか。
テトラも一度だけ様子を見に来たが、昨日と同じように少し話して食べ物をくれただけでさっさと引き上げてしまったので、輝夜はだいぶ暇をしていた。この部屋には何もない。本当に何もないのだ。暇すぎて、たんすに適当に突っ込まれていた暗夜の服を全部取り出して畳んでもみたけれど、それもすぐに終わってしまった。
テトラは暗夜の隣の部屋で暮らしているらしい。隣からドアの音がしてすぐにテトラが来て、テトラが去ってからすぐにまたドアの音がした。
あまりにも暇をした輝夜はそっと壁に耳をつけて、隣からごそごそ、かちゃかちゃという音が聞こえてくるのを聴いていた。何をやっているのだろうか。時たま悩んだような唸り声が聞こえてくる。よく聞き取れないけれど、独り言もたまに聞こえてくる。
不意にその音が数秒やんで、その後に断続的に大きな音が聞こえた。また音がやみ、ドアの音。足音が近づいてくる。
輝夜が思わず立ち上がって、壁際から数歩離れたところで部屋の扉が開いた。部屋の妙な位置で棒立ちになって立ち尽くす輝夜に、テトラが平べったい視線をぶつける。
「なんか悪い事してました?」
「し、してない、と思うけど」
「そうですか」
聞いてきたわりに大して興味のないような反応を返して、テトラは部屋に入ってきた。手には大きめの木箱を持っていて、そこからなにかがはみ出ている。
「それは?」
「修理を頼まれて」
そっけない返事。彼は壁際に置かれた机まで歩くと、床に箱を置いて、椅子に腰を下ろすとその中身を机に並べ始めた。
「修理……?」
テトラが机に置いたのは、数個の魔導ランタン。見た目ではわからないけれど、修理というくらいだから壊れているのだろうか。テトラが座った椅子の向かいに座って、輝夜がそれをそっと手に取る。ランタンは光らなかった。
「多分見回りが昼頃に来るので、それまでに帰ります」
なんだかよくわからないけれど、ひとりで暇をしている輝夜のために来てくれたようだ。
輝夜には用途のよくわからない工具を取り出して、ランタンの底を弄り始めるテトラ。底が外れる。更に弄ると、ランタンの中から金属のパーツが組み合わさった塊が出てきた。それをくるくると回転させながらチェックして、テトラが深い息を吐く。
これはものを掴むための道具だろうか。はさみと同じような動きで先が開閉する工具を両手にとって、テトラはパーツを一つずつ外して、机の上に並べ始めた。
輝夜が普段何気なく使っているランタンの中身は輝夜が想像するよりも複雑に作られていて、好奇心を刺激された輝夜は、それを興味津々で眺める。
不意にテトラの動きが止まる。顔を上げると、無表情でこちらを見るテトラと目が合った。
「いつも興味なさそうなのに、珍しいですね」
「それは……だって、暇だもん」
「そうでしょうね」
またそっけない返事が来た。少しの間黙ってから、テトラがぼそりと呟くように言った。
「まだ暗夜様の処遇は決まってないですけど、多分あと三日くらいはこうだと思います」
「うん……」
「おれは、間違ってると思います。こんなこと。キーナって人と何があったかは知らないけど、だからって……」
そう言って、うつむくテトラ。
「でもおれには、何の力もない。止められないんです。馬鹿みたいだ」
工具を握りしめるテトラの手が、ぎゅっと握り込まれる。それきりテトラは黙ってしまう。部屋を支配する沈黙。輝夜が椅子から立ち上がる。
「ぼくは大丈夫だよ……ありがとう」
うつむく彼の頭を抱いて輝夜がそういうと、腕の中で彼が硬直する。おそらく暗夜が絶対にしないであろう行為を自分がしたことに気がついた輝夜は、弾かれるように彼から離れた。
テトラのまんまるな目と目が合う。
輝夜は精一杯、いたずらっぽい表情を浮かべた。
「びっくりした?」
暗夜が輝夜にしたように、テトラの頬をつまんで引っ張る。テトラのまんまるな目が一転、三角形に縮んで眉間にしわが寄った。
「ほんとに、あんた子供みたいですよね」
「そうかもね」
輝夜が笑うと、テトラが苦笑いを浮かべた。それきり会話は途切れて、作業を再開したテトラの手元を輝夜は黙って見る。
テトラは解してテーブルに並べたパーツを一つ一つ丁寧に掃除をして、ピンセットでつまむ。おそらく壊れていないか見るためにくるくると回してから土台にはめて、再び組み上げていく。
不器用な輝夜には到底できない作業だ。きっと一分も立たずに飽きて投げ出してしまうだろう。それを輝夜の倍ほどでかい手で苦もなく行う彼は、見た目によらず器用なようだ。
一通り組み上がってもとのランタンの形になったところで、作業を止めたテトラが、屈んで足元の木箱を探った。木箱から手を引いた彼の手に握られていたのは、すみれ色の魔導石。昨日彼が帯びていた剣に付けられていたものだ。そのまま彼はランタンを触るが、ランタンは反応しなかった。
「あー、くそ」
彼がため息をつく。輝夜はそっと彼の目を見て、おずおずと問う。
「なんか手伝おうか?」
「ああ、じゃあちょっとこれ持っててください。――待って、その前に魔導石外してください」
「うん」
輝夜は無意識に首元を触って、いつもつけていたチョーカーが無いことに驚いて目を大きくした。それから左右のポケットをさばくって、机に魔導石を置く。左足を椅子に乗せて、暗夜が着けてくれたアンクレットの金具を外そうとして弄りまわす。慣れていないうえに輝夜があまりにも不器用なので、なかなか金具が開かない。
「やっぱ怪我の調子悪いんですか?」
眉をひそめて心配そうに問うてくるテトラ。怪我のことなんてすっかり忘れていた輝夜は内心はっとして、頭を振った。
「大丈夫……」
「おれやりますよ」
「わあっ」
無遠慮に足首を掴まれて、驚いてバランスが崩れた輝夜は椅子から落ちそうになって手足を振り回した。暴れながら彼の膝を蹴った気がするが、それに対する反応はなかった。
「危ないよ、急に」
「すいません」
靴を脱いだ輝夜が彼の膝に乗せるようにして足を差し出すと、大きな手で掴まれて引かれた。指先の皮膚が厚いのだろうか。輝夜や暗夜の指よりも硬くて乾いた感触の指が、輝夜のかかとを捕まえている。輝夜の足なんかすっぽりと手に収まっていて、まるで大人と子供のようだ。自分の手の倍ほどもある大きな手で触られて、恥ずかしいような、妙な気持ちになった輝夜は天を仰いだ。顔が熱い。
男らしい武骨な指先で器用にアンクレットの金具を外したテトラが、顔を上げた。彼の眉間にぎゅっとしわが寄る。
「……なんの顔ですか?」
男同士(と彼は思っている)での接触で赤面されたら、まあそういう顔もするだろう。しかし輝夜にとって、彼は異性なのだ。壁の国でいつも一緒にいるアドレインも異性だけれど、彼は幼い頃からずっと一緒にいたせいか、穏やかな物腰のせいか、あまりそういった意識をしたことはなかった。
自分の意志で止められない反応を身体がしてしまったことを恥じて、輝夜は首が座っていないかのようにぐにゃぐにゃと頭を揺らした
。
「子供みたいで恥ずかしくて」
「十六はまだ子供ですよ。おれもそう変わらないけど……」
「そっかな。子供かな……」
輝夜はうなだれて、先程テトラが組み直したランタンの土台を手にとった。パーツが複雑に組み合わさった面を彼に向けると、彼は何も言わずにピンセットを両手に一つずつ持って、器用な手付きでそれをいじり始めた。
それからは特に会話もなく、真剣な顔でランタンを弄るテトラと、ランタンをテトラに掲げたままそれを眺める輝夜。
再びランタンが組み上がった。テトラが机の上に置いた魔導石に触れると、ランタンが淡い光を放つ。
「わあ、直ったね! すごい」
輝夜が目を細めると、テトラは気恥かしげにランタンの光を見つめて、口角を上げながら口を開いた。
「まあおれ、魔導具屋の息子ですからね。これぐらいできて当たり前なんで」
「そうなんだ。お店行ってみたいな」
輝夜がそう言うと、テトラは目を丸くして彼女を見た。しばし動きを停止させた彼は、突然はっとして腕につけた時計の文字盤を見る。
「ああ、もうおれ帰りますね。そろそろ見回りが来るかも」
そう言って手早い動作で机のうえに広げたもろもろを木箱にしまい、帰り支度を始める。
「うん。また来てね。面白かった!」
ドアを開けるテトラの背中に声をかけると、彼は無言で頭を上下させて、自室へと去っていった。




