第8話 命救え! 駄菓子な錬金術‼
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嬉しい気持ちのまま工房兼自宅に帰ると、店の前に昨日の子供を抱きかかえて青い顔をした母親が息子の名を必死に呼びながら立っていた。
――ただ事ではない。
瞬時に理解した私とピエールは、お婆ちゃんから家の鍵を受け取りすぐに走った。
急ぎ店のドアを開ける私に、母親は鬼気迫る声で叫んだ。
「アンティさん‼ 昨日頼んだ薬を一式ください‼」
「酷い熱……直ぐにこちらに席で。飲み物……子供用ポーション用意します!」
「それは俺がやる! アンティは熱冷ましの薬を作れるか⁉ ひとつでもいい、早く‼」
「分かったわ‼」
水分は取っているようだけど……。
緊迫した声に耳を傾ける。
まだ意識はある。質問には答えられる。
――この子が助かる道は、私の腕に掛かっている‼
「アンティや」
「お婆ちゃん」
「お前の今の腕なら、総合かぜ薬が作れるはずじゃ」
「総合かぜ薬を?」
「あの子のあの様子では、熱冷まし程度ではきかん。必要なのは……」
「……分かった。作ってみる‼」
お婆ちゃんと二人で、総合かぜ薬の材料を即座に集めて、精霊さん達にも手伝ってもらう。失敗は今は許されない。
【乾燥】……【粉砕】。【祈りの涙】に魔力を込めて【薬効成分抽出】……【分離】からの【濃縮】。ここまでは順調。問題は【安定化】……。
――女神様に祈りを込める。
『意識が朦朧としている子供でも飲める薬を……口に入れやすいものを……っ!』
願いを込めてシュパン‼ と言う音と共に、金色に輝く光が落ち着くと、五本入りで一袋に入った……これは……。
「やわらか……ゼリー?」
長いロングタイプのやわらかゼリーじゃなくて、短いタイプの〝やわらかゼリー〟が現れた。色合いは色々あるけれど、多分果物の味だろう。
それを破り、オレンジの色合いの〝やわらかゼリー〟を手にすると急ぎ必死に声をかけ続けている母親のもとに駆けつける。
「総合かぜ薬です。まずはこちらで身体に入っている風邪の菌を殺します」
「お願いします‼ お願いします……っ‼」
ピッと端っこを切ると、熱で浮かされる子供の小さな口にゆっくり入れて〝やわらかゼリー〟を少しずつ流し込む。
虚ろとしていた目に一瞬光が宿り、ゆっくりだけど、ゼリーを飲み込んでいく。
「飲めるだけでいいです。直ぐに熱冷ましの薬に移りますので」
「ありがとう……っ!」
「お尻から入れる解熱剤は?」
「この子が暴れて入れることが出来なかったんです……」
男の子は見た所三歳から四歳程度。
暴れ回れば母親の手でもお尻に薬を入れるのは至難の業……。
父親はどうしたのかしら?
いいえ、今はそんな事を考えている暇はないわね。
そう思っているとピエールが――。
「男の子の力では暴れると大変ですよね……。恐らく子供用ポーションと総合かぜ薬で少し容態が安定するはずです。アンティ、直ぐに熱冷ましを」
「ええ! 急いで作ってくるわ」
――前世、子供のいた友人から話を聞いたことがある。
『子供の容態が急変することが稀にあるの。親がそれにいち早く気づけるかどうかが、本当に鍵になる瞬間ってあるのよ……』――と。
友人の子供はいち早く気づいても、入院を余儀なくされる程だったそうだ。
恐らくあの男の子もそうだろう。
このあたりの町医者は、時間外では仕事をしない。
時間外でも仕事をするのは、町医者が開くまでの間の繋ぎとなる錬金術師だ。
その錬金術師の腕に、あの子の命が掛かっていると言って過言ではない。
「絶対助ける。高熱を兎に角下げないと……っ!」
「アタシが頭に貼るやつを変えてくる。熱冷ましの材料は用意しておいたから、後はアンティ、お前さん次第じゃ」
「ええ、お願い精霊さん達……もう一度私に力を貸して‼」
――そうお願いすると。
『早く作ろう』
『苦しんでいる子供を放っては置けませんわ』
『ワシらにまかせておれ!』
『お手伝いのお代は、子供用粉ポーションでいいぜ』
「……っ! ありがとう! 力を貸してねみんな!」
こうして、先ほどと同じように錬金していく。
熱冷ましの薬は、この世界ではひとつ飲んだら、六時間は空けなくてはならないと言う結構強烈なものだ。
お尻から入れる解熱剤もそうだけど、少しの熱では使えない……。
そういう薬が多いのが現状。
今から私が作る薬もまた、一度使えば六時間は空けなくてはならない。
「安定化……」
『――子供が少しでも体力が回復して、熱が下げられる薬を!』
願いを込めて安定化させていくと、少し時間は掛かったけど、シュパン‼ と音と共に金色の光が落ち着くと、袋入りの飴らしきものが落ちてきた。
知ってる……これ、〝飴にパウダーをつけて食べる駄菓子〟‼
使い方を見てみると、『棒付き体力回復キャンディに、熱冷ましの薬効ついたパウダーをつけて舐める』と書いてあった。
体力を回復させるキャンディに熱冷ましの効果のついたパウダーをつけて食べる!
今男の子にできるかは分からないけど、使う価値はあるわ。
袋を持ってすぐに患者のいる場所に駆け込むと――。
もう自分で自力でゼリーを持って少しずつ飲んでいる男の子がいてホッとする。
子供用ポーションとは、所謂点滴のような効果を発揮してくれたみたい。
「熱冷ましです。使い方は、中に棒付き体力回復キャンディと、熱冷ましの薬効がついたパウダーが入ってます。なので、飴を一度舐めてから、パウダーをつけて舐める。出来ますか?」
「やってみます。モルダー? この飴も美味しいんですって。この飴を舐めて、中に入ってるお粉をつけるともっと美味しくなって熱も下がるんですって」
「……なめる」
「いい子ね……。あーんして?」
母親の言うことを聞きつつ、飴を一口舐めると「おいしい……」と口にするモルダー君。
そして次に袋の中にある熱冷ましのパウダーをつけて舐めさせると、モルダー君は少しずつだけど、自分で棒付き飴を手にし、パウダーを自分でつけて舐め始めた。
「ここまで来れば、もう安心だと思います」
「熱も安定してくるだろうな……。ふう……肝が冷えた」
「小さい子供って、ウイルス性の風邪なんかだとすぐ体調が悪化することがあるの。まだ大丈夫と思っていても、急変して命を落とすこともあるのよ」
「ウイルス? よくわからないが……アンティは博識だな」
「そ、そうかな?」
「ああ、アンティさん‼ ピエールさんも……っ! 本当にありがとうございます!」
良かった……。
私はモルダー君の命を助けることが出来たのね。
ホッと安堵して、椅子に座ると、安堵の息をやっと吐けた。
目を輝かせて熱冷ましの飴を舐めるモルダー君に、もう死神がついているような様子はない。
力の抜けた私の頭を撫でて「よく頑張ったな」と褒めてくれるピエールに微笑む。
彼は商品棚からひとつ、子供用粉ポーションを取り出し奥の作業場へと向かった。
どうやら手伝ってくれた精霊たちに作ってあげるつもりらしい。
「でも、解熱剤だったらお父さんがいれば楽だったのでは?」
「父親……ですか?」
「ええ」
「この子の父親は訳アリで……」
「ああ、言えぬ立場の方なんですね」
「でも、後日お礼を申し上げに来ると思います……」
「そうですか……。あの、無理なさらないでいいですからね? 私達は、錬金術師として、当然のことをしただけですから」
「いえ、それでも尊き命の子です。心より感謝致します」
尊き命の子――という言葉に反応したのは、お婆ちゃんだった。
「……面倒事は御免だよ。アンティとピエールは今日婚約したばかりなんだ」
「そ、そのような日に……大変申し訳ございません‼」
「もうお婆ちゃん? 子供の体調不良の急変は仕方ないよ。私はこの子を助けられて良かったと思ってるよ」
「そりゃそうだがね? その尊き身分の方には、〝アンティは既に婚約した身〟というのだけは忘れず伝えておくれ」
「かしこまりました」
お婆ちゃんの厳しい言葉にモルダー君のお母さんは深々と頭を下げていた。
一体何があるというのだろうか?
その後暫く経過観察をしていたけれど、モルダー君の熱も下がってすやすや眠り始めた。ぐずっていた彼の姿は最早どこにもない。
モルダー君のお母さんは、代金を支払い帰っていったけれど……。
「取り敢えず……直近で必要だった薬は作り終えたかな?」
「そうだね。アンティが作ったのは『頭痛薬』『咳止め』『鼻風邪』『喉風邪』に今回の『解熱剤』に『総合かぜ薬』と。これから必要になるアイテムばかりだね」
「うん、風邪は一年中蔓延するからね。取り敢えず精霊さんたちにも頼んで、幾つか作っておくよ」
「何も婚約した日に……」
「そんな日こそ、ある程度作っておいて、今度デートしましょう?」
「そう……言われると弱いな。仕方ない。今度二人でデートしよう」
「うふふ」
ピエールにそう告げると、彼は苦笑いしながらもアイテムを揃えるのを手伝ってくれたりして、私は『解熱剤』と『総合かぜ薬』を作り置きした。
このふたつは、どうしても大人でも使うからだ。
無論、オブラートに包んで飲むタイプもあるけど、モルダー君のような子には通用しない。私の力が彼を救えてよかったと思う。
「これからは、駄菓子だからと馬鹿には出来ないな……。そのおかげであの子は死神から逃れることが出来た」
「でしょう?」
「アンティの力は誇って良いものだ。俺も……誇らしく思う」
「アタシもだよアンティ。アンタのスキルは間違いなく……子供を救う最後の砦になる」
「……ありがとう二人共」
こうして、私は自分の錬金術に誇りを持つことが出来た。
確かに厄介事は舞い込んでくるかもしれないけれど、それでも作れたアイテムは命を守るお薬になる。
〝やわらかゼリー〟に〝棒付き体力回復キャンディに、熱冷ましの薬効ついたパウダー〟は、これからも活躍していくだろうなと思うと誇らしい。
駄菓子で子供を助けるなんて、出来るのかなって思っていた事もあったけれど、ちゃんと助けることが出来た。
そのことだって……嬉しいことだった。
「でも、尊いお方って誰だろうね?」
「まぁ、大人には色々あるのさ」
「そうだな、あまり考えたくはないことだが」
「そうなの?」
「恐らく彼女は、貴族様のお手付きになった女性だろう。この辺の貴族と言えば」
「モルダリス伯爵だろうね。アイツは女に汚いと聞いている。アンティにも粉をかけようとしていたクソ野郎さ」
「え⁉」
「だから言っただろ? 『その尊き身分の方には、〝アンティは既に婚約した身〟というのだけは忘れず伝えておくれ』と」
だから厳しく釘を刺したのね。
というか、伯爵様って五十代くらいよね?
うわ、それで十二の私に粉かけようとしてたの?
犯罪じゃん‼
「まぁ、恩を売れたんだ。仇で返す事はしないだろうよ」
「仇で返すならこちらにも考えがある……というくらいだからな」
「ひえぇ」
「だが、よく頑張ったなアンティ。偉いぞ」
「ありがとうピエール」
――こうして、婚約した日の騒動は収まったかのように見えた。
だけど、それは始まりに過ぎなくて。
そのことにはまだ私は気づいてなくて。
「これだけスキルが上がれば、中級ポーションと中級MPポーションまでは作れるかな?」
「問題はないじゃろうな。試してみるかい?」
「今度試すわ。なんだかバタバタしたけど――ピエール」
「ん?」
「しっかり私を守ってね?」
「心得ている」
「ふふっ!」
ピエールと婚約したこと。
自分の駄菓子な錬金術で命を助けられたこと。
――幸せの絶頂を味わっていたのは、間違いない事実でもあった。