第7話(閑話)昨夜の事と、アンティとの婚約
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――ピエールSide――
昨夜、妹弟子が寝てから俺とロバニアータ師匠は話し合うことになった。
と言うのも、俺がこの師匠の工房に来たのには理由がある。
【錬金術工房クローバー】ての店主でもあり、【世界に名を馳せる大錬金術師ロバニアータ・ロセット】のたったひとりの孫娘が問題だったのだ。
アンティ・ロセットは、言うまでは天真爛漫で、純粋培養で育ったかのような女の子だった。故に知らないのだろう――自分を取り巻く本当の環境を。
ロセットの名は王都でも知らぬものはいないほどの有名だ。
【国王の命を救いしロセット一家】とも呼ばれていて、ロバニアータ師匠の娘夫婦もまた、ロセット一家のひとりとして有名なのだ。
錬金術師として、優秀な血を持っている――と言って過言ではないだろう。
そのたったひとりの孫娘、アンティ・ロセット。
そのアンティには、多くの貴族や有力者が、いつ婚約を言い渡そうかと動いていたのだ。それを知ったのは妹弟子の父が察したらしいが、そんな理由から、俺が王都から師匠の家に呼ばれた。
いわば、妹弟子には告げず〝お見合い〟をしていたのだ。
俺が了承すれば、婚約してほしいと言うことだった。
結果としては――まぁ、言わずもがな。
ころっと俺は妹弟子……アンティの魅力の虜になった。
黒髪に猫のような可愛い青い目。瞳孔の開いた猫の目と言うべきだろうか。
可愛らしかった。
緊張するときゅっと瞳孔が縮むのもまた魅力のひとつでもあった。
目は口ほどに物を言うとは、こういうことだなと思ったほどだ。
◇◇◇◇
「婚約決定おめでとう。いや~これでアタシもやっとホッとできるもんじゃよ」
「ロバニアータ師匠が目を光らせていても、入り込む野郎とはいたでしょうね」
「王族は特に厄介だったね。年の差があるから却下と言っても、国王の孫と婚約を……なんて言われた日にゃ、城ごと爆破しようかと思ったもんじゃよ」
「ははは、そうならずに済んで良かったです」
「他にも、領主の息子だの、大商家の息子だの……とにかく釣り書が沢山くるくる……。全部燃やしていたが、キリがなくてのう」
「アンティは気づかなかったんですか?」
「アンティは鈍感なところもあるからね。気づかなかったよ」
そこもアンティらしい。
自分が年頃になりつつあり、そのために多くの者たちが暗躍していたことを知ることは、この先あるのだろうか?
まぁ、俺は言うつもりはほとんどないが。
「だが、アンティはお前さんを選んだ。見る目はあるようじゃの。のう? 若き天才錬金術師殿?」
「ははは。俺のところにも腐るように釣り書は来ていましたが、全て焼き払ってましたからね。それに、孤児だった俺を拾って育ててくれた師匠には、感謝しかない」
「川に生きて流れ着いただけでも大したもんだよ」
俺はいわゆる戦災孤児だ。
他国との戦争が起きた際、両親は俺を小舟に乗せて逃がした。
それしか生き残るすべがなかったからだ。
両親がその後どうなったのかは……言うまでもないが。
たまたま他国に来ていたロバニアータ師匠が見つけて保護し、弟子としてくれなかったらどうなっていたかわからない。
そんな俺を、ここまで成長させてくれた師匠には感謝しかないが、結婚相手となると別問題だった。
ゆえに――アンティには何も告げず〝お見合い〟していたわけだが。
「しかし、本当に俺でよろしいので?」
「天才錬金術師殿が見初めたとなれば、周囲は『ロセット家はさらなる発展をするだろう』で落ち着く。それが一番落ち着く先じゃろうて」
「それはそうですが」
「アンティでは不満はあるまい?」
「アンティについてですが……気になることがひとつ」
「なんじゃ」
「あの子は、加護持ちですよね? しかも強力な加護、そして固有レアスキル持ちですね? 師匠と同じ……血を持っている」
そう告げると、師匠は目を光らせたように見えた。
だが、それ以上は厳しい目はせず、フッと笑い「困ったもんじゃよな?」と口にする。どうやらアンティは、加護持ちな上に特殊な固有レアスキルを持っているのは、間違いなさそうだ。
「まだ王都でアンティを教会で調べていないから分からないが、間違いなく強い加護を持っておるじゃろう。しかも」
「薬を駄菓子に変える……あれは固有レアスキルです」
「そうじゃな……」
「でも、諸刃の刃でもある」
「じゃからこそ、お主が必要だったのじゃ。〝オブラート開発者〟にして最高の天才錬金術師という肩書を持つお主がな」
「手を出させないため……ですね?」
「王族は否応なしにでもアンティを欲しがるじゃろう。じゃが、我がロセット家を潰すわけにはいかぬ。これは錬金術師と王家の戦いともなろう」
厄介な相手と綱渡り……。
それは、最もたる相手は〝王家〟だったのだ。
それをロバニアータ師匠はひとりで食い止めてきた。
だが、それも限界を迎えようとしていたところでの、俺との婚約。
「明日にでも教会で婚約式じゃ。すぐに動くぞ」
「わかりました」
「ピエールよ」
「はい」
「アンティを頼むぞ。お主がアンティの婚約者であり、夫となるのじゃからな」
「はい‼」
俺がアンティの夫となる未来のためにも、俺は気合を入れ直した。
相手は一番上は王家。
下は何がいるかわからないが、猛者だらけだろう。
天真爛漫なアンティが、そんな蠱毒のような場所に行くほうが不味い。
あの子の可能性を消しかねない。
それだけは阻止しなくては。
「何より――錬金術学会が煩いじゃろうな」
「ああ……確かに。アンティのような新しい力を持つものを排除する可能性もある」
「だから、王家とバチバチにやり合うのは得策ではない……。面倒じゃのう」
「上手くやってみます。俺もこう見えて、奴らとはバチバチにやり合ったこともありますので」
「ああ、〝オブラート〟の一件で錬金術学会とやりあったな」
今でこそ普及されているオブラート。
だが、それは錬金術学会が最初はNOを突きつけてきたのだ。
〝錬金術で作った薬は苦くて当たり前である〟という考えは俺も否定するつもりはなかった。だが、それでも飲めない人が多くいることのほうが問題だと苦言したのだ。
そしてバチバチにやり合って、オブラートの開発を止めず、国民に受け入れられ、学会は歯軋りしながらも受け入れるしかなかった。
「奴らに効果的なのは……結果を残すことです」
「結果か……。何かアンティにもあれば良いんじゃがのう」
そうはいっても、そうそうそんな機会は訪れない。
訪れる日が来たら、迷いなく突き進むしかないだろう。
学会は必ずアンティを異端者として見るだろう。
加護持ちだとわかれば掌を返すだろうが、それがわかるまでには時間が掛かる。
それまで、アンティの身の安全が保証され、何とかできればいいが……。
「何はともあれ、明日は婚約式じゃ。アンティを今後頼むぞ? 婿殿」
「まだ婿ではないですが、誠心誠意アンティを大事にすると誓いましょう」
こうして師匠との会話も終わり寝室に向かって眠った翌日――。
◇◇◇◇
早朝、食事を終えてから俺たちは教会へと向かった。
まだ町の人たちが動き出す前なのは、煩い連中に捕まる方が面倒だという師匠の言葉があったからだ。
教会に到着し、俺とアンティの婚約式が始まる。
教会に出す魔法の紙に互いの名を書き、血判を押すことで、婚約式は完了となる。
一連の流れを終わらせ、互いに婚約したことを証明されると、寄付金として師匠と俺から教会に寄付を渡す。
ジャラリ……と重たい袋の中には、気持ち多めにお金が入っている。
つまり、早急に神にお伝えしてほしいという言葉に、出さない圧力をかけたのだ。
「直ぐに、女神様のもとに婚約したという報告を致しましょう」
「お願いします」
「頼んだよ?」
「これで婚約式は終わりなの?」
「ああ、終わったよ。アンタたちは紛れもなく、婚約者同士だ」
そう師匠が告げると、アンティは頬を染めて嬉しそうに笑い、思わず胸がぎゅっと締め付けられる。
最初は邪見にしていたが、あれは本当は照れ隠しだ。
――初めて会ったあの日。
俺は既に、アンティに一目惚れしていたのだから。
「アンティ、これからは俺が婚約者だ。浮気は絶対に許さない」
「浮気なんてしないよ?」
「はぁ……お前は愛想よく店に出るだろう? どれだけの男を誑かしてるか分かってるのか?」
「お客様には笑顔で接するのが信条です!」
「それはそうだが……」
「アンティや。ピエールはアンティの笑顔を独り占めしたいだけなんじゃよ」
「ロバニアータ師匠‼」
確かに独り占めしたいが、そんなことを今言う必要はないだろう‼
顔を真赤にして俺が困っていると、アンティは俺にぎゅっと抱きついてきた。
途端心臓が早鐘を打ち、言葉が詰まる。
「もう……困った人ね?」
「う……っ‼」
俺を見上げて少し大人っぽく伝えてくるアンティに、俺の心は持っていかれた。
最早全部だ。
錬金術師としての誇りは死守したが、本当にアンティさえいればいい……そう思うほどの威力がいまのにはあった‼
「俺をあまり誘惑するんじゃない」
「してませせんー」
「だとしたら、たちが悪い」
「えへへ」
「ま、仲良くやりな。後は家に帰るだけだよ。店を開けて仕事しないとね」
「あ、今日は昨日のお客様が来るんだった‼ 急いで帰ろう」
「そうだな」
「ピエール」
急に名を呼ばれ「どうした?」と告げると、アンティは――。
「将来の旦那様、これからも末永くよろしくね?」
「~~分かってる‼」
「あはは!」
全く、俺の心をいとも簡単に見出してくる婚約者を持ったものだ。
だが、悪い気はしない。
これから存分に振り回されようという覚悟はできた。
それと同時に、存分に心から愛そうという気持ちも……。
「婚約者になったからには、覚悟しておけよ?」
「何かあるの?」
その不思議そうな問いに俺は――。
「骨の髄まで愛してやる。逃げられると思うなよ?」
「骨の髄まで⁉」
「ドロドロにならないように注意しとけ」
そんな様子を声を上げて笑うロバニアータ師匠がいて、顔を真赤にしつつ俺に手を引かれて歩くアンティがいて。
俺は新たな人生の岐路を進んでいく。
――大事な初恋の相手、アンティと共に。
だが、別の意味の危機が訪れようとは――この帰り道思いもしていなかった。