第6話 喉の腫れに練り飴と、鼻水には丸ボロと……
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お薬は案外簡単に作れるようになった。
私はそっちの素質が高かったようだ。
兄弟子やお婆ちゃんは、たまに薬を作っておいてくれている。
ボチボチでも薬を作り続けるのは才能だとお婆ちゃんが言ってくれて嬉しかった。
もっと頑張らないとな!
さて、今回は〝喉の腫れ〟を治す薬を作る。
一体どんな駄菓子……お薬になるだろうか。
不安はあるし期待もある。
なにせ駄菓子だ。夢がある‼
いつもの通りの手順で精霊さんたちに手伝ってもらって作ると――シュパン‼ と気持ちの良い音と共に金の輝きが落ち着いてから出てきたのは……。
「ん? あ、懐かしい……じゃないや、これ、練り飴だ」
「練り飴?」
「なんだい、そいつは」
棒がふたつついた練り飴をお婆ちゃん達に見せると、袋を取って練り始める。
ネリネリしてると粘り気が出て固まっていくのだ。
「へぇ……変わった薬だね」
「これ、練り飴って言って、練れば練るほど固くなっていくの。で、出来上がりがこうなる」
そう言って二人に見せ、飴は精霊さんたちにプレゼントした。
『幸せの甘さ……』
『ほほっ! コイツはたまらんのう……』
『美味ですわ‼』
精霊さんたちにも大人気!
ここのところ疲れが溜まっているだろう精霊さんたちに先にプレゼントしたのだ。
「あと少し作りたいんだけど、手伝ってくれる?」
『勿論!』
こうして続けて五個作ると、お婆ちゃんと兄弟子に手渡す。
二人は不思議そうにネリネリしていて、そこが面白かったけど、口に入れて驚いていた。
「こいつは……甘いねぇ」
「甘い……確かに喉に良さそうだ」
「蜂蜜の味がする気がするのう」
「喉には蜂蜜がいいって、昔どこかの本で読んだの」
「なるほどねぇ……コイツはお年寄りにもいいじゃろうな」
「蜂蜜とは高級品だな……」
「これも、実際には蜂蜜は入ってないし、本で赤ちゃんや幼児には蜂蜜は駄目って読んだけど、これならいけそう」
「確かにそうだね。アンタの作るアイテムは使い切りタイプばかりだが、そこがいいのかも知れないね」
こうして〝喉の腫れに〟という名目で、お薬が出来上がった。
これも大量に作れるので、作っては店頭に並ばせる。
すると、鼻風邪をひいてる子供が入ってきた。
「すみません。甘い薬で鼻風邪の薬……ないですよね?」
「まだ作れてません……すみません。喉の薬ならあるんだけど……」
「甘いのないのー?」
「ごめんね~。明日には作っておけるようにしておくね」
「喉も酷いんです……。是非こちらを買います」
「総合かぜ薬が必要だね」
「最終目標はそこにしてみます」
「どうかお願いします……。この子、オブラートに包んでも吐き出してしまって……」
「そうだったのか……。オブラートでも駄目なのか?」
「オブラート飲みにくい」
「そうか……」
あ、兄弟子凹んでる。
でも、これが現実なんだよ……。
小さい子供には厳しいもんなぁ。
◇◇◇◇
よし、こうなったら鼻風邪用の薬も作ろう!
明日にはお越しになられるこのお客様のためにも‼
そのままの勢いで腕まくりし、気合を入れて取り掛かる。
明日の朝一番にお薬を買いに来ると言って去っていった患者様のためにも、作らねばなるまい。
精霊さんたちの力を借りて、お婆ちゃんたちが使っている素材で作り上げていく。
今回はサラマンダーが頑張ってくれて、シュパン‼ という音がして金の輝きが消えると……一袋十個入りくらいの……。
「これって……あれでは。赤ちゃんがよくおやつにする丸ボロ?」
「丸ボロだね」
「口の中でとろけていく奴だな」
「それの十個入り」
「一袋開けて食べてみましょう」
これだけ量があれば精霊さんたちにも分けられる。
早速ひとつ粒ずつもらっていく精霊さんたちの隣で、私たちも一粒ずつ口に入れる。
あ、確かにすぐ溶けてなくなった。
「なんだか鼻通りが良くなった気がする」
「アタシ達は風邪引いてないからねぇ。そんな感覚があれば十分じゃろうよ」
「なるほど……確かにこれなら子供が食べても違和感なく……」
「兄弟子?」
急に止まった兄弟子が気になり様子を見ると、小さく「オブラートは飲みにくい……か」と呟いた。
確かにオブラートに入れる手間もあるし、面倒と言えば面倒。
でも、苦い薬を頑張って飲ませられるようにしようとした兄弟子の頑張りは伝わってくる。
「小さい子にはね。この前も言ったでしょ? 飲み込む力が弱いんだって」
「そうだな……」
「緊急性が高い時はお年寄りや子供はお尻から入れる薬もあるけど、大人はできるだけ薬で治そうとするじゃない。そういう時、オブラートがあると凄く助かってる人はかなり多いんじゃないの?」
「確かに、城に納めてるところはある」
「ああ、それでたまに着払いで送ってるのね」
「そうだな」
「役に立ってるじゃん。兄弟子凄いじゃん」
「そう、かな?」
「自信持つんじゃよ。アンタの考えたオブラートは確かに人々を救ってる」
そうお婆ちゃんにも言われ、ようやく落ち込んだ顔から笑顔が見えた兄弟子。
手のかかる兄弟子だな~と思っていると、「でも」と口にした。
「駄菓子に負ける薬は作っていないと自負している」
「煩いな! 私の薬はこれでいいの‼」
「はっはっは! 二人揃えば最強じゃろう? なぁ?」
『アンティが子供たちの薬を作って』
『ピーエルが大人の薬を作ればいいじゃん?』
『何事も役割じゃな』
精霊たちにもそう言われ、兄弟子は「納得いかんが仕方ない……」と言っていたけれど、私は精霊たちに「何事も役割分担だよね?」と笑顔で返した。
何事も人間、得意不得意はあるもの。
それを補ってこそ、人間だと言えるのだと思う。
◇◇◇◇
その日、早めに店を閉めた私は兄弟子と一緒に買い物に出かけていた。
秋風が心地よく、そろそろ短パンにタンクトップは卒業だなーと思っていると、兄弟子に急に腕を捕まれ服屋さんに連れて行かれた。
そこで――秋冬用の長袖のパジャマを買ってくれたのだ。
「女の子は身体を冷やしてはいけない」
「暑い時のみの期間限定なんだから許してよ」
「……これからどんどん、成長するんだぞ?」
「だから?」
「……俺は男だから……困る」
「そうなの?」
「凄く困る」
兄弟子は困るらしい。
私は特に困らないけどな。
そう言うと、兄弟子は眉を寄せてこんなことを言い出す。
「なら、俺が風呂上がりに上着も着ず、寝間着のズボンだけで過ごすのは?」
「ん? 暑いならありじゃない?」
「は――……。お前はもう少しだな? 警戒心を持て?」
「警戒心?」
「お前も年頃の女の子になっていくんだ。変な男に食われても知らんぞ」
「兄弟子ずっと一緒にいるんでしょ?」
「……」
「ずっとは……いないの?」
そう問いかけると、顔を真っ赤にして暫くプイッと顔を背けられたけど――。
「……お前が俺を必要とするなら、いてもいい」
「本当に⁉」
「こう見えても俺は天才錬金術師で名が通ってるんだぞ。たまには王都に出かけないとだがな」
「そうなんだ……」
「……王都に来る時、お前も来るか?」
「王都に?」
思いがけない誘いに首を傾げると、兄弟子は小さく溜め息を吐いた。
どうやら、行きたくない行事ごとがあるとみたぞ‼
それって、私がいないと駄目なやつですかね?
「毎年、社交シーズンだなんだと言う時は、仕事が忙しいと逃げ回っているが、王家主催のダンスパーティには参加しないといけない……。面倒だがな」
「ああ、お婆ちゃんが言っていたアレか」
「お前もそのうち参加するだろう。俺とロバニアータ師匠から離れるなよ。食われるぞ」
「ひぇっ!」
「そもそも、お前を店にひとりきりというのも危ない‼」
「えええええ⁉」
私そこまでうっかりさんじゃないと思うんだけどな⁉
兄弟子から見たら違うの⁉
そう問いかけると――。
「そういう意味じゃないが、意味が違う! その意味は答えられん!」
「答えられない意味ってなんですか?」
「兎に角、今後妹弟子は俺達と共に王都にも行く。決定だからな!」
「横暴だ!」
「黙れこの天然ひとたらし!」
くうう……っ! 私天然ひとたらしじゃないもの!
普通にしてるだけじゃん!
頭をグリグリ撫でられて、ムスッとしてると兄弟子は満足したのか私の手を引いて歩き始めた。
「守れるうちは守ってやる。安心しろ」
「そうします」
「俺が危険だと思ったら逃げろ」
「それはどういうことです?」
「……俺もたまに暴走する」
「そうなんだ」
兄弟子の暴走、さっきの頭グリグリとかかな?
それなら逃げる必要はないんだけどな。
ひとり唸りながら歩いていると、握っている手を兄弟子はぎゅっと強くする。
「兄弟子……?」
「お前は……俺の大事な……たったひとりの妹弟子だからな」
「そうだね」
「だから、その、俺がいない所で変な男には絶対ついていくな」
「あいあいさー!」
「分かってるのか?」
「分かってるよ。保護者以外にはついていくなってことでしょ?」
「はぁ……」
何故か大きな溜め息をされた。
何か違ったんだろうか?
だって兄弟子ってことは保護者じゃん?
子供は保護者と一緒じゃないと駄目なんだぞ?
「いつまでも子供と思ってたら、いつかパックリ食われるぞ」
「まだ十二歳だよ。子供だよ」
「あっという間に成人の十六歳になる」
「そうだね」
「今ですら婚約者もいないのに、有象無象が湧いてくるだろ」
「婚約かー……。どこかにいい人いないものか。それを言ったら兄弟子もいないじゃん?」
「……俺は――お前となら婚約してもいいと思ってる」
続いた言葉に、私は足を止め、思わず兄弟子を見つめることになる。
――今、なんて言いました?
私となら、婚約してもいいと?
確かに兄弟子は十六歳。私は十二歳。
そう珍しい年の差ではないけれど、ないけれど――‼
「え? 私、兄弟子の婚約者候補に入ってるの?」
「まぁ、だからこそ今俺も戸惑ってるんだが」
「え、お婆ちゃんから言われたの?」
「ああ、昨晩な」
昨晩、私が寝ようかと言う時に確かに兄弟子はお婆ちゃんに呼ばれてたけど――。
そんな話がされていようとは‼
「無論、ロバニアータ様はアンティ次第だと言っていた」
「でしょうね」
「だから、アンティの心を知りたい」
「え? 兄弟子と婚約していいか?」
「そう、だな。そっちのほうが守りやすいと言えば守りやすいからな」
「えー? でも婚約って将来結婚するってことだよ?」
「だからどうした?」
「私と結婚したいの?」
「……まぁ、それなり……に」
うお、マジか‼
兄弟子マジか‼
驚きなんだけど⁉
「えっと……」
「すぐ返事は求めない。だから考え」
「なら、婚約しましょうか」
「え⁉」
え? なんで驚くの?
だって前世では独身で終わった身だよ?
早く婚約して結婚できるなら、それに越したことないじゃん?
「でも、婿養子になるならだけど」
「婿か……。確かに俺の名よりもロバニアータ師匠の名を続けていったほうが確実にいいものな」
「うんうん」
「良いだろう。婿養子になってやる。だから婚約してくれ」
「了解」
色気も何もあったものじゃない、街歩きでの婚約の約束。
でも、私達にはそれくらいで丁度いいのかもしれない。
あって、兄弟子に「ムードくらい考えろ」って言ったら知恵熱出しそうだしね。
そう思っていると、兄弟子は今まで見たこともない蕩けた笑顔を向けてきた。
――なにそれ、顔面偏差値高いからって凶器ですか?
「これからは、アンティって呼ぶぞ」
「私はピエールって呼ぶね」
「ああ、それでいい」
こうして、私達は歩き出す。
買い物も済ませたことだしね。
帰宅後、婚約の話をしたらお婆ちゃんはとても喜んでいた。
「アンティを狙うクソ共が多くてね。流石にピエール相手じゃ分が悪いと思うだろうよ」
「え、そんなことになってたの?」
「かなりな。危険な橋をお前ずっと渡ってたぞ」
「えええええ⁉」
予想外です‼
もしかして、「兄弟子が来たタイミングにも意味がありますか?」と聞いたところ、二人は強く頷いていた。
わぁ……。
一体私の身に何が起きようとしてたんだろう。
けどそれを知るのは――ずっと後のことだった。
ただ、言えることは。
兄弟子とお婆ちゃんが、ずっと私を守ろうと必死だった。
ということだけは、なんとなく察しがついたのだった――。