第31話 〝錬金術学会〟の光が失われた時②
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
「あなた方は、何かお忘れではありませんか?」
「な、何を……」
「あなた方が、我が孫、アンティ・ロセットにした仕打ち。それが今あなた方に帰ってきているのですよ?そう、まるで女神サシャーナ様に見捨てられたかのようなこの有り様……」
「あ、う、ああ……」
「ああ、言い忘れておりましたね。孫娘、アンティは……ロバニアータと同じ〝女神サシャーナの寵愛〟であることを。その寵愛を受けるアンティを攻撃したのです。
無慈悲に、何の罪もなかったあの子へ対してあなた方がした仕打ち……〝女神サシャーナの寵愛〟を受けしアンティを攻撃したことで、〝女神サシャーナ〟がお怒りになられたのやも知れませんねぇ?」
この言葉を聞いた学会にいた若い者たちは、すぐに学会に辞表を出して逃げた。
〝女神サシャーナの寵愛〟とは、それだけで〝女神の愛し子〟という意味を持ち、その人間を攻撃したのだから……。
――そして、それはすぐに王都に広まってしまった。
〝錬金術学会〟が〝女神の愛し子〟に手を出して女神サシャーナの怒りに触れたと。
途端、王都では〝錬金術学会〟への暴動が起きた。
彼らの私有地や、王都にある屋敷および支店が軒並み襲われたのだ。
それだけ、この国での〝女神サシャーナ〟の信仰心は厚かった。
〝錬金術学会〟は躍起になってもみ消そうとすればするほど悪化し、結果的にほぼ崩壊という形で〝錬金術学会〟は消滅の危機に陥った。
王家からの資金も止まり、最早運用していくことができなくなったのだ。
――結果から言えば自滅。
それは、見事な転落劇だった。
◇◇◇◇
「私がやり返そうと思ってたのに、勝手に自滅していったわ」
「だが、一部がまだ残っている。学会会長と上層部の一部がね」
「厄介な奴らが残ったものだな」
「彼らがアンティのことを撤回しない限り、どうしようもないんだよねぇ……」
そうなのだ。
私が錬金術を始めたくとも、彼らが〝アンティ・ロセットを錬金術師の資格を剥奪する〟と決定しているため、アイテムが作れない。
あと少しなのだろうけれど……躍起になって火消しに夢中で、私のことを忘れているかのような気がする。
結局、私から剥奪を撤回すればもとに戻るのに……それをしない意図とは?
「恐らくだけど、アンティの作る〝駄菓子錬金術〟に危機感をずっと持っていたんだろうね。それが今もなお続いていて、許可を降ろさないんだと思うよ」
「面倒な……」
「でも、困ったねぇ。王都でもアンティの作った薬はもう売ってないし。このまま厄介な風邪にでもかかる子供が出たら事だよ?」
「時期的にそんな風邪はでないと思うけれど」
「いや、いつウイルス性の風邪が流行るかもわかりませんからね。王家の方々にはまだ薬がありますが、幼い子、特に幼児がウイルス性の風邪にかかれば命を落としかねません」
そう語ったのは祖父だ。
確かに幼児が突発的なウイルス性の風邪を拗らせたら、あっという間に命の危機に瀕してしまう。
そうならないためにも、私は幼児でも飲める風邪薬を〝駄菓子錬金術〟で作り上げて用意していたのだけれど――。
「何事もないといいけど……」
呟いた言葉は――やはり、裏切られるのだ。
そう――突発的なウイルス性の風邪に倒れた幼児が現れた。
それは人数的に五人で、全員が現在残っている〝錬金術学会〟の孫たちだった。
女神の怒りがついに、孫たちにまで及んだのである。
彼らは必死に薬を作ろうとしたが、材料がない。
お城お抱えの医師に金を積んで売ってもらおうとしても、〝錬金術学会〟が〝女神の愛し子〟に手を出して女神サシャーナの怒りに触れたことを許せず、誰もが薬を売ることはしなかった。
最後に王家に泣きついてきたが――。
「自分たちのしてきたことが己の孫に返ってきているだけだろう?」
「そこをなんとか……‼」
「このままでは孫たちが死んでしまいます‼」
「町医者も診てくれないのです‼どうか、どうかお慈悲を‼」
「慈悲をやりたいのはやまやまだが、あの子供たちの様子では、普通の錬金アイテムでは最早飲むことはできまい」
「そんな……」
「ではどうしたら……」
「熱も酷く高いと聞く。このままでは……」
「あ、ああああ……」
ひとりの老人が、床に倒れ込み、額を床につけて国王に頼み込んだ。
「あ、あ、アンティ……ロセット嬢に……た、助けを」
「貴様‼裏切る気か‼」
「孫を死なせるわけにはいかぬのです‼」
「しかし……」
「最早アンティ嬢にしか子を治す薬が作れぬというのなら、どうか、どうか‼我々が間違っておりました。甘い薬は怠惰を生むと、他の錬金術師の未来が潰されると思い……とんでもない過ちを犯したとっ‼どのような罰も受けます‼ですが孫は、孫だけは、孫の命だけはお願いします‼」
最後は――人は自分のプライドより、大事な孫の命を選ぶ。
いいえ、それが普通なのかもしれない。
けれど、他二人はプライドの方が強かったようで、孫の命乞いはしなかった。
その様子を物陰から見ていた私は、スッとカーテンから現れると床に頭をつけているお爺さんに歩み寄る。
打ち震え、孫の名を呼びながら涙を流すご老人は、あまりにも痛々しく……。
本当に孫を思う良き祖父だったのだろうというのが、伝わってくる。
「お爺さん、あなたのお孫さんを助けます」
「ほ、本当ですか‼ありがとうございます‼」
「な‼だったらうちの孫もついでに」
「そうだ‼うちの孫もついでに治せ‼」
「ついではありません。あなた方はプライドが大事なようですので。孫よりプライドを大事に、孫の死を受け入れて今後も生きていってください」
「ま、まて‼」
「話せば、話せばわかる‼」
「もう時間はありません。陛下、よろしいですね? この土下座した方のお孫さんを助けます」
「ああ、構わん」
そう言って泣きじゃくるお爺さんを連れて行こうとすると、残された二人の老人は信じられない言葉を発したのだ。
「息子夫婦にまた子を産ませれば済むことだ‼」
「孫など、代わりはいくらでもいるだろう⁉」
その言葉にカッとなった。
思わず私は――大声で叫んだ‼
「産めば済むという話ではありません‼あなた方には祖父を名乗る資格もなければ、人である資格もありません‼陛下、この者たちを死刑に処してください、許せることではありません‼」
「なっ」
「命を罵倒し、命を愚弄するのなら、まずあなた方がそうなりなさい……。誰も悲しんだりはしないでしょうがね」
「ま、待て」
「我々はただ……」
「命を愚弄したお前たちなんて死ねばいい‼」
そう吐き捨てていると、陛下は兵士を動かし老人二人を拘束。
私は泣きじゃくるお爺さんを連れて医務室に向かい、容態を診ていたピエールに頷くと、彼はアイテムボックスから薬を取り出した。
「持って後数時間です」と言われて泣き崩れる老人……。
もしものために持ってきていた薬がここで役立つなんて……。
「お願いピエール。他のお子さんも助けてあげて」
「いいのか?」
「例え家族が毒家族でも、子供に罪はないわ」
「わかった、助けよう。だがその後のことは陛下に采配はお任せしよう」
「ええ、そうね」
そこからは、熱に浮かされる子供たちを医師を中心として〝駄菓子錬金術〟で作った薬を飲ませて少しずつ治していき、経過観察を行いながら、数日かけて病気を治していった。
泣きじゃくっていた老人は孫から離れようとはせず、げっそりとやせ細ってしまっていたけれど、孫が「おじいちゃん」と呼んで力なく笑った時、声を上げて泣いていたい……。
その姿は、〝錬金術学会〟の重鎮の姿でもなく、ただひとりの祖父としての姿があって、私は胸がぎゅっと苦しくなるほどの愛しさを感じた。
これが本来の――祖父と孫の姿であるのだと。
これが本体の――家族の姿であるのだと。
けれど、残り二人はそうではなかった。
結局、残り二人は自分たちの失言を謝罪する言葉を吐きながらも、〝孫の命を助けてほしい〟とは一言も言わなかったのだ。
その結果が――陛下による断罪。
二人は〝錬金術学会〟を破門とされ、処刑となることが決まった。
そうでもしなければ女神サシャーナの怒りは解けないと考えられたからだ。
結果、孫を助けてもらった恩と、自分たちの過ちを受け入れ――たったひとり残った〝錬金術学会〟の老人は、私の罪は事実無根であったことを公表した。
これにより、〝アンティ・ロセットを錬金術師の資格を剥奪する〟という内容は消え、またいつも通り錬金術に励める日が来たけれど。
◇◇◇◇
「ボコボコにしてやろうと思ったら自滅したわ」
「周囲が強すぎたね。アタシも爆弾のひとつでも投げれば良かったよ」
「いくら何でも城が壊れるからやめなさい」
「でも、あの時ピエールの機転きかせて、店にあるお薬系多めに持ってきた甲斐があったわね」
そう、城に赴く前に、ピエールは一揃えの子供用から大人用までの薬やポーション類をアイテムボックスに仕舞い、急いできたのだ。
お婆ちゃんは「置いてきな‼」とは言っていたものの、ピエールは「切り札に使える可能性があるかもしれない」と言って持ってきてくれた。
おかげで、本当に〝切り札〟になったのだけれど。
「でも、今後〝錬金術学会〟はどうなるのかしら」
「ああ、陛下が言うには、あの助けたご老人を長にし、新たな体制のもとで、古い考えではなく、新たなる息吹を入れるために再出発をさせるそうだ。間違いは間違いとして認めたことで、『蒼龍の牙』と『アニーダ薬草店』が許したのも大きい」
「そう……良かった。あのお爺さんには、お孫さんと幸せになってほしかったから」
「それもそうだねぇ……」
それでも、最後まで自分のプライドにしがみついた二人には、自業自得だと思っているけれど――。
お孫さんは辛うじて助かった。
けれど、家族を含め産んだ親ですら毒親らしかったので、子供たちは貴族用の孤児院に預けられることが決まった。
そっちのほうが……彼らは安全に、幸せに暮らせるだろう。
毒親であった二組の家は降格となり、今は男爵家になっている。
――それも、一代限りという制限付きだ。
もしそれを無くしたいのであれば、死ぬ気で頑張って功績を上げるようにとのお達しだったけれど……。息子夫婦は呆然としたまま動かず、陛下の言葉を聞いてヘラっと笑い、その後は一礼だけして去っていった。
この先、彼らに訪れる未来は、明るくはないだろう。
「正しい行いをすることで前に進める。後ろ暗いことがあれば前には進めない」
「そうね……」
「今回はそれが如実に出た感じだと俺は思う」
「私もそう思うわ」
ピエールと二人、そんな話をしながらコウジさんに護衛してもらいつつ戻る家路。
これからは平和に過ごしたい。
そう心から願い、大きく深呼吸して前を向いたのだった――。
――後日、コウジさんから聞いた話だけれど……。
実は私が王城にいる間、街では大変なことになっていたのだという。
それはというと……。




