第29話 錬金術師の限界と、錬金術師としての権利剥奪
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
錬金術師には、治せる病と、治せない病がある。
それはどうしても起こり得る問題で、どうしても錬金術師では難しい問題。
――患者の心までは、治せないのだ。
特に、見た目に対するコンプレックス。
これは、一度つくとなかなか治せないと言われている。
前世でもそうだった。
――太っているだの。
――目が二重じゃないだの。
人間ひとりひとり違うのだから、変わっていて当たり前なのに。
あたかも、全員回れ右で同じでないといけないような脅迫的空気。
――まるで個性がない。
個性のない者たちが、個性ある者たちを馬鹿にする。
無個性の者たちが、個性ある者たちを迫害する。
そんな風景は嫌ほど見てきた。
「友達」と言いつつ「マウント合戦」なんて日常茶飯事で、そういうのに疲れると仲間はずれが始まる。
承認欲求に苛まれている者たちと、そこまで承認欲求のない者たちとでの亀裂。
それ果たして――「友達」と呼べるだろうか?
それで心を痛めて、自分に得があるだろうか?
今一度考えたほうがいいのかも知れない。
――そう、この世界に来てからよく思うようになったことだ。
人間、他人と違って当たり前で。
人間、誰かの尊厳をバカにしていいほど偉くはなく。
人間、誰かを踏みにじってまで前に出ることは、酷く醜い姿に見える。
皆、見た目よりも中身を重視する。
無論見た目も重視するけど、そこは〝愛嬌〟が優先される。
太っていても、目が一重でも、それは個性。
それでいて、心根が綺麗ならば、それだけで誰かしらに好かれるのだ。
だから、この世界の人たちは、皆自分の〝内面を磨く〟ことをやめない。
無論、出来ない者たちも少なからずいる。
悲しいけど、それもまた現実だ。
――そんな人たちに振り回される程、〝自分は安くない〟のだ。
だからこそ、心に傷を負っているのなら、その元凶から離れるなり、潰すなりしないと、どうしようもないと思う。
生きるための逃げは全然ありだと思うし、元凶から離れるのは最も効率がいい。
それで――離れられない時は、とことんまで戦うしかないだろう。
それだけの心が残っていればだが……こればかりは本人次第。
〝相手を突き落とす為の戦い〟と思えば動けるだろうか?
逃げるのなら逃げ通す。
逃げられないなら地獄に突き落とす為に戦う。
方法は、前世では色々あった。
この世界よりは――。
◇◇◇◇
そんな事を考えつつ店を閉める作業をしていると、ドアが開き昨夜の母親と娘さんがやって来た。
黒いベールを顔につけた少女の顔は見えないが、相談室も兼ねている店の一角に案内すると、そこで会話をすることになった。
「あの……薬は」
「出来てますよ」
「ああ良かった‼これでセラフィの肌は元に戻るんですね‼」
「はい、ですが、一日一回、決まった分量の飲み薬を飲んでください。用法用量を間違えば、効き目はありません」
「大体一ヶ月程掛かるんでしょうか?」
「いえ、五日で治ります」
「「五日で……⁉」」
思いも寄らない話だったのだろう。
私はこの薬の経緯を語ることにした。
「セラフィ様にお使いする薬は、錬金術でも〝忘れられていた錬金術〟と言われるもので、五百年前までは当たり前に使われていたお薬なんです。調べた所、現在禁忌とされている薬でもないため、お出し出来ます」
「そんな古い錬金術を……貴女は私の為に……?」
「困っている患者の為に出来ることは大抵何でもします。ですがセラフィ様の〝心の傷〟までは、私達錬金術師では治す事はできません」
錬金術でも、出来ることと出来ないことがあるのだと、しっかり伝えるべきだ。
私の言葉に、セラフィ様はうつむき、お母様の方は「顔さえ治れば……」と口にしているが、そんな簡単なことでは無いのだ。
すると――。
「そんな顔が治ったからって、心の傷まで治るはず無いだろ。アンタそれでも母親かい?」
「え……」
「もっと子供に寄り添いな。顔が治っても、誹謗中傷がすぐ止まる訳でもないし、この子は今まで随分と耐えてきたのだと思うよ?関わりたくもない貴族令嬢達と否応無しにつきあわされてきたんだろ。家のお付き合いがあるからーって犠牲にしてきたんだろ」
「そ、それは」
「母親であるアンタも、誹謗中傷してた奴らと同類なんだよ。セラフィ、この子にとってはそうだとアタシは思うがね。どう思うお嬢さん」
「仰るとおりです」
「セ、セラフィ⁉」
――やっぱり。
母親なりに努力したつもりだろうけど、それが完全に裏目に出てるパターン。
悲しいけど、そういう事実もあるわよね。
「顔に痣があるから夜会は嫌だといっても連れて行かれるし、それで私の痣の話が広がっていって……」
「馬鹿な親だねぇ。理由をつけて休ませればいいのに」
「でも、貴重な」
「貴重でもなんでもないだろう。それはアンタのエゴだ」
「……っ⁉」
「アンタのエゴで、子供を苦しめてどうするんだい。情けない親だね」
お婆ちゃんの容赦ない言葉に、母親は沈黙する。
子供だからと、閉じ籠もってほしくなかったのはわかるけど、それが完全に裏目に出たパターンって奴よね。
「小さい頃はそれで良かったかも知れませんが、お嬢さんはもう思春期で、大人への階段を自分で歩いている最中なんです。過保護もエゴも、それまでにしなければ立派なレディにはなれないと思います」
「そう……ですね」
「それに加えて、受けた心の傷は深く、治るのにも時間が掛かるでしょう。そんな娘さんを無理に夜会だなんだと連れ回せば、尚の事悪化しますよ」
「……夫にも相談してみます」
これでまずは母親の方は一旦は大丈夫なはず。
お婆ちゃんからも厳しく言われては、言い返すことも出来なかっただろう。
「次に、セラフィさん」
「はい」
「全ては貴女の気持ち次第です。受けた傷はそうそうには治らない。誹謗中傷や心無い言葉は、顔が治っても多少なりと飛んでくるものでしょう。貴族ならば特に」
「ええ……」
「ですが、この薬を飲めば確実に五日で治ります。用法用量をしっかり守って飲めばですが」
「……はい」
「全てどうするかは、顔が治ってから決めればいいこと。まずは貴女は、顔を治すことを目標にしてください」
「わかりました。そこから考えます」
「もし、ご自身の心が迷うことがあれば何時でもどうぞ。お手紙でも構いませんよ」
「~~ありがとうっ‼」
――こうして、〝美顔薬〟をお渡しすると、彼女は涙を流しつつベールを脱ぎ去り、私に顔を見せた。
「貴女は……私がこんなのでも、差別をしないのね」
「あらゆるお客様が来られます。差別なんて致しません」
「……ありがとう。勇気が持てたわ。良ければ……お友達になってくれる?」
「ええ、一介の錬金術師で良ければ‼」
「何をいってんだい。世界に唯一無二の〝駄菓子錬金術師〟だろ?」
「まぁ……‼国王陛下のお孫様である王子と姫君を助けたという錬金術師ですか?」
「はい、そうなります。なので、私で良ければセラフィ。友だちになりましょう? 周囲のご令嬢も、私の名を出せば多少牽制にはなるわ」
「――っ‼貴女はどこまでも優しいわ……。ありがとうアンティ‼」
ぎゅっと抱きしめてくるセラフィに小さく頷き抱きしめ返す。
この体に沢山受けた傷が、私の名と名誉で守れるならそれでいい。
その後、セラフィは清々しい笑顔で帰り、母親も反省しきって帰っていった。
――それから五日後。
セラフィはベールを付けず私に顔を見せにやってきた。
そこには痣はなく、おしゃれをして笑顔を見せる彼女がいて。
子供用粉ポーションで乾杯し「良かったね」と笑い合う姿があったのだった――。
◇◇◇◇
それから暫く、平和な日々が続いた。
何事もなく、ただ平和に淡々と日々が続いていたように思う。
MPも前よりは増え、『蒼龍の牙』や『アニーダ薬草店』、そして王室に届けるアイテムも増えていった。
王家御用達店にも、幾つかのアイテムを納品することも出来るようになった。
とは言え、〝子供用〟のアイテムが殆どだったけれど、飛ぶように売れているという店側からの歓喜のお手紙を貰い、嬉しかった。
苦い薬を飲めない子供さんたちが、私の〝駄菓子錬金術〟で作った薬で、病気が治ったりしていることが、素直に嬉しかった。
私の目標は今も変わっていない。
〝薬が飲めない子供たちに、甘いお薬を飲んで苦しさから少しでも回復して欲しい〟という気持ちに嘘偽りはない。
だからこそ、私は次なる一手を考えた。
「え?孤児院や終の棲家に薬の寄付をしたい?」
「ええ。薬を買うのも大変だと前に聞いたの。だから孤児院と終の棲家に、定期的にお薬を寄付したくて」
そうお婆ちゃんとピエールに相談すると、直ぐに了承してもらえた。
お婆ちゃんの店【錬金術工房クローバー】は王都でもこの街でも有名だ。
だからこそ、送れば直ぐにわかるだろうと判断したのだ。
「少しでも誰かの為に何かをしたいという精神……という感じかしら?」
「アンティらしい優しい感情じゃないか?」
「そうだと嬉しいわ‼」
「そうだねぇ……。他の錬金術師も、孤児院や終の棲家には寄付していないはずだよ」
「なら、できる限り定期的に送っていいかしら?」
「ああ、うちの名前で、そしてアンティ、お前の名で寄付するんだよ」
「わかったわ」
この国では、孤児院もさることながら、老人たちが過ごす〝終の棲家〟という場所がある。所謂老人ホームだ。
飲み込む力の弱くなる老人たちにも、子供用で甘く作った薬は飲みやすいだろう。
ポーションだって飲みやすいはずだ。
せっせとアイテムを作って、王都とこの街にある孤児院と終の棲家にアイテムを寄付すると、大変喜ばれた。
やはり、薬に手が回らない運営状況でもあったようだ。
その中での薬やポーションの定期的で継続的な寄付があれば、助かる命だって増えるだろう。いずれ、錬金術師を志す子供も出てくるかも知れない。
――そうなる未来を願い、私は今日も薬を作る。
けれど、その平和な日常は、ある一通の手紙が届いて激変する。
それは――〝錬金術学会〟からの手紙。
私が王都で甘い薬を販売している事や、孤児院や終の棲家に寄付している事に関しての苦言と――。
〝失われつつある錬金術〟と〝失われた錬金術〟を使った罪で。
「貴殿を〝危険錬金術師〟とし、学会の総意のもと――」
〝アンティ・ロセットを錬金術師の資格を剥奪する〟
――そう書いてあったのだった。




