第28話 〝忘れられていた錬金術〟
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そろそろ店も終わろうかという時に、一組の親子が入ってこられた。
どう見てもお貴族様だったけれど、ピエールが接客に出ると娘さんは隠れた。
おや? と思ったけれど、暫くしてピエールが声を荒げた。
「娘さんの顔を違う顔にする薬なんてありませんよ‼」
「そこをなんとか……‼」
「それこそ、外科手術でしょう……。錬金術では治せません」
「で、でも……」
「どうしたのピエール」
そう言って店の方に出ると、お母様であるお客様は涙を流し、私の顔を見て声をつまらせた。一体何事‼
「うちの、うちの娘も貴女のような見た目なら苦労をしないのに‼」
「は?」
「なんじゃい、どうしたんじゃい」
ワラワラと精霊さんたちも出てくると、うつむき顔を隠す私と同じくらいの少女の元に、精霊さんは集まった。
『あー生まれ持って出来た痣があるね』
『痣があるね』
「痣?」
「そうなんです……生まれつき顔にと、少し首から体にかけて痣が」
「……そりゃ表皮母斑だね」
「ああ……なるほど」
確かに後天的なのもたまにあると聞くけれど、先天性のものがあるのを知っている。
多くは悪くなりにくいと言われているけれど、前世ではレーザー治療なんかが一般的だった。
ただ、この年まで色々と試してきたのだろう患者の顔は厳しい……。
あれ? でも待って?
顔や身体にある先天性の痣を消す錬金術……あった気がする。
「何とかなりませんでしょうか?錬金術学会にも相談しましたが……」
「無理だと言われたんだね?」
「はい……。高名なるロバニアータ様ならばと」
「うーん……アタシの知識でもちょっと……」
「待てお婆ちゃん。私、前に錬金術の本で読んだわ……。でもアイテムが思い出せないの。お母さんとお嬢さんは、また明日来てもらえますか?人目が気になるのでしたらこの時間でも構いません。飲み薬で治せると読んだことがあります」
「ほ、本当ですか‼」
そう叫んだ母親だったけれど、娘さんは――。
「嘘ばっかり」
そう口にした……。
よほど今まで苦労したんだろうというのは容易に想像できたけれど、涙目で私を睨みつける瞳には、怒りと落胆の色が滲んでいた。
「ある医者は麻酔をせず顔を切ろうとしたわ……。ある医者は効き目のない薬を半年飲ませてきたわ‼錬金術師だってそうよ‼」
「セラフィ……そんな事を言わないで?」
「お母様、私の顔はそんなに汚いの⁉そんなに恥ずかしいの‼貴族のお友達はくすくす笑うのよ……醜い、汚らしいって……。でも、私は私じゃない‼なんで私を見てくれないの⁉」
「それは……」
「お嫁に行けないなら修道院でいいって言ってるじゃない‼これ以上私を苦しませないで‼」
叫んだお嬢様の目には涙が溜まっていて、頬を伝うことなく床にポタタ……と何度も落ちては小さな水たまりを作る。
十二から十三歳は、思春期真っ只中だし、心に負った傷はきっと深い。
この子に必要なのは、顔をまず錬金術で治すことは無論のこと……心のケアだわ。
「とりあえず、明日また来てください。調べてあげて作っておきます」
「ありがとうございます‼」
「……」
お嬢さんは何も告げずお母様と出ていかれた。
そこで、私はお婆ちゃんに顔の痣や体についた先天性の痣についてや、後天性の痣について聞くことにした。
なんでも、この国では顔や身体に痣がある女性は嫁ぎ先が無いと言われており、その大半は修道女になるのだそうだ。
それでも親は必死になって痣を消すためにあれこれするけど、なかなか消すことは難しく、悪化する女性も多いという。
「アタシが錬金術師になった頃には、痣を消すなんて錬金アイテムは聞かなかったね」
「でも、確かに見たのよ。古い錬金術の本をお婆ちゃん持ってるでしょ?」
「ああ、趣味で集めたやつだね」
「それに確かに載っていたの。探してくるわ。本はどれだったかは覚えてるから」
「記憶力のいい孫だねぇ」
そう言うと図書室に入り、古い今にも崩れそうな錬金術の本をゆっくりと丁寧に取り出し中を見ていく。
確かにあったのよ、見間違えじゃないわ。
だって、前世の妹には先天性の痣が顔にあった。
それを化粧で誤魔化していたのが辛そうだったけれど、彼女は心無い言葉を浴びた思春期こそ荒れたものの、お洒落を楽しみ、痣すらも自分らしさだと言ってのけたのだ。
『痣があるから、傷があるからで去っていく男なんてろくなのがいないわ。だって私を見ていないってことでしょう?見た目も重要だけど、年をとれば見た目なんていくらでも変わるのよ。でも、内面は磨き続けていればいくらでも美しくなれるのよ』
そう自信を持って口にしていた前世の妹は――心根が真っ直ぐだった。
思春期に幾度となく登校拒否になったり、心無い言葉で傷ついても……あの子は泣きながら立ち上がれた。
それは――家族の支えがあったからだと、私は思っている。
先のお嬢さんの家族はどうなのかしら……。
そこまでは私にはわからない。
ただ、見た目さえ何とかなれば、いずれはその薬が一般的になれば。
そうすれば――痣や大きな染みで悩む人が少なくなるんじゃないかなと思っている。
人間年を取ればシミ、そばかすなんでもござれよね。
だって、生きてきただけの年数が顔に出たりするもの。
特にシワ。
いつも怒ってばかりの人は眉間のシワ。
いつも笑っている人は、笑いジワ。
そんな感じに人は年を取っていくのが普通だと思うわ。
もし〝女神サシャーナの寵愛〟がなかったのだとしたら、私は絶対笑いジワの方が良いと思う。
人を羨んだり、妬んだり、そんな負の感情ばかりに自分が振り回されて、幸せなことに気づかないなんて馬鹿げてるもの。
「あった‼」
書いてあったのは、シミや痣を徐々に消すことが出来る飲み薬についてだ。
書いてある材料を見ても、そう難しいものではないのに何故、皆忘れているのだろうか? そもそも、女性の顔なんかに関する物なら残りそうなのに。
そう思っていると、そのページに一枚の紙が挟まっているのを見つけた。
どうやら当時の新聞の切れ端のようだ。
中を読んでみると、今から五百年前……当時の女王は、自分より美しい女性を魔女と呼び、魔女狩りをしたと書かれてある。
その際、この薬を作るのは錬金術師たちは危険と判断され封印……と書かれてあった。
つまり、五百年前から、この薬は使われていなかったという事になる。
その間、どれだけの女性が泣きながら修道女になったのかと思うと胸が痛い。
「この薬、復活させるわ‼」
◇◇◇◇
〝美顔薬〟という如何にもな名前の錬金アイテム。
これの復活の為に、翌日私はお婆ちゃんに過去にあった新聞記事と、ボロボロの錬金術の本を見せた。
「これに書いてあったのかい?」
「ええ、〝美顔薬〟の隣にはこの新聞の切れ端が」
「……なるほどね。五百年前の女王の所為でなくなったのかい」
「〝禁止されている錬金アイテム〟にも記載されてなかったのは確認済みよ」
そう、この世界でも禁止されている錬金アイテムは存在する。
最たる禁止アイテムは〝賢者の石〟だ。
不老不死を良しとしないこの世界において、絶対に作ってはならない薬のひとつでもある。過去に天才錬金術師が似たようなものを作れたものの……。
魔力が足らず、不完全な〝賢者の石〟が出来上がり、それを飲んだ当時の権力者は十年後、砂のように体が朽ちたとされている。
〝賢者の石〟は理想であって、現実的ではない。
――というのが、この世界の常識でもあった。
「こんな貴重な薬が〝忘れ去られつつある錬金術〟……いや、〝忘れられていた錬金術〟なんだね」
「これはお婆ちゃんの力をもってしても復活させるべきだわ」
「そうだね……作って〝錬金術学会〟に出そうかね‼」
「私も今日来られるあの親子のために薬を作るわ。女の子が飲みやすいように!」
そうと決まれば私とお婆ちゃんは動き出した。
必要な薬草は揃っている。そう特殊なものを使う薬ではなかったのは幸いした。
それらをお婆ちゃんはいつもの丸薬に。
私は〝駄菓子錬金〟していく。
コロンコロンコロン……ポン‼ という軽快な音と共に、五個の錠剤が入った小瓶がコトリと机に現れる。
今回はお婆ちゃんも作るので、食べることは出来ないけど……瓶を開けて香りを嗅ぐと、かすかにヨーグルト風味の香りがした。
「多分食べると、ヨーグルト風味の味のする錠剤が出来たと思うわ」
「こっちも出来たよ。臭いねぇ……薬草を煮詰めた臭いが酷いよ」
「ちょっと換気しよう。その臭いは今までになくきついのね」
「本当だねぇ」
そう言って二人で部屋の窓を少しだけ開けて換気する。
臭いが籠もっていては集中力も途絶えるしね。
「しかし、〝忘れられていた錬金術〟か……。他にもあるのかも知れないな」
「ええ、これからもこの本は大切にしつつ、何か困った時は調べるといいかも」
「アンティの記憶力に今回は救われたね。〝忘れられていた錬金術〟があるとはアタシは思ってもいなかったよ」
「五百年前だもの。忘れられていても仕方ないわ」
「五百年前の王国は荒れていた時代とは聞いていたけど、事実なんだねぇ」
「取り敢えず、調べた所一日一錠飲んで、五日後にはシミや痣は消えると書いてある」
「だとしたら、あの子の苦しみも少しは軽減出来るといいんだが」
「……心の傷までは、薬では治らないわ」
私の言葉にお婆ちゃんは小さく溜め息を吐き、ピエールは小さく頷いた。
彼女が受けた誹謗中傷は、いつまで経っても心にくすぶり続けるだろう。
顔の痣がなくなったからといって消える醜聞でもないと思う。
――例え錬金術師が色々な薬を作れても、心までは治す薬は作れないのだと、三人が心に刻んだ瞬間でもあった。
「錬金術は確かに便利だよ。でも、人間の心までは治すことは不可能だ」
「〝忘れじの薬〟というのもあるけど、これは〝禁止されている錬金アイテム〟だものね。作れば錬金術師としての資格を剥奪されるわ」
「そんなリスクを背負ってまで、アタシたちは患者の記憶を消すことは出来ないからね」
……闇錬金術師……というのも存在すると聞いている。
本当にいるのかどうかもわからないけれど。
でも、いないならいないにこしたことはないのだ。
「後は夜、昨日来たお客様が来てくれればいいけど」
「娘さんは自暴自棄になってたからねぇ……」
「あの頃の年頃は何かと敏感な時期なんだ。……いや、普通アンティもだよな?」
「私は精神が成熟してるんですー」
「それもそうだな」
苦笑いするピエールに私はむっとしつつも、それまでお城に送るアイテムなどの作成に勤しんだ。
そして夜、店が閉まろうかという頃――。




