第25話 事の顛末と、アタシとアンティの〝女神サシャーナの寵愛〟
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――ロバニアータSide――
久しぶりに夫婦で会えたというのに、全くもって……うまくいかないものだね。
そう思いつつも、王城で今起きている問題を考えれば致し方なし……といった感じだとアタシは思いつつ、夫に抱きついてスレイプニルで直走る。
王都でまことしやかに囁かれている〝聖女の暴走〟〝聖女の大罪〟という言葉。
今回の王子と姫君の石化の現況となった者――。
聖女を連れて、魔力溜まりの浄化に向かっていた王子と姫君。
本来ならば、ついていく予定ではなかったのだが、聖女が勝手に連れ出したといわれている。
結果、予想だにしない【バジリスク】が現れ、自分が助かりたいがために、王子と姫を盾にしたことは、箝口令を敷いているが――。
もともと力の強い聖女ではなく、我が強い聖女だったらしい。
前任の聖女を追い出し、自分こそがこの国の聖女であると立場を強調したのだ。
前任の聖女の行方は分かっていない。
――殺されたのか、逃げ切ったのか……。
しかも、王子と姫君を自分の盾にして、石になりかけている二人を蹴り飛ばして逃げたというのだから、賢王と名高い王は激怒。
聖女をすぐに幽閉した。
すぐに聖水を作らせたが……聖女の聖水は、どろりとした泥水になるようになった。
――最早、聖女としての力が使えなくなっていたのだ。
教会はその事に驚きと戸惑いを隠せなかったが、聖女の地位を彼女から剥奪。
現在前任の聖女の居場所を探している最中のようだ。
大罪人である元聖女は、聖女としての力を失ってからは、そうなったのは王子と姫君のせいだと呪いを施した。
その所為で、王子と姫君は薬が飲めない体に変化。
まさに自分勝手な行いで、「自分をもう一度聖女にすれば呪いは解いてやろう」という大罪人に対し、王は否を告げ、内々に元聖女を断頭台に送った。
教会に対し「何故あのような者を聖女にしたのか」と問うた王に対し、教会の長はしどろもどろとなり、体関係があったことまで判明。
長はそのまま毒杯を賜り、関係者も軒並み変わったという。
現在トップは聖者様が行っているが、大罪人であった元聖女の呪いを解くまでの力はなく……というのが、今の王国の裏事情だ。
幸いにして、聖者様の作る〝聖水〟は、一般的な呪いを解くことは可能なため、まだ国は荒れてはいない。
さらに錬金術師も〝聖水〟を作れたというのも大きかった。
アンティの力で大罪人の元聖女の呪いを消せるかどうか。
こればかりは賭けに出るしかない。
アタシも夫も聖水は作ったが、効き目は薄かった。
〝駄菓子錬金術〟がどこまで通用するか……。
そう思っている間に王城にたどり着き、アタシたちは一目散に城に入り、王子と姫君のいる部屋へと向かう。
賢王と名高い国王とその娘である王女とその夫は、最早死を覚悟しているのだろう。
アタシたちが駆けつけた時は、顔すらも石に覆われつつあった。
「ロバニアータ様‼」
「急いで戻ってきたよ。アタシの孫が作った特殊な錬金アイテムに頼るしかないがね」
そう言ってアイテムボックスからアンティが作った〝石化解除薬〟と〝呪い解除薬〟を取り出す。
そのあまりの美しさに皆が目を見開いたが――それよりも治さねばならない。
アタシは姫君を、夫が王子を担当し、まずは美しく光る子供の口に入る程度の〝呪い解除薬〟を口に入れ込んだ。
途端宝石は液体のように溶け出したようで、二人の体は眩い光を放つ。
「これは‼」
「――流石だねアンティ‼」
「流石だ我が孫だな……呪いが解けたぞ‼」
憎く忌々しい限りの元聖女の呪いは、アンティの〝呪い解除薬〟で確かに治った。
続いて〝石化解除薬〟を二人の口に入れると、二人は小さく「甘い……」と口にして必死に舐め始める。
琥珀色の小さな宝石の飴。
それらを舐めきる頃、みるみる石化は消えていき――元の体に戻ることが出来た。
二人の呼吸も安定し、動く体に驚きを隠せないでいたが……。
「ああ……マルセル‼ティーナ‼」
「お母様……」
「わたくしたちの体……元に……もとに戻りましたわ‼」
涙を流して喜び合う家族。
ホッと安堵の息を吐くアタシと夫。
結果がどうあれ、孫娘、アンティが王族を助けたことに他ならない。
――それはまさに奇跡。
〝駄菓子錬金術〟でしかなし得ない、子供が苦痛に感じない薬のお陰でもあった。
「とても甘い味がしたのです……。あれがお薬ですか?」
「マルセル王子。ええ、我が孫娘、アンティ・ロセットが作り出しし、〝子供が飲める薬〟でございます。孫娘の作る薬は、甘いのです」
「素晴らしい‼」
「とても甘くて体にスッと入ってきました……。体力も少し回復したように感じます」
「体力でしたら、こちらの子供用粉ポーションを。だれぞ、コップを持ってきておくれ」
そう言うと、コップを差し出してきた医療班の者に頷き、コップの中に粉ポーションを入れ、ウンディーネに頼んで水を入れてもらう。
それを二人に飲ませると、呼吸はさらに安定し、頬の色も少しだけ戻ったようだ。
「……甘い」
「……美味しい。本当に子供用ポーションですか?」
「ええ、こちらはアンティが最初に作りし、子供用粉ポーションです」
そう告げると、二人はもぞもぞと動き出しベッドに座れるまでに回復している。
この事に涙を流して喜ぶ王女夫妻。
賢王たるビクトールは、そんな孫二人の様子に小さく頷くと、アタシに向き合った。
◇◇◇◇
「素晴らしき腕前の持ち主のようだな……流石はロバニアータ様のお孫様といったところです。是非城のお抱えにしたいところだが……」
「まだ早いね。アンティはまだ錬金術師のヒヨッコだよ」
「なんと‼」
「何より、これだけ強いアイテムを作れる。ゆえに、錬金術をするとしても、制約があるんだ」
「確かに、あの大罪人の元聖女の呪いを解くほどだ。よほどの強い力があるのだろうな……。我が王家はロバニアータとその孫、アンティ・ロセットに助けられたという訳だ。この事は、大々的に発表せねばならない」
「まぁ、そうなるだろうねぇ……」
アンティはきっと静かに暮らしたいのだろう。
あの子が望む、望まないに限らず、王国の未来、そして王家を助けた事により騒がしくも煩わしくなるだろう。
「だが、この稀有な力を持つうちの孫を、〝錬金術学会〟は何ていうかね? 異端と言う可能性も高い」
「その場合は、王家が許しはしない」
「おや、アタシの孫の後ろ盾になってくれるとでも?」
「すでにロバニアータの後ろ盾になっているが、アンティ・ロセットの後ろ盾にもなろう……。記憶違いでなければ、マルセルとティーナと年が同じだったはずだ」
「そうだね」
「二人の命は風前の灯火だった。〝錬金術学会〟ですら匙を投げた。それを治したとあれば、学会の面子も丸つぶれだ。王家が盾にならねば、アンティの錬金術師としての未来が潰されてしまう」
「……ありがとよ、ビクトール」
「王家を守った者として、ロバニアータ様と同じマントを誂えよう」
「ははは!そいつは派手でいいね‼」
恐縮しまくるアンティが想像できたが、それがあるなしでは〝錬金術学会〟の態度が違ってくる。
【下手にアンティを攻撃すれば、王家が黙っていない】という証になる。
あの子は稀有だ。
〝世界にたったひとりの駄菓子錬金術師〟は、国を驚きと興奮で震撼させるだろう。
「お二人のお孫さんであるアンティ・ロセットについて色々伺いたい。部屋を移動しても?」
「構わないよ」
「ええ、構いませんよ」
「では、貴賓室で聞かせていただこう」
どうやら今日は貴賓室を用意してくれるらしい。
即座に動くメイドたち。
相変わらず無駄な動きがなくて助かるよ。
貴賓室の用意はものの十分で終わり、アタシたちは移動してそこで話し合いをすることになる。
そこでアタシは、アンティがどれだけ稀有な存在なのか、改めて知ることとなるわけだけど――。
◇◇◇◇
まず、アンティについて知っている事をアタシはビクトールに話した。
かわいい孫であることは無論のこと、成熟した精神の持ち主でもあることや、〝薬が飲めない子供のための錬金術がしたい〟という目標を持っていること。
そして、自らの持つ〝駄菓子錬金術〟で、ありとあらゆる飲み薬に関しては甘いものが作れる。
だが、稀有なスキル持ち主のため、制約があり、塗り薬系が全く作れないこと。
それらを話すと、夫から鞄を出すように言われ、そこから教会から貰ったアンティの事の書かれた紙を出した。
「それだけではないのです」
「え?」
「というと?」
「アンティは、女神サシャーナ様の加護持ちです。しかも加護もただの加護ではありません」
「なんだって?」
「ほう?」
「〝女神の寵愛〟の持ち主です」
その言葉に、バッとアンティの情報が書かれた神殿からの紙を見つめた。
そこには確かに〝女神サシャーナの寵愛〟と書かれていた。
歴代の王でも、王妃でも、女王でも持ったことのない〝女神サシャーナの寵愛〟は、未だ効果が不明とされているものだった。
それは、アタシと同じ〝女神サシャーナの寵愛〟の持ち主という事。
さらに言えば、過去にひとりだけ……いたのだ。
〝女神サシャーナの寵愛〟の持ち主が。
その者は、死して五百年経つが、今なお当時の姿を保ち、神殿に保管されているという。黄金の魔力を今も発しながら……。
「そういえば、アンティの魔力の色は……珍しい金だったね」
「それもまた、〝女神サシャーナの寵愛〟の力だろうな」
「つまり、ロバニアータ様とアンティ様はまさに、女神に愛されし力を持つ者という事になる。本来であれば、国をあげて保護をせねばならぬ存在だ」
「とても尊い存在というのは……ロバニアータ、君にも分かるだろう?」
「そうだねぇ……」
「固有スキルはレアスキルの〝駄菓子錬金術〟なのは間違いなかった」
「そうかい……だがアタシもアンティも籠の鳥は嫌いだよ」
「「血筋だな……」」
つい大声で言ってのけると、ビクトールと夫は溜め息を吐いて頭を抱えた。
だってそうだろう?
城のお抱え錬金術師なら夫で事足りてるじゃないか。
アタシは自由でこそロバニアータなのさ。
それはアンティも一緒。
自由でいてこそのアタシ達なんだ。
「確かに国をあげて保護しなくてはならないかも知れない。なら、国が平和であることを心がけてほしいものだね」
「そうありたいと思うよ」
「それに、アタシたちはうまくやって来てたんだ。王国中に伝えるにしても、孫のアンティの後ろにはアタシもついている事を伝えておくれ」
「手出しが……」
「出来ないでしょうね。ロバニアータの気難しさは有名です」
「ふふふ」
孫のアンティを守るためなら、更に気難しくなったババアを演じるのも悪くない。
それこそ、赤ちゃんの頃からよく知るアンティは、たったひとりの孫娘。
可愛くて仕方ない。
〝女神サシャーナの寵愛〟の力だろうがなんだろうが、アタシたちはアタシ達。
それ以上でもそれ以下でもない。
アタシもアンティも、ひとりの人間であることには――変わりはないのだから。
「アタシ達二人から翼を奪うことなんて、出来やしないのさ」




