第22話 紅蓮の翼とお婆ちゃん
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久々のお出かけは楽しかった。
街の中の買い物だけでも、息が詰まる日々からの解放感で一杯だ‼
勝手知ったる街中でも、気分が良くなる。
「一週間に一度はこうしたお出かけがあるといいなぁ」
「お互い缶詰だからなぁ」
「缶詰は健康に悪いよ。若者は外に出ないと‼」
「ははは」
お互いに手を繋いで歩く道。
夫婦になってからの初めてのデート。
いや、夫婦でデートって可笑しいのかな?
でも、今までデートらしいことしてなかったから、デートでも良いよね‼
「一緒にお店回ったり買い物したり……。平和が一番だね」
「そうだな……。だがそろそろ帰ったほうが良さそうだ」
「え?」
「付けられてる」
その言葉に体が固くなる。
付けられてる? なんで? 私のことはバレてないはずだよね?
ぎゅっと私の手を握る力が強くなる。
一体何が起きようとしてるの?
「俺の魔道具で周辺の声を拾ってる……。付けてきているのは……『紅蓮の翼』の連中のようだ」
「な、なんで?」
「さてな……どこかで漏れた可能性がある。急いで帰るぞ」
「う、うん‼」
このまま踵を返して帰るのが一番だけど、大通りをできるだけ歩きながら私とピエールは歩いていく。
その時――運がいいことにアニーダ薬草店の前を通りかかり――。
「コウジさんだ、こんにちは」
「お、アンティ久しぶりだな」
「薬草買っていっていい?」
「え?」
「ちょっと欲しいのがあって」
慌てた様子の私が目線で後ろを見ると、コウジさんは気づいたようで店に入れてくれた。これには大きな音で舌打ちする声が聞こえたけれど、ホッと安堵して膝の力が抜けそうだった。
「いつから付けられてた?」
「多分、【錬金術工房クローバー】を出た頃からだな。幸いにして錬金術の話はしていない」
「そいつは僥倖。大丈夫かアンティ嬢」
「すごくドキドキした。私のことがバレてる?」
「いや、まだバレてないはずだ。ただ、ロバニアータ様が新しい錬金術を作ったという話は王都でも流れてきていたから、確認に来ていたんだろう。消防隊にアンティ嬢が作った〝火傷凍傷回復薬〟を寄付しただろう? あれ繋がりだな」
「なるほど……」
「さすがの奴らも、戸惑ってるのさ。ロバニアータ様の血筋に手を出して無事でいられるはずはない。最悪王都追放……そこがちらついて手を出せなかったんだろう」
なるほど、お婆ちゃんの血族である私に手を出せば、最悪王都追放もありえるのか。
だからこそ、後をつけて情報が出ないか調べてたのね。
そこでいつまで経っても錬金術の話が出ないから……苛立ってた可能性はあると。
「姑息な手を使う奴らだ。『紅蓮の翼』の連中は最早後がない」
「後がないというと?」
「AランクPTだが、次クエスト失敗すればBランクに降格なんだ。それで奴らは俺達アニーダ薬草店と蒼龍の牙の快進撃を妬んで、何かしらの情報を聞き出したかったんだろうが、俺達アニーダ薬草店と蒼龍の牙は神殿で神聖契約を結んでいる。外にアンティのことをバラすことはできない」
「それで、強行突破に来たわけか」
「恐らくな」
そこで、たまたま家に帰る途中にアニーダ薬草店の前にコウジさんがいたから……。助かったことになるのね。
「躍起になって自暴自棄になる可能性もある。奴らが落ち着くまでは不要の外出はやめたほうが良い」
「でもお野菜とかお肉とかの買い出しとかあるし……」
「それはアニーダ薬草店に頼めよ。それくらいのお使いくらいはしてやるぜ。落ち着くまでだがな」
「いいのかな?」
「いいぜ? アンティ嬢が上級作れるようになったお祝いだ」
「ありがとう‼」
思いがけずお使いもしてくれるということで安心して任せられる。
私なりピエールが捕まれば、〝駄菓子錬金術〟のことが外にバレるし、何より街の人に聞いて私を連れ去ろうとするだろう。
それだけは避けねばならなかった。
「後は店の中でも護衛が必要だな……。強行突破されたらまずい」
「そう……だよね」
「寧ろ店の外だな……。こういう時こそ、ロバニアータ様のコネが効きそうだ」
「お婆ちゃんの?」
「家までついてってやるから、事情も俺が説明する。後は、俺とロバニアータ様に任せておけ」
「ありがとうコウジさん」
「すまないな……何から何まで」
「なに、俺達もアンティ嬢が連れ去られるのだけは避けたい。これはお互いの為なんだよ」
そう言って二カッと笑ったコウジさんに護衛され、私達は家路についた。
そこで、お婆ちゃんに今日あったことを伝えると、コウジさんとの話し合いになったようだ。
すると――。
◇◇◇◇
「店の外に警備兵を置くのがおすすめなんだけどなー」
「それなら、少しばかり借りを返してもらうってのはどうかねぇ?」
「ああ、それも俺も思ってたところだ」
「「借り?」」
「さすがの〝モルダリス伯爵様〟も、自分の孫を守ったアンティが狙われているのを、黙っていられるほど……器の小さい男とは思わないからね」
「モルダー君のお爺ちゃん!」
どうやらお婆ちゃんは、モルダー君の祖父であるモルダリス伯爵様に助けを求めるようだ。これは……街の中が少し騒がしくなるかもしれない。
「孫を付け狙う奴が現れた。奴らは『紅蓮の翼』を名乗っている……と言えば、王都にもその話は伝わるだろう」
「つまり、ロバニアータ様の血族を狙う不届き者……という流れに持っていくわけだな」
「御名答。うろちょろと、うちの大事な孫の周りにいるネズミは排除するに限るからねぇ……。それこそ、PT解散……なんてことにもなりかねない」
「ははは、そうなったら『紅蓮の翼』も手を出した相手が悪かったどころの話じゃねーな‼」
そう笑うコウジさんだけど、それって恨みを反対に買わない⁉
大丈夫かな⁉
「事が事だ。コウジ、アタシに付いてきてあの伯爵爺に会いに行くよ」
「了解」
「アンティ達は戸締まりをしっかりしてな」
「う、うん」
「お気をつけて」
そう言うとお婆ちゃんはコウジさんを連れて出かけていった。
私達は戸締まりをしっかりして、店を閉めて引き籠もった。
途中ドンドンドン‼ とドアを叩く音が聞こえたけれど、患者さんなら声を掛けるはず。でもそれがなかったので、恐らく『紅蓮の翼』の人たちだろうと予想した。
それでも、何度目かのドアを強く叩く音が聞こえ、ピエールにしがみついていると――「ぎゃあ‼」「ぐえぇえ‼」という声が聞こえて静かになった。
すると――。
「全く、うちの孫娘に何か用なのかねぇ?」
「縄を解きやがれ‼」
「畜生‼この縄動いてて気持ち悪りぃ……」
「あーっはっはっは‼うちの大事なひとり孫を付け狙う悪党めが‼そんなにお望みなら……『紅蓮の翼』を解散してやってもいいんじゃよぉ?」
「ふ、ふざけんじゃねーぞババア‼」
その言葉の後、鈍く何かを蹴り飛ばすような音が聞こえ……。
「げふっ‼」
「ゴホォ‼」
「ピンヒールで腹を蹴られると痛いだろ~?」
「き、鬼畜……ババァ……」
「信じられ……ねぇ……」
「あはははははは‼ 爆弾で身体を爆発四散した方が良かったかねぇ?」
「「ひいいいいい‼」」
なんだか……『紅蓮の翼』の人たちが哀れに思えてきた。
お婆ちゃんああ見えて……コウジさんと同じ、元Sランクのソロプレイヤーだからなぁ。お母さんが産まれて引退したらしいけど、強いんだよねぇ。
王室武道大会優勝者でもあるし……。
「ああなったお婆ちゃんを止められるのって……お爺ちゃんだけなんだよなぁ」
「そういえば、ロバニアータ師匠の旦那様は確か……?」
「王城のお抱え錬金術師だよ」
「別居婚してるのか」
「毎日文通してるよ」
「ラブラブだったんだな」
お爺ちゃんとお婆ちゃんの結婚は王都でも有名な話である。
破天荒なお婆ちゃんに、堅物お爺ちゃんが恋をして、振り回されながらも、結局は愛を貫き通して結婚したのだとか。
最初はライバル関係だったらしいけど……人間どこでどうなるかわからないものだなぁ。ちなみに、お爺ちゃんは私にものすごく甘い。お婆ちゃんの比ではない。
今回の『紅蓮の翼』……本当に解散させられる可能性すら出てきた。
そのことにゾッとしながらも、連行されていく音と声が聞こえ、軽いノック音が聞こえるとドアを開ける。
すると、清々しい顔のお婆ちゃんが立っていて、思わず抱きついた。
「怖かったねぇ。しょっぴいてもらったからもう大丈夫だと思うけど、念の為に事が収まるまで店の前には兵士が立つけど、すまないねぇ。アンティを守るためなんだよ」
「ううん、ありがとうお婆ちゃん……」
「だが、これで『紅蓮の翼』は王都に居づらくなるだろうな。ロバニアータ様の孫にちょっかいを出そうとしたとなると……冒険者の名折れとして扱われるだろう」
「ザマァないね」
「大人しく冒険者ランクを落としたほうが良かったのか、冒険者の名折れとして生きてくほうがいいのか……。どちらにしても地獄だろうな」
「ピエール、それは違うぞ。冒険者ランク落としたほうがまだマシだ」
呆れたように溜息混じりに告げたコウジさんに、私は一瞬だけど遠い目をした。
つまりあれか。
「そうか。今後、王都で何かを買うにしても何にしても」
「そそ、ロバニアータ様の孫にちょっかい出したことで、他の店から取引許可を受ける可能性が一気に下がった。誰もがロバニアータ様とその夫であるフロージュ様の孫に手を出そうとした冒険者を許しはしないだろう。つまり、王都でも針の筵だ」
「わぁ。冒険者として詰んでるんじゃない?」
「詰みだよ、本当の意味でな」
お婆ちゃんの威光とはそこまで凄いものだったのだ。
これはさすがに……尻尾切りしたとしても『紅蓮の翼』の分が悪い。
ランクが下がるかもと焦っていたのが、裏目に出てしまったわけね……。
「元々評判の悪い奴らだったんだ。放っておいていいぜ」
「そうなのね。分かったわ」
「王都での奴らを知ることができないのが難点だがな」
「それなら、蒼龍の牙と俺が秘密で連絡取り合っている。王都での奴らの情報を聞いておいてやるよ」
「ありがとう」
こうして折角のデートは台無しになったけど、脅威は去ったと思えば今度からは楽になる。そしたらまたデートしに行こう。
しかもかなりのスリルがあったから、お互いのスパイスにはなったかもしれない。
ピエールの迅速な対応、格好良かったなぁ。
夫が頼りがいがあると、安心感も違うわ‼
改めて、夫であるピエールを尊敬し直した私であった。。
◇◇◇◇
後日、聞いた話だと『紅蓮の翼』はどこの店でも商品を売ってもらえずジリ貧。
ランクもBランクに降格し、現在解散の危機に面しているのだとか。
ザマァ見ろと思ったけれど、最終的にリーダーが犯罪を起こしたとして解散。
それまでの転落劇は、あまりにも素晴らしいものがあったとコウジさんは言う。
「人間、何事も悪事に染まっちゃいけないっていう教訓だよな」
「そうだね」
「俺達は俺達の道で、前に進んでいこう」
「はっはっは。悪の花道を行くには……役不足だったんだろうねぇ」
「お婆ちゃんが言うとシャレにならないです……」
ともかくも、ようやく安心して仕事ができるようになり、上級MPポーションもかなりの数を納品できるようになった頃――。
私はお婆ちゃんに言われていたアイテムの作成に入れるようになった。
その薬は〝石化解除薬〟と〝呪い解除薬〟のふたつ。
どちらも相当数のMPを持っていかれるアイテムだというのは知っている。
なぜお婆ちゃんがこのふたつを指示したのかはわからない。
でも、絶対に必要なアイテムだということだけは分かる。
――気合を入れて挑むぞ‼
けれど、その薬が完成したとき――。
私達は、思いもよらない運命の渦に巻き込まれることになるなんて、この時はまだ誰も知らなかった。




