第20話(閑話)蒼龍の牙と紅蓮の翼
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――蒼龍の牙Side――
始まりは、じんわり広がっていった風の噂からだった。
〝なんでも、甘い回復薬を作っている錬金術師がいるらしい〟という、根も葉もない噂からだった。
酒場で酒を飲みつつ、馬鹿げた話だと思っていた。
たまたまその日来ていたアニーダ薬草店のSランクソロ冒険者、コウダと話さなければ……だが。
「馬鹿げた話もあると思わないか?」
「ああ、駄菓子錬金術師の子だろ?俺の知り合いだよ」
「は?」
「俺の薬はほとんどその子から買っている。試しに飲んでみるか?」
何食わぬ顔で初級ポーションを渡され、ムッとしたものの、グイッと飲んだら――とんでもなく美味かった‼
あまりにもびっくりしすぎて、危うく貴重な甘いポーションを落とすところだったのだ。
全員が不思議そうにしていて、一口ずつ飲むと口を抑え……声を出さないように気をつけている。
これは――秘密にするべきだ。
誰もがそれを感じ取った。
「コウジ、少し話がある。この例の……アレについてだ」
「良いだろう。お前たちなら、あの連中より信用できるからな」
――あの連中……というのは、AランクPT『紅蓮の翼』の奴らのことだろう。
「あんな連中と一緒にされては困る」とそう伝えると、コウジは「それもそうだな」と笑ってみせた。
そして場所を移り、俺たち『蒼龍の牙』のギルドで話すことになったのだが、本当に眉唾のような話だった。
――まさに〝幻の錬金術師〟だった。
コウジから出されたアイテムをひとつずつ皆で分け合って口にすると、全てが美味しくて、全てが効果のあるものだった。
「まだこの〝駄菓子錬金術師〟は錬金術師卵……いや、ヒヨコらしい」
「これでか⁉」
「実際、まだ上級ポーションなんかは作れないんだ。一人前とは言えないらしい」
「だが、それ以外は作れると?」
「口に入れるものならばな。まぁ、お前たちになら同じSランク冒険者として信用できるから話すが……。その〝駄菓子錬金術師〟は、かの有名な〝世界に名を馳せる大錬金術師ロバニアータ・ロセット〟の、たったひとりの孫娘、アンティ・ロセットなんだ」
「ロバニアータ様の……」
これには全員ざわめいた。
ロバニアータ・ロセットと言えば、現国王の病を治した偉大なる大錬金術師。
そのたったひとりの孫娘だというのなら、それほどの力を持っていても頷ける。
当時、誰もが匙を投げた国王の病を、根本から治し、今尚強い力を保持しつつ、他国からも信頼の厚い賢王。
その賢王が最も信頼しているのが――ロバニアータ・ロセット様なのだ。
「なるほど、ロバニアータ様のお孫様だったか……。だが、俺たちに教えて良かったのか?」
「ああ、あの子には強い後ろ盾が今後必要だと思ってな。俺だけでは足りない」
「ふむ……。確かに〝幻の錬金術師〟に相応しい力は持っているようだな……。そうか、後ろ盾か」
「Sランクがあと一組、後ろ盾になれば……下手な冒険者は手立てができないと思ったんだがなぁ……?」
「それで、俺たちに情報を流したというわけか」
「信頼できるSランクがお前たちくらいしかいないからな」
淡々と語るが、その目は厳しい。
裏切りを絶対に許さないという目だというのと、その子を守れという意思を感じる。コウジは人にここまで執着するタイプではない。
「お前をそこまで夢中にさせる相手か?」
「違うな。俺にとっては、大事な妹みたいな存在なんだ。恋愛感情は一切ない」
「そうか」
「あの子は特殊過ぎる……。このままでは大変な事態に巻き込まれるだろう。それを事前に防げるなら防いで盾になっておきたい」
「確かに、この旨い薬を俺たちにも卸してくれるのなら……だが」
「そこは大丈夫だろう。アンティは断る子じゃない」
「なるほど」
そこまでアンティという少女のことを理解したうえでのこと。
ならば、俺もその気持ちに応えるしかないだろう。
――結果として、俺はアンティ・ロセットに会って確信した。
――この子は危ういと。
――コウジの言葉を、痛いほど理解した。
守らねばと。盾にならねばと……。
◇◇◇◇
それからの俺たちの活躍は、たった一ヶ月……アンティから納品される錬金アイテムのおかげでメキメキと力をさらに付けた。
誰もが羨望の眼差しを向ける『蒼龍の牙』の爆誕だった。
だからといって、全員その座を揺るがすことはしない。
何故なら、自分たちの後ろには守らねばならない〝女神〟がいる。
〝アンティ・ロセット〟という〝幻の錬金術師〟が。
そのためにも、俺たちは自分たちを律した。
いや、皆同じ気持ちだった。
それほど、アンティの存在は我々には大きかった。
今まで苦いポーションで身体を回復していたのが。
今まで泥臭いMPポーションで回復していたのが。
些細なことだが、それらが一気に旨いものに変わった。
それだけで飲むのをためらうことはなくなり、戦闘に集中できた。
神聖契約を皆で行い、アンティの存在を外には彼女の許可なく漏らさないという誓いも立てたほどだ。
それが、本当に我々をまとめ上げる、契約書のようなものでもあった。
「ようシド。随分と快進撃を続けてるじゃね―か」
「ああ、紅蓮の炎の……」
「名前くらい覚えてほしいねぇ?ロイズってな?」
ブラックドラゴンの討伐を終え酒場で祝杯を上げていると、紅蓮の炎のリーダー、ロイズに声をかけられた。
確かにここ最近の快進撃は素晴らしいものがある。
先のブラックドラゴンだけではない。
ワイバーンの群れ討伐や、暴走したサラマンダーとの戦闘。
そして、ゴーレムの群れの大群との戦闘などもあった。
どれもSランク冒険者でなくては倒せない依頼ばかりだったが、アニーダ薬草店のコウジと一緒に倒すことが容易にできたのには理由がある。
だがそれをコイツに言うつもりはない。
旨いエールが一気に不味くなる気分だ。
「この一ヶ月、いきなり力を上げたじゃないか。ナニカ秘密があるんだろ?」
「秘密ねぇ……」
「俺たち寂しい下々にもその秘密を教えてもらえたら嬉しいねぇ?」
「秘密にすることではないが、我々は〝偉大なるお方を尊く思っている〟……ということだけは確かだな」
「偉大なるお方だあ?なんだよ、ロバニアータ様のことか?」
「まぁ、そうだな」
「ロバニアータ様と契約したのか⁉」
「まさか、ロバニアータ様ほどのお方が、俺たちSランク程度を相手にするかよ」
「そ、そいつは……そうだな。むぐぐ」
事実、ロバニアータ・ロセット様を尊く思うというのは間違いではない。
まだこの王都には、ロバニアータ様が大事なひとりだけの孫を預かっていることを知っている者はいないのだ。
その子が、錬金術師のヒヨコだということを知るものは……俺とアニーダ薬草店しかいない。Sランク冒険者同士の秘密というやつだ。
「なら何故快進撃を続けられる‼」
「さてな? 運が俺たちに巡ってきた……というだけかもしれない」
「快進撃と言えばSランクソロランカーのコウジもだ。アイツも強くなった……」
「コウジもか?それは初耳だな」
「知らないのか……。つまり、何か秘密を共有してるってわけでもなさそうだな」
「残念ながら、コウジとは合同クエストの時以来会っていないよ」
「強くなった理由が、〝幻の錬金術師〟のせいかと思ったんだがな……」
「幻だから、姿がわからないのだろう。俺たちも会ってみたいものだ」
「ッチ!」
そう言うと去っていった。
どうやらアンティのことを探っているようだな……。
だが、アンティのことはそうそう居場所がわからないだろう。
分かったとしても、場所が場所だ。
そうそうお目にかかれない相手だと思ったほうが良い。
確かにロバニアータ様は【錬金術工房クローバー】という店をしているが、気難しいあのお方のもとに通うような冒険者や客はいないと専らの評判だった。
それはこの王都でも今も変わらない。
気に入らない相手には爆弾を投げつけてくる……苛烈なお方だと皆が知っている。
事実、隣町に住むロバニアータ様が暴れて伯爵邸が破壊されたというニュースは王都に入ってきた。
――だがそれだけだ
――次男坊がロバニアータ様に失礼をしたせいである、という事実しか書いてなかった。つまり、今も気難しさは健在なのだと皆が思っている。
だが、それでいい。それがいい。
アンティのためには、ロバニアータ様とて盾になっているのだろう。
あの子の錬金術は特殊すぎる。
この世界に、たったひとりの力の持ち主。
いずれ公になるとしても、それは……国に一大事が起きてからだろうな。
その時、アンティは羽ばたくようにロバニアータ様の隣に立つだろう。
「紅蓮の炎も動き出したか」
「躍起になってるみたいだという話は聞きましたね」
「Aランクから上になかなか上がれないようだからな……。この前もクエスト失敗していただろう?」
「ああ、次失敗すればBランクに落ちるらしい」
「そりゃ必死にもなるか」
ゲン担ぎでもしたいんだろうが、紅蓮の炎ごときにアンティの存在を知られてなるものか。彼女は俺たちの勝利の女神。
甘い駄菓子錬金術で俺たちを勝利に導く存在だ。
Sランク冒険者の後ろには女神がいる。
その女神が誰かは、わからないままのほうがいいのだ。
そうでなければ、誰もがアンティに縋るだろう。
そうなれば、彼女は疲れて倒れてしまう。それだけは避けねばならなかった。
その時――。
「そういえば、陛下のお孫さんである双子の王子と姫だが」
「どうした?」
「容態が安定しないらしい。もしかしたら近いうちにロバニアータ様が呼ばれる可能性があるな」
「なるほど……。その時は護衛として俺たちが向かおう」
「俺たちより、アニーダ薬草店の方が近いだろ」
「言えてるな」
そう笑い合いながら酒を飲み、自分たちのクエスト成功に酔いしれる。
全員が心の中で――勝利の女神である、アンティ・ロセットを思い出しながら。
――彼女のおかげで今がある。
――彼女の作る〝駄菓子錬金術〟があるからこそ、戦闘に集中できる。
全ては、彼女の守護のおかげだ。
感謝しよう、アンティ・ロセットよ‼
君こそが我々に牙だけではなく、翼を与えし者だ‼




