第18話 〝幻の錬金術師〟とは?
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数日前来たコウジさんの知り合いの冒険者さんが、今日も来ていた。
こちらで護衛の任務にでもしていたのかな? と思いつつアイテムを作りながら、今日はピエールが担当している。
「実はな、仲間が風邪を引いて宿に暫く泊まっていたんだ」
「そうだったんですか」
「苦い薬は嫌だの、オブラートは嫌だの突っぱねてな……。困ってアニーダ薬草店のコウジにいい薬はないかと聞いたら、この店を紹介された」
――そういう経緯があったのね。
確かに喉が腫れてたりすると、オブラートでも飲むのは辛いのよね……。
聞き流しつつ〝火傷凍傷回復薬〟でスキル上げをする私。
MPを吸い取られる感覚はまだ慣れないけど、スキルは軒並み上がっていく。
本当に〝火傷凍傷回復薬〟はスキル上げには丁度いいアイテムね。
これなら早めに街の消防隊に寄付できそうだわ。
「ところで、流石にまだ〝火傷凍傷回復薬〟はないよな?」
「それは……あるにはありますが」
「甘いやつか?」
「はい」
「頼む……。少なくてもいいが、ダースで欲しい。俺達Sランク冒険者は危険な敵と戦うことが多くてな」
「「Sランク冒険者⁉」」
思わず私とピエールの言葉が重なった。
途端ボフン……とざらめになる。失敗したのだ。
群がる精霊さんたち。取り敢えずこうなると暫く仕事にならないので、私はお店に出た。
「えっと、ダースでいい、という事でしょうか?」
「ああ、最低でも十二個欲しい」
「ん~~。一応数はありますが」
「金はしっかりとツケなく払う。今度の討伐相手がファイアードラゴンなんだ……」
「「ああ……」」
――ファイアードラゴン。
炎魔法を使ってきたり、炎を吐いてきたりと……とても厄介な魔物だと聞いている。確かに〝火傷凍傷回復薬〟は必須だわ。
「わかりました、十二個なら用意できます」
「助かる……。それと、ここには〝駄菓子錬金術師〟がいると聞いている。王都でもチラホラと聞く、〝幻の錬金術師〟だという噂だ」
〝駄菓子錬金術師〟に〝幻の錬金術師〟とは?
……確かに、駄菓子錬金術なんてこの世界で私だけかも知れないけれど‼
「〝甘い薬を作り上げる神の手〟だと聞いている。冒険者たちの間でも眉唾だと言われていたんだが……実際いたんだな」
「ポーション等を飲まれたんですね」
「ああ、風邪薬なんかも甘かった……。というか、昨日買った全てのアイテムは、もう元の生活には戻れないほどに甘かった。そこでだ……頼む‼うちのSランクPT『蒼龍の牙』と契約して欲しい‼」
「え、Sランク冒険者との個別契約ですか?」
「無茶な依頼はしない予定だ。だが頼む……。俺達Sランク冒険者を助けると思って」
「待ちな待ちな……」
「お婆ちゃん」
契約の話となると私ではわからない。
お婆ちゃんが出てくると、『蒼龍の牙』のリーダーらしき人と話をするようだ。
「アンタ達Sランク冒険者と契約したとなったら、流れ込むようにうちと契約したがる冒険者は数多いだろう?」
「多いとは思うが、せめてポーションだけでもいいんだ……。契約してもらえないだろうか?」
「厄介だねぇ。〝駄菓子錬金術師〟は世界に二人といない存在。だからこそ、うち限定商品にしてるんだよ。身体がひとつしかないのに、無茶はさせられないからね」
「……そうか」
「だが、あの子が独り立ちする時にはいい後ろ盾になってくれる……というのなら話は別だ。Sランク冒険者なんてそうそういないからね」
なんでも、Sランク冒険者は、『蒼龍の牙』の他に現在必死に力をつけようとしているAランクの『紅蓮の翼』という人達がいるらしい。
『紅蓮の翼』は規模が大きく、でも、あまりいい噂を聞かない人たちが集まっているらしく王都でも問題になっているとか。
彼らが来た場合『蒼龍の牙』とすでに契約済みで、これ以上の契約は彼らの許可がいる……と言えば、引き下がるだろうとのことだった。
「もし〝駄菓子錬金術師〟が後ろ盾を欲しいというのなら、喜んで後ろ盾になろう。どうだろうか?」
「願ってもないことだよ。ねぇ?アンティ」
「君が‼かの〝駄菓子錬金術師〟なのかい⁉」
「そうですが」
「俺達『蒼龍の牙』が君の後ろ盾になる。悪い噂の耐えない『紅蓮の翼』から守れるはずだ。どうか……契約をしてくれないだろうか?」
「ん~~。そういう怖い人達から守ってくださるなら……構いませんよ? ただ私はまだ錬金術のヒヨコになりたてなので、量はあまり作れないんです」
「年齢を鑑みてもそうだろうな。だがそれでもいい。頼めないだろうか」
「わかりました。お婆ちゃん、私契約したいわ」
「了解、なら契約を交わそうかね。しっかりアンティの後ろ盾になるという神聖契約もしてもらうよ?」
こうして、私はSランク冒険者である彼らの後ろ盾を得て、定期的にアイテムを彼らの拠点に送る為の契約を交わした。
また、冒険者用のアイテムを他の店に……という話はここで頓挫した。
何故なら、そんな事をしたら、身体がひとつじゃ足りなくなるぞと彼らに言われたからだ。
「契約をするなら絞ったほうがいいし、囲われていたほうがアンティ嬢の身の安全が確保される」
「確かにそれは一理あるね」
「と、いう事でアンティ嬢。我が蒼龍の牙が貴女を〝甘い薬を作り上げる神の手〟の持ち主として囲わせていただく……。守るためには手段は選べないからな」
「もしかして、アニーダ薬草店のコウジさんから、そう頼まれました?」
「……お嬢さん鋭いな。実はそうなんだ。コウジはああ見えて、ソロのSランク冒険者なんでね」
――知らなかった。うちによくポーションとか買いに来てたけど、コウジさんってSランク冒険者だったんだ。
「というか、アニーダ薬草店は、Sランク冒険者一家だぞ」
「「え⁉」」
「あまり知られちゃいないが、そうだね」
「だが、コウジが言うには、自分たち以外のSランク冒険者がもう一組いたほうが、〝駄菓子錬金術師〟を守りやすいからと言われてな」
「そう……だったんですね」
「すでにお嬢さんは、アニーダ薬草店から守られていたんだよ」
これには驚きだ。
ただ、アニーダ薬草店の拠点がこの街である。
王都でもあまり有名ではないSランク冒険者だそうだ。
王都でも守りを固める為には、蒼龍の牙との契約が必須だと……コウジさんは考えてくれたらしい。
「これからよろしくな、〝駄菓子錬金術師殿〟」
「えっと、こちらこそよろしくお願いします」
「それと、婚約者がいると聞いている。早めに婚姻の儀を済ませた方が良いぞ」
「何故ですか?」
「悪い奴らは大抵そこかしこにいるもんだ。夫という傘の下に入り、守ってもらうのが一番身の安全を確保できる」
「……なるほど、一理あるな」
「じゃあ、ピエール、結婚しちゃおうか」
「即決なのはありがたいが、ムードもなにもないな」
笑顔で言ってのけた私にピエールは苦笑いしつつそう答えたけれど、結婚は了承してくれた。これに対し、蒼龍の牙のリーダーさんはホッと安堵したようだ。
「ガチガチに身を守るくらいが丁度いいと思っていたほうがいい。君の力はあまりにも強力で、狙う者たちは山ほどいる」
「わかりました」
「では‼ これからどうぞ、よろしく頼む‼」
「はい‼」
こうして私はSランク冒険者の蒼龍の牙と契約を果たした。
彼が帰ると同時に入ってきたのはアニーダ薬草店のコウジさんだ。
思わず詰め寄るピエールだったけれど――。
「あ――。今厄介なことにアンティを探し出そうとする輩が多くてな。それで友人の蒼龍の牙に話をつけておいたんだわ」
「そうだったのか」
「ちなみに、アンティ嬢。できれば我がアニーダ薬草店とも契約して欲しいところだが、無理なら、」
「あ、アニーダ薬草店さんとは今後もご贔屓にしたいので契約します」
「おおおお、助かるぜ‼」
「全く、うちの孫ときたら……」
「人たらしだな」
そんな事を言われつつ、アニーダ薬草店とも神聖契約を行い、かつ契約書を交わした。これで私の後ろ盾は、Sランク冒険者『蒼龍の牙』と『アニーダ薬草店』のふたつとなったのだ。
◇◇◇◇
「そうなると、急務となるのは俺の王都にある工房を畳むことと、神殿でアンティを調べてもらうことだな」
「アタシが外に出るわけにはいかないね……。ピエール、代金は後で払うからアンティを調べてきてくれないかい?」
「分かった」
「王都に行くなら、蒼龍の牙さんか、コウジさんたちに護衛頼む?」
「そうするか。馬車は借りる予定だがな」
「ここから王都は馬車で一日くらいだからねぇ。近いといえば近い。だが徒歩だと遠いんじゃよなぁ」
「大体Sランク冒険者ともなれば、馬は持ってるものだ」
「おいおい、俺のいる前で言うくらいなら、俺に護衛頼んでくれよ。料金は、前払いで往復込みで金貨1枚でいいぜ?」
「格安だな……。コウジ頼む」
こうしてSランクソロ冒険者でもあるコウジさんが護衛をしてくれることになり、私達は明日から王都に向けて出かけることになった。
と言っても、やることはピエールが工房を畳むこと。
そして、私の神殿での加護のチェックや固有スキルのチェックなどになる。
神殿のチェックは数日から一ヶ月かかるらしく、加護の大きさや固有スキルのレア度に関係してくるらしい。
私は恐らく一ヶ月かかるだろうという話だった。
それからバタバタと出かける準備を行い、私の荷物はピエールのアイテムボックスに入れてもらい、ほっと一安心。
移動中は錬金術の本でも読みながらと一冊だけ持っていく許可ももらった。
「王都行くの初めてだからドキドキする」
「広いからな。離れないようにしろよ。それと神殿に行ったら、神殿で女神の加護をもらった結婚指輪を購入する。それがある程度、最低限のお守りくらいにはなるからな」
「分かったわ。じゃあ、出かける前に入籍だけでも終わらせたいな」
「ああ、それがいいね。アタシも入籍は見届けておきたいからねぇ」
こうして、日が暮れる前にと街の神殿に向かい、祖母ロバニアータの許可ありという事でピエールとの入籍を果たした。
これからは旦那様になるわけだ。
とは言っても、神聖契約を果たしている為、ピエールは私が成人するまで一切の手が出せないのだ。
「アンティも身を守る為とはいえ、トントン拍子に結婚まで行ったねぇ」
「仕方ないよ。両親には事後報告になるけど」
「そこはアタシからしておくよ」
「ありがとうお婆ちゃん」
「明日の朝すぐに出るから早めに休もう。結婚の余韻に浸りたいが、そこは馬車の中でな」
「分かった」
――こうして、ピエールと結婚した私は翌日、馬車に乗り王都へと向かい始めた。
コウジさんは愛馬に乗っての護衛をしてくれた。
一日で着く距離だけど、護衛がいるのといないとではだいぶ違うらしい。
「王都に着いたら、俺の工房の契約解除を速やかに行う。それからすぐ神殿でアンティの加護とスキルチェックをしてから、翌日にはまた戻るぞ」
「王都には長くいないのね」
「正直、あまり長居はしたくない場所だな……。治安は一部いいが……」
「ああ、納得」
「コウジと同じ宿屋に泊まろう。やつなら安全なところを知っているだろうからな」
「分かったわ」
王都に着いたら色々また面倒事もありそうだけど――。
何事もなく終わって、さっさとお婆ちゃんのいるお店に帰れたらいいな。
――そう思いつつ、私達は馬車の外を見つめたのであった。
しかしそんな影で……。
王都にはすでに紅蓮の翼が動いていることに、まだ気づいている者はいなかった。




