第17話 火傷の少女を救え‼
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年末の大掃除が終わり、年越し料理を食べ、一年の始まりがスタートする時。
王国では国王陛下による魔法の花火が上がるらしい。
膨大な魔力を持つ国王が、大きな花火を上げて一年がスタートするというのが、この国の習わしだ。それともうひとつ、これも年間行事と言っていい事がある。
――町医者が全て年末休みに入るのだ。
そうなると、どうなるか?
「アンティさん!風邪薬をお願いします!」
「こっちは子供用ポーションを!」
「うちの爺様が」
「うちの婆様が」
錬金術師の店に、休みはあるようでない。
毎年慣れたものだけど、一年の始まりがいつ始まったかもわからないまま、只管走り回るのが錬金術師だ。
「子供用粉ポーションはこちらにお願いします。ひとり十個までだぞ」
「はいはい、お爺ちゃんお婆ちゃんの相談はアタシが乗るよ。すぐ薬を用意するから並んでおくれ」
「はい!風邪薬です!そっちの患者さんは?気付け薬⁉」
と、てんてこ舞いなのである。
年末年始は特に町医者の代わりに錬金術師が医者代わりとなるため、必死になる。
これを前はお婆ちゃんひとりでしてたんだから……凄いわ。
三人で何とか回して夜中三時。
流石に寝ないとってなっても、いつ患者が来るかわからない為、皆作業場で寝袋を使い寝るのだ……。
幼い頃から慣れてきたけど、なんか虚しい……。
御馳走に家族団らん……それって夢だよね……。
錬金術師の家に生まれた以上、仕方ないんだけどね!
こうして私とお婆ちゃん、そしてピエールは三人川の字になって眠る。
お客さんが来ても、誰かひとりでも起きて対応して、それでも手が回らないようなら全員起きてというのが三が日続くのだ。
町医者が開けば――錬金術師の休みがやってくる。
本当に三が日が勝負でもあり、それを過ぎた本日……。
「やっと……寝れるね」
「ベッドでな」
「さて、さっさと寝ようじゃないか。店は閉店じゃよ。後は町医者に任せようじゃないか」
なんか、毎年バタバタと年末年始が過ぎて、気づいたら新年になってる。
ベッドに倒れ込んで数秒と立たず爆睡……。
それから所謂一日寝正月を過ごし、各自簡単につまめるものを買ってあるため、勝手にもそもそっと起きては食べて寝るのが一日。
二日目からは、私が元気に起き出して、料理を作ったり掃除をしたり洗濯をしたり。
皆が起きてきたら美味しいご飯ができてると嬉しいだろうと思い、簡単にポトフを作っておく。
あとすることと言えば、在庫の確認。
冒険者用のアイテムはまだ余ってるけど、さて、どうしたものか。
そう思った時、店のドアを強く叩き「開けてくれ‼頼む‼誰か‼」と叫ぶ声が聞こえて慌ててドアを開ける。
すると、ひとりの男性が涙を流しながら息を切らせて走り込んできて、シーツに包まれた十歳くらいの女の子を抱えていた。
女の子は苦しげに唸っていて頭が一瞬パニックになりそうになる。
「どうしたんですか⁉」
「アレを‼娘が‼火傷を‼」
「火傷……」
「消防隊にも行って……仲間の消防士に薬を分けて……もらおうとしたけど……っ!規則で無理で……っ。酷い火傷なんです……っ‼お願いだ……助けてくれ……っ‼」
「傷口を見せてください」
「待てアンティ」
「ピエール‼」
「俺が傷口を見る、直ぐにアンティはあの薬を持ってきてくれ」
「はい‼子供用粉ポーションも用意するわ‼」
「頼んだ」
そう叫ぶと私は〝もしものときにしか使わないように〟と書かれた棚から、小さな丸い缶をひとつ取り出し、精霊さん用の棚から粉ポーションを取り出してウンディーネに頼んでコップに子供用ポーションを作る。
「アンティ急げ‼傷口が壊死し始めてる‼」
「急ぎます‼」
男性の泣き叫ぶ声が聞こえ、私は走って三人のもとに向かい、ピエールに缶を手渡し、直ぐに開けて意識が朦朧としている女の子の口の中に〝火傷凍傷回復薬〟を入れ込んだ。
「さぁ、甘いだろう? 頑張って舐めるだけでもいい。痛ければそれを噛め!」
「うぐ……ぐぐうぅぅぅ……っ」
「ゆっくりでいいわ、落ち着いて……。傷口は綺麗に治るはずよ。そのお菓子を食べたら、火傷痕ひとつも残らないわ……」
「この……っ。このアイテムは一体……」
「他の隊員さんにはまだ内緒にしててください。お嬢さんに使ったのは紛れもない〝火傷凍傷回復薬〟です」
「ほ、ほんとう……に?」
「おと……うさん」
「チリ‼」
娘さんが汗と涙を流しながらも、キャラメルを舐めて身体に取り込もうとしている。
そう、痛いから大変だろうけど、子供用のキャラメルだから柔らかくて溶けやすい。
そのまま五分もすれば、女の子――チリちゃんの口の中のキャラメルは消えて、火傷がスウ……と元の肌の色に戻っていく。
爛れてもう無理かもしれないと思っていた皮膚は再生し、呼吸も安定した。
途端チリちゃんを抱きしめていたお父さんは号泣し始めた。
「もう駄目かと思った」と……。
「娘の人生が終わったかと思った」と……。
でも、綺麗にもとに戻った皮膚は子供らしい皮膚のままで。
「〝火傷凍傷回復薬〟を使ったので、一週間は絶対安静にしてください」
「ああ……あああ……っ!あなた方は娘の人生の恩人です!なんとお礼を言っていいか……。でもお代が……後日持ってくる形でもいいでしょうか?」
そう問いかけてきたお父さんに、私はふと引っかかった事があった。
「あの、ここに来た時、ご自身が消防隊員だと仰ってましたよね?」
「え? はい、私はこの街の消防署で働いているロドリーと申します」
「でしたら、お代は結構です」
「アンティ⁉」
「え⁉」
「これは、いずれお嬢さんにあげた薬は、消防署に寄付する予定でした」
これは事実だ。
消防署に数が出来上がったら寄付しようと言っていたのだ。
「まだ秘密にしててほしいんですが、そのひとつをお嬢さんに使ったので」
「ですが……娘は」
「細かいことは置いておいて。錬金術師からの寄付という形を取らせてもらいます。ロドリーさん達消防隊に、私達は日夜火事という恐怖から守ってもらっているんです。こちらこそ、ありがとうございます」
「アンティ」
「お嬢さん……この御恩、絶対に忘れません‼」
「お嬢さんは一週間絶対安静ですよ?」
「……うん、ありがとうお姉ちゃん」
こうしてロドリーさんは娘のチリちゃんを抱き上げ帰っていった。
帰り際、嬉しくて泣いている父親に抱きつくチリちゃんの姿に、助けることができて良かったと……ホッとした。
◇◇◇◇
「良かったのか? 寄付にして」
「うん、それでいいの。今回は、それが一番いいと思ったの」
「そうか……。消防隊員に、俺達市民はいつも助けられているからな」
「うん、お礼はしておかないと罰があたるよ」
「お前らしい」
「へへへ」
「そこが、惚れた要因のひとつなんだよな」
「そうなの?」
「他人のために心を砕いて、誰かのために動いて、命を、尊厳を守ろうとするお前は、何よりも尊いよ」
そう言われると恥ずかしい。
でも、助けることができて良かった……。
あれから暇を見て一度だけ作っておいたのだ。
その奇跡が、チリちゃんの身体を救ったのだ。
「私は自分がこうして、駄菓子錬金術という異世界の力を使って、ひとりの女の子の未来を救えたことが誇らしい」
「ああ、俺も誇らしい」
「お婆ちゃんはまだ寝てる?」
「もうそろそろ起こしてこい。俺はお腹が空いた」
「だよね!起こしてくる。あと、簡単だけどポトフ作ってあるよ」
「初めてお前の手料理を食べたのもポトフだったな」
「そうだっけ?」
「大好物だ」
その言葉にニッコリ笑ってお婆ちゃんを起こしに行き、家族三人でポトフを食べて今日の出来事を語る。
お婆ちゃんは少し呆れていたけれど「そこがアンタらしいところなんだよねぇ」と苦笑いしていた。
「まぁ、大事にならなければいいさ。なったところで、内に駆け込んで来るだけだろうが、その時は『数が出来るまでお待ち下さい』って言や良いんじゃしな」
「数作れるように頑張るよ」
「まぁ、スキル上げでどうしても作るしな」
「駄菓子錬金術、なかなか最強じゃないかい?」
「どうだろう?飲み薬に関しては最強かもしれないけど、私、塗り薬が作れないから」
「そうなんじゃよなぁ……」
「強いがゆえに、そういう規制を女神様が入れたのかも知れないな」
なるほど。
駄菓子錬金術が強すぎて、一部のアイテムは作れない。
そういうマイナス面は致し方ないのかも知れない。
駄菓子錬金術が異世界の知識がないと作れないわけだし、何かしらのパワーバランスを取るためには仕方ないことかなと理解できる。
「でも、それって錬金術師として、学会の人たちとか許してもらえるのかしら?」
「女神の加護でそうなっている……というのを証明できればなんとでもなるさね」
「そっか」
「そのためにも、一度王都の神殿で加護鑑定とスキル鑑定しないとな」
「うう……お金掛かるんだよね?」
「それくらいの金額、痛手にもならない」
「アタシが出すから問題ないよ。偉大なる錬金術師様のマネーを馬鹿にするんじゃないよ?」
「「流石……」」
そんな話題で盛り上がりつつ食事を終え、私達は明日までの休みをゆっくりと過ごす。明日はなんだかんだ言っても錬金アイテム作ってるんだろうな……。
少しでもスキルを上げて、他の知らないアイテムを作りたい。
そう思っていたのに翌日――。
ドアを強くノックする音が聞こえて昼にドアを開けると、そこにはこの街には珍しい冒険者の姿が。
「ここ、【錬金術工房クローバー】だろ?」
「そう……ですけど?」
「良かった。アニーダ薬草店のコウジから、ここで必要なアイテム買うといいって言われたんだ。中級ポーションと中級MPポーションをダースで。後は……」
そう言って私の作ったアイテムを指定して買っていかれる冒険者さん達。
コウジさんの知り合いなら問題ないかな?
そう思っていたけれど――。
この冒険者のグループがアイテムを買ってたから、普通にCランクかそれ以下と思ってた。――でも違ったの。
それに気づくのは……もう少し後のことだった。




