第10話 ロバーツ商会の、光と闇と、新しい出発を願う
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店のドアを乱暴に開けて入ってきたのは――。
「失礼、甘いポーションを作っている錬金術師がいると聞いたんだがね?」
横暴な態度でやってきたのは……ロバーツ商会の薬草部門の男性だった。
お婆ちゃんが店に出てくれたけど……大丈夫かなぁ……。
思わず私とピエールは顔を見合わせた。
「確かに、甘いポーションを作ってる者はいるがね。何の用だい」
「是非、我が商会にも卸してもらいたくてね。なに、簡単な数字だよ。一日千本ほど入れてくれれば良い」
「お断りだね」
「は?」
即答したお婆ちゃん、確かに一日千本なんて無理な話だ。
他にも作るお薬はあるのに、全ての時間を取られてしまう。
甘いお薬は買い占め独占は禁止。
それを全く理解してないのだと思うと、胸がぎゅっと苦しくなった……。
「たかだか千本くらい……」
「じゃあ聞くが、アンタの所で雇ってる錬金術師の卵ってのは、一日千ものポーションを作らされているのかい? だとしたら、随分とブラックだねぇ?」
「そ、それは」
「悪いが、アンタのところに卸す錬金アイテムはないよ。無論アタシの錬金術アイテムもだよ。ロバーツ商会は何かと胡散臭い噂が絶えない……。そんなところに卸すアイテムはひとつたりともない。帰っておくれ」
「我がロバーツ商会を敵に回して」
「今までアタシのときにも来なかったくせに、今になってやってくるほうがおかしいんだよ! さっさと帰んな‼ 居座り続けるなら警備兵呼ぶよ‼」
「くそったれ‼」
そう吐き捨ててドアをバン‼ と強く締めて出ていった……。
流石はお婆ちゃん。言う事はキッパリ言うし、肝っ玉が座ってる。
でも、懸念に思うこともある。それは――。
「あの調子だと、錬金術師たちに〝甘いポーションを作れ〟って命令するんだろうね」
「そりゃ無理な話じゃな。アンティのスキルがないと作れないアイテムじゃよ?」
「でも、それを私の所為にされそうで……」
「その時こそ、アイツらの商会が終わるときじゃろうよ。下手な道を進もうとすれば絶対になにか起きる。うちの商品のマネをするのは勝手だが、判子まで偽装したらこの国の法律が黙っちゃいないじゃろう」
「確かに」
「そこまで落ちぶれはしないと思いたいがのう。いかに上が馬鹿ででもじゃ」
溜息混じりに口にしたお婆ちゃんに、私も強く頷いた。
ロバーツ商会、あんな人達がトップにいるから、いつも怒鳴り声が絶えないのね。
やだなぁ……。
そんなことを考えつつ――数日後。
ロバーツ商会で、甘いポーションが売りに出されたという話を、アニーダ薬草店のコウジさんから聞いた。
ところが、あまりにも不味くて飲めたものではなかったらしく、売上はマイナス。
錬金術部門は、解散に追い込まれているそうだ。
一体何を混ぜて甘いポーションにしようとしたんだろう? 謎である。
そんな話を、コウジさんと話していたのだけれど――。
「薬草部門のトップの馬鹿も同時にクビ切られそうらしいぜ。昔は優秀だったらしいのに……場所が悪かったのかねぇ。アイツ元々は経理担当者だったのにな」
「ああ、あの時の……」
「でも、錬金術部門が解散したら、あの店ではもうポーションは売らねぇだろうし、錬金術師も職を失う。となると――」
「他の錬金術工房に入れればまだいいんじゃがのう」
「うちは雇いませんよ」
「だろうな。正直いい奴らが集まってるわけじゃねぇ。警戒しとくにこしたこたぁねーわな」
そうなのだ。
大手に勤めていたから優秀とは限らない。
寧ろ、だからこそ警戒するに越したことはない。
前世でも「俺前は◯◯に勤めてたんですよ~」とか言うやつに限って仕事が出来なかったのと、同じような感じだろうなと思う。
どんな仕事であろうと、誠心誠意務めないと、上には上がれない。
スキルアップの為に転職……というのも必要な手段だけど、この異世界ではそれは無意味なことだ。
長く勤めてこその世界。特に生産職と言われる錬金術なんかは、余程のことがない限り師匠を変えたりはしない。
それから暫くして、ロバーツ商会の錬金術部門と、薬草関連の部門が解散となった。
いわば、そこで働いていた人たちはクビになったのだ。
新たに職を探す人もいるだろうけれど、基本的に王都に向かったという。
無論……一部を除いては。
「ロバニアータ師匠の元で修行したいんです!」
「断る。帰るんじゃな。うちには優秀な錬金術師はおるし、優秀な卵を育てるのに苦労しておるからのう」
――と、言うやり取りは何件目だろう。
今日もお婆ちゃんの弟子になりたいという錬金術師が来ていた。
女性だけど、この人は五回目だ。
しかも、チラチラとピエールを見ている状態に、お婆ちゃんは頭を抱えて「うちではアンタを雇うことはないよ」と断った。
けれど――。
「私がいることで、男性錬金術師の方はやる気を出すと思いますぅ!」
「そいつは何故だい?」
「え、だって……」
「うちの孫より可愛いっていうならわかるんだけどねぇ。アンタその辺の石ころと同じだろう?」
「石こ……え?」
「ピエール狙いなのは分かってんだよ。だが、あの子は悪いが婚約者がいる。アンタ……婚約者の家から慰謝料だの賠償金命令出たら支払えるのかい?」
「あ、いえ、その……む、無理です」
「だったら、他を当たりな」
その事が決定的となり、女性はその後うちに来ることはなかった。
だが、男性の錬金術師も必死である。
狙いは今度は私だった。
それにいち早く気づいたのはピエールで、相手を論破して追い払っていた。
しかし、暫くして――事態は動き始める。
「元ロバーツ商会の錬金術師さんか……暫く荒れそうだね」
「すでに荒れてるよ」
「他所の錬金術工房でも、問題が発生してるらしい」
「えええ……」
「うちには誰も入れなかったのは幸いしたのう」
「そうですね……聞いていて悲惨そうですから」
「そこまで⁉」
どうやらロバーツ商会に雇われていた錬金術師達は、かなりの問題児らしく。
あちらこちらで色々やらかしているらしい……というのは分かった。
何をどうやらかしているのかは聞いていないけど、追い出された元ロバーツ商会の錬金術師はかなり多いらしい。
結局、一ヶ月くらいしてからその半数以上が王都に向かい、半数は真面目に手に入れた働き口で、しっかりと働いているのだとか。
無論、錬金術師だけではない。
アニーダ薬草店にも、被害は及んでいたそうだ。
無論、アニーダ薬草店は家族経営。
他人は入れないと方針は一切変えなかったそうで、暫し衝突はあったようだけれど、薬草関係の人々は、もれなく王都に消えていったそうだ。
――そして、件のロバーツ商会だけど……。
「錬金術部門がなくなって、ポーションを卸してもらおうと思ってんだろうけどねぇ」
「錬金術工房は、どこもロバーツ商会と手を組まなかったな」
「うちには話はきたの?」
「真っ先に来たよ。真っ先に断ったねぇ」
「アンティが買い物に行っている時にきて、バッサリとロバニアータ師匠が切り捨てていたぞ」
「わぁ……」
「甘い錬金術……それが欲しいのは嫌ほど伝わったがね。うちの店限定だって言ったら、歯ぎしりしながら去ってったよ」
その様子が想像できそうだ……。
流石のこの街の大手といえるロバーツ商会だけど、世界に名を馳せるお婆ちゃんとピエール相手には分が悪かったらしく、帰っていったそうだ。
でも、裏でまだ何か仕掛けてくる気配があるとの事で気を抜けない。
「全く、やれやれだね」
「俺達は俺達で、頑張っていこう」
「そうだね。私はそろそろポーションだけじゃなくて、中級MPポーション作れそうだから、試してみようかな」
「そうだね、試すのは手だよ」
「そうしてみる」
◇◇◇◇
――こうして午後、私は中級MPポーションを作るべく、材料を揃えていざ作り始めた。ところがだ……。
ドンドンドンドンドン‼ と激しくドアを叩かれ、私の錬金は集中力が切れて……〝産業廃棄物〟と言う名の〝ざらめ〟に変わった。
これに群がる精霊たち……。
まぁ、身体に害はないけれど……。
「煩いねぇ。なんだい一体」
「開けてきます」
そう言ってピエールがドアを開けると、そこには脂汗をべっとりとかいて顔面蒼白の男性がひとり……以前うちに来た薬草部門の人が立っていた。
「けたたましくドアを叩いて何用だ」
「その……あの……」
「言いたいことがあるならハッキリ言え」
「む、娘がいるんですが……高熱を出しまして……甘い薬が必要なんです!」
「それで?」
「しかし……か、か、金がなく‼」
「……」
「一人娘なんです! 母親は俺の仕事が首になって離婚していなくなりました……。娘を捨てて、家の金を持ち出して……溝浚いでも何でもして働きます! 必ずお金をお返しします! どうか、どうか総合かぜ薬と熱冷ましの甘いものを……お願いします‼」
その言葉に、私は立ち上がるとお店に走り、熱冷ましと子供用粉ポーション、それに総合かぜ薬を袋に詰めておじさんに渡した。
「子供の風邪は一刻を争います。家に誰もいないなら尚更危険です」
「‼」
「お代はお子さんが元気になったら連れてきてください。それで精算します」
「あ、あ、ああ……! ありが、ありがとうございます‼」
涙を流してアイテムを胸に抱きしめて頭を深々と下げる姿に、当時の面影は見当たらない。本当に奥さんに捨てられて、娘と二人これからどう生きていこうかという瀬戸際なんだと思った。
「そういえば、うちに経理の人が欲しいねぇ?」
「そうだねぇ。計算は出来るけど私仕事が手一杯で~?」
「……二人共」
「いいじゃないかい。経理担当には……あの男ならもう道を踏み外さんさ」
「私もそう思う」
「アイツの所為で色々おかしくなったのは間違いない話なんだがな」
「その痛手があるからこそ、次はうまくやるだろうよ」
「うちの店の経理部屋で仕事してもらおうか」
「そうだねぇ」
「師匠も……アンティも……やれやれ」
こうして私とお婆ちゃんが決めた事に反論は多少するものの、自分も救われた身だからと了承してくれたピエールも優しいと思う。
それから一週間後――先のおじさんは、五歳くらいの女の子を連れて店にやってきた。女の子の年齢を考えると、おじさんは随分年を取って結婚したんだなと思う。
「その節はお世話になりまして……。こうして愛娘も良くなりました」
「あの……ありがと、ございます」
「気にしないで良いんじゃよ~。それよりアンタ、仕事見つかったかい?」
「今は溝浚いをしながらなんとか」
「それなら何よりだけど、もう少し金が良くて、娘を家にひとりで置かせない職場があるんだがね?」
「ほ、本当ですか⁉」
「ただ、真面目さが必要な仕事だ。信用問題もある……。アンタはそれが出来るかねぇ?」
そうお婆ちゃんが言うと、おじさんは深々と頭を下げて――。
「娘を独り立ちさせるためにも、頑張るしかないんです! どうか、その職場をお教えいただけたらと‼」
「契約書は交わしてもらうよ?」
「魔法契約書でもなんでも交わします‼」
「そうかい。なら、こちらにサインお願いするよ」
「はい‼……え⁉」
おじさんも、まさかうちが雇うとは思っていなかったらしく、目を白黒させている。
娘ちゃんは「お父さん?」と口にし、ハッと我に返ると、涙を流しながら深々と一礼し……。
「どうぞ、最後までよろしくお願いいたします」
「経理の仕事だ。頑張っておくれよ? それから娘ちゃんは店の品出しとかの手伝いをしてもらうかね? アンティの仕事を手伝うのもいい」
「そうだね。お嬢ちゃんのお名前はなんていうの?」
「アンジェ」
「あはは! 私アンティ、名前がちょっと似てるね!」
「うん!」
「ですが……宜しいのですか?」
「構いやしないよ」
「この家の二階に経理室がある。そこで……名前は……ワトソン。君は働いてもらう」
「かしこまりました。こんなに良い待遇……そうそうありません。心を入れ替え、【錬金術工房クローバー】の皆さまのために働きます」
――こうして、ワトソンさんとアンジェちゃんがうちの従業員になった。
家は今日追い出されたばかりだというので、一泊させて、次の日近くのアパートを借りての出発となるわけだけど、その保証人にお婆ちゃんがなってくれた。
ワトソンさんはひたすら頭を下げていたけれど、きっと彼なら大丈夫だろう。
新しい一歩を踏み出せるだろう。
願わくば、親子二人で……頑張っていって欲しい。
そう思った。
そして数日後――。ようやく私はついに完成させたのだ。
産業廃棄物を数回作ったけれど、作り上げたのだ!
中級MPポーションを‼
どんな味だろうか……不安と楽しみで一杯だけど、飲んでもらう!




