第4章 ごめんね
『私、入る部活決めた。約束守れなくてごめんね』
優月はその日も見学者の相手をしていた。
「小倉くーん、君の後輩来てるよ」
「えっ?」
黒坂という同級生の女の子が、絵を描いている優月にそう言った。
(まさか、優愛ちゃん…?)
優月は期待の眼差しと共に前を向く。しかし光に満ちた目は即座に闇へと消える。
「…ああ、君か」
「優月君、久し振りだね」
雲田圭佑。優月と同じ小学校だった。そんな彼は優月と優愛の関係をよくなじっていた。
だから彼はあまり圭佑のことが好きではない。
そんなことも知らない圭佑は、再び優愛のことについて口を開く。
「もう優愛チャンには会ったのか?」
「えっ、会っ、会ったけど…」
「ふぅん。良かったじゃん」
鼻につく話し方。優月は少し嫌になる。それでも優月はこくりと頷いた。彼の前で優愛と話したらまたなじられるのかな?と不安になった。
「てか、優愛チャン音楽室にいたぞ」
「…っえ?」
優月は驚きのあまり声が裏返る。
「なんか太鼓やってた」
その言葉に優月は耳を疑った。え、別人だろう、と思う。優愛は音楽にあまり興味がない。ピアノを習っていたらしいが彼女が弾いている所など見たことがない。
太鼓か、優月は頭の中に集まる疑問符を片付けるように考え込んだ。太鼓をやる彼女の想像ができない。幼稚園で和太鼓はやってたと、いつか言っていた彼女だが吹奏楽の太鼓とは全く違うだろう。
「まぁ、どんまい」
「うん」
優月はごくりと生唾を飲む。まさか優愛は…。
翌日。
図書室で本を読んでいた。小学生時代から本を読んでいた優月は、中学でも本を読みに図書室に通っている。
「…くすくす。お前にやる愛は無いだって。浮気してるからだよ」
彼が読んでいる本は『面白すぎる恋のおはなし』というものだった。初恋から浮気までがテーマの短編集だ。
「優月くん」
次のページをめくろうかとしたその時。
肩に重みが加わる。その柔らかい声が耳元に響きわたる。
「…優愛ちゃんだよね?」
「うん!どうして分かったの?」
「声で分かるよ」
すると優愛は反対の椅子に座る。
「優月くん、何の本読んでるの?」
「え、これ?」
「うん。面白すぎる恋のおはなし…。ふむふむ、あとで読んでみよう」
優月が説明をする前に本人が全て口にしてしまった。説明しようとしたのに少し悔しい。
「優月くん、私ね」
「どうしたの?」
すると優愛の表情が真剣なものになる。そして彼女は何故か謝罪の言葉を口にした。
「ごめんね」
え?何故謝られたのか、その意味が分からなかった。
「ど、どうしたの?」
彼が慌てると優愛は自分の細い指に力を入れる。
「私、入る部活決めた。約束守れなくてごめんね」
「えっ、決めたの?何部?」
昨日話していた圭佑の言葉が頭を過る。
『なんか太鼓やってた』
この言葉が、優愛が答える瞬間まで頭から離れなかった。
「驚かないでね。吹奏楽部だよ」
吹奏楽部。その言葉はある意味予想通りだった。
優月はずっと優愛が美術部に入るのかと思っていた。でも何かあったのだろう。その理想は敢え無く潰れた。
「入部届は出したの?」
優月は半ば諦めたように訊ねる。すると優愛は、
「明日出すの」
と言った。
「…そっか」
優月はそれ以上何も言えなかった。
しかし、これがあの恋愛の始まりだった。
読んでくれたら評価していただけたら嬉しいです。
好評だったら続編出します!!