第2章 部活はどうするの?
「ぶ、部活はどうするの?」
そう訊ねると優愛はニコニコと笑い掛ける。その細めた目は明らかに優月に向けられたものだった。
「…美術部はどうかなぁ?って思ってるよ」
「…!?」
彼女も美術部に入るのか、と優月は胸の高鳴りを押さえる。優月は絵を描くことが得意だったので美術部に所属している。
「じゃあ、一緒の部活…だね」
優月が緊張しながら言うと優愛は「そうなの?」と首を傾げる。彼女は優月の所属している部活を知らない。
「そうだよ」
優月が答えると、優愛は口元を締め穏やかに笑った。その表情は何を考えているのか、優月は幼馴染みと持ってしても分からなかった。
入学式の翌日から部活動見学が始まった。
「…来るかな?来るかな?」
優月は復唱しながら絵の具をパレットへ落とす。緑と青の絵の具が少量の水と混ざり合う。それは綺麗なエメラルドグリーンを作り出した。
「小倉君、大丈夫?」
そこへ心配の声を掛けてきたのは小林想大。優月と同じ美術部だ。
「あ、想大君…」
優月はびくりと体を震わせる。
「ち、ちょっと…友達が来るんだ…。あははは…」
ばつが悪そうに笑う彼に、想大は少し疑いの視線を向ける。普段は大人しい彼が今日は落ち着きがない。その友達とはどんな人なのか、相手を知らない想大は少しだけ気になった。
その頃、優愛は美術室へ行くために廊下を歩いていた。その長い髪が空気に触れゆらりと揺れる。
「…ん?」
その時、悲鳴に近い声が聞こえてきた。
「わぁああ!」
その少女は優愛を見つけるなり鬼のような形相で肩を掴む。
「ちょっと、マジでこの先行かないほうが良いよ!追っかけられるー!」
「私、美術室に行きたいの」
「じゃあ、遠回りした方が良いよ」
「えっ?」
すると少女は霞を撒くように消えた。
優愛は小さく首を傾げる。一体何だったのか?そんなことを気にする由もなく、そのまま廊下を歩いた次の瞬間、
「ねぇ、1年生かな?」
「いや、1年生だよね!」
ふたりの金色の楽器を持った男女が話しかけてきた。
「…え、1年生ですけれど」
優愛が言い終わる前に女子の方が手を伸ばす。
「音楽室に来て!」
ああ、そういうことか。ようやくあの少女が逃げた理由がハッキリした優愛はにこりと笑う。
「ごめんなさい。今から美術室に行くんです」
次の瞬間、女の子の手が空を切る。優愛は小さな体格を必死に捻り、女の子の勧誘をへらりと躱した。優愛は静かにその場を去った。
(あの勧誘の仕方、嫌だなぁ)
逃げながら彼女はそんなことを考えていた。
その後、美術室へ着いた優愛は、優月へ先程の強引勧誘を話した。
「あぁ、吹部かぁ」
優月は少し顔を苦くした。ちなみに彼女には裏紙に絵を描かせている。そして想大は今、顧問の先生に呼ばれている。
「吹部、強引だよねぇ〜」
彼はそう言って頭を手で押さえた。その声には少しの嫌悪が含まれていた。
「…僕の時はね、フルートを体験させられたよ」
色と水を含んだ筆をクジラの外枠へ塗る。するとクジラの存在がより際立つ。
「フルート?」
すると優月はノート型パソコンを打つ。ちなみにタブレット学習で使っているものだ。
「これだよ」
検索して出てきたものは、銀色の高級感漂う棒のようなものだった。
「あ、これかぁ!私知ってる」
「小学校で聴いたよね。フルート」
「うん。一昨年だけど」
そう言って優愛は見せられた画面を、優月の胸元へ見せるように戻す。
「ありがとう」
そのひと言に何故か優月の胸が熱くなる。
年下なのに敬語じゃない、それは特別な感じがした。
すると優愛は優月の背後へ回る。
「優月くん、やっぱり絵が上手いね」
そしてこう褒めた。
「…っえ」
優月は嬉しくなって耳を赤くする。みるみるうちに体温が上がるような感覚がした。
「…ゆ、優愛ちゃんの絵も…うまいね」
「えぇ、これ?全然そんなことないよー」
優愛は恥ずかしそうに笑い、紙に描いた絵を見せる。そんなことない、と答えようとした優月だったが、それは突如破られる。
『あれ、その子って…』
その声に優月は飛び上がるように振り返る。その人物は想大だった。
「そ、想大君おかえり」
すると優愛が想大へ体を向ける。
「小林先輩…、お久しぶりです」
「あ、優愛ちゃん?だよな?」
「はい」
「久し振りやん!」
そう言って想大も嬉しそうに手を振った。優月はお互い嬉しそうな顔をしていて何だかドキリとした。優愛と想大は小学校は違うが、よく3人で遊んでいた。
「ありがとうございました!」
優愛はそう言って階段を下りる。次はどこへ行こうか、と考えていたその時。
『ねぇ、さっきの子ー』
再び楽器を持った女の子が話しかけてきた。
『吹部の見学来ない?見るだけでも良いからさ』
必死そうな女子に優愛は、
「人数が足りないんですか?」
と問いを投げる。
すると女子は胸に手を押さえ少し残念そうに、
「そうなの。人数が少なくて困っているの」
と答える。その様子は嘆いているというより、わざとらしいという言葉が似合っていた。
そんな彼女に優愛は少し温情を見せる。
「じゃあ、行きます」
「え、ありがと!」
「音楽室に行けばいいですよね」
そう言って優愛は音楽室へ入った。すると管楽器の掠れるような音がする。数人はまともに吹けているようだが、初心者はあまりいい音を出せていなかった。
「あ、あのっ!」
優愛が楽器室で足を止めた瞬間、誰かに話しかけられる。
「は…はい?」
その人物は、黒い髪にサイドテールの女の子だった。少女の目は微かに震えている。緊張しているのか?
「だ、打楽器なんだけど体験しない?」
この少女との出会いが、あの恋を煩わしくするのだった。
読んでくれたら評価していただけたら嬉しいです。
好評だったら続編出します!!