第7話 全ロスその後
ダンジョンで倒され、意識が途絶えた僕は見知らぬ部屋で目を覚ました。
「あー、僕やられちゃったんだ」
モンスターに殴られた頭に痛みの残滓を感じる。頭をカチ割られる様な衝撃を受けたはずなのに、強めのゲンコツを受けたくらいの痛みだった。痛覚が弱体化なり限度が設定されているなりしているんだろう。
ダンジョンで倒されると所持品は全ロスとなり、ダンジョンから排除される。これは事前に聞いていたから、ダンジョンから知らない部屋に飛ばされてもそう驚く事はなかった。が、そこで僕は体の感触に違和感を感じ、自分の姿を見て驚愕した。
「って、僕真っ裸じゃん!」
ダンジョンから転送された僕は一糸まとわぬ姿になっていた。僕は即座に最低限隠すべき部位に手を添えて隠す。
(あぁ、持っている道具全てを失うからな)
(当然着ている服もだよー)
驚いている僕に対し、神様はそれがさも当然の事かの様に話している。
(それ先に言ってくれないかな・・・)
盲点だった。全ての物を失うという事は当然服も含まれる。よくよく考えれば当然の事だった。てっきり服を着た状態で出される親切設計だとばかり思っていた。
「替えの服、どうしよう」
僕は部屋を見回してみる。
少し大きめの部屋で、床には大きな魔法陣が描かれボンヤリと光っている。他には照明とドア一つくらいで何も置かれていない部屋だった。
一応ドアはあるから部屋を出る事はできるが、すっぽんぽんの状態で部屋を出るのは相当勇気がいる。どうするかとしばらく悩んでいると、ドアをノックする音が鳴る。
「ご帰還なされましたか?探索者様」
「は、はい」
ドア越しに聞こえるのは女性の声。ひとまず安心。
「こちらの部屋が更衣室になっております。着替えを持ってきてない人のために着替えも用意してあるのでご安心ください。後で手続ぎをしますので、着替えたら受付までお越しくださいね」
「あ、ありがとうございます」
その口ぶりから察するに、ここは探索者ギルドのどこかなのだろう。そして、ダンジョンで倒されるとここに転送されるといった所か。
部屋から出ると、声の主が言った通りそこは更衣室で、目立つ所に簡素な服が大量に置かれている。女物ばかりな事からも女性だけが転送される場所なのだろう。
(服、結構気に入ってたんだけどなぁ)
服まで消えるなんて考えていなかったから特に考えずにいたが、消えるのなら別の服を買っていたのになと後悔しながらも、僕は代えの服を着て更衣室を出る。
出て歩いて行く内に分かった事だが、やはりここは探索者ギルドの中だった。シナーブル支部の中に設けられた一室に僕は転送された様だ。
僕は言われた通り受付に行くと、受付の人は探索結果を報告していく。
「遊朝可奈芽さん。ダンジョンは初挑戦。結果は、2層でオークに遭遇、逃亡を図るも罠により足を止められ、そのまま倒される、ですね。初挑戦は残念な結果になりましたが、最初はなかなか上手くいかないものです。これに挫ける事なく挑戦を続けてくださいね」
受付の人は優しく元気づけてくれたが、元気づけられても全ロスは全ロス。出費だけが増えてしまった事にうなだれていると、
「では、神々からの評価手当を集計します」
「え?なにそれ」
気の抜けた声を上げる僕に、受付の人は何かの端末を操作しながら親切に話してくれる。
「配信された映像を神々が高く評価した場合、その分の手当が支給される事になっています。とはいえ、新人の配信だとそこまでの高評価は見込めないので、あまり期待はしないでくださいね」
「あー、そうなんですか」
そういえば配信で神様を楽しませると報酬を貰えるとか言ってたな。つまり追加の報酬を得られるという事か。
(そういやそんなのあったな)
(確か、あーし達が楽しんで見ている配信を続けてもらえる様に支援するってやつだっけ?)
しばらく端末を操作していた受け付けの人は、少し驚いた様子で僕に伝える。
「あ、凄いですね。多くの神々が可奈芽さんの配信を高く評価しています。これなら手当だけでも結構な金額になりますよ」
「おぉー」
全ロスで元気を失った僕だったが、良い報告を聞いて少し元気が湧いてきた。いったいどれだけの金額が貰えるのかな?もしかして手当だけで大金ゲットでウハウハ?みたいに楽観的に考えていると、
「なんと、手当だけで2千フィルです」
沸いて出た僕の元気はスンッと流れ出た。手当だけで2千フィルってのは大金というのは分かる。初配信一回目でこれはすごいと言われるのも分かる。だけど初期投資5千フィルで全ロス、2千フィルの儲けでは赤字なのだ。
高額な手当てに喜ぶべきなのに素直に喜べない、そんな感情が僕の中でぐるぐるしていた。
素直に喜べない僕をよそに、受付の人はにこやかに笑いながら僕にカードを手渡し、綺麗なお辞儀をした。
「では、またのお越しをお待ちしております」
「はいー。ありがとうございました」
その後、預けた荷物を返してもらい、今着ている服は着替えを忘れた人のためにそのまま買って帰れる様になっているとの事なので買い取り、僕は探索者ギルドを後にした。
今日はなんだかんだで疲れた。探索者の登録、村への移動、ダンジョン探索のための準備、初のダンジョン探索、モンスターに倒されて全ロス、最後が全ロスであった事もあって結構な疲労感だ。
今日はこれ以上活動する気にはなれない。僕はシナーブルで宿をとり、部屋に入るとさっそくベッドに横になった。
「あぁ~、疲れたー」
(お疲れだねー可奈芽ちゃん)
(まぁ、ダンジョン探索も初挑戦なんだからこんなもんだろ。気長に気楽にいこうぜ。可奈芽ちゃん)
(いや、今赤字なんだから、気長に気楽になっちゃだめでしょ)
ダンジョンの探索と配信に関しては一通りやってみてある程度は分かった。これからどうしようかなと考えていると、僕はふと思いつく。
(あのさ、神様の高評価がお金になるのなら、神様達が僕の配信にじゃんじゃん高評価したら、僕大金持ちって事?)
(それは無理だな。あっしらの高評価は、あっしら自身が楽しんだかどうかの感情を測定しているもんだ。あっしらがどう思うかだから、ズルっこはできねぇよ)
(ごめんねー可奈芽ちゃん。あーしもできればもっと応援したかったんだけど、こればっかりはね)
(そっか、なら仕方ないね。今日は疲れたし、もう寝るかー。課題は明日の僕が解決してくれるでしょ)
(おやすみー可奈芽ちゃん)
(ゆっくり休みなよ。明日に備えてな)
神様との会話を終えると、僕はゆっくりと瞼を閉じ、そのまま眠りについた。




