第28話 ニーリェの故郷アメティスタ
各地のダンジョンを巡っていたそんなある日、僕達リトライズは山間の街アメティスタへと来ていた。
僕は竜車を降り、座りっぱなしだった体をほぐす様に伸びをして、開放感に満ちた声を上げる。
「ふぃー、やっとついたー!」
僕は軽くストレッチをしながらアメティスタの街を見回す。
シナーブルと同じくダンジョンの恩恵によって発展した街で、この国では珍しい山々に囲まれた街だ。街中からいくつもの山が見えるこの感じ、僕の故郷を思い出す。
僕が山に囲まれた景色に懐かしさを感じ、故郷に思いをはせていると、
「オレ、ちょっと寄りたい所があるんだけど、良いかな?」
ニーリェが皆に聞いてきた。
「どったの?何か用事でも?」
「アメティスタってオレの故郷でさ、久しぶりに故郷に帰ってきたから、実家に顔を出しておきたいんだ」
特に断る理由はない。ダンジョン探索は別に急ぎでもないし、僕達は早速ニーリェの実家へと向かう事にした。
ニーリェに連れられ、僕達は1軒の家の前に来た。
ニーリェは騎士の家系と聞いていたので、実家はさぞかし豪邸なのだろうと想像していたけれど、その家は思いのほか普通で、この場から見える民家と大差ない。その家からは名家だとか家柄だとかの風格は全く感じられなかった。
僕は率直な感想を漏らす。
「騎士の家系だって聞いてたから、てっきりお金持ちな感じかと思ってたけど、案外普通っぽいね」
シシルーもそれに同意見の様子。
「それ、私も思ってました。騎士の家系って聞いて、ニーリェさんもお嬢様なのかなって」
意外そうに感想を言う僕とシシルーを見て、ニーリェはハハハと笑う。
「騎士が豪勢な暮らしをしてたのなんて昔の話だ。今は家系関係なく、素養や実力があれば騎士になれるし、そんなに特別なものじゃねぇよ」
リディルカはニーリェに続いて言う。
「うむ。今では騎士と言っても庶民の暮らしと大きな開きはない。他の仕事と比べて社会保障が充実している程度で、豪華な暮らしをしている訳じゃないのだ」
「へぇー」
そんなやり取りを終えると、ニーリェはカランカランと玄関に付けられた呼び鈴を鳴らし、玄関の先、今家に居るであろう家主に向けて声を放つ。
「パパー、ママー、帰ったよー」
ニーリェの声が家の中に響くと、トタトタと足音が僕達の方へ向かってきた。
そして玄関のドアが開くと中年の男女が姿を現した。
男性の方は無精ひげを生やした豪快そうな風貌で、長身でガッチリとした体格をしている。
女性の方は端正な顔立で、スラっとしたモデルの様な体形をしている。
二人ともどこかニーリェの面影があり、一目でニーリェの両親である事が分かる。
二人の男女がニーリェと顔を合わせると、男性の方が爽やかな感じで挨拶をしてきた。
「おかえり。ニーリェ」
「ただいま。パパ、ママ」
挨拶を交わしたニーリェの父は僕達の方に目を向けた。
「おや、そちらの方々は・・・」
ニーリェに連れが居る事に気付いた様だ。
僕はさっそく自己紹介をと考えたが、それよりも先にニーリェの父がにこやかに言葉を続ける。
「リトライズの皆さんですね。娘がお世話になっております。リトライズの配信は欠かさず見させてもらっていますよ」
どうやら僕達の事は既に知っているらしい。まぁダンジョン配信は一般にも公開されているのだから、自分の娘の配信をチェックする親が居ても不思議はないか。
僕は気を取り直して、自身の名を告げる。
「遊朝可奈芽です。こちらこそ、ニーリェにはいつも助けられていまーす」
「シシルー・ディーカーです」
「リディルカ・ハーヴェントだ」
と3人が自己紹介をすると、ニーリェの両親も自己紹介を返す。
「ニーリェの父、グラウス・ドーランズです」
「イルティア・ドーランズ。ニーリェの母ですわ。ここで立ち話もなんですし、中に入ってお話ししましょう。お茶とお菓子も用意しますよ」
僕達をお茶に誘うイルティア。
断る理由もない。僕達はその誘いに応じ、ニーリェの実家へ入っていった。
客間で向かい合う僕達リトライズとニーリェの両親。
僕達はこれまでどんな活動をしてきたのか、ダンジョン以外ではどんな事をしているのか、どんな人と出会えたのか、そんな総集編めいた話をしていく。
内容はなんて事ないものだったけれど、自分の娘の話だからだろう。ニーリェの両親はそれを楽しそうに聞いていた。
そうこうしていると、僕達の居る客間のドアが開き、
「お、ニーリェじゃん。久しぶりー」
「おひさー、兄ちゃん」
青年が気さくな挨拶を投げかけ、ニーリェも同様に返す。
ニーリェよりも少し目上くらいの青年。ニーリェの兄という事もあってか、ニーリェ同様ニーリェの両親の面影が感じられる。ニーリェと同じく、母親の端正な顔立ちと父親の恵まれた体躯の良いとこ取りな感じだ。
ニーリェの兄はすぐに僕達に気づいた。
「おぉ、リトライズの皆さんも。どうも、ニーリェの兄、ディクスだ」
ニーリェの兄も僕達の事を知っている様だ。
僕達はお辞儀をしたり「どうも」と言葉を返したり、各々ディクスの自己紹介に応えた。
ディクスは僕達への対応を終えると、元々その用事で来たのか、グラウスに話しかける。
「そうそう、父さん。調べてみたけど、ここのダンジョンでの変異種発見報告はどうやら本当らしい」
「そうか、アメティスタのダンジョンにも変異種が・・・」
「はい。これから協力してくれる探索者を募集して共に討伐を試みてみますが、もし討伐が出来ない場合、討伐のために軍を動かさなければならないかもしれません」
「いつも通り大事にはならないとは思うが、もしもの時は頼んだぞ、ディクス」
「分かりました。父さん」
そんなやり取りを見て僕はふと気になった。変異種とはなんぞやと。
(ねー神様ー。変異種ってなぁに?)
(変異種というのは、何らかのきっかけによって通常とは異なる姿になってしまったモンスターの事です。変異種は通常のモンスターよりも強力な上、通常のモンスターとは異なり固定の場所に留まる事はありません。ただ階層を好き勝手移動するだけでなく、ダンジョンの外に出てくる事もあるので、危険視されているの存在なんです。もし発見されると国から討伐依頼が出され、それで討伐出来なければ軍が動いて討伐する流れになっていますね)
(ふむふむー。たまにバグみたいなのが出てくる訳ねー)
そしてグラウスとディクスのやり取りを見ていたニーリェは提案する。
「なぁ兄ちゃん。その同行する探索者ってオレ達じゃダメかな?」
ニーリェの提案を聞いたディクスは少し考え、答える。
「リトライズがか?うーん。基本的にBランク以上が対象ではあるんだが、別にそういった規定がある訳じゃないしな。実力だってリトライズであれば申し分ないし、悪くないかもな。こちらは構わないが、リトライズの他の皆は良いのかい?」
「僕は良いよー」
「私達でお力になるなら。もしダンジョンの外に出てきたら大変ですしね」
「変異種は早々に討伐しなければならんからな。このリディルカ、力を貸そう」
僕達の心は一つだった。




