第18話 リディルカの事情
囲んでいたモンスターを殲滅してロザリンを助け、少し移動して一息ついた後。
ロザリンはスカートを持ち上げる様な動作と共に品のあるお辞儀をし、僕達にお礼を言う。
「この度はご助力いただき、ありがとうございました。もし助けてもらえなければ、大切な装備を失う所でしたわ」
ロザリンのお辞儀に合わせ、ダッド達も頭を下げた。
僕達は「どういたしまして」「困った時はお互い様ですよ」「なぁに、お安い御用さ」「当然の事をしたまでだ」と各々それに応えていった。
続けてロザリンは頼みを言う。
「あの、少しプライベートなお話しをしたいので、少し配信を切って頂いてもよろしくて?」
僕達はそれに同意し配信を切った。すると、ロザリンは深々と頭を下げ、謝罪の言葉を放つ。
「リトライズの皆さん、この前はごめんなさい。貴方方を軽んじる発言をしてしまって。わたくし、自分の進む先にリディルカが居ない事が嫌でムキになっていたのですわ」
「良いって良いって」
僕は気にすんなと言わんばかりに軽く返し、他の皆も頷き同意を示した。
さらに続けてロザリンは質問を投げかける。
「ねぇリディルカ、なんで貴方はAランクパーティーを辞めて新しくやり直そうと思いましたの?良ければ教えてくださらない?」
「うむ。構わんぞ」
と、リディルカが語り始めようとするが、ダッドが即ツッコミを入れる。
「お嬢。それ今聞く事ですか?ダンジョンから帰ってからでも・・・」
今の場所はダンジョン。その場で留まってじっくり話していられる様な所じゃない。話し込むなら、ダッドが言う通りダンジョンから出てからの方が良いはず。
だけどロザリンは頑固だった。
「今聞く事ですわ。だってこんなモヤモヤした気持ちでいて、またミスをして罠にでもかかったらどうするんですの?」
ロザリンが言い出したら聞かないのはいつもの事の様だ。ダッドもやれやれといった表情で、それ以上の反発をしなかった。ロザリンはどうしても今聞いておきたいという思いでいっぱいの様子。
僕達はゆっくりと歩きながらリディルカの語りを聞いて
「このリディルカがダンジョン探索者を目指すきっかけは、ある日父上と一緒に見たアレス英雄譚という演劇だった。突如世界に現れたダンジョン、そこから発生するモンスター。その脅威に勇気を持って立ち向かう探索者達。互いに助け合い、絆を深め合い先へと進んでいく。そんな姿が、リディルカが理想とする探索者の姿であった」
(おー、アレス英雄譚ですかー)
本の神がアレス英雄譚に反応した。何やら知っている様子。
(知ってるの?神様)
(うん。ボクは本の神だからねー。出版されているものなら知ってるよ。アレス英雄譚はダンジョンが出て間もない頃。まだダンジョンが安全なものでなかった時代、ダンジョンに挑んだ英雄アレスの冒険を描いた作品だよ。演劇はその作品を元にしたものみたいだねー)
ロザリンはリディルカがアレス英雄譚に憧れを持っている事は知っている様子。
「えぇ。モチロン知っていますわ。貴方の口調や装備はその登場人物を真似たものでしょう?」
(へぇー、リディルカみたいな変な口調の人が過去に活躍してたんだねぇ)
(いやいや、あれは娯楽のためにキャラ付けされたものだよー。リディルカさんの口調のキャラ、創作では派手好きで自信満々なキャラだけど、史実はちょっと冴えない感じのおじさんだよ)
(あーね、昔を舞台にしたゲームとかにありがちなやつね)
「このリディルカは物語に語られる様な最高の探索者になるべく研鑽を積み、探索者になり、その実力が認められ、ついにはAランクパーティー、青き双翼に入る事になった。最高ランクのAランクになり、これで理想とする自分になれると思っていた。だが、青き双翼は理想とするパーティーではなかったのだ」
ロザリンは少し心配そうに訊ねる。
「青き双翼は悪いパーティーだったのですか?」
「いや、決して悪い人達ではない。悪い人達ではないのだが、ダンジョン探索を仕事として割り切っている。そんなパーティーだったのだ。パーティーの仲間との時間よりも個人を重視し、ダンジョン探索以外では基本関わる事はない。自分の自由な時間を持ちたいというのなら良いパーティーと言えるのだろうが、リディルカが理想とするのは、仲間同士の関係を大事にするパーティなのだ」
(ほうほう。いわゆるビジネスライクな付き合いってやつだったのか)
(まぁ、ダンジョン探索も生業だからな。生活のためにやってんだから、そういうのもあんだろうぜ。最近は自分の時間を大事にしたいって人も多いしな)
(あ、この世界でもそんな感じのあるんだね)
「パーティーメンバーとの時間を大事にする様な関係になるには、やはりパーティーの結成から始めるべきだと思ってな」
ロザリンはうんうんと頷く。どうやら納得した様だ。
「なるほど。だから高ランクの既存のパーティーではなく、新しいパーティーを選んだのですね」
「うむ。それにもう一つ。可奈芽、ニーリェ、シシルーの3人にはリディルカの理想を叶えるうえで大切なものをもっていた」
リディルカの言葉にロザリンは首を傾げる。
「大切なもの?なんですの?それは」
リディルカは頷き答える。
「リスクを恐れず助けようとする意思だよ。神々の加護によってダンジョンは安全な存在となった。命の危険は無くなるのは良い事ではある。だがその結果、倒されても死なないからこそ、助けるかどうかを決める時に損得勘定で判断する傾向が強くなってしまった。仲間が孤立した場合でもアイテムを失うだけだからと見捨てる者が多くなった。モンスターに追われる人を助けれなくても心が痛まなくなった。助けなければならない、という意識が希薄になってしまったのだ。だが、可奈芽、シシルー、ニーリェには、助けたいから助けるという純粋な人助けの意識があった」
リディルカは僕の方を顔を向けて話す。
「可奈芽。君はモンスターに追われ、罠にかかりそうだった探索者を救うため、自分が罠にかかる事を気にせず躊躇なく庇った。君は咄嗟に人を助ける判断ができる。そんな人だ」
リディルカの言葉に、僕は照れて「にへへ」と言葉を漏らした。
今度はシシルーとニーリェに顔を向けて語る。
「シシルー。ニーリェ。君達は可奈芽が罠で飛ばされて孤立した時、即座に助ける決断をした。初心者である可奈芽が無事である可能性は低い。ここで助けに行っても無駄だから諦めようとする者は少なくないだろう。しかしシシルーとニーリェは見捨てる事なんて考えてもいなかった」
リディルカの言葉に、シシルーとニーリェはこっぱずかしそうな表情を見せた。
再びリディルカはロザリンの方を向く。
「この3人のあり方こそがリディルカの理想とする探索者だった。だからこそ、リディルカは、可奈芽、ニーリェ、シシルーの3人とパーティーを組む事に決めたのだ。ロザリンよ。君は理想を諦め、安定を求めてAランクパーティーに居続ける。そんなリディルカが見たかったのか?」
ロザリンは微笑んだ。全てのモヤモヤが解消され、憑き物が取れた様なスッキリした表情で言う。
「いいえ。今の貴方が良いと思います。やはり、リディルカ・ハーヴェントこそが、わたくし、ロザリン・ベルオーンのライバルにふさわしい魔導士ですわ」




