第9話 魔獣の仕業か、それとも―
普段は活発な動物たちが走り回り、鳥たちがさえずる音が響くはずの森は、まるで時間が止まったかのように静寂に包まれていた。
木々の間を歩き進めるたびに、フレイの背筋に冷たい汗が流れた。
まるで誰か、あるいは何かが、自分たちを監視しているような感覚がしてならない。
「なんか、変だよな。この静けさ。」
フレイは呟きながら、周囲に目を光らせた。
ルナの森は、魔獣の危険性が疑われてからは騎士団員のみしか訪れない場所となったが、つい数日前も騎士団員が山菜を取りに訪れていたため、森が急変することは考えにくかった。
「うん、こんな森、今まで見たことない。それに、何かがあたしたちを見ているような。」
アイリスもフレイと同じ感覚を認識していたようで、不安そうに声を落とした。
アルゴは剣の柄に手を置き、周囲を警戒しながら進んでいた。
「何か起きる前に山菜を採って、さっさと戻った方がいいな。ここに長く留まるのは賢明じゃない。」
三人は慎重に足を進めながら、山菜が自生している場所を目指した。
しかし、森の中腹に差しかかると、そこには信じられない光景が広がっていた。
地面には動物の死骸が点々と散乱しており、そのすべてが不自然な形で倒れていた。
傷跡は鋭利で、まるで何かに襲われたかのように感じられた。フレイはその場に立ち止まり、死骸を凝視した。
「これは、まさか、魔獣の仕業なのか?」
フレイは低い声で呟いた。
自分が期待していた「魔獣との戦い」の現実を目の当たりにし、その期待とは裏腹に心の中に恐怖が広がっていくのを感じた。
アルゴはその場に立ち止まり、無惨に散らばった動物たちの死骸をじっと見つめていた。
目の前に広がる異様な光景は、魔獣の仕業と考えざるを得ない惨状だった。血の匂いが立ち込め、切断された体の一部があちこちに散らばり、まるで命が無惨に奪われたかのような風景が広がっていた。
「これはただ事じゃないな、魔獣にしても、ここまでやるのは尋常じゃない。」
アルゴの眉間には深い皺が寄り、普段の冷静さを保ちながらも、内心の緊張感がさらに増しているのが見て取れた。
アルゴの視線はフレイに向きなおした。
「フレイ、お前の言った通り、これは魔獣の仕業かもしれない。この数と規模は普通じゃない。油断するなよ?」
フレイとアイリスに目配せし、鋭い声で忠告を投げかけた。
フレイは短く「分かってるよ。」と返したが、その声にはいつもの軽やかさがなく、明らかに緊張が滲んでいた。
手の中で握り締められた剣も、微かに汗ばんでいるのが分かった。
「村が心配だわ、さすがに騎士団もそろそろ帰っているはず。一度、村に戻って報告しましょう。」
アイリスが声を落として言った。
彼女の意見に、フレイとアルゴも同意せざるを得なかった。何かが確実に起こりつつあり、無策でこの森に留まるのはあまりにも危険すぎる。
「そうだな、山菜収集なんてしている場合じゃない」
アルゴの提案に、二人も頷いて同意し、すぐに身を翻して村に戻ることを決意した。
―その場を立ち去ろうとした瞬間だった。
突然、森の奥深くの光の泉の方面から微かに響く音が耳を捉えた。
それは金属が激しくぶつかり合うかのような音であり、まるで、遠くで繰り広げられている壮絶な剣戦の音のように、鋭く、不気味な響きが静寂を切り裂きながら、徐々に彼らのもとへと風に乗って届いてきた。
「今の、聞こえたか?」
フレイが緊張した声で呟いた。
その声には、不安と警戒心がにじんでいた。彼の問いに対し、アルゴもすぐに周囲へと視線を鋭く巡らせ、耳を澄ます。
「ああ、聞こえた。嫌な予感がするな」
彼の目にも、かすかな緊張が宿っていた。空気が重くなり、何かが迫りくるかのような、胸騒ぎが彼らの心を掻き立てた。
――しかし、その直後。
突如として村の方から激しい爆発音が響いた。