第8話 消えた供物、そして始まりの足音
そして翌朝、フレイはゆっくりと目を覚ました。
いつもより少し遅めの時間だったが、まるで、あの奇妙な夢が頭を支配していたことが嘘のように、清々しい気持ちで朝を迎えた。
柔らかな光が部屋に差し込み、静かな村の朝を知らせる。
フレイは深い呼吸をしながら伸びをした。
「ああ、すっきりした!まぁ、夢なんか気にしすぎても仕方ないよな」
そう自分に言い聞かせるように呟きながら、窓の外に広がる青空を見上げた。
フレイは家でシャワーを浴びてから、火炎祭り当日の準備に向かった。
既に、アルゴとアイリスは準備に取り掛かっており、忙しそうな様子でせかせかと動いている。フレイも遅れを取り戻すため、早速作業にとりかかった。
フレイ、アルゴ、アイリスの三人は、村の飾りつけから食事の盛り付けまで、手を休める暇もなく動き続け、朝から夕方にかけては、一瞬のように過ぎ去った。
太陽が徐々に沈み、空が茜色に染まる頃には、村はお祭りムードで賑やかさを増し始めた。
だが、その一方で、村の守護者である炎の騎士団はまだ帰還していなかった。
そんな折、村長のオルガンが急ぎ足で三人の元にやって来た。
彼の表情は少し険しく、何か問題が起こったことを示していた。
「火炎祭りの祭壇に供える特別な山菜が、先ほど確認したらなくなっていたんだ。申し訳ないが、ルナの森まで取りに行ってくれないか?」
緊迫した声の依頼を、フレイが聞き返す。
「ルナの森?入っていいのか?」
フレイはその言葉を耳にして、心の中に興奮の波が広がるのを感じた。
ルナの森は、時折魔獣が出現する可能性がある危険な場所として知られ、特に最近は動物の死骸が発見されていた。
その死骸が魔獣によるものではないかと、騎士団も警戒を強めており、いまだ魔獣の目撃情報はないものの、定期的に騎士団の調査が行われていた。
フレイは内心、魔獣と戦うチャンスを期待していた。
「祭りの準備から逃れられるなら、何でもやるよ!」
軽い冗談を交えながら、喜んでその依頼を引き受けるフレイを見て、アルゴとアイリスは呆れた様子で返す。
「あの穏やかで優しいセイラさんから、あんたみたいな無鉄砲が生まれてきたなんて信じられないわね。」
アルゴも仕方ないという表情はしつつも、内心フレイと同じ期待を持っていた。
「フレイが行くってなら、仕方なく俺もついてくさ。アイリスはやめとくか?」
アイリスはアルゴに対しても呆れた様子で返す。
「あんたも楽しんでるじゃない、アルゴ。私も行くわ、もう準備は飽きたし。」
こうして三人は、オルガンの依頼を快く引き受けた。
それぞれ家に帰り、武器や道具の準備を素早く整え、村を出るところだった。
その時、背後からセイラの心配そうな声が聞こえてきた。
「三人とも、ルナの森には気を付けてね。」
フレイは明るい声で答える。
「大丈夫だよ、母さん。俺は今日から騎士団に入団するんだぜ?アルゴもいることだし、心配ないって!」
その言葉に、アルゴはセイラを安心させるように付け加えた。
「セイラさん、僕も見ていますので、どうか安心してください。油断しないように気を付けます。」
その言葉を聞いたセイラは、少し安堵の表情を浮かべた。
ルナの森へと向かう途中、フレイは愚痴をこぼした。
「母さんは心配しすぎなんだよ!俺はもう剣だって振るえるってのに。」
すると、アルゴはすぐさまフレイに返す。
「ルナの森に息子が踏み入れることは、セイラさんも心配するだろうよ。フレイの父さんの件があったから、尚更だ。」
アイリスも横でアルゴの言葉に深くうなずき、同意を示した。
フレイの父は、フレイが生まれてすぐに行方不明になっていた。
フレイの父も炎の騎士団員だったが、ルナの森の奥深くにある洞窟の調査に出かけた際に行方をくらませてしまった。
別に調査隊を派遣したが、いまだに彼の行方は掴めていない。そのため、アルゴやアイリスはセイラが不安に思う理由を理解していた。
「そりゃ、分かるけどさ?兄さんには、ここまで心配しないんだぜ?早く俺も騎士団で偉くなって、母さんを認めさせないとなあ。」
フレイは不満を漏らしながらも、母のことを思う表情を浮かべていた。
ルナの森に近づくと、三人はその異様な雰囲気に一気に包まれた。