第7話 胸に残る奇妙な予感
フレイはにこやかに笑顔を浮かべて答えた。
「ああ、今日はシチューを食べたらすぐに帰るよ!眼帯も大丈夫!心配いらないさ!」
フレイの明るい返事を聞いて、セイラは安心した表情を浮かべた。
フレイの左目には特別な事情があった。
フレイは物心つく前の幼少期から、左目に眼帯を付けて生活していた。
生まれたときから、左目には異常があり、左目を使うと余分な光を吸収しすぎることで、脳が焼き切れる危険性があると厳しく警告されていた。
そのため、フレイはきつく結ばれた左目の眼帯を、物心がついてから一度も外したことはなく、日常生活の一部となっていた。
「さあて、そろそろアイリスちゃんのシチュー作りでも手伝っちゃおうかな?」
フレイがわざとらしく軽い口調で言い、アルゴはアイリスの方をチラリと見た。
レイブの発言も影響して、アイリスはすでに怒りが頂点に達しており、眉をひそめて二人をにらんでいた。
そんな彼女を見て、アルゴは大きく息を吐く。
「アイリスは、お前がどうにかするんだぞ?、まず、俺はごみを捨てに行ってくる。」
事の重大さを理解したフレイは、頭を低くしてアイリスの元に歩み寄った。
そうして、三人でようやくシチュー作りに取りかかった。
シチューづくりが進むにつれて、アイリスの表情も少しだけ柔らかくなり、彼女は微笑みながら鍋の中をかき混ぜ続けていた。
夜の帳が下りるまで、三人は他愛のない会話を交わしながら、ゆっくりとシチューを仕上げていった。
火の暖かさと心地よい香りが村全体を包みこみ、穏やかな時間が流れていく。
話題は、明日の火炎祭りや騎士団の遠征、そして子供時代の思い出にまで及んだ。
笑い声があちこちで響き渡り、まるで村の不安など忘れたかのようなひとときだった。
「アルゴ、今日は兄さんがいないし、うちで寝ないか?」
フレイはアルゴに明るい声で提案した。
アルゴは十五年前、メラル村の外れに広がるルナの森の光の泉近くで、赤子の状態で発見された。
近隣の別の村の人間によって捨てられたのか、それとも別の大きな理由があったのか、アルゴの出生に関しては本人を含めて誰も知る者はいなかった。
メラル村の住民は暖色系の髪色をしていることが多いが、アルゴは濃い青色の髪を持っていた。
しかし、アルゴがメラル村出身でないことを気にする村民は誰もいなかった。
彼が発見された当時、メラル村の赤子として誕生したフレイやアイリスは、アルゴと共に幼馴染として成長していった。
アルゴは村長から村の空き家を譲り受けていたが、幼少期はフレイやアイリスの家で寝泊まりすることが多かった。
「いや、明日に備えて、ひとりで集中したい気分なんだ。せっかく提案してくれたのに悪いな。」
アルゴは申し訳なさそうに答え、フレイは少し仕方ない表情を浮かべた。
「まあ、大事な火炎祭りの前日だもんな。気にすんな。」
フレイの心には、アルゴと一緒に過ごしたいという理由があるわけではなく、今日見た夢の内容について、火炎祭りの前日に考えすぎたくなかったからだった。
家に帰り、自分の部屋のベッドに入ると、嫌でも昼に見たあの奇妙な夢が再びフレイの心に蘇ってきた。
夢の中で目にした光景、巨大な黒い影、村を襲う魔獣たち、そして自分の無力さ、それらが頭の中をぐるぐると巡り、フレイの心を重く沈めていった。
ベッドに横たわりながらも、その夢がどうしても頭から離れず、何度も寝返りを打った。
目を閉じて深呼吸をしてみても、まるで心の奥深くに根を張ったかのように、夢の残像が鮮明に浮かび上がってくる。
「何だったんだ、あの夢は。」
フレイは自分に問いかけるように呟いた。
夢が何を意味するのか、何か警告しているのか、その答えを知りたいと思いながらも、もどかしさだけが募っていく。
そうして数時間が過ぎ、いつの間にか静かな眠りに落ちていた。夢の中での不安や焦燥感とは対照的に、その眠りは深く、安らかなものだった。