第5話 戦場から目覚めた先に待つのは
そこにはアイリスが駆け寄ってくる姿があり、その背後にはアルゴの姿もあった。
二人とも無傷で、いつもと変わらない明るい様子を見せている。
フレイは二人に向かって駆け寄った。
「お前たち、大丈夫なのか!?さっきの光は!」
焦り混じりに二人に問いかけたが、アイリスは首を傾げて不思議そうに答えた。
「さっき?何のこと?」
アルゴも怪訝そうな表情でフレイを見つめる。
「おい、どうしたんだ?フレイ、お前、何かあったのか?」
心配そうに問いかけてくる二人にフレイは何も返せなかった。
今しがた自分が体験したあの恐ろしい出来事は、どうやら自分だけのものだったらしい。
二人はあの瞬間のことさえ覚えていないどころか、まるで何も起こらなかったかのように、平然とした表情を浮かべている。
「夢を見ていたのか?」
フレイの声はかすかに震えていた。
しかし、それが本当にただの夢だったのか、それとも何か別の力が働いたのか、彼にはわからなかった。
ただ一つ確かなのは、その夢の中で感じた恐怖と死の予感が、あまりにも現実的で鮮明だったということだ。
アルゴは冗談めかした表情で、フレイの肩を軽く叩いた。
「お前、炎の騎士団に選ばれるか不安で悪い夢でも見てたんだろう?肩の力を抜けって」
一方、アイリスは怒った表情を浮かべていた。
「てか、あんたが寝てる間にあたしとアルゴでお祭りの準備を進めてたんだから、感謝してよね!これから、余った食材でシチュー作る予定だから、手伝って!」
アイリスからの怒りの主張も耳に入らず、フレイの心はまだ夢の中の出来事に引っかかっていた。
確かにあれは夢だったのかもしれない。
しかし、あの魔獣たちの姿、周囲を取り囲む二十体以上の巨体、そして最後の爆発
――それらは単なる夢として片付けられるような感覚ではなかった。
フレイは、アルゴとアイリスが作業している広場へ向かう道すがらも、なお夢の余韻に囚われていた。
鮮明に焼き付いた映像が脳裏を離れず、まるで霧の中をさまようように思考を巡らせていた。
「あれが、夢だったなんて」
フレイは訝しげに呟くと、次の瞬間、眼帯で覆われている左目がズキズキと痛みだす。
「くそ、左目も痛い、何だってんだ?」
そんなフレイの思考を断ち切るかのように、彼の背後から聞き慣れた優しい声が聞こえてきた。
「あら、フレイ。祭りの準備、またアルゴ君やアイリスちゃんに任せたんでしょう?」
声の主はフレイの母、セイラだった。彼女は温かい微笑みを浮かべて近づいてくる。
アルゴとアイリスは呆れたような表情で彼女に答えた。
「毎年のことさ。しかも今年は炎の神殿の前で昼寝して、起きたら怖い夢を見てたんだもんなあ。レイブさんにもからかわれるぞ?騎士団の剣は俺が二本もらっておこうかな。」
アルゴは冗談を言いながら微笑みかけ、フレイはムッとした表情で答える。
「はあ?俺は夢で魔獣との戦闘をイメージしてたんだよ。あー、もやもやするな。アルゴ、三本勝負しようぜ。」
アルゴは苦笑しながらフレイに返す。
「アイリスのシチュー作りを手伝ったらな?」
その言葉にフレイが反論しようと口を開いた瞬間、セイラが穏やかでありながらもどこか意味深な微笑みを浮かべ、三人を見つめて言った。
「レイブがいない間に勝手に剣をいじったら、後で怒られるかもよ?ほどほどにね。」
彼女の目は一瞬、遠くを見つめるような曖昧な表情を浮かべたが、すぐに元の優しい顔に戻った。
「兄さんは怒らないさ、兄さんは、ね」
苦笑いをしながら言うフレイに、アルゴも理解を示すような表情を浮かべた。
フレイの兄であるレイブは炎の騎士団の副団長という立場にありながら、どこか肩の力が抜けた砕けた性格をしていて、厳格な役職に見合わないほど気さくな兄だった。
そんな彼は、団長のカイネと共にエルファルド山脈の洞窟調査へ向けて出発する準備をしていた。数ヶ月前から続くルナの森での動物の不審な死や、巨大な黒い影の目撃情報が問題視され、騎士団の精鋭部隊を率いての遠征が計画されていたのだ。
「そういえば、兄さんはもう出発したのか?」
フレイが突然思い出したかのように尋ねた。セイラは微笑みながら答える。
「まだよ。でも、もうそろそろ準備が整って出発するはず。カイネ団長と一緒に、精鋭部隊を引き連れていくらしいわよ。今回はかなりの長期遠征になるみたいね。」
セイラの説明を聞いていたアルゴは考え込むように顎に手を当てる。
「精鋭部隊のほとんどが遠征に出るってことは、村に何かあったら大変だな」
しかし、フレイは笑ってその不安を軽く吹き飛ばした。
「弱気だな、アルゴ!村には俺たちがいるんだし大丈夫さ。それに精鋭部隊がいないうちに魔獣を倒したら、最速で騎士団長になれるかもしれないぜ?」
アルゴは一瞬戸惑ったものの、フレイの言葉に頷いた。
「確かに、お前の言う通りかもな。」
そんな二人を横目に、アイリスは苛立ちを隠せずに声を上げた。
「あのさ、あたしの声届いていないのかな?シチュー手伝って欲しいってさっきから言ってるよね?」
アイリスは鍋の中でだしを丁寧にかき混ぜながらも、二人に鋭い視線を送った。
その時、突然フレイの耳にまた聞き慣れた声が飛び込んできた。