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理想のイケオジに出会えたと思ったら、実は公爵家の令息(15)だった!?

作者: 酒賭場

 浅沼多恵子、40歳。中小企業の総務課に勤める彼女の毎日は、淡々とした業務に追われる日々だった。


 朝は決まった時間に起き、コンビニで買ったパンとコーヒーで朝食を済ませる。電車に揺られながらスマホをいじり、会社に着くとひたすら業務をこなす。人間関係もそれなりに円滑にしてきたが、特に親しい友人がいるわけでもなく、定時になればそそくさと退社し、行きつけの居酒屋で一人ビールを飲む。そんな生活が何年も続いていた。


「今日もお疲れ様でした」


 同僚たちが声をかけ合う中、多恵子は静かにオフィスを後にした。今日も疲れた身体を引きずるようにして駅へ向かい、満員電車に揺られながら心のどこかで思う。


(私の人生、何のためにあるんだろう……)


 別に楽しいことがないわけではない。休日には動画を見たり、たまにデパートへ出かけてショッピングを楽しむこともある。だけど、それらも何か単調に思えてしまい、心が躍るようなことはなかった。


 そんな彼女の唯一の楽しみは、仕事終わりのビールだった。最寄り駅近くにある小さな居酒屋のカウンター席に腰を下ろし、冷えたグラスを手にする瞬間が、一日で最もホッとする時間だった。


「いらっしゃい! いつものですね?」


「えぇ、お願い」


 馴染みの店員がビールを注ぐ音を聞きながら、多恵子は目を閉じる。泡が立ち、黄金色の液体がグラスに満たされるのを想像するだけで思わず生唾を飲んでしまう。そして目の前に置かれた黄金の一杯を手にすると、すかさず一口。「ゴクリ」と気持ちのいい、喉をこす快感が攻めてきて、思わず声に出た。


「はぁ……生き返る……!」


 ビールを口にするたびに思う。こんな小さな幸せのために私は生きているのかもしれない、と。しかし、その幸せは長くは続かなかった。


 その日、多恵子は仕事の疲れからか、店を出たところで体調に異変を感じた。息苦しく、視界がぼやける。あれ? と思いながらも、自宅に向かって歩き出した瞬間、足元がふらつき、視界が暗転した。


「……ん?」


 目を覚ますと、そこは見慣れない場所だった。


 天井は高く、美しい装飾が施されたシャンデリアが輝いている。シルクのカーテンが風に揺れ、窓からは見たこともない城下町が広がっていたのだ。自宅でも病院でもない部屋を見回して戸惑う多恵子。


(ここは……どこ?)


 多恵子は、おもむろにベッドから出ると、洗面に使うであろうところの壁に掛けられた鏡に映った自分の姿に息を呑んだ。見慣れた40歳の自分ではなかったのだ。


 長い金髪、透き通るような白い肌、大きな青い瞳。まるで物語に出てくるような美少女が、そこに立っていた。……いったい誰なの? そう思ったときに、後ろから声を掛けられた。


「グレイス様、いかがなさいました?」


 優雅な衣装を身にまとったメイド、いや侍女たちが、心配そうに彼女を見つめていたのだ。


(……もしかして、グレイスって私のこと?)


 どうやら、多恵子は異世界の王国、ファルタナシス王国の第一王女、グレイス・リーニア・ファルタナシスとして転生したらしい。


 それからのことは戸惑いしか覚えていない。ここが現実なのか夢なの中なのかも分からず、ただ時間だけが過ぎていった。しかし、少しずつ状況を整理するにつれ、どうやら本当にこの世界にある王国の第一王女として生きていくしかないことを悟った。


 幸い、侍女たちはとても親切だったし、王宮での暮らしも快適だった。しかし、問題は彼女の中身が40歳の現代日本人のままだったことだ。


 王族としての振る舞いを学ぶため、執務や作法の授業を受けることになったが、すでに社会人経験が長い多恵子にとっては、マナーや敬語を学ぶのはそれほど難しくなかった。むしろ、周囲の大人たちよりも冷静で、効率的な仕事の進め方を提案することすらあった。


「グレイス様は、まるで何年も政務に携わっておられたかのようです」


「本当に。聡明でいらっしゃる……」


 周囲の者たちは驚嘆し、やがて王国の第一王女としての評価はうなぎのぼりに上がっていった。


(ふぅん。まぁ、これなら悪くはないかもしれないわね)


 異世界転生したことに最初は戸惑ったものの、次第に多恵子は自分の立場を受け入れ、第一王女として生きる決意を固めるのだった。


* * *


 暫くして、王家主催の晩餐会が催され、多くの貴族が招かれた。その中には公爵令息のシアリス・クラシア・ロンダキアもいた。彼は端正な顔立ちと優雅な物腰を持つ15歳の少年であったが、グレイスの目にはあまりにも若すぎて映った。


「……まだまだ子供ね」


 グレイスは彼に興味を示さなかった。しかし、シアリスのほうはというと、彼女に一目惚れしてしまった。彼女の知性と気品があふれる立ち振舞、そして年上のように落ち着いた雰囲気に強く惹かれたのだ。


 グレイスは15歳の少女の姿をしていたが、その内面には40歳の社会人経験を積んだ大人の意識があった。シアリスはその独特の雰囲気を感じ取り、彼女の視線に宿る落ち着きや、慎重に言葉を選ぶ様子に、他の同世代の少女とは違う何かを見た。


 しかし、彼女はシアリスにまったく関心を持っていないようだった。そこで、彼女の侍女に好みのタイプを確認したのだが、結果を知って絶望した。自分は彼女の好みのタイプからかけ離れているらしい。


「どうすればいいだろう……?」


 ひとしきり悩んだ結果、自分の悩みを解決してくれるかもしれない一人の人物に行き着いたのだった。


 王家主催の晩餐会が行われた翌日。シアリスは城下町の外れにある、古びた魔女の館を訪れた。木々に覆われたその館は、まるで別世界のような雰囲気を醸し出していた。


「ほう、面白い子が来たものだね……」


 現れたのは黒衣を纏った老婆だった。彼女の目は鋭く、すべてを見透かしているかのようだった。


「貴様、恋の悩みを抱えておるな?」


「……そうです。グレイス王女に振り向いてもらいたいんです」


 シアリスは事情を話した。魔女はニヤリと笑い、奥の棚から小さな瓶を取り出した。


「これは『加齢の秘薬』。一粒飲めば一定時間だけ望む年齢の姿になれる。じゃが、三粒しかないぞ?」


「それで、一体どれだけの時間持つのです?」


「大体30分程度かの。じゃが、一粒飲むごとにだんだんと効果が薄れるので気を付けな」


 シアリスは悩んだが、覚悟を決めた。


「それでもいい。私にください!」


 魔女はニヤリと笑いながら、シアリスに秘薬を手渡した。


 早速単身王城へ乗り込んだシアリスはグレイスが図書館にいることを知り、早速向かうことにした。中に入ると、すぐに読書にふけるグレイスの姿を見つけた。


 思わず、「素敵だ」と口にしかけたところを必死に堪えて、そそくさと本棚の陰に隠れると、魔女から受け取った秘薬を飲み込んだ。すると、見る見るうちに見事なイケオジへと変身したのだった。


 手鏡で自分の姿を確認したシアリスはグレイスに話し掛ける自信を持つことができた。とはいえ、彼女は本を読んでいる最中だ。どのように話し掛けるべきか。見た目はイケオジだが、中身は15歳の少年なのだ。本棚の陰からちらちらとグレイスの様子を伺ってしまう。


 その様子があまりにも挙動不審だったため、グレイスはすぐにおかしな気配に気がついた。


* * *


(……妙な視線を感じるわね?)


 グレイスはページを捲る素振りをしながら、周囲に視線を向けた。そして、本棚の陰からこちらの様子をちらちらと伺いながら、自分に話しかけるタイミングを見計らしている存在に気が付いた。


 まさか、ストーカーがこちらの世界にもいるなんてね。そんなことを考えながら、グレイスは本を閉じると、静かに不審者へと歩み寄った。


「あなた、さっきから私のことを見ていたわね?」


 一体誰なの? と、声を掛けると、本棚の陰から一人のイケオジが申し訳なさそうに現れた。


「貴女の姿があまりに美しかったので、見惚れていました……」


 低く渋い声のイケオジの登場にグレイスは心ときめいた。まさに自分の理想像そのものではないか。これは仲良くならなければと思った。


 そう思って話をしてみたのだが、話が進むうちに妙な違和感を感じた。何処かで会ったような、ないような。イケオジのはずなのに、見た目に似合わぬ初々しさがあるような、ないような。


 何ともちぐはぐとした印象を抱いたが、突如として現れたイケオジにグレイスの中にある多恵子の乙女な部分が俄に騒ぎ出してしまい、そのような些細なことは頭の隅へと追いやられてしまったのだった。


 いつの間にか随分と話し込んでしまったようだ。そろそろ退出する時間となり、ついイケオジに要らぬことを呟いてしまう。


「貴方のような素敵な男性なら、奥様も幸せでしょうね……」


 思わず口に出してしまい、咄嗟に口を押さえるグレイスだったが。


「いえ、まだ良い出会いがなくて、独り身なのです」


 イケオジの言葉を聞いて、思わずグレイスは心の中でガッツポーズで「ぃよっしゃあっ!」と雄たけびを上げた。


 イケボでイケオジが未婚、というのはグレイスにとって非常に喜ばしいことだが、半面、なぜこのような素敵な男性が未だに結婚していないのかという疑問が浮かぶ。冷静に考えると色々とおかしい。


 もしかして、女性から敬遠されるような、まずい問題を抱えているのではないか。グレイスはこのイケオジについて王女の特権を使い、速やかに調査することにした。


 グレイスは侍女たちに命じてイケオジのことを調べさせたが、該当する人物は見つからなかった。王城に入ってくるぐらいなのだから、貴族である可能性が高いと当たりをつけていたのだが、もしかすると平民だったのかもしれない。せめて名前を聞いておけばよかったと後悔した。


 そんなグレイスのもとに一通の手紙が届く。差出人はロンダキア公爵家の令息からであった。


 公爵家でパーティーを行うので、是非招待したいという内容だった。公爵家からの招待とはいえ、わざわざ王女である私が出席する必要があるのかしらと思っていたが、年が近い公爵家の令息からの招待ということで、挨拶に行くようにと両親である国王と王妃から命じられた。


 つまり、このパーティーはお見合いのようなものなのだろう。


 グレイスは正直に言うと同年代の男性にはまったく興味などなかったが、自分にたくさんの愛情を注いでくれるこの世界の両親からお願いされれば断るわけにもいかない。渋々ながら、招待を受ける旨公爵家に返事を出したのだった。


* * *


 シアリスはグレイスが自分の主催するパーティーに参加すると返事が返って来たとき、まるで天にも昇るような気分になった。先日の図書館でのひとときは人生最良の時間だと思ったが、今回のパーティーは恐らくそれを上回るような時間になるだろうと想像できた。


 魔女の秘薬は残り二粒、有効に使わねばならない。


 パーティー当日。そわそわしながらシアリスはグレイスの到着を待った。そして、ついにグレイスを乗せたひときわ豪華な王家専用の馬車が到着した。それを見て、慌てて秘薬を一粒飲み込むとシアリスはグレイスを出迎えに玄関へと向かった。


「ようこそ、グレイス王女」


 馬車から降りるグレイスにイケオジ姿のシアリスが、恭しく手を差し出した。グレイスは頬を赤らめながら手を乗せてくれた。よし、ひとまずは大成功だ! 喜色満面の様子で屋敷の中へと向かうシアリスとグレイスの姿を公爵家の使用人たちは生暖かい目で見守っていた。


 そう、今回のパーティーでシアリスが魔女の秘薬を使うことを事前に使用人たちに伝えていたのだ。


 そうしておかないと、勝手にパーティーに紛れ込んだ闖入者として警備の衛兵に捕らえられて、追い出されてしまう。そのため、出迎えとダンスのときのみ自分が変身することを伝えていたのだった。だが、理由までは伝えていないので、皆は「思春期特有の何か」だと思っていた。


 パーティーは順調に進み、ついにダンスの時間が訪れた。化粧室で最後の魔女の秘薬を飲み込み本日二回目のイケオジ姿になったシアリスは、女性たちと歓談していたグレイスの前に進むと、その場で跪いて手を差し出した。


「一曲、お相手いただけますか?」


「……ええ、喜んで」


 音楽が流れ、二人は舞踏のステップを踏んだ。シアリスは慣れないダンスの中、必死にグレイスをリードした。やはり、イケオジなのにどこか少年のような初々しさを感じ、グレイスには違和感が襲ってくる。そのことに戸惑いながらも、グレイスの瞳は揺れる燭台の光を映しながら、少しずつ彼の中にある誠実さを感じ取っていた。


「あなた、本当に不思議な人ね……でも、嫌いじゃないわ」


 その言葉に、シアリスの心臓が跳ねた。


 しかし、その瞬間——


 魔法の効果が切れ、彼は元の15歳の少年へと戻った。


「……あなた、シアリス!?」


 驚くグレイス。しかし、彼の若返った顔を見た瞬間、彼女はすべてを理解した。


「なるほど……年を取ると、私の好みのイケオジになるわけか……」


 そして彼女は静かに微笑んだ。


「それなら……あなたの成長を待ってみてもいいかもしれないわね」


 こうして、グレイスは姿を偽っていたシアリスを拒まなかった。シアリスはそのことに歓喜しながらも、姿を偽っていたことを真剣に謝罪した。その謝罪を受け入れたグレイスは、シアリスとともに、ゆっくりと時間をかけて愛を育んでいくことになる。


* * *


 それから数年——シアリスは懸命に成長しようと努力を重ねた。学問に励み、剣術を磨き、政治にも関心を持つようになった。彼はただ年齢を重ねるだけではなく、グレイスに相応しい男になろうと必死だった。


 一方で、グレイスもまた、彼の成長を温かく見守っていた。彼が努力する姿はまるで若き騎士のようであり、その純粋さに触れるたびに、彼女の心も少しずつ変わっていった。


「……本当に、いい男になったわね」


 ある日の王宮の庭園で、グレイスは独り言のように呟いた。そこへ、すっかり成長したシアリスが現れた。


「お待たせしました、グレイス王女」


 彼はもはや少年ではなかった。すらりとした長身、鋭い瞳、落ち着いた口調——そして、何よりも、彼女の理想のイケオジへと成長していた。


「あなた……まさか、魔女にまた秘薬をもらったの?」


「いいえ、これは僕の本当の姿です」


 彼は自信に満ちた笑みを浮かべ、グレイスの前に跪いた。そして、ポケットから美しい指輪を取り出した。


「グレイス・リーニア・ファルタナシス王女、あなたを心から愛しています。どうか、僕と結婚してください」


 その言葉を聞いた瞬間、グレイスの胸が高鳴った。かつての彼は、ただの少年だった。しかし今、目の前にいるのは、誠実で堂々とした大人の男だった。


「……ええ、喜んで」


 彼女は微笑みながら答えた。その瞬間、庭園に咲き誇る花々が風に揺れ、まるで二人を祝福しているかのようだった。






この度はお読み頂き、ありがとうございます。

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