俺と一緒に、実家へ帰ってくれませんか?
いよいよ、本番。いつも以上に緊張してきた。
やばい、胸の鼓動が乱れてきた。
落ち着け、落ち着け。
俺は、このイベントが終わったら、やらなきゃいけないことがある。
……それは、
15年前、
「将生、お兄ちゃんが市役所の就職試験受かったって。あとで、祝ってあげなさいよ」
母さんは、そう話しかけてくる。
「はいはい」
俺はうなずく。
「兄貴、市役所の職員内定、おめでとう」
「ありがと。お前も、もう19歳なんだから、就職先、早く見つけろよ」
「……うん」
……就職、俺はやりたいことがあるけど、両親も兄も、絶対に理解してもらえないものだ。
僕は……昔からアニメが好きで、声優になりたい。
でも、こんなこと言っても、絶対分かってもらえない。
だって、声優なんて狭き門だし、先が見えない仕事だ。
現実的な仕事を好む俺の家族には、分かってもらえるはずがない。
今活躍してる声優さんは、俺とは住む世界が全く違うんだ。
「将生、おはよう」
「樹、おはよう」
近所の友達の樹に、突然呼び出された。
「将生、大事な話があるんだ」
「何?」
「俺、俳優になるために、東京に行くんだ」
「マジ!?」
「うん、親からは、やりたいことがあるなら、突き進みなさい。ただし、200%でやりなさいよって言われた。だから、決意した」
「良かったじゃん! 応援するよ」
「ありがとう」
良いなぁ。樹は親にやりたいことを尊重されて。
俺は、尊重してくれるわけないよな。
「将生、進路はどう?」
「別に……」
「別にって、あんたもうすぐ20歳よ。そろそろ決めないと」
母さんが真剣な顔をして言う。
「でも、本当にやりたいことが見つかってないんだって」
「将生、もしかして本当は、やりたいことがあるのに言ってないだけとか無いよね?」
母さんは、顔色を変える。
「えっ……」
俺は思わず、言葉を失う。
「やっぱりそうじゃない? やりたいことがあるけど、そのやりたいことが認めてくれないものだから、わたしたちに言ってないだけでしょ?」
母さんは鋭い。俺の思っていることを全て当てた。
そして、
「何? 言ってみなさい。とりあえず、言わないと」
母さんはそう言ってきた。
……ここしかない!
「母さん、俺、声優になりたいんだ」
俺は思い切って言った。
「……やっぱり、そんなことだと思った」
母さんは呆れているようだった。
「あのね、そんな自分の好きなことを将来仕事にできる人なんて、1割も居ないんだよ。あんた夢見すぎじゃない? もっと身の丈にあった仕事にしなさい」
やっぱりだ。俺の親は応援してくれなかった。
俺なんて、誰からも期待されてなかったんだ。
そしてさらに、追い討ちをかけるようなことが起きる。
「お前な、人前に出たりするのが苦手なやつが何言ってんの?」
「もうちょっと現実味あるやつにしよう」
兄貴と父さんにまで、否定された。
やっぱり、俺は無理なんだ。……もう、いいや。
俺は、大きく自分を失った。
数ヶ月後、
俺はやりたいこともできず、生きていた。
仕事はできていたが、人間関係や作業効率など、様々な点で悩まされ、憂鬱になっていた。
……そんなある日、
「打て……よっしゃ!!」
「イェーイ!」
趣味のプロ野球観戦を1人でしていた時だった。
「今の、もうちょっとでホームランでしたね」
「えっ、……あぁ、そうでしたね(笑) フェンスに阻まれましたね」
隣の席の、俺と同い年ぐらいの女性が話しかけてきた。
「リュウジンズ、お好きなんですか?」
「はい、生まれた時からファンで、小さい頃はよく、父と観に行ってました」
「そうなんだ。わたしもです。誰選手が好きですか?」
話しかけてきた女性と、プロ野球の話で盛り上がった。
そして、
「俺、将生って言います。20歳です」
「わたしは、ほのかです。同い年ですね。よろしくお願いします」
俺はほのかさんと連絡先を交換し、度々会っては、野球観戦をしたり、お出かけをしたりしていた。
そして、運命の時が訪れる。
それは、喫茶店でお茶してた時、
「将生くん、わたしね、夢があるの」
「夢?」
「これね、めちゃくちゃ信頼してる人にしか言えないから、内緒でお願いね。わたし、歌手になりたいの」
ほのかは、そう言ってきた。
俺は、夢を応援しない奴が許せない。
「歌手、良いじゃん! ほのかさ、カラオケ行った時も、驚くほど歌が上手いから、俺、びっくりしてた」
「ありがとう。……でもね、わたしの親は応援してくれないの。現実との折り合いをつけろとか、身の丈に合った仕事にしなさいとか、言ってきたの。だから、親に認めてもらうためにも、絶対なりたい!」
ほのかはとても強気だった。
「そうなんだ。実はさ、俺も少し前まで、声優になりたいって夢があったの。でも、ほのかの親御さんと似たようなことを自分の親に言われて、半分諦めちゃってる」
俺は、過去の話をする。
すると、
「なんで、なんで諦める必要があるの? そんなんで諦めたら、何もできないよ。夢を抱く以上、全員が応援してくれる訳じゃないんだよ。反対したり、否定したり、笑ったりする人も居る。でも、自分を貫かなきゃ!」
この言葉に俺は圧倒された。
たまたま親が応援してくれなかっただけだよね。
「ありがとう。俺、ほのかのおかげで、もういちど立ち上がれそう!」
俺は、ほのかと共に夢を目指すことになった。
そして、俺とほのかは、こっそり動画配信サイトで、歌や演技についての動画を投稿することにした。
ただ動画を投稿するだけではなく、声優や歌手のトレーニングの動画を見ながら、実践をしたりしていた。
最初は、観てくれる人なんて全然居なかった。
でも、辞めようとは思わなかった。だって、ほのかが居たから。ほのかは常に前向きで、再生数があまり出なかった時も、
「これじゃ、ダメか……でも、他に良い方法があるよ!」
といつでもポジティブだった。
俺1人だったら、すぐに諦めていただろう。
そして、徐々に観てくれる人が増えてきて、
1年後には、フォロワーさんが3万人を超えた。
お互いに仕事をしながらだったから、両立が難しかったけど、なんとか続けられた。
そして、動画投稿を始めて、3年が経った時、ある出来事が起きる。
俺とほのかは街を散歩していると、
「すみません、まさきさんとほのかさんですか?」
中学生ぐらいの男の子が話しかけてきた。
「はい、そうですけど……」
「いつも動画観てます。握手してもらっていいですか?」
「良いですよ」
俺とほのかはその男の子と握手をした。
「わぁ、嬉しい。2人とも頑張ってください」
その男の子は嬉しそうに去っていった。
「まさき、すごいね(笑) 握手求められちゃった」
「うん、俺らもここまで来たんだね」
俺とほのかは嬉しすぎて、その場で子どものようにはしゃいでいた。
その出来事が大きな自信につながり、それ以降も更なる高みを目指し続けた。
そして、動画投稿を始めて、6年が経った時、フォロワーさんは50万人を超え、事務所に所属し、テレビにも度々呼ばれていた。
……しかし、ここである出来事が起きる。
「まさき、1つ提案があるんだけど……」
それは、長く苦楽を共にしてきたほのかからの提案だった。
「何?」
「ここから先はさ、夢を叶えるために、わたしたちは別々に活動しない?」
ほのかはとんでもない提案をしてきた。
「なんで? このまま一緒に、もっと上を目指そうよ」
俺は反対した。
しかし、
「……あのね。わたし、まさきには本当に感謝してる。親に否定された歌手の夢を、笑わずに聞いてくれたこと、ここまで一緒に階段を駆け上がってくれたこと、本当に感謝してる。……でもね、いつまでもまさきの力を借りて上を目指すのは申し訳ないの。夢っていうのは、本来自分の力だけで掴みにいくものだと思ったの。だから、ここからは自分の力だけで掴みたいの。わたしとまさきは、別々でも力を発揮できるんだ! っていうのを魅せたいの」
ほのかは理由を事細かに話してくれた。
「……そうだよな。俺も正直、ほのかに頼りっきりなところはあった。ここからは、お互い1人で、共に夢を掴もうな」
「うん! ひとまずは、お疲れ様でした」
俺はほのかと握手をした。
翌日、2人でやっていた動画配信の活動の休止を発表、そこそこ人気の中での活動休止だったため、かなりみんな驚いていた。
ここからは、俺1人で戦うんだ!
そして俺は、声優になるために、オーディションをたくさん受けた。ほのかと活動していた時に培った力で、少しは上手くいった。
そして徐々に、仕事が増えていった。
……しかし、ここで最大の事件が起きる。
ある日朝起きると、マネージャーさんから電話がきていた。
「はい、まさきです」
俺は出た。
「大変だよ! ……ほのかちゃんが、……ほのかちゃんが」
この時点で俺は察した。
ほのかの身に何かあったのだろう。
「一旦落ち着いてください。何があったんですか?」
「……ほのかちゃんが、事務所で倒れて、救急車で運ばれた」
マネージャーさんはそう俺に告げた。
俺は急いで、ほのかが運ばれた病院に向かった。
……あいつ、過労で倒れたか。
俺は病室に来ると、寝ているほのかが居た。
「何があったんですか?」
俺はほのかのマネージャーさんに聞く。
「実は、ソロデビューが決まったけど、その期待がプレッシャーだったのか、いっぱいいっぱいになっちゃったみたい」
そう事情を聞いた。
少しすると、ほのかは起きて、
「……あっ、まさき。……ごめん、心配かけて」
ほのかはとても無理している様だった。
「無理に喋らなくていいよ。もう少し休んで」
俺はそう言うと、
「まさき、ごめん。わたし、もう夢を叶えられなくなったかも……」
ほのかはとんでもないことを言い出した。
「なんで?」
「歌おうとすると、上手く声が出せなくなって……ホントにごめん」
ほのかはとても申し訳なさそうに泣いていた。
「何言ってんだよ。2人で叶えるって約束したじゃん!」
「だからこそ、わたしの分まで、まさきが頑張って!」
ほのかは俺の手を握ってきた。
「ほのか……」
俺は言葉を失っていると、
「君が、まさきくんだね」
後ろから声がした。
振り向くと、見覚えのない夫婦らしき人が居た。
「……お父さん、お母さん」
ほのかの両親だった。
「初めまして、まさきです」
俺は自己紹介をする。
俺はとても怖かった。
何を言われるか不安だった。
お前のせいだとか、お前が居なければ娘はとか、言われそうで怖かった。
「まさきくん、ありがとね」
お母さんが口を開いた。
……何で?
「えっ……」
俺は思わず、そう口にした。
「娘が歌手になるって言った時は、もちろん俺たちは反対した。そんな安定のない、可能性の低い職業はやめろと。でも、娘はまさきくんや色んな人との出会いで、夢の実現まであと少しのところまでいっていた。誰と出会うか、ご縁で人生は変わるのだと、俺たちは思った。だから、まさきくんには本当に感謝してるよ」
俺はホッとひと息ついた。怒鳴られる気もしていたからな。
「まさきくんは、ご両親と会ってるの?」
お母さんが聞いてきた。
「いえ、親は声優の夢を反対してきたので、ほのかと動画投稿して、人気が出てから、何も言わずに家を出ました。それ以降は帰ってません」
俺はそう答えた。
「夢を叶えて、必ず帰ってあげなさい。きっと、まさきくんのご両親は、成長した姿を見るのを心待ちにしてるよ」
ほのかのお父さんはそう言ってくれた。
「まさき、わたしの分まで、お願い!!」
ほのかは頭を下げてきた。
……やるしかない!!
俺はその日から、200%の力で、夢の実現に向け、走り出した。
来る日も来る日もトレーニングを重ね、オーディションに望んだ。
そして、数年が経った時、俺は初めて、全国放送のアニメの主演に抜擢され、それが大ヒット! 遂に、夢を叶えたのであった。
それを真っ先に報告したのは、ほのかだった。
「おめでとう、まさき」
ほのかはとても祝福してくれた。
しかし、まだ実家には帰らなかった。
なんとなく、家に帰るのが怖かったし、まだ個人的には成長してないと思ったからだ。
そして、落ちこぼれだった19歳から15年が経ったある日、俺の35歳の誕生日イベントが開催されることになった。
俺は決めた。このイベントが成功したら、家に帰ろう。
イベント当日、いよいよ、本番。いつも以上に緊張してきた。
やばい、胸の鼓動が乱れてきた。
落ち着け、落ち着け。
俺は、このイベントが終わったら、やらなきゃいけないことがある。
……それは、親に感謝の気持ちを伝えに、実家へ帰ることだ。
絶対に成功させるぞ!!
そして、もう1つ……
イベントが始まった。
内容は、ゲーム企画やお祝いビデオレターなど、色々用意してくれた。そして、ライブステージが終わった後、最後のコーナーが来た。
それは、俺からの、誕生日を祝ってくれたファンやこのイベントの共演者への感謝のメッセージだ。
この日のために、メッセージを考えてきたんだ。
「今日は、僕のために、こんなにも大きなイベントを用意してくれて、本当にありがとうございました。本当に感謝しています。そして、僕はこのイベントが終わったら、やろうと思っていたことがあります。……それは、実家に帰ることです。僕は、ほのかと出会う前、まだ声優を目指していた頃は、両親と兄にめちゃくちゃ反対されました。安定した職業に就けと言われました。そして、ほのかと出会って、動画投稿で人気が出てからは、黙って家を出て、一切実家には帰りませんでした。
しかし、最近思ったんです。あれは、僕のことを心配して言ってたんだと。なので僕は、この長い旅に終止符を打つために、このイベントの後、実家に帰ります。父さん、母さん、兄貴、ありがとう!」
そう、メッセージを送ると、観客から拍手が上がっていた。
今は、こんなにも応援してくれる人が居るんだ。
……あと1つ、
「そして、もう1つこの場でやらないといけないことがあります。今日この場に、スペシャルゲストを呼びました。どうぞ!」
俺がそういうと、何も知らないほのかが出てきた。
ほのかには、最後の方で出てほしいとだけ伝えた。
観客は大歓声だった。活動休止以来の共演だったからだ。
「みなさん、お久しぶりです。ほのかです。今日は、まさきに突然呼び出されましたが、まだ何があるか分かりません。ちょっと怖いです(笑)」
ほのかは少し苦笑いをしていた。
今、伝えよう。
「ほのか、今日はほのかにも、伝えたいことがあります」
「えっ?」
観客はおぉ! と歓声を上げる。
「ほのかへ、ほのかと初めて会ったのは、野球観戦の時、偶然隣の席だったところからだったね。あの時、ほのかが話しかけてくれたから、今の自分があります。本当にありがとう。
俺と一緒に、実家へ帰ってくれませんか?」
俺は指輪を差し出し、公開プロポーズをした。
ほのかは微笑み、
「わたし、色々と雑だから覚悟してね。……よろしくね」
ほのかからの返事は、オッケーだった。
観客からは大歓声が上がり、俺とほのかは号泣していた。
そして、大盛況でイベントは終えた。
次の日、ほのかと共に新幹線で実家に向かった。
「ほのか、緊張してる?」
「まぁね。……でも、大丈夫」
そりゃ、緊張するよな。
そして、実家の前まで来た。
鍵を開け、
「ただいま!」
と胸を張って言う。
「お邪魔します!」
ほのかも続く。
「あれ、留守か?」
誰も居ないように見えた。
「とりあえず、リビング行こう」
「……うん」
俺とほのかは廊下を歩いていると、
「まさき、あれ見て!」
「あっ!」
廊下から、和室が見えた。
そこには、たくさんの俺のグッズや俺が演じたキャラのグッズが飾ってあった。
俺は涙を堪えていた。
そして、リビングの扉を開ける。
「ただいま!」
「お邪魔します!」
と入ると、
父と母と兄が居た。
「おかえりなさい! ずいぶんと長い旅だったね」
母が嬉しそうに言う。
辺りを見渡すと、俺や俺の演じたキャラのポスターがたくさん貼ってある。……恥ずかしい。
そして、
「良いパートナーを持ったな、将生」
父がほのかを見て言う。
「でも、まだまだこれからだぞ。将生」
兄貴が俺の背中を叩く。
「そうだよ。夢を叶えたからこそ、慎重にね!」
母がそう言う。
「でも、俺たちから言えることは、おめでとう! 将生、ほのかさん」
そう父が言うと、母と兄は拍手をした。
ほのかは、俺を見て微笑む。
……ようやく、認められたんだ。
読んでいただき、ありがとうございました。
あなたの願いも、叶いますように。