LANDでカレーを:目黒
私は目黒駅の東、山手線の内側はあまり詳しくないが、西側は良く散策しているエリアである。ここは国木田独歩の『武蔵野』に言う、「丸子から下目黒に返る。…(中略)…以上は西半面」つまり武蔵野台地の西半面の南東側に位置している。地理的な研究によれば、目黒駅の辺りは新宿辺りを中心とする淀橋台という武蔵野台地を構成する台地の南西の端と考えるべきか。
台地の端故に坂が多い。目黒駅から西に向かうのは下りで、権之助坂、行人坂。歴史的には行人坂の方が古く、都内でも屈指の急坂である。
目黒は東京であるが、江戸ではない。江戸時代において東海道五十三次の一の宿が品川であることからも分かるように、この辺りは江戸から数里離れており、下目黒村と呼ばれていた。
ただし、ここは江戸から日帰りできる観光地でもあった。
行人坂は西向きの下り坂であり、富士山を見るに良い地形なのだ。今はビルに隠れてそれを仰ぐことは叶わないが、葛飾北西の富嶽三十六景にも下目黒からの富士を描いた一枚がある。
また坂を下り切って目黒川を越えれば、大鳥神社や目黒不動(瀧泉寺)といった寺社仏閣のある門前町を形成していたのだ。
富士を眺め、寺社仏閣を参るこれは目黒詣でと呼ばれていた。この辺りの土地の話は決して歴史の中心ではないが、面白いものが多い。
そんな目黒周辺であるが、なぜかカレー屋が多いエリアである。カレーは好きだが特別にカレーマニアというほどでもない私でも、この近辺で片手で数えられる以上の店に行ったことがある。
カレー激戦区であるその目黒で、駅から遠くにあり、ランチタイムのみの営業かつ、週の半分程度、四日間しか営業していない店。だが、行列ができている店がこのLANDである。
目黒駅から目黒通りを西へと向かう。つまり権之助坂を下ってゆく。時間は正午前が良いだろう。
行人坂が急坂すぎるので江戸時代に作られた道であるが、その両脇には商店が立ち並ぶ繁華街となっている。LANDにたどり着くまでに数店のカレー屋の前を通り過ぎることになるだろう。
さて、坂を下り切って目黒川を超え、大鳥神社のある山手通りと合流するよりは手前にある店である。駅から徒歩10分弱か。
二階の店で、建物の外側の螺旋階段を上ったところの店だが、店が開く前には螺旋階段の前に客が並んでいる。一時過ぎに行ってしまうと螺旋階段にぎっしり人が並んでいることもあるのだ。
並んでいる最中にメニューが渡される。基本のチキンカレーで1200円と少々高めではあろうか。しかしこの店の上手いのは、それぞれのカレーにお勧めのトッピングを書いてあることである。チキンカレーであれば温泉卵とチーズ、ひよこ豆とカシューナッツのカレーであればグリーンチリペースト。
まあ、勧められれば美味いと期待してしまうものであろう。チキンカレー、温泉卵とチーズトッピングでライス大盛りと頼んでしまって1800円。
まあ正直、ランチには高い。だがその値段が裏切られるようなことはないと知っているのだ。
店内はカウンターとテーブルが二つ、十五席くらいの小さな店であるが店主一人に数名のバイトが忙しそうに動いている。
しばし待って供されるカレーは、ライスがこんもりと盛られた上にごろりと大振りなチキン、そこにたっぷりと掛けられたカレー、付け合わせのマッシュポテトにトッピングのチーズと卵の黄色がかった白。
いわゆる欧風カレーであるが、そのスパイシーな香りはインドカレーにも劣らぬもので、視覚と嗅覚からの情報が暴力的に食欲を刺激する。
美味い。香りの期待を裏切らぬ味。辛味があるのは勿論だが、この店の売りである、玉葱を一皿に一個以上使っているという甘みと円やかさ。奥行きのある味が口内に広がっていく。
ごろりとしたチキンはチキンの旨味がカレーに溶け、カレーの旨味がチキンに染みた逸品。卵をスプーンで割れば溶けだす黄身は官能的ですらある。
マッシュポテトもまた合う。口内の辛味を拭い去ることで、カレーの刺激を飽きさせないといえるだろう。
カレーを食べ終え、列をなす人々を掻き分けるように外に出る。
右を見れば目黒へと上る権之助坂、左を見れば山手通り、大鳥神社の先は金比羅坂でこちらも上りである。
ここが武蔵野台地の淀橋台と荏原台の狭間にあるというのが良くわかる土地だ。腹はいっぱいである。時間があるなら散策するのも良いだろう。
季節が春なら目黒川の桜を楽しむのも良い。最近は観光スポットといて人気があり、混んでいるかもしれないが。
実のところ、地元民なら目黒川沿い以外にも桜の名所があることを知っているはずだ。目黒不動を参拝し、ついでに桜を楽しむのも良し、さらに足を伸ばして林試の森の桜も良し。桜並木なら禿坂を上るのも風情があろう。
さあ、腹ごなしに歩こうか。
LAND
チキンカレー、温泉卵とチーズトッピング