生蕎麦たらふくで山菜蕎麦を:武蔵小杉
作家仲間とDMで話していると、食事の話題が盛り上がることがある。
その時は納豆に合う食材の話でめかぶという意見が出たのと、別の友人が自炊していて蕎麦を食したという写真をあげていたのだ(ちなみにこの友人はいつも非常に美味そうな食事を作られる)。
ふと思ったのである。山菜蕎麦が食いたいと。
友人たちにはめかぶは山菜じゃないなどと笑われたが、まあ色からの連想であろうか。ともあれ思ってしまったものは仕方ない。
蕎麦の気分であった。
立ち食い蕎麦の店はしばしば利用するし、好きな店もある。このエッセイでも立ち食いうどんの店を紹介したこともある。
だが、せっかく蕎麦が食いたい、それも山菜蕎麦だとなれば、立ち食いではなく座って食いたい。それに立ち食い蕎麦といえば熱い蕎麦ではないか? いま食いたいのは冷たい蕎麦なのだ。
また蕎麦屋には高級志向の蕎麦割烹的な店もあるが、私はあまり足を踏み入れることはない。酒を飲まないためである。
となるといわゆる町蕎麦がいい。
だが、自由が丘に好きな蕎麦屋があったのだがはるか昔に潰れてしまったし、武蔵小山でたまに行っていた蕎麦屋もなくなってしまった。今の私に行きつけの町蕎麦というものがないのである。
そこでたまたま別の友人と武蔵小杉あたりで昼飯でも食おうという話になったとき、じゃあ蕎麦が良いと私が言って、ちょっとスマホで探した店が今回の店、『生蕎麦たらふく』である。
武蔵小杉駅付近はかつての工業地帯が、90年代から再開発で高層マンションや商業施設が乱立する地域となった。私もその一つ、グランツリーの飲食店やフードコートを利用することも多い。
だが、『たらふく』があるのは駅の北口を出て東にちょっと歩いた位置だ。湘南新宿ラインの陸橋をくぐって東に向かえば、そこはもう、いわゆる現在の武蔵小杉らしさ、垢抜けた感じなど全くない住宅地である。
その住宅地の中の小さな蕎麦屋。令和の時代にあって昭和の佇まい。暖簾を潜って引き戸を開ければテーブル席が3つしかない店だ。
今日は週末、時刻は昼下がりである。見上げれば小さなテレビからはゴルフの放送が流れていた。ああ、良い。
別にゴルフが見たい訳ではない。だが寿司屋と蕎麦屋は店の隅のテレビでゴルフか高校野球でも流していてほしいものである。
注文は無論、山菜蕎麦である。だが、この店を探し当てた時に、圧倒的に気になったものがある。それはカツ丼であった。
蕎麦屋のカレー、蕎麦屋のカツ丼。美味さに定評のあるものである。そしてスマホに映し出されたそれは、どう見ても当たりであった。
しかし私は山菜蕎麦を食いたくて蕎麦屋にきたのである。さて、初志貫徹すべきか、この当たりカツ丼を食すべきか。
「山菜蕎麦を、それとカツ丼」
なに、両方食えば良いのだ。
流れているゴルフ中継に目をやることもなく、流れているのになんとなく耳を傾けていれば、さして待たされることもなく注文の品が供される。
平桶に入っている冷かけ山菜蕎麦、そして蓋のされた丼である。
開ければ期待通りの艶やかなカツが広がり、米は全く見えない。そう、蓋を開けた時に米が見えない、これが丼だよなあ、と嬉しくなる。
まずは山菜蕎麦から啜る。
美味い。麺の喉越しは良く、香りも良い。
山菜なんて普段の食事では食わないが、こうしてときおり食べたくなるのは、やはり食感が好みが故であろうか。しゃきっとした食感に仄かな苦味、それに絡んだつゆの旨み。
次いでカツ丼。厚く柔らかなカツ、それに染みたタレは甘味が強く、どこかほっとする味だ。これはもう確信していた当たりの味だ。
冷たい蕎麦、温かいカツ丼。しょっぱい蕎麦、甘いカツ丼。
交互に食えば箸が止まろうはずもない。
結構な量をぺろりと平らげたのであった。
二人前とは豪遊? とんでもない。
安いのだ。
山菜蕎麦600円にカツ丼800円だった。
令和の時代に、山菜蕎麦が600円だ。ちなみにもりそばであれば500円、安いチェーン店の価格とほとんど変わらないだろう。
例えばランチに山菜蕎麦大盛り750円なら、ラーメン屋入るよりは安くて健康的で、満足感も充分だろう。
店を切り盛りするのはご年配のご夫婦だった。
これは通うしかあるまいな。……いつか閉店してしまうまでに。
カツ丼と山菜そば








