十一房珈琲でコーヒーを:自由が丘
かつて古桑庵の回に書いたが、自由が丘には無数の喫茶店がある。だがドトールやスターバックスのようなチェーン店を除くと、私がよく行く店は三つしかない。
美味いコーヒーを飲みたい時はどこへ行くか。十一房珈琲店である。
自由が丘の南口を出るとそこを東西に伸びる道がマリ・クレール通り。そこから小径を一本南に行ったところが九品仏川緑道である。
名前の通り、かつてここを九品仏川が流れていたのだが、暗渠としてその上を緑道としたものだ。
自由が丘の正面口側ではないが、この二本の石畳の通りはある種自由が丘の象徴とも言える街並みであると言えよう。
十一房はその九品仏緑道に面した狭い喫茶店だ。
外から覗けば焙煎室が見える。その奥にカウンターとテーブルが二つ。
黒いカウンターに黒いタイル。外の通りの石畳の白の明るさが、扉を潜った瞬間に真逆の雰囲気となる。
喫茶店は薄暗い方が好きだ。
また特に冬に行けば特に湿度の高さを強く感じるかもしれない。
カウンターの店主の前には銅の薬缶が二つと琺瑯の薬缶が一つ、常に火にかけられ続けているからだ。
今日は一人である。カウンターにつく。
「ペルーある?」
「ないよ」
「じゃあコロンビアで」
いつものやり取りをする。ペルー、正確にはペルーチャンチャマヨという豆があればそれを飲むのだが、割と品切れであることが多い。
なければコロンビアかマンデリンを頼むのだ。
「……眼鏡かけてないからわからなかった」
一年半ほど前に目の手術をして、以来眼鏡をかけていない。つまりそれ以降初めてきたということだ。
この店に来たのはだいぶ久しぶりだ。実のところ5年ほど前にこの店も全席禁煙となってしまい、足が遠のいていた。それから目の手術や、先日も入院していたりしたので来る機会が無かった。
逆に今は先日の手術で禁煙を命じられているので、全席禁煙が都合が良くなったりしてしまった。
ともあれこうして店主が覚えてくれているのは嬉しいものである。
店主が銅の薬缶からネルに湯を回し掛けながらコーヒーを淹れるのを眺めつつ、目の手術がどうだった云々などと話をする。
そしてシンプルな白いカップとソーサーに漆黒のコーヒーが供される。
砂糖やミルクもスプーンも出てこない。私が使わないことが分かっているからである。昔はここに灰皿がついてきたか。
これがいつからだっからかは覚えていない。この店に最初に来たのは小学生の時に親父に連れられてだったし、自分で通うようになったのは大学生の頃である。
店内は決して騒がしいわけではないが、静かではない。
常連の客と店主の話す声、そして店内には古いジャズやアメリカンポップスが流れている。今日、席に着いた時にかかっていたのは『ライオンは寝ている』であったか。
5、60年代あたりの曲、詳しいとまでは言わないがそこそこ知っている。こういった雰囲気を好めるのであればなお良いであろう。
音楽や店主の声に耳を傾けながらコーヒーを口に。
香気が鼻腔に、苦味と酸味、ネルドリップならではのコクが口に広がる。
これが至福の時間というやつだろう。
十一房珈琲
コーヒーはコロンビア、背景にジミがいる。








