メッセージが一件届いています
ムシャクシャしていた。
会社で上司に偉そうに理不尽な仕事をさせられ、一人暮らしのアパートの部屋に帰って来ると、俺はパソコンを開いた。
ムシャクシャした時のストレス解消はこれに限る。
小説投稿サイト『小説家になりお』を開き、俺は獲物を探した。
フフフフフ……。今日もバカどもが自慢げに駄作を並べてやがる。
ハイファンタジージャンルにそこそこ人気を集めている長編連載作品を見つけると、いつものように一行も読みもせず、俺は感想を書き始めた。
『あんた相当ヒマなんだね。ちゃんと社会生活送れてる? こんなバカみたいな小説をこんなに文字数書いちゃって、どうせ芥川賞も獲れないくせに。読んでて恥ずかしいし、誤字も多すぎる。もっと日本語の勉強をちゃんとしましょう』
感想を書き上げ、2回ほど読み直してチェックすると、問題なしと判断して送信した。
どうせいつものように、削除されたり無視されたりするだろうから、長文は書かないし、文面もテキトーだが、読んだ作者の精神的ダメージが楽しく想像できるようでなければならない。
きっと作者は顔を真っ赤にして怒り、しかし何も言い返しては来ないだろう。
今までに少なくとも20件は感想を送っているが、すべて無視されている。
それでいいのだ。反論とか返されても面倒だし、俺が相手の悔しそうな表情さえ妄想できればいいのだ。ヒヒヒ……。
早速次の獲物を探そうと、ページを切り替えると、ホーム画面に赤い文字があるのに気がついた。
『メッセージが一件届いています』
なんだ、これ? 俺には相互お気に入りユーザーとかいないし、心当たりがないぞ?
そう思いながら開いてみると、さっき俺が感想を送った作者からのようだった。
知らなかった。感想に返信がつくと、こんなふうにメッセージとして届くんだな。何しろ今まで一回も返信されたことがなかったからな、知らなかった。
どれどれどんな悔しそうなことを書いて来たのかな? と思いながら、俺はそれを開いた。
『ありがとうございます。感想うれしいです』
無理しやがってw
絶対強がりだ、これww
内心悔しがってるよ、コイツ絶対www
追撃のつもりで俺はソイツの作品にもう一件、感想を追加した。
『うれしいんだね。俺はあんたの作品にはいいところがひとつもないと言ってるんだけどね。あ、日本語読める?』
クククと笑い声を漏らしてしまいながら、送信した。これに返信が来ることはないだろう。
しかし、すぐにまた赤い文字がホーム画面に現れた。
『素敵なメッセージが一件届いています』
は?
なんか素敵なメッセージが届いたらしい。どんなのだ? こんなの初めて見たが……。
開いてみると、また例の作者からの返信だった。
『ありがとうございます。感想うれしいです』
あー……。
これ、アレだ。
テキトーにあしらってれば俺が飽きると思ってやがるんだ。
まぁ、確かにつまんないヤツだ。ほっといて次の獲物を探すとしよう。
そう思っていると、またまたホーム画面に赤い文字が現れた。
『かわいそうなメッセージが一件届いています』
かわいそうなのか? それはちょっと見たいなと思った。開いてみるとまたあの作者だ。俺、感想送ってないんだけどな?
内容は同じく『ありがとうございます。感想うれしいです』だった。なんか気持ち悪いヤツだな。無視しよ。
するとまたまたまた赤い文字が──
『意味深なメッセージが一件届いています』
意味深な? いや、ちょっとそれは読みたくないな。意味を読み解くのが面倒臭い。
そう思っているとすぐに、その下にもうひとつ、赤い文字が現れた。
『身の毛もよだつメッセージが一件届いています』
なんだこれ! 嫌がらせかよ? それともホラーか?
もう赤い文字は見たくなかったので、ランキング画面に切り替え、ホーム画面は二度と表示しないようにした。
すると勝手に画面が切り替わり、現れたホーム画面に次々と赤い文字が浮かび上がった。
『けしからんメッセージが一件届いています』
『ウキウキするようなメッセージが一件届いています』
『透明なメッセージが一件届いています』
『くだらないメッセージが一件届いています』
『べとべとしたメッセージが一件届いています』
『つゆだくなメッセージが一件届いています』
『尊大なメッセージが一件届いています』
『型破りなメッセージが一件届いています』
『ままならないメッセージが一件届いています』
『愛に溢れたメッセージが一件届いています』
『熱烈なメッセージが一件届いています』
『のっぴきならないメッセージが一件届いています』
『輝くようなメッセージが一件届いています』
『気の利いたメッセージが一件届いています』
『凄惨なメッセージが一件届いています』
「も……、もうやめてくれえぇぇえ!!!」
俺は一人の部屋で大声を上げていた。
なんてことだ……! まさかこんなことになるとは思ってなかった!
身体じゅうがガクガク震え出し、止まらない。
パソコンの電源を落とそうとしてもパソコンが言うことを聞いてくれない。
赤い文字が止まらない。
次々と、色んな形容詞のついたメッセージが届いて来る。
『血だらけのメッセージが一件届いています』
『呪いのメッセージが一件届いています』……
「す……、すいませんでしたあーーッ!!!」
パソコンに向かって土下座して謝ったが、止まらない。真っ赤な文字が次々と、色んな形容詞をつけてメッセージを届けて来る。
『恐ろしいメッセージが一件届いています』
『とどめのメッセージが一件届いています』……
そうか……、パソコンに向かって謝ったってダメなんだ!
俺は藁をも掴む気持ちでパソコンに向かうと、さっきの作者に新しく感想を送った。
『すみませんでした! ほんとうはあなたの作品を1行も読んでいません! 自分のストレス解消のためだったんです! 申し訳ありませんでした!』
送信した。
するとすぐに、赤い文字の嵐が止まった。
「お……終わったのか?」
涙と鼻水を拭いながら画面を見つめていると、やがてまた、赤い文字が1つだけ、現れた。
『優しいメッセージが一件届いています』
俺はそれを開いた。
運営からだった。
『あなたは他のユーザーさんを誹謗中傷しましたね。アカウントを停止させていただきます』
それきり俺の元へメッセージが届いて来ることはなかった、……当たり前だが。