0212. 閑話・【たき】 上 姫御子様の自由奔放記①
最近、ダラダラした感じになっているなと思ったので、1話の長さを少し短めにしてみました。
定期的に長く投稿しようと思いますので、ブックマークと☆、「いいね」で評価をしてくれたり、ゆるめの感想とご意見もらえると、嬉しいです!!
私、たきが姫御子様になられた琴音様と初めてお会いしたときから、すでに4年以上経ってしまいました。御方様から琴音様(当時は琴様)のそば仕え(侍女)の取りまとめを仰せつかったときは、理解も納得もなかなか出来ず、腹落ちするまでにだいぶ御方様にご心労をおかけしてしまい、今思えば、なんてことをしたのだろうと恥ずかしくなってしまいます。
そういう心労をおかけたしたことも御方様の心持ちに影響したのか分かりませんが、最後には娘のまつも一緒にお仕えするようにと申され、まさか一緒のお方にお仕えするようになるとは思ってもいなかったので、あの時は嬉しくて、涙を流したのもいい思い出であり、苦い思い出でもあります。
今では、琴音様の尋常で無い行動とお考えにもだいぶ慣れ、あまり驚くこともなくなってきており、これが良いことなのか、悪いことなのか判断に迷うところではあります。ただ、琴音様は今後未来永劫、唯一無二の存在であられるのだけは、私のような者でも理解できます。琴音様の偉業をどう後世に伝えていくか、私なりに考えていかねばならないことだと、使命だと思っております。
思い返せば、そうあれは、御方様が3番目のお子(琴音様)を身ごもられた時のことでございました。御方様の妊娠を知った御殿様の喜びようは、今思い返しても、すごいの一言で済ませられぬようなことで、私も唖然としたものです。 どのような気分になればあのような行動をなされるのか、時が経った今でも分からぬことばかりです。
さらにその後、無事にお子が生まれた時の御殿様が今までにない感情をあらわにされていたのは、今では皆何かあれば、話にあげて笑い合う懐かしい思い出になっていますわ。
そんな、まだまだ小さな童子と言ってもよい琴音様、これからどんな成長をされていくのか、今から楽しみでございます。今の私はまるで乳母になったかのような気持ちでございます。
そして、氏兼殿も琴音様と近しい一族の者として、また大叔父として、琴音様をしっかりとお支えするという気持ちが多分に溢れかえっていて、時々、その行動が可笑しくもあります。まぁ、沙門殿や筑馬殿に比べれば、まだまだまともな感じもしますが、他人から見ればどんぐりの背くらべなのかもしれません。
何と言っても、あの二人は琴音様の行動を日記に残しておりますからね。私にも、しょっちゅう、琴音様がどんな行動をなさっていたかを聞いてくるので、時々嫌になってしまいます。いくら琴音様が素晴らしくても、まだまだ小さな童子なので、将門公や鞍馬天狗様のように口伝をしなくてもとも思いますが、残していかないといけないと考えられている事も十分理解できます。ただ、お若い頃の話を口伝するのであれば、それは私が残してみたいとも思わなくはないですが、私のような者の役目ではないと思います。
沙門殿や筑馬殿の一族のように口伝で琴音様の偉業を伝えるのは難しくとも、せめて琴音様の人となりが後世に伝えられるよう、そば仕えとして記録に残しておきたいと思います。なので、少しだけ私も日記に記しています。時々読み返してみても、飽きることはないので、私も皆と変わらないのかもしれません。
例えば、そう、まだこの大聖宮に来る前、御殿様と御方様と一緒に稲村に住まわれていた頃のお話は、琴音様のことをよく理解していなくて初めての事が多く、日々、てんやわんやでドタバタしておりましたね。
今思い返しても、何故そんな行動をしてしまったのか、あんなに悩んでいたのか、私自身不思議に思いますが、その頃は、それでいいんだと思い込んでいたのでしょうね。今、琴音様を理解している私ならば、あの頃のようなことはしないでしょう。今となっては良い思い出で、たまにまつと二人で話をしては笑い合っています。
今日は久しぶりに初めてお会いする前のことの日記を読み返してみましょう。